1-11 神威結社
〈日出国ジパング〉・〈出想エリア〉を出て一日。俺達は森の街道を進む馬車の荷台に揺られていた。コロコロと車輪が土を蹴る音が、妙に心地良く耳に残る。
エクスプレスを使えば王都まではあっという間だ。だが、今はこの遅さが悪くなかった。木々の隙間から見える空の色、風の匂い、馬の体温が混じった街道の空気――そういうものを、一つずつ身体へ馴染ませながら先へ進んでいる感じがした。
「悪いな、天音。エクスプレスで向かえば直ぐなんだが、俺の勝手で馬車にしてしまって。一度乗ってみたくてな」
「いえ、私はせつくんとご一緒できるのでしたら幸せですよ?」
――彼女は雨ノ宮天音。幼少期に仲良くなった女の子で、それが切っ掛けで今は俺を慕ってくれている。
「はは、ありがとうな。まあ取り敢えず、目指すべきは王都・〈王手街エリア〉だな」
「そうですね、せつくん。ギルドでクラン設立登録を済ませておいた方が後々便利でしょうし」
〈王手街エリア〉。旧地名は東京都千代田区大手町。本で得た知識によれば、今やそこは実にファンタジー作品の王都然とした大都市へ変貌しているらしい。ギルド本部があり、毎年聖夜には〈極皇杯〉の本戦が開催される。この〈日出国ジパング〉の中心地だ。
「ああ、みんなこの新世界で自分の命を守るために仲間とクランを立ち上げて協力体制を築いているんだったな」
「はい。せつくんがご自身を守るためにも、クランは必須かと思われます」
「確か個人のランクもあるんだよな。Fランクからのスタートか。早めに一流と呼ばれるBランクくらいには上がっておきたいが……昇格戦がなぁ」
「ランクを上げるためには、そのランクの上位に属する者との昇格戦で勝利しなければなりませんからね」
「天音はもうそれなりにランク上げているんだっけか」
「はい。私は回復しかできませんのでひたすらに耐久して粘り勝ちでランクを上げています」
「変な戦い方してるな……」
「ふふ、戦闘向きではありませんからね」
回復特化で耐久戦をやり切る。字面だけ見れば相当泥臭いが、天音の性格を思えば妙に納得してしまう。強引に押し切るのではなく、折れずに立ち続ける。そういう戦い方だ。
「それにしてもランク制度を導入することで新世界中の戦力の底上げを図る、か……。理屈は理解出来るが、時間掛かりそうだなぁ……」
「ふふ、せつくんなら余裕ですよ。……あ、せつくん。ギルドに寄った後で構いませんので、教会に寄ってもいいですか?」
「教会?何かあるのか?」
「はい、十年程前まで教会でお仕事させていただいていたのです。マザーは私のユニークスキルのこともご存知です」
「へえ、教会で働いていたのか」
「はい。実年齢は私の方が上かもしれませんが、マザーは右も左もわからない私に親のように接してくださいました。とても感謝しているのです」
「そうか。それは挨拶に行かないとな」
「ありがとうございます」
馬車は道なき道を往く。
「お客様、見えて参りましたよ」
御者の言葉に、向かう先を見遣ると、森が途切れ、視界が一気に開けた。中世欧州風の城下町、その石造りの家々、遠くに聳える白壁の城。中世ヨーロッパ風の街並みが眼前に広がる――正に、異世界転生モノで幾度となく見た王都の光景だ。
「うお……すげえな……。王都……」
「せつくんは初めてですね。〈日出国ジパング〉の王都――〈王手街エリア〉です」
「お、王都ってことは王様もいるのか!?」
「は、はい。〈十傑〉・第十席に座する双子の姉妹のお父様が国を治めておいでです。な、なんだかせつくん、興奮していらっしゃいますね」
「そりゃそうだろ!日本男児たるもの……こういう中世ヨーロッパの街並みは燃えるもんだろ」
城壁、塔、王都、騎士、ギルド。日本で生まれ育ったオタク気質の男として、これにテンションが上がらない方がどうかしている。
「よ、よくわかりませんが、せつくんがこのような風景がお好きなのはわかりました。記憶しておきます」
天音が真面目な顔で頷く。
――おっと、興奮し過ぎたな。天音もドン引いていらっしゃる。
「ゴホン。ま、まあ兎に角だ。まずは冒険者ギルドだな」
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露店が建ち並ぶ、石畳が敷かれた大通りは多くの人で賑わっている。目移りする程の露店の品揃えに興味を唆られる。武器や防具、回復薬等の戦闘に役立ちそうなアイテムや、物珍しい魔道具――魅力的な品ばかりだ。街は雑多で活気に満ちた空気が漂っている。
「色々売ってますね、せつくん」
「そうだな……。お、閉業につき在庫一掃セールだとよ」
「せつくん、それ一年前からやってます……」
「閉店詐欺かい……」
「ふふ、せつくん、楽しそうですね」
街往く人々の格好は様々だ。剣や杖を持つ、明らかに冒険者パーティと思しき一団、荷車を引く商人、甲冑を身に纏った王国騎士、スーツを着込んだサラリーマンまでいる。そして、彼らが一様に、この都の風景に溶け込んでいた。この混沌が王都を形作っているのだろう。
「〈十傑〉・第八席のThunder Rhyme様の新曲!聞いたかよ!?」
「聞いた聞いた!Thunder Rhyme様のラップってマジイカしてるよな!」
「今年の極皇杯、誰が優勝すんのかな!?」
「今年は優勝候補不在なんだろ?俺でも行けっかな!?」
「無理無理!お前じゃ予選敗退だよ!」
「〈十傑〉・第七席の日向様まじ可愛いよなー。抱きてー」
「はは、そりゃ全人類の夢だろ」
雑踏の中から拾える話題の中心は、〈十傑〉と〈極皇杯〉というワードだ。流石王都、情報の熱量そのものが違う。
「せつくん、見えてきましたよ。あれがギルドです」
天音が指し示す先には、一際目立つ、石造りの重厚な建物が聳えていた。アーチ状の大きな窓、分厚い扉、屋根の上にはクロスした剣と盾のレリーフ。中世ヨーロッパ風の大きな建物――ファンタジー小説における中世ヨーロッパ風建築の中央値――アニメで見た「異世界ファンタジーの冒険者ギルド」そのものである。
「なんというか……想像以上に想像通りだな」
「ふふ、ギルドなんて何処も同じですからね」
「立派な女神像だな」
「魔道具・〈翔翼ノ女神像〉ですね。触れておくと〈翔翼ノ女神像〉間をワープ出来るようになります」
「へえ……」
入口脇の女神像に一瞥をくれ、促されるままに触れておく。そして俺はギルドの前に立った。ここから本格的に始まる。そんな実感があった。
一呼吸置いたのち、重厚な木製の扉を開ける。扉が開く際の軋みが、何処か緊張感を高めた。ギィ、と扉が開く。
すると、想像通りの光景が俺を迎え入れた。剣の手入れをする青年や昼間から大酒を食らう屈強な大男達で賑やかな様子が見受けられる。暖炉の火が赤々と燃え、埃っぽい空気を心地良く照らしている。
彼らを視線の隅に追い遣り、天音と共に受付へと歩みを進める。暖かな室内の空気が、長旅で疲れた身体を徐々に溶かしてゆく。木の床が足音を心地良く反響させ、その音が緊張を和らげる。並ぶ木目の美しいテーブルが、昔ながらの重厚さを漂わせていた。
「ギルドへようこそ。〈王手街エリア〉本部受付の綿貫私と申します」
「あの、クラン設立をしたいのですが」
「かしこまりました」
「受付」と書かれたカウンターテーブル。返事をしたのは、綿貫私と名乗る茶髪ミディアムボブの糸目の女性。後ろ髪は赤く大きなリボンで留めている。
白いシャツの上から黒いベストを着用した綿貫は、白黒豹柄の柄シャツにメイド服といった奇抜な格好の二人組を気に留めることもなく、受付嬢然とした様子で淡々と手続きを進める。
「お二人でクランのご設立でよろしいでしょうか」
「天音、いいよな?」
「はい、お供させてください」
「じゃあそれで」
「登録名をお聞かせください」
「雪村雪渚です」
「雨ノ宮天音と申します」
「雪村雪渚様に雨ノ宮天音様……かしこまりました。クラン名は如何いたしましょう」
「クラン名か……。考えてなかったな」
「せつくんのセンスで決めてください」
――ダルい先輩か、アンタは。でもそうだな……。
少し考えたのち、俺は胸を張って答えた。
「〈神威結社〉でお願いします」
糸目の受付嬢――綿貫は、一瞬だけ目を瞬かせ、口元を引き攣らせた。
「……カムイケッシャ、で……ございますね?」
「せつくん……すみません、任せた私が悪かったです」
「か、かしこまりました。ではこの瞬間を以て〈神威結社〉の設立とさせていただきます」
こうして、俺と天音のクランは誕生した。
――〈神威結社〉。我ながら、中々にそれっぽい名前だ。少なくとも、モブの寄せ集めみたいな響きではない。旗を掲げるなら、これくらい大仰で丁度良い。
「ありがとうございます」
綿貫に一礼し、それに続いて天音が恭しく頭を下げる。踵を返すと、ギルドの壁際に置かれたデジタルサイネージが目に入った。
「ん?なんだこれ」
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Clan Ranking
1.【X】高天原幕府
2.【X】Triple Crown
3.【X】不如帰会
4.【X】警視庁
5.【X】鉛玉CIPHER
6.【X】ワルプルギスの夜
7.【S】尋常機関
8.【S】X-DIVISION
9.【S】赫衛
10.【S】天網エンタープライズ
11.【S】炎自警団
12.【S】海軍
13.【S】――非公開――
14.【S】NO BORDER
15.【S】――非公開――
16.【S】弱酸マスカレード
17.【S】オラクル・コーポレーション
18.【S】陸軍
19.【A】――非公開――
20.【A】韮組
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「成程……。クランのランキングか」
目に見える形で「序列」がぶら下がっている。この世界がどれだけ露骨に競争を前提としているのか、一目でわかる掲示だった。
「仰る通りです。そしてこちらが……」
天音が画面に軽く触れると、画面が切り替わった。
「こちらがこの新世界における、個人の戦闘力ランキング――〈世界ランク〉です」
「ソロランキング……。つまり、この上位十名が……」
「お察しの通り――〈十傑〉です」
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Solo Ranking
1.【X】皇 世王
2.【X】――非公開――
3.【X】飛車角 歩
4.【X】徒然草 恋町
5.【X】大和國 綜征
6.【X】噴下 麓
7.【X】日向 陽奈乃
8.【X】銃霆音 雷霧
9.【X】――非公開――
10.【X】杠葉 槐
10.【X】杠葉 樒
12.【S】海酸漿雪舟
13.【S】大和國 終征
14.【S】幕之内 丈
14.【S】冴積 四次元
16.【S】馬絹 百馬身差
16.【S】猿楽木 天樂
16.【S】霧隠 忍
16.【S】庭鳥島 萌
20.【S】――非公開――
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俺はその表示を黙って見つめた。
ここに並んでいるのが、この世界の頂上。神話級の怪物共。俺が今後超えるべき壁であり、何れ立つべき場所だ。
まだ、俺の名前はどこにもない。〈神威結社〉の名も当然ない。だが、それでいい。こうして「天井」が見えた方が、寧ろ燃える。
何処まで登れば、笑って死ねる人生に手が届くのか。その物差しが、今ここではっきり提示されたのだから。




