2-9 本館44F:客室フロア
〈翔翼ノ女神像〉による転移。白く明滅した視界が正常に戻り――真っ先に目へ飛び込んできたのは、戦場とは到底思えない光景だった。
キングサイズのベッド。艶やかなシルク張りのソファ。壁一面を占拠する、目測九十八インチはありそうな超薄型テレビ。ベランダには、磨き上げられた石材に囲まれた高級ジャグジーまで設置されている。俺は五十平米程ある客室の中央に、一人で立っていた。
五ツ星ホテルのスイートルーム。或いは富裕層向けタワーマンションの一室。そう形容するのが最も近い。
つい数秒前まで、四十八万人分の殺気が犇めく〈天上天下闘技場〉にいたとは思えない静けさだった。
だが、一面ガラス張りの窓の向こうに広がる景色が、ここもまた〈極皇杯〉の戦場であることを物語っている。
眼下には、青い海と白い砂浜。陽光を反射して煌めく水平線。海岸沿いに建てられたホテルの敷地を覆うように、半透明の巨大なドーム――現在の安全地帯が展開されていた。
その一歩外側を満たすのは、光すら呑み込むような黒い霧。一ミリグラムでも吸い込めば即死する毒ガスだ。霧の向こうには、モーテルの並ぶ住宅街や、古びたダイナー、大型マーケットらしき建物が辛うじて見える。南国の楽園と即死の境界が、薄い膜一枚を隔てて隣り合っていた。
「〈竜宮楼〉か……」
〈極皇杯〉の予選会場となり得る程の大型施設は、世界八国を見渡しても限られている。
事前にインターネットで調べた過去大会の記録。海岸沿いの立地。ホテルの規模と内装。総合すれば、ここは〈南国諸島ニライカナイ〉の〈渚岐南エリア〉に建つ五ツ星ホテル――〈竜宮楼〉で間違いない。
そして〈竜宮楼〉が割り当てられるのは、例年Aブロック。俺はこの南国の巨大ホテルで、同じAブロックへ振り分けられた六万人と、たった一つの本戦出場枠を奪い合うことになる。
転移直後に確認出来た事実は三つ。この部屋には、俺以外の出場者がいない。窓から見下ろす角度からして、現在地は相当な高層階。そして――予選が始まったにしては、余りにも静か過ぎる。
黒いスキニーパンツの右ポケットから、〈エフェメラリズム〉とパチンコ玉を取り出す。そのままキングサイズのベッドへ腰を下ろした。白いシーツが身体を柔らかく受け止める。シルク生地の滑らかな肌触りが、戦闘直前には場違いなほど心地良い。
――開始直後に廊下へ飛び出すのは、「周囲の状況も把握出来ない馬鹿」だけだ。
道理で静かな訳だ。
廊下に出た瞬間、左右の客室から集中攻撃を受ける可能性もある。
隣室との距離。廊下の幅。非常階段やエレベーターの位置。同じ階に転移した人数。安全地帯の中心座標。最低限、それらを推測してから動くべきだ。
「さて……どう動くかな」
口に出した声が、広い客室へ虚しく響いた。
新世界へ蘇ってから、凡そ三週間。幸運なことに、天音、拓生、ハズレちゃん、竜歌、陽奈乃、フラン――騒々しいほど賑やかな仲間に恵まれ、殆どの時間を誰かと共に過ごしてきた。こうして一人になると、僅かな寂しさを覚えてしまう。
旧世界で名を馳せた天才・雪村雪渚も、随分と丸くなったものだ。
――予選開始から、五十二秒。
そんな感傷を、轟音が引き裂いた。
隣室がある方角。純白の壁が、突如として赤く爛れた。
まるで業火に内側から炙られたように壁紙が縮れ、石材がどろどろと融解していく。
数秒も経たず、人一人が通れる程の穴が開いた。
そこから、ぬっと顔が現れる。全身を白い蝋で覆った、小太りで小柄な男。
曇った眼鏡の奥で、血走った目が周囲を見回し――ベッドへ腰掛ける俺を捉えた。
「馬鹿が……」
「なっ……雪村雪渚……っ!」
――言ったそばから……!「周囲の状況も把握出来ない馬鹿」のご登場だ。
俺はベッドからゆっくりと立ち上がる。着ていたトランプ柄のシャツの第一ボタンを外した。首元の僅かな窮屈さが消え、呼吸が楽になる。
色付きレンズの入った金縁眼鏡。そのブリッジを人差し指で押し上げ、明らかに動揺している蝋男を見据えた。
「さっ、最悪だ……!初戦が〈十傑推薦枠〉……!」
男の出発地点は、恐らく隣室。自分の戦闘能力にある程度の自信があり、壁を破って奇襲し、隣の出場者を開始直後に仕留める算段だったのだろう。
判断そのものは理解出来なくもない。
ただ一つ、致命的な想定外があった。
隣室にいたのが、優勝候補の一角として世界中に名を知られた俺だったことだ。
「くそっ……!やってやる……!優勝して童貞卒業するんだ……!」
男の目に、薄らと涙が浮かぶ。全身を覆う蝋をカーペットへどろどろと垂らしながら、右腕を振りかぶった。そして、何の策もなく突進してくる。
「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!死ねぇぇぇええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
――無策の特攻。四十八万人もいれば、当然こういう馬鹿も混ざるか。
どれほど切実な願いを抱えていようと、戦場では判断を誤った者から死ぬ。
「――ソープにでも行ってろよ。——『凍結弾』」
〈エフェメラリズム〉の棹を握る。ゴム紐へパチンコ玉を番え、限界まで引き絞り――放した。唸りを上げて射出された弾丸が、男の額を正確に撃ち抜く。
「なっ……!」
命中と同時に、パチンコ玉が破裂した。冷気を孕んだ白い霧が噴き出し、男の全身を一瞬で呑み込む。
皮膚を覆っていた蝋も。振り上げた拳も。恐怖に引き攣った顔も。全てが白く凍り付き、男は突進の姿勢を保ったまま停止した。
「……ヤケになった時点で負けだろ」
右脚を高く掲げる。凍結した男の側頭部へ、ハイキックを叩き込んだ。
硬質な破砕音。男の頭部は驚くほど脆く胴体から離れ、カーペットの上へ鈍い音を立てて転がった。
断面から血は噴き出さない。赤い氷の粒が、床にぱらぱらと散っただけだった。
――まずは一人。
これで、この男は敗退。その判断を肯定するように、首を失った胴体と床へ落ちた頭部が淡い光に包まれた。
次の瞬間には、跡形もなく消えている。〈犠牲ノ心臓〉が死を肩代わりし、〈翔翼ノ女神像〉によって〈天上天下闘技場〉へ強制送還されたのだろう。
「――すごかばい!さっすが〈十傑推薦枠〉ばい!」
直後。
ベランダと客室を隔てる一面の強化ガラスへ、巨大な蜘蛛の巣状の罅が走った。
「――っ!」
派手な破砕音。ガラス片が陽光を乱反射しながら客室へ降り注ぐ。その煌めく破片を突き破り、一人の女が外から飛び込んできた。
――クソが……!馬鹿ばっかりか、Aブロックは……!
相手の姿を確認するより早く、〈エフェメラリズム〉を構えた。声の方向へ照準を合わせる。引き絞る。発射。
師匠との修行によって、威力も連射性能も、そして命中精度も以前とは比較にならないほど上がっている。
複数のパチンコ玉が、一瞬の静寂を切り裂いた。弾丸は唸りを上げて室内を奔り、侵入者の胴体へ次々に命中する。
――筈だった。
硬いもの同士が衝突する甲高い音。パチンコ玉は全て弾かれ、砕けた破片となってカーペットへ散った。
俺の脳が、現状を即座に修正する。
「は……?」
女の前に展開されていたのは、折り畳まれた巨大な赤い翼だった。分厚く重なった羽毛が、盾のように弾丸を受け止めている。
翼が、ゆっくりと左右へ開いた。その内側から現れたのは、二十代前半程の若い女。
黄緑色の外ハネウルフカット。頭には白いスポーツキャップ。腕は肩口から巨大な翼と一体化し、羽根の先へ向かうにつれて鮮やかな赤色のグラデーションを描いている。足首から下は、人間の足ではない。猛禽類を思わせる太い脚と、床を容易く抉れそうな鋭い鉤爪。その姿は、ギリシャ神話に登場する半人半鳥の怪物――ハーピーを彷彿とさせた。
開かれた翼から赤い羽根が舞い落ちる。陽光を受けた羽根が、割れたガラス片と共にひらひらと客室を漂っていた。胡蝶の夢でも見ているかのような幻想的な光景。
――この女は……。
——昨年の〈極皇杯〉ファイナリスト……!
「もー!そぎゃんこつしたら危なかろ!」
攻撃された当人とは思えない調子で、女は頬を膨らませる。漫画のギャグシーンのようにプリプリと怒っているが、その両翼は俺と出入口を同時に遮る角度を維持していた。
着地した際にも、殆ど音がしなかった。
馬鹿に見える。
だが、身体は戦闘態勢を一瞬足りとも解いていない。
真冬にも関わらず、服装は露出が多い。短い丈の白いキャミソール。赤いショートパンツ。肩も腹部も太腿も剥き出しだ。
――牽制とは言え……それを受けて、傷一つないのか。
全てが馬鹿らしくなり、張り詰めていた緊張が僅かに緩む。
旧世界の日本でいう九州――恐らく熊本付近の方言で話すハーピー女は、俺の顔を確かめるなり嬉しそうに声を弾ませた。
「まあ何でもよかばい!やっと話せたけんね!」
馬鹿ではある。だが、弱者ではない。
話の内容を聞くより先に、保険を掛ける。
『掟:攻撃の意思を持つことを禁ず。
破れば、金縛りに遭う。』
「あんた、雪村雪渚じゃなか?」
「……庭鳥島萌だな?」
庭鳥島萌。〈世界ランク〉同率十六位。
昨年、六万人のバトルロワイヤルを勝ち抜き、〈極皇杯〉本戦へ進出した八名の一人。本戦出場時のキャッチコピーは、確か――「半人半鳥の舞姫」。
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庭鳥島萌
2107 準々決勝進出
2108 準決勝進出
2109 BEST8
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ブラフも兼ねて、赤いニット帽を目深に冠り直す。そして〈エフェメラリズム〉へ新たな弾丸を番えた。
「――ちょ!ちょっと待つったい!」
「は?」
「あたしはあんたに敵意があるわけじゃなかとよ!」
「はあ?」
庭鳥島は両翼を身体の前でばたばたと振り、必死に弁明する。その姿からは、昨年のファイナリストとしての威厳など微塵も感じられない。
「その翼と脚……ユニークスキルだろ」
「そ、そうたい」
「翼と脚を仕舞って腕を後ろで組んでそこに座れ。話は聞いてやる」
少し乱暴なのは承知している。だが騙し討ちを受ければ、その瞬間に敗退だ。この程度の警戒は当然だった。
「い、言う通りにするけん!ちょっと待つったい!」
黄緑髪の女――庭鳥島は、俺の言葉に従ってハーピー形態から人間の姿へと戻った。腕を後ろで組み、そのまま床に膝を下ろす。
「これでよか?」
「いいだろう」
俺は〈エフェメラリズム〉の照準を外さないまま、女を見下ろした。
「それで?まさか『共闘しよう』とか言わないよな?」
「わかっとるなら話が早か!あたしと一緒に戦ってほしか!」
――マジか、コイツ。
共闘しようと、生き残れるのは最後の一人だけだ。
そもそも俺に裏切られる可能性すら、考えていないのか。
「……理由は?」
「んー、理由なんて特に考えとらんかったけん難しかね」
庭鳥島は正座したまま首を傾げ、考え込む。軈て何かを思い付いたように顔を上げ、満面の笑みを浮かべる。
「うんっ!強いて言うなら、面白そうだからじゃなか!?」
――共闘か……。竜歌とは別のブロックになる可能性が高いだろうから、共闘の線は考えていなかった。
だがこのような事態も運営は想定済みだろう。この予選では協調性やコミュニケーション能力も試されている。
問題は、信用出来るか否か。
——……少し試すか。
『掟:偽証を禁ず。
破れば、吐血する。』
庭鳥島を対象に、新たな掟を定める。俺は何事もなかったようにキングサイズのベッドへ腰を下ろした。
正座した庭鳥島が、不安と期待の入り混じった上目遣いで俺を見上げている。
「ど、どぎゃんね?あたしが去年のファイナリストだって知っとるなら話が早か。組むメリットはあるて思うとよ」
「とは言ってもな。裏切りのリスクがある以上、簡単には組めないだろ。この予選は一敗も許されないんだぞ」
――さて。真意を測らせてもらおう。
「裏切るなんて、そげんこつせんばい!」
ベッドの傍の床で、後ろで腕を組んだまま正座する庭鳥島。庭鳥島の身体に異変はない。罰は不発――嘘は言っていない、ということになる。
俺の冷たい視線が庭鳥島を刺す。
庭鳥島は俺の目を見て、ごくりと生唾を飲み込んだ。
――ふむ、もう少し揺さぶってみるか。
「……そりゃ裏切るつもりの奴が『裏切る』とは言わないだろ。信用してほしければ、ユニークスキルの詳細を話せ」
「あたしのユニークスキルは、偉人級ユニークスキル・〈彩羽〉たい」
庭鳥島は、一切迷わず答えた。
「翼を広げて飛んだり、羽を飛ばして攻撃したり、翼で防御したりできるとよ。あ、このホテルの三階から飛んできて、羽で攻撃して窓割ったったい!」
唇に血が滲む様子はない。嘘ではない。
――やはり、単なるアホか?
昨年の本戦映像を確認していたため、ある程度の能力は知っている。だが敵になる可能性のある相手へ、自ら手の内を明かすとは思わなかった。
「でも飛行中は手ば使えんデメリットがあるけんね。飛ぶのに関しても、あんたの奥さんのユニークスキルの方が使い勝手がよかばい」
偉人級ユニークスキル。新世界の総人口は十一億人。その中でも、僅か〇・〇一パーセントにしか発現しない希少な階級だ。
〈彩羽〉。モチーフは恐らく、イギリスの鳥類学者、ジョン・グールドか。鳥類に関する壮麗な図版入りモノグラフを多数刊行し、特に七巻からなる大著・『オーストラリアの鳥類』によって「オーストラリア鳥類学の父」と称される人物だ。
「飛行能力は強いな」
安全地帯は、平面ではなく球状に縮小する。会場が高層ホテルならば、垂直方向の移動能力は圧倒的な利点になる。
更に俺の〈天衡〉は、対象を視認することが発動条件。空から広範囲を見渡せる庭鳥島の能力とは、非常に相性が良い。
「例えば、俺を背中に乗せて飛ぶことも出来るのか?」
「こう見えて鍛えとるから、成人男性一人くらいなら余裕ばい!」
先程見せた翼の防御力。強化ガラスを破壊した羽根の攻撃力。人間一人を運べる飛行能力。そして昨年の予選を突破した経験。
はっきり言って、強い。共闘相手としては、これ以上ない人材だ。
「最後の質問だ」
「うん!」
「この六万人が参加する予選を勝ち抜けるのは、僅か一人だけだ。それは去年予選を突破した庭鳥島が、一番理解しているだろう」
「もちろんたい」
「共闘したとしても、最後には俺達同士で戦わなければならない。それも理解しているのか?」
「そぎゃんこつ、わかっとるって!」
庭鳥島は正座したまま、胸を張った。
「そんときは最後に、正々堂々戦うて決めればよかたい!」
矢張り罰は発動しない。敵意も、裏切る意思もない。共闘する戦略的価値も十分にある。相手が名も知らない出場者ではなく、昨年のファイナリストというのは大きい。これは僥倖か。
「……わかった。いいだろう」
「ほんなこつ?」
「ああ。組んでやる」
「嬉しか!!」
庭鳥島の顔が、太陽でも点灯したように輝いた。
「もう座ってなくていいぞ」
「ありがとたい!」
庭鳥島は勢い良く立ち上がる。そして真っ先に目を向けたのは、俺でも、割れた窓でも、溶けた壁でもない。部屋の隅に設置された、小型冷蔵庫だった。
「せつな!話しとったら喉乾いたけん、冷蔵庫の水もらってよか?」
「まあ〈極皇杯〉がホテルを貸し切ってるらしいし、いいんじゃないか?」
「ありがたくもらうばい!」
庭鳥島は小型冷蔵庫を開ける。中から取り出したのは、アメニティとして用意された五百ミリリットルの天然水。庭鳥島はその蓋を開けると、一息にぐびぐびと飲み干した。予選の最中とは思えないほど無防備な姿。
「ぷはぁ……!やっぱいい水は美味かねえ!」
――そこで初めて、気付く。
無防備に見えるだけだ。
庭鳥島の視線は、水を飲んでいる間も、鏡やテレビ画面への映り込みを通して、俺と二つの出入口を捉えていた。
片方の腕は空け、翼をいつでも身体の前へ展開できる。重心も全く浮いていない。俺が気を変え、不意打ちを仕掛けようものなら――一歩踏み出すより早く、あの鉤爪か羽根に狩られるだろう。
背筋へ冷たいものが走る。
天真爛漫。無警戒。馬鹿。その全てが庭鳥島萌という女の本質でありながら、戦闘においては一つも隙になっていない。
――想像以上に頼もしいかもしれない。
僅かな期待が、胸の奥で膨らんだ。
庭鳥島が、空になったペットボトルを部屋のゴミ箱へ捨てる。
そのタイミングで、俺も平静を装いながらベッドから立ち上がった。
「――よし、庭鳥島。そうと決まれば動くぞ」
庭鳥島は不思議そうに瞬きをする。割れた窓から吹き込む南国の風が、黄緑色の外ハネウルフカットを揺らした。
「動くって……せつな、どぎゃんすると?」
この手のバトルロワイヤルの定石は、序盤の隠密だ。
一度死ねば、〈犠牲ノ心臓〉が発動して即敗退。無闇に戦闘を重ねる必要はない。体力を温存し、他の出場者同士を潰し合わせ、終盤、安全地帯が狭くなってから動く。必要最低限の戦闘だけで最後まで生き残る。それが合理的だ。
――本来ならば。
「この部屋を出るぞ」
「外に行くと?」
「ああ。庭鳥島のユニークスキルで上空へ出る。空から会場全体を俯瞰したい」
安全地帯の範囲。ホテルの全体構造。他の出場者の分布。戦闘が集中している場所。早い段階で情報を得れば得る程、その後の選択肢は増える。
「まずは戦況の把握が最優先だ」
「了解ばい!」
俺は、ただ身を隠して時間を潰すつもりはない。
この〈極皇杯〉へ参加した目的は幾つもある。
〈十傑推薦枠〉へ選んでくれた天音、陽奈乃、雷霧、師匠。彼等の期待に応えたい。
この異能至上主義の新世界で生き抜くため、世界最高峰の戦いを経験しておきたい。
そして――力を示したい。
先程の親善試合で、天音と陽奈乃が世界中へ実力を知らしめてくれたように。
俺が〈極皇杯〉を制し、〈神威結社〉の力を新世界へ誇示すれば、仲間へ手を出そうとする者は確実に減る。
庭鳥島が、巨大な赤い翼を広げる。割れた一面ガラスの向こうへ身体を向け、離陸の姿勢を取った。彼女がこちらを振り返り、小さく頷く。
俺は助走を付け、その華奢な背中へ飛び乗った。翼の付け根へ腕を回し、しっかりと身体を固定する。
――いや。
違うな。
それらは全て事実だ。
だが、建前でもある。
「行くばい、せつな!」
「ああ!」
庭鳥島が翼を大きく打ち下ろした。
室内に強風が巻き起こり、白いシーツとカーテンが激しく舞い上がる。
次の瞬間。
俺達は割れた窓から、一気に青空へ飛び出した。
足元から客室の床が消える。
身体が上昇する。
南国の向かい風が頬を殴り、赤いニット帽を攫おうとする。片手で帽子を押さえ、もう片方の腕で庭鳥島の背へ掴まった。
眼下へ広がっていく〈竜宮楼〉。
無数の窓。プール。庭園。点在する出場者。その全てが、急速に小さくなっていく。
庭鳥島はドーム状の安全地帯へ触れない、限界ぎりぎりの高度まで飛翔した。
胸の奥で、〈犠牲ノ心臓〉と本物の心臓が重なるように脈打っている。
多分、俺は――。
仲間を守るためだけではない。
誰かの期待に応えるためだけでもない。
一人の男として。
ここに立つ一人の挑戦者として。
——勝ちたいんだ。
予選開始から、七分十八秒。六万人のうち、最後の一人を決める戦いは――まだ始まったばかりだった。




