2-18 十の頂点は何を見る
――一方、〈天上天下闘技場〉。
新世界中の視線は、闘技場上空に浮かぶ複数の大型ホログラムディスプレイへ注がれていた。
八つの予選ブロック。各会場で繰り広げられる殺し合い。生き残った者だけが、翌日の本戦へ進める。その映像が、今この瞬間もリアルタイムで映し出されている。
一般観客席。敗退した出場者が集められた出場者観覧席。どちらも、凄まじい熱気に満ちていた。
歓声。悲鳴。怒号。笑い。その全てが混ざり合い、闘技場の空気を震わせている。まるで体感温度が数度上がったかと錯覚する程だった。
そして、その熱は闘技場の中だけに留まらない。
中継を通じて、新世界八ヶ国全てへ伝播していた。歓楽街の大型街頭ビジョン。貧民街の古びた端末。高層ビルの最上階。地下都市の酒場。病室。寮。教会。刑務所。ありとあらゆる場所で、人々が〈極皇杯〉に熱狂している。
この時点での瞬間視聴率は、実に九十六パーセント。世界は、殆ど一つの巨大な観客席と化していた。
「――マジか!馬絹やられた!」
「Aブロックやべえ!」
「Dブロック、本戦進出経験者勢揃いだぞ!」
「Cブロックも残り二人だぞ!」
熱狂は途切れない。どこかのブロックで誰かが倒れる度、別のブロックで誰かが覚醒する度、観客席は爆発するように沸き上がった。
その熱の中心。〈天上天下闘技場〉、十傑観覧席。
楕円型のアリーナを囲むように設けられた観覧席の中でも、そこだけは明らかに別格だった。
十一の玉座が、横一列に並んでいる。中央には、〈十傑〉第一席――皇世王の玉座。正面から見て左側に偶数席次。右側に奇数席次。中央に近いほど席次が高くなる並びだ。尤も、玉座にきちんと腰掛けている者は、僅か数名しかいなかった。
「庭鳥島萌……馬絹百馬身差……コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……!」
美しい白髪のミディアムヘア。黒いメイド服。前髪に留められた、ばってん形のヘアピンが西日を反射している。
〈十傑〉・第二席。「大天使メイド長」――雨ノ宮天音。
その表情には、濃い影が落ちていた。白い指がわなわなと震え、唇は呪詛を紡み続けている。端的に言えば、雨ノ宮天音はヤンデレであった。
「私のせつくんとイチャイチャしやがって……コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……!」
「――おいヤンデレメイド♪メインヒロインの十一話振りの台詞がそれでいいんか♪」
編み上げたブレイズヘアの男が、銀色のグリルを覗かせて笑う。
〈十傑〉・第八席。「雷霆アンダーグラウンド」――銃霆音雷霧。
――――――――――――――――――――――――
銃霆音雷霧
2109 優勝
――――――――――――――――――――――――
「せつくんと私の大恋愛を邪魔しやがって……クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソが……!」
「……あ、天音さんは……ず、ずっとこの調子だね……」
軽く引いた様子で呟いたのは、小柄な少女。
〈十傑〉・第十席が一人。「黒傘のアンラッキーガール」――杠葉樒。
桃色と水色のツートンカラーの左右非対称ツインテール。ゴシック調のロリータドレス。片手にはお気に入りのクマの縫いぐるみ。もう片方の手には、花柄の黒いゴシック傘。その姿は小動物のように可憐だが、彼女もまた新世界の頂点に名を連ねる怪物である。
「――これが愛なのですわね!」
一方、雨ノ宮へ羨望の眼差しを向けているのは、樒の双子の姉。
同じく〈十傑〉・第十席。「和傘のミラクルガール」――杠葉槐。
桃色の割合が高い左右非対称ツインテール。白い着物と赤い袴。雅な和装少女は、花柄の和傘を差しながら、妙に感動した面持ちで雨ノ宮を見つめていた。
「ケケッ♪愛を超えてこれはもうビョーキだろ♪大恋愛とか言うてんぞ♪」
「む……胸を雪渚に押し……押しっ……あんなに雪渚と密着して……ああっ……ああ……」
その隣で、完全に放心状態へ陥っている小柄なギャル風の女がいた。
〈十傑〉・第七席。「#ぶっ壊れギャル」――日向陽奈乃。
毛先だけ桜色に染まった金髪ツインテールが、闘技場の風に戦ぐ。彼女の視線は、先程までAブロックを映していたホログラムディスプレイから離れない。正確には、雪村雪渚が庭鳥島萌や馬絹百馬身差と密着していた場面から、魂が帰ってきていない。
「ケケッ♪コイツはコイツで露出する割には耐性ねーな♪似非ギャルが♪負けヒロインムーブも大概にしとけよ♪」
「ま……負けヒロイン……」
雷霧の容赦ない言葉が、日向の心を正確に撃ち抜いた。日向は八重歯を覗かせたまま硬直し、そのままへなへなと卒倒する。
EMBの一件以来、二人の関係は多少改善した。それでも、根本的に相性が良い訳ではない。
雷霧は小馬鹿にしたように、雨ノ宮と日向の顔を覗き込む。
「――ケケッ♪おい♪コイツら使いモンになんねーぞ♪」
「ははは、雪村君は人気者だね」
赤髪。白く小ぶりな王冠。派手な赤いスーツ。その上から羽織る黒いクローク。
新世界の頂点。〈十傑〉・第一席。「KING」――皇世王。
彼は呆れたように、それでも爽やかな笑みを浮かべて言った。この混沌とした観覧席において、中央に座る王だけは、酷く自然体だった。
「銃霆音くんっ☆女の子をそんな風に揶揄っちゃダメだよっ☆」
明るい声が割って入る。
淡い青のメッシュが螺旋状に入った、鮮やかなオレンジ色のボリューミーなサイドテール。水色のビキニの上から、海色のケープ。海色のショートパンツ。
〈十傑〉・第九席。「泡沫の人魚姫」――漣漣漣涙。
「うるせーんだよ♪いい子ちゃんが♪」
「皆はん元気でありんすなぁ」
興味なさげに煙管を吹かす女がいた。
丸みを帯びた黒髪ショートボブ。豊満な胸元を露わにした花柄の着物。頭には、紅く大きな彼岸花の花弁。
〈十傑〉・第四席。「花鳥風月」――徒然草恋町。
その目は半ば閉じられている。熱狂にも、痴話喧嘩にも、余り興味がなさそうだった。
「おーい♪バカ共♪徒然草がうるせーってよ♪」
「一番うるせーのは銃霆音さんですわ!」
「おーおー和装ロリ♪政治家様がオレに楯突こうってか♪」
「え、槐お姉様……!や、やめようよぉ……」
「ふん!ですわ!」
「ケケッ♪」
十傑観覧席は、世界最高峰の強者が集う場所である。それにも関わらず、会話だけを聞けば近所の口喧嘩と大差ない。だが、そこにいる者達は皆、地球の常識を踏み越えた存在だった。
巨大隕石を宇宙へ飛んで拳一つで破壊した者。地球の体積の二割を削った者。細い枝一本で空を割った者。
天災。神話。災厄。或いは救世主。呼び名は違えど、何れも人類の頂点であることに変わりはない。
「――扨、雪渚殿が参加する予選Aブロックも生存者数は残り八名――佳境で御座るな」
黒い袴を、筋骨隆々の上裸の上から羽織る古風な侍が口を開いた。
長身。糸目。モヒカン風ツーブロック。頭部の両サイドには、X字の傷跡。
雪村雪渚が師匠と呼ぶ男。〈十傑〉・第五席。「剣聖大将軍」――大和國綜征。
――――――――――――――――――――――――
大和國綜征
2107 優勝
――――――――――――――――――――――――
「そうだねぇ。Aブロックは間違いなく修羅のブロックだねぇ」
女の子のような甘ったるい声で綜征に同調したのは、強面で大柄な男だった。
黒地のタンクトップを着た筋骨隆々の肉体。黒いスポーツキャップ。髪を後ろで団子状に結ったマンバンヘア。ワイルドな顎髭。
〈十傑〉・第六席。「百八禁金剛力士」――噴下麓。
――――――――――――――――――――――――
噴下麓
2107 準優勝
――――――――――――――――――――――――
噴下は顎髭を撫でながら、柔らかな声で続けた。
「それにしても昨年ファイナリストの百馬身差ちゃんを倒すなんて、雪村くんはすごいねぇ」
「神話級ユニークスキル、〈天衡〉……矢張り雪渚殿が授かるべくして授かったユニークスキルで御座るな」
大和國は、どこか嬉しそうに目を細める。
「彼の難解なユニークスキルを使い熟せるのは雪渚殿だけで御座ろう」
「うんうん。綜征の下で修行した成果が発揮されてるねぇ」
「………………………………」
一方、皇や徒然草と同じく、大人しく玉座へ腰掛けている小柄な男がいた。マスコットのような体型。目を閉じ、腕を組み、何やら物思いに耽っている。
将校服に身を包む彼は、〈十傑〉・第三席。「王手警官」――飛車角歩。
以上、十一名。彼等こそが、新世界の頂点――〈十傑〉。歴代最強と謳われる世代である。
「つーかEブロックとFブロックが早すぎなんだよ♪なんだ六分って♪去年の俺よりはえーじゃねーか♪」
銃霆音が大型ホログラムディスプレイを見上げながら言った。
この時点で、八つのブロックのうち半数――四ブロックは既に決着している。つまり、第十回〈極皇杯〉のファイナリストが、既に四人決まったということだ。
「確か去年の雷霧の予選突破が開始から十分、第七回の綜征が十三分だったねぇ」
噴下が顎髭を撫でながら補足する。
「そう考えるとアルジャーノンは時間掛けすぎだ♪もう二時間経つぞ♪」
「でもでもっ☆初出場で準決勝進出者なんて、ボク、雪村くんスゴいと思うなっ☆きっとたっくさん頑張ったんだねっ☆」
漣漣漣が両手を合わせ、純粋に感心したように言う。
「Fブロック代表のエッロいカラダの女――現憑月月って何者だよ♪〈極皇杯〉のファイナリストになるような奴を〈十傑〉の誰も知らねーなんてことあんのか♪」
「無名でファイナリストなんてサイコーにロマンだねっ☆まさに〈極皇杯〉ドリームだよっ☆」
「反してGブロックは膠着状態が続きますわね……」
「……………………」
杠葉姉妹は、Gブロックの映像へ視線を向けていた。姉の槐の表情にも、妹の樒の表情にも、緊張が滲んでいる。
樒は何か言いたげに口を開きかけたが、言葉にはならなかった。
「……はぁ。何にせよ優勝はEブロック代表かFブロック代表――何れかに決まったようなものでありんしょう」
徒然草が、煙管の煙を吐きながら言った。
「――そ、そんなことないわよ!まだ雪渚が戦ってるじゃない!」
生気を取り戻した日向陽奈乃が八重歯を覗かせ、子犬のように徒然草恋町に反駁する。
意識を取り戻した日向が、八重歯を覗かせて反駁する。
子犬のように噛み付くその姿を、徒然草は冷えた目で見下ろした。
「なんざんすか?日向はんは阿呆でありんすか?」
「な、なによ……!つれこま……!」
日向陽奈乃と徒然草恋町。二人の関係は、銃霆音と日向のそれとは比較にならないほど険悪だった。
原因を知る者は少ない。だが、二人の間に何らかの確執があることは、誰の目にも明らかだった。
「六分で予選を終わらせた――即ち、六分で六万人を屠った者と、二時間経っても数人しか倒せず未だ予選に囚われている雪村はん。この時点で実力差は明確でありんす」
「うぅん、徒然草ちゃんの言うこともわかるんだけどぉ、雪村くんは極めて優秀な部類の人だよぉ」
噴下が穏やかに仲裁する。
しかし徒然草は、煙管を揺らしただけだった。
「〈天衡〉――だったでありんすか?例えば、掟の罰で会場にミサイルでも投下して、自身は続け様に罰で身を守れば良いだけの話どす」
「そ、そんなこと雪渚もわかってるわよ!アンタなんかと違ってめちゃくちゃ頭いいんだから!」
「それに関しちゃ処女ギャルちゃんに同意だな♪ 」
銃霆音が珍しく日向側へ乗った。
「でもその上でアルジャーノンはその選択をしなかった♪」
「ど、どういうことよ、銃霆音……」
「いやいや、お前ら強すぎるから忘れてんだろ♪ミサイル程度で本戦進出経験者連中は殺れねーぞ♪」
「銃霆音……アンタ、そのファイナリストを全員秒で蹴散らして去年の〈極皇杯〉をクソ回呼ばわりさせた張本人じゃない……」
「ケケッ♪でも人を見る目には自信ニキだぜ♪オレは♪」
銃霆音の口調は軽い。だが、その目はホログラムディスプレイから離れていなかった。
雪村雪渚を茶化しながらも、見ている。馬鹿にしているのではない。値踏みしている。期待しているからこそ、優勝出来ないと断じている。その距離感が、銃霆音雷霧という男の厄介さだった。
「はぁ。何にせよ雪村はんの優勝はないでありんしょう」
「あー♪残念ながらそれにゃ賛成だな♪」
「つれこま……!銃霆音……!雪渚を侮辱するならアタシ許さないわよ」
「バーカ♪〈十傑〉加入以来ツンデレ気取ってた割にアルジャーノンに即堕ちした馬鹿の言葉に説得力なんてねーんだよ♪そもそもオレはハナからアルジャーノンは優勝できねーって言ってんだろが♪」
「銃霆音……!アンタ……何なのよ」
「はぁ。今年も大味で退屈な〈極皇杯〉になりそうどす……」
「アンタら……!」
「――陽奈乃さん、そこまでにしましょう」
雨ノ宮が静かに手を差し出し、日向を制した。
冷静さを失っていた日向は、そこで漸く我に返る。
「あまねえ……」
「大丈夫ですよ。所詮は薄っぺらいヤリマン女とヤリチン男の話です。真に受けては負けですよ」
「天音はんもわっちに牙を剥くんでありんすか。まっこと残念でありんす」
「おいおいヤンデレメイド♪オレはアルジャーノンと殺し合った仲だっつーの♪テメーこそアルジャーノンとパコってるだけだろが♪」
「銃霆音さんは、せつくんの本質なんて何も見えていませんよ」
「本質が見えてんなら夫の自殺の予兆にも気付かんもんかね♪」
空気が、一瞬だけ凍った。
天音の表情から、笑みが消える。白い指先が、僅かに震えた。
「…………今は言わせておきます」
「はい論破♪なんつって♪」
銃霆音雷霧は極めて口喧嘩が強かった。彼が新世界一のラッパーたる所以でもあるが、こと舌戦においては、新世界で彼に勝てる者はまず存在しない。
「皆さん喧嘩は良くありませんわ!」
「……え、槐お姉様の言う通りだよぉ。……せ、折角の〈極皇杯〉なんだから……み、みんな仲良くしようよぉ……」
「うるせー♪生まれ持っての勝ち組が♪」
「――だが」
大和國綜征が静かに口を開いた。
「徒然草殿と銃霆音殿の言葉にも、一理あるで御座るな」
「お♪思わぬ援護射撃♪」
「大和國さん……?貴方まで何を仰るのですか?」
雨ノ宮の声が冷える。
それでも大和國綜征は、穏やかな調子を崩さなかった。
「雨ノ宮殿と日向殿は〈極皇杯〉へ出場したことがないで御座る故、知らぬのも無理はなかろう」
大和國は大型ホログラムディスプレイへ視線を向ける。
「〈極皇杯〉は、生存者数が十名を切ってからが本番で御座る」
「おいおいお侍サン♪あんな無双劇を繰り広げたお侍サンが予選を語れるかよ♪」
「大和國さんの予選は衝撃でしたわね……」
槐が、どこか懐かしむように呟く。
「周囲の建物を全て倒壊させ――六万人を建物の下敷きにしたんだろ♪アルジャーノンと同じ〈竜宮楼〉だったな♪」
「スタート地点の客室から一歩も動かず、その場で刀を軽く振るっただけで勝っちゃったよねっ☆あれはテレビで観ててビックリしちゃったなっ☆」
「ここからが本番――というのは仰る通りですが……そんなことはせつくんも理解しているはずです」
雨ノ宮が静かに言った。
「そうね。雪渚なら絶対に上がってくるわ」
日向も、真っ直ぐにディスプレイを見上げる。そこには、恋する少女の顔だけではない。〈十傑〉・第七席として、強者を信じる目があった。
「はぁ……まあそこまで言わはるなら確と見届けなんし」
徒然草が煙管を咥え直した。
その時だった。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
闘技場全体を揺らすような大歓声が巻き起こった。観客達の視線が、一斉に大型ホログラムディスプレイの一つへ向かう。画面の隅に表示されている文字は――「C」。
「あっ☆Cブロックも決着したみたいだねっ☆」
「あと終わってないのは……Aブロック、Gブロック、Hブロック――残り三枠だねぇ」
「さーて♪Hブロックのドラゴンガールはどーよ♪」
銃霆音が、口角を吊り上げた。
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