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2-22 2F出発ロビー:保安検査場

「――おあッ!?陽奈乃ォ!?なんでこんなトコにいるんだァ!?」


「――陽奈乃!ここは危険なのだ!ここはボクに任せて先に行くのだ!」


 〈天空橋(てんくうばし)空港〉・二階出発ロビー。


 搭乗客が保安検査場を抜けた先に広がるエアサイドは、北側コンコースと南側コンコースに分かれている。竜ヶ崎竜歌、羊ヶ丘手毬、李蓬莱、犬吠埼桔梗の四人は、その中央付近――保安検査場手前の壁際で足を止めていた。


 その理由は、壁面に設置された大型デジタルサイネージ広告である。化粧品ブランドの広告。そこに映っていたのは、金髪ツインテールの女。


 〈十傑〉・第七席。「#ぶっ壊れギャル」――日向(ひなた)陽奈乃(ひなの)。もちろん本人ではない。広告写真である。


 だが、竜歌と手毬は本気で陽奈乃本人が壁の中にいると思っていた。


「おい陽奈乃ォ!しっかりしろォ!笑ってる場合じゃねェぞォ!毒ガスが迫ってきてんだァ!」


「陽奈乃!可愛い子(かわいこ)ぶってる暇はないのだ!」


 二人は壁をドンドンと叩きながら、必死の形相で広告に呼び掛けている。


 その背後で、(リー)蓬莱(ホーライ)は頭を抱えていた。


 隣に立つ犬吠埼桔梗も、さすがに呆れたように眉を下げている。


阿呆(あほう)アル……」


「薄々気付いてはいたが、竜ヶ崎竜歌と羊ヶ丘手毬はやはりアホなのか」


「〈極皇杯〉が阿呆(アホ)さ加減を競う大会であれば、あの二人は毎年決勝進出確定アルヨ……」


 そもそも、雪村雪渚や竜ヶ崎竜歌の行動は、この予選において異常である。


 〈極皇杯〉の予選は、異能バトルロワイヤルだ。本来、序盤から中盤にかけては、敵に見つからないよう移動するのが鉄則。位置を晒せば、狩られる。消耗すれば、終盤に残れない。だから大半の出場者は、隠れ、潜み、機を窺う。


 しかし雪村雪渚と竜ヶ崎竜歌は違う。


 雪渚は「勝利を圧倒的に演出するため」に、あえて目立つ。


 竜歌は、単純にアホだから堂々と動く。


 理由は違う。


 だが、結果的には同じだった。


 この二人は、戦場のど真ん中を歩く。


 犬吠埼桔梗が一歩前へ出る。


 ブロンドのミディアムヘアが、空港内の空調に微かに揺れた。


「それは日向陽奈乃の写真だ」


 桔梗は真顔で告げる。


「日向陽奈乃が起用されているだけで、そこに日向陽奈乃が閉じ込められているわけではない」


 あまりにも真っ当な説明だった。


 竜歌と手毬は、きょとんとした顔で桔梗を見る。


 二人は顔を見合わせ、同じ角度で首を傾げた。


 そして、同時に憤慨した。


「あァ?犬吠埼テメェ!アタイが仲間の陽奈乃を見間違えるとでも言うのかァ!?」


「そうなのだ!陽奈乃が城壁を壊してくれたお陰で〈神屋川(かやがわ)エリア〉は救われたのだ!」


「……成程(なるほど)、これがアホか」


 犬吠埼桔梗は、騎士として、そして大人として、数分を費やして二人を説得した。


 写真とは何か。広告とは何か。陽奈乃本人が壁面に閉じ込められているわけではないこと。そして、広告の人物へ救助活動を行う必要はないこと。


 ようやく理解した竜歌は、満面の笑みで桔梗の背中をバシバシ叩いた。


「――ガッハッハ!写真なら写真って言えよォ!なァ、犬吠埼よォ!」


「まったくなのだ!」


「最初から言っていたと記憶しているが……理解したのならばいいだろう」


「先行きが不安アルヨ……」


 四人は保安検査場へ差し掛かる。


 普段なら空港職員がいるはずの場所。手荷物検査のレーン。ベルトコンベア。金属探知ゲート。だが今、職員の姿はない。


 ゲートの奥には時計台、売店、レストランが見えた。保安検査場の先――ランドサイド側にも、移動できないことはなさそうだ。


 ただし、ランドサイドの物陰には人影がある。慎重に身を潜めている者。こちらの動きを窺っている者。いずれも、既に三回戦に入ったHブロックで生き残っている出場者たちだった。


 羊ヶ丘手毬が、三人へ問い掛ける。


「ここから向こう側にも行けそうなのだ!どうするのだ?」


「見晴らしが良く、戦いやすいのはこちら側――エアサイドだろう」


「あァ?アタイは強ェヤツと戦えるならどこでもいいぞォ」


「エアサイドをこのまま真っ直ぐ行って、北側コンコースを進むのが良さそうアルネ」


 四人は一応の方針を決める。


 保安検査場に背を向ける。


 北側コンコースへ足を踏み入れようとした、まさにその瞬間だった。


 背後。


 保安検査場の物陰から、声が重なる。


「「――今だっ!」」


 飛び出してきたのは、十余名の若い男女。


 黒いローブ。


 軽鎧。


 杖。


 クロスボウ。


 短剣。


 それぞれが武装し、竜歌たちの背中へ一斉に襲い掛かった。


 奇襲。


 待ち伏せ。


 背後からの不意打ち。


 だが、それが通じるほど〈極皇杯〉は甘くない。


「……折角見逃してやったのに、自ら死地に(おもむ)くとは……救えないアルネ」


 蓬莱は既に察知していた。


 上位級ユニークスキル・〈香薫(フレグランス)〉。その嗅覚をもってすれば、物陰に潜む者の人数、位置、緊張、汗の匂い、武器に塗られた油の臭いまで拾える。


 待ち伏せへの対処など、赤子の手を捻るようなものだった。


 蓬莱が振り向く。


 赤いチャイナドレスの裾が翻る。


 襲い掛かってきた男の腹部へ、拳を突き上げた。


 呼吸を奪うどころではない。


 内臓を揺らし、意識を断ち、命へ届く一撃。


「――ガハ……ッ!」


 男は一撃で膝を折り、そのまま淡い光に包まれて消滅した。


 〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉の発動。


 敗退。


 待ち伏せに気付いていたのは、蓬莱だけではない。


 竜ヶ崎竜歌もまた、気配を掴んでいた。


 十三年間、遥か格上の兄に挑み続けた感覚。


 雨ノ宮天音や日向陽奈乃との鍛錬で叩き込まれた、戦場での反応。


 理屈はない。


 ただ、背中に迫る敵意だけはわかった。


「――『竜ノ尻尾(ドラゴニックテイル)』!!!」


 竜歌の臀部から伸びる太く逞しい尻尾が、唸りを上げて振り抜かれる。


 保安検査場のベルトコンベア上に飛び乗っていた男へ直撃した。


「グエッ……!!」


 ベルトコンベアが真っ二つに割れる。


 男の身体も、床へ叩き付けられる。


 次の瞬間、淡い光。


 また一人、出場者が消えた。


 その隣では、羊ヶ丘手毬が複数人に囲まれていた。


 彼女は床へ(うずくま)り、羊の着ぐるみを丸めるようにして身を守っている。


「――痛いのだ!痛いのだ!」


「なんだコイツ……クソ弱いな……」


「思い出作りに出場した無等級ユニークスキルか……?」


「その割には武器も持ってないが……」


「さっさとKILL数稼いじまおうぜ!こんな雑魚でも倒しといて損はねえ!」


 手毬の身体へ、蹴りが入る。


 羊の着ぐるみが衝撃を吸収しているとはいえ、痛みは消えない。


 彼女は半泣きになりながら、必死に頭を守っていた。


 そして、待ち伏せに気付いていた最後の一人。


 犬吠埼桔梗。


 複数人の男が、剣で彼女の顔を狙い、炎で鎧を炙る。


 だが、桔梗は抵抗しなかった。


 銀色の盾を構え、防御に徹する。


「――犬吠埼……!コイツ……今年も防戦一方かよ……!」


「攻撃してこねーなら好都合だ!押せ押せ!クラン・〈劇団ビショップ〉!!」


 犬吠埼桔梗も人間である。


 本来なら、剣で斬られれば血が出る。


 炎で焼かれれば火傷する。


 だが、彼女が受けた傷からは、一滴の血も流れなかった。


 白い肌に薄い裂傷が刻まれても、血は出ない。


 炎が銀鎧を赤く炙っても、桔梗の顔色は変わらない。


 彼女はクールな表情のまま、盾を構え続けていた。


「おォい!犬吠埼ィ!何してんだァ!ちゃんと戦えやァ!負けちまうぞォ!」


「竜歌サン……犬吠埼サンなら大丈夫アルヨ」


「あァ?」


 蓬莱の言う通りだった。


 犬吠埼桔梗は、押されているわけではない。


 攻撃しないだけだ。


 どれほど傷付けられても血を流さない桔梗を前に、相手の表情が曇っていく。


「――くっそ!やっぱコイツ突破できねえ!」


「――やっぱファイナリストに喧嘩売るんじゃなかった!」


 犬吠埼桔梗が、ゆっくりと口を開く。


 その声は、眼前の敵ではなく、背中合わせに戦う竜ヶ崎竜歌へ向けられていた。


「英雄級ユニークスキル・〈聖王(アーサー)〉。私が授かったユニークスキルだ」


「あーさー……だァ?」


「このユニークスキルは特殊でな」


 桔梗は盾を受け流しながら、静かに続ける。


「この力が私に発現したと同時に、天から武器が降ってきた」


 彼女は腰に差した剣の柄頭へ触れた。


「千の松明(たいまつ)を集めたかの如き、神々しい光を放つ最強の剣――〈聖剣エクスカリバー〉」


 剣は、鞘に収まっている。


 まだ抜かれていない。


 それでも、その存在感だけで空気が張り詰めた。


「この剣は、決して折れず、(こぼ)れず、あらゆるものを両断する」


「あらゆるものを……って!」


 竜歌は敵を蹴散らしながら、思わず桔梗へ視線を向けた。


「強すぎだろそれよォ!陽奈乃みてェな攻撃力じゃねェかァ!」


 敵は次々に湧いてくる。


 どこに隠れていたのか、保安検査場の奥から、柱の影から、売店の裏から、新たな出場者が姿を見せる。


 蓬莱もまた、功夫(クンフー)で応戦しながら桔梗の言葉を補足する。


「竜歌サン……それだけじゃないアル」


「ああ」


 桔梗は小さく頷いた。


「この魔法の(さや)にも不思議な力があってな。どんな傷を受けても、血を失わない代物だ」


「――はァ!?姉御みてェな力……あァ?いや、姉御は回復だから違ェのかァ?」


「姉御……?……(アー)、雨ノ宮サンに近い継戦能力があることは間違いないアルヨ!」


 犬吠埼桔梗の〈聖王(アーサー)〉は、攻防ともに破格だった。


 あらゆるものを両断する聖剣。


 血を失わない魔法の鞘。


 攻撃に振れば一撃必殺。


 防御に回れば、ほとんど崩せない。


 それほどの能力を持ちながら、桔梗は剣を抜かない。


 その矛盾こそが、彼女の迷いだった。


「――痛いのだ!やめるのだ!」


 羊ヶ丘手毬の悲鳴が響く。


 字面通り、足蹴にされている。


 犬吠埼桔梗が、わずかに眉を動かした。


「……見ていて、あまり気分の良いものではないな」


 だが、剣は抜かない。


「……が、悪とは断定できまい」


「――犬吠埼!テメェ!」


 竜歌が吠えた。


 自分へ群がっていた敵を蹴散らし終えた彼女は、床に散らばったベルトコンベアの破片を踏み越え、手毬の方へ駆ける。


 一歩遅れて、蓬莱も周囲の敵を片付けて続いた。


「――『竜ノ尻尾(ドラゴニックテイル)』ッ!!」


 竜歌の尻尾が横薙ぎに振るわれる。


 手毬を蹴っていた男女の頭部をまとめて狙う一撃。


 直撃を受けた者たちが、床へ叩き付けられる。


 続けて、蓬莱の拳が走った。


 洗練された身のこなし。


 無駄のない打撃。


 敵の呼吸、重心、死角。


 すべてを嗅ぎ分けたうえで放たれる一撃は、的確に命へ届く。


 李蓬莱は、〈韮組(にらぐみ)〉・幹部陣の中で唯一、殺人に手を染めていなかった。


 だが、組長や他幹部の手前、その事実を隠し通す必要があった。


 弱いと思われれば、自分だけでなく、竜歌や手毬にも危害が及ぶ。


 だから彼女は、研鑽を怠らなかった。


 殺さずとも、殺せるように見せるために。


 実際、一撃で敵を屠ることなど容易だった。


 李蓬莱もまた、強者である。


「……うぐっ……!つ、強すぎる……!」


「くっそ……!また今年も予選落ちかよ……!」


「仕方ないわ……。相手が悪かった……!後のことは座長に託しましょう……」


 彼らは息絶え、やがて〈犠牲ノ心臓(サクリファイス)〉が発動する。


 淡い光。消滅。


 〈天上天下闘技場〉の出場者観覧席へ強制送還されていく。


 保安検査場には、飛び散った血痕と、壊れたベルトコンベアと、四人だけが残された。


 羊ヶ丘手毬は、半泣きになりながら立ち上がる。


 そして、すぐそばに立つ李蓬莱へ抱きついた。


「うわあぁああぁああぁん!!!蓬莱ー!怖かったのだぁあぁぁあぁ!!!」


「全く……仕方ないアルネ……」


 蓬莱は呆れながらも、手毬の背を撫でた。


 一方、竜ヶ崎竜歌は、背後に立っていた犬吠埼桔梗を睨み付ける。


 桔梗と戦闘していたはずの者たちは、既にいない。どさくさに紛れて逃げたのだろう。


 犬吠埼桔梗は追わなかった。斬ろうと思えば斬れたはずなのに。


 竜歌の表情は、怒りに染まっていた。


「――犬吠埼!テメェ!なんで手毬を助けてやらねェンだァ!!」


「共闘する、と言った覚えはないが」


 桔梗は淡々と返す。


「私は飽くまで散歩に誘っただけだ」


 その言葉は、間違ってはいない。だが、正しくもなかった。


 少なくとも竜歌にとって、目の前で仲間が痛めつけられているのに動かない理由にはならない。


 竜歌がさらに踏み出そうとした、その時だった。


『ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』


 耳障りな警告音が鳴り響いた。音の発生源は、犬吠埼桔梗の背後。保安検査場の金属探知ゲートだった。赤いランプが点滅している。


「――あァ!うるせェなァ!なんだこの音はァ!」


 金属を探知した。


 理由は明白だった。


 いつからそこにいたのか。


 金属探知ゲートの側面。


 そこに、一人の男が(もた)れ掛かっていた。


 竜ヶ崎竜歌たちを、ずっと観察していたかのように。


 その姿は、奇怪だった。


 頭には、アルミ箔を重ねて作った帽子――ティンホイル・ハット。


 しかも、その先端は天井に届きそうなほど鋭く尖っている。


 目元だけを残して、全身はアルミホイルで包まれていた。


 腕も。胴も。脚も。靴らしき部分まで。


 照明を受け、アルミホイルがぎらぎらと輝く。


 その姿は滑稽だった。


 だが、笑えない。


 男の目元だけが、異様に冷えていた。

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