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すれ違い

 ノアの事をニコラに任せ、一人になった私はその足で書斎へと向かう。


 書斎の前に来ると、いつものようにノックをして中へと入った。


「失礼しま~す……」


「……」


 書斎の中へ入ると、机に向かって一人時間を過ごしているレオン、いつものようにレオン達の警護をしている兵士たち、そして子ども達の侍女のリザとロミーナがいた。


 兵士たちや侍女の二人は軽く頭を下げて挨拶してくれるが、レオンは相変わらずの無反応だ。


――この間の事もあるし、また距離ができちゃったかなぁ。

いや、そもそも距離があるから、さらに遠くなった?


「……」


「あの、マリアンヌ様? ノア様を見かけませんでしたか?」


「ノアちゃん? ノアちゃんなら――」


 その場で呆けている私に、ノアの事を聞いてきたのは彼女の侍女であるロミーナだ。

 「ノア」という名前に反応したのか、今まで机に向かっていたレオンの視線がこちらに上がった。


 私は、ケガがさほど大きくないと安心してもらえるように、言葉を選びながら先ほどまでの事を説明した。


「――という事があって、今はニコラに任せているの」


「そうでございましたか……ケガを。

ですが、大したことがないようで安心しました」


「……もし、それがウソだとしたら。本当はマリアンヌ様がケガをさせたのだとしたら」


 ロミーナやリザ、兵士たちは私の説明を受けて安堵の表情を浮かべているが、たった一人、険しい表情で口を開いた。

 レオンだ。

 彼だけは説明に納得していない様子で、疑ってかかってくる。


「この間まで人を傷つけていた人の言う事なんて……」


「レオン様、お気持ちはお察しいたします……ですが――」


「リザ達は騙されているんだ! 皆、騙されているんだ」


「お言葉ですが……数日間お屋敷の中でこれだけの人数を騙せるほど、大人は良く出来ておりません。

いずれはどこかで素が出るというものです」


「だが、それは!」


「レオン様も、本当はわかっておられるのでしょう? 今のマリアンヌ様は常に素の状態だと、私は思います」


「そんな事――。……もういい」


 レオンは何かを言いかけたが、言葉を飲んだ様子だ。

 そして吐き捨てるように呟き、また机に視線を戻した。


 正直驚いた。

 事を見守っていたが、あの冷静でいつもは周りに同調するリザがこうも強気にレオンに意見を述べたのだ。


 レオンの言い分もわかる。

 だが、リザの反論は素直に嬉しい。

 立場もあるだろうに、擁護してくれることが嬉しいのだ。


 それでも私の嬉しい気持ちとは違って、この場の空気は少し重たい。

 気まずいというのだろうか。

 リザやレオンになんと声を掛けていいか言葉が見つからない。


 それはロミーナも同じだったらしく、声を掛けるか掛けまいか少しだけ挙動不審だ。


 そんな時、扉を叩く音が聞こえ、ニコラの声とともにノアと姿を現した。


「お待たせ致しました。

ノア様のケガは大したことはなく、お医者様の話ですと処置が早かったために痕も残らずキレイに治るとの事です。

マリアンヌ様が素早く動いてくださったからですね。お医者様が感心されておりました」


 ニコラの言うお医者様とは、屋敷の一室に在住しているお屋敷専属のお医者様の事だ。

 子ども達だけではなく、主人や奥方、使用人に至るまでを診てくれるのだそうだ。


 ニコラが待機場所まで移動し、ノアが自分の机に向かって歩いていると、レオンが勢いよく椅子から降りてノアに駆け寄る。


「ノア! 大丈夫か?!」


「……」


「そのケガは、本当に転んだのか? 本当はマリアンヌ様に傷つけられたんじゃ――」


「……」


 レオンの言葉に最初は笑顔で頷いていたノアだが、レオンの言葉を聞いていくうちに次第に表情から笑顔がなくなっていく。

 そして着ているワンピースの裾をキュッと掴み、目に涙を溜めてレオンをキッと睨むのだ。


「なんだよノア、俺はただ……」


「……」


「お、おい、……なんだよ。

ノアまで、本当にどうしちゃったんだよ」


 ノアの行動に少しだけ納得いかない表情を見せるレオン。

 そんなレオンにノアは駆け寄り、言葉を発せないかわりに、彼の胸を両手の拳で軽く叩いている。


 ノアなりの訴えなのだろう。

 彼女の数少ない訴えを肯定はしたい。

 したいのだが、それでも叩くのは――。


「ノアちゃん、もうその辺で……。

お兄ちゃん、ノアちゃんの事を想って言ってくれたのだから。

だから、ね? お兄ちゃんにポカポカするのやめましょう?」


――こんな時、もっと二人に近づけたら。

二人を抱きしめて、「悪いのは私なんだよ」「二人は悪くないよ」って言えたら。


 私が次の言葉を考えていると、レオンの胸を叩くのを止めたノアが、クシャクシャの泣き顔でこちらに駆け寄ってきた。


 かと思えば、足元にきてメイド服の裾に正面からしがみついてきたのだ。


「え……」


「まぁ……」


「わー……」


――ど、どどど……どうしよう?! ノアちゃんが、足元にしがみついてきた! 嬉しい! 正直嬉しい! でもこの状況はまずい! また何か誤解されてもいやだ! でも、ノアちゃんが近い! ゼロ距離! なにこの距離!


 ニコラ達侍女は口元に手を当てて驚いた表情を見せている傍ら、私は内心パニック状態だ。


 嬉しさとこの状況を脱したいと言う葛藤に苛まれている。

 とりあえず今できる事は、これ以上疑いの目を向けられないように両手を上げるしかない。


 まるで今の状態は、人質にとられた人のようだ。

 それか武器を向けられた人か。


 なんにしても顔から血の気が引いていくのがわかる。

 両手があがり、青ざめた表情と言うのは、きっとそういう状態に見えてもおかしくはない。


 さて、どうしたものか。


「なんだよノアまで……。後で傷つけられて泣きついてきても知らないからな」


 そう言って机に戻ったレオンの表情は拗ねたような、怒っているようななんとも複雑な表情で。

 だが、少しだけ見えた後ろ姿はいつにも増して小さく、寂しく見えた。

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