屋敷の中のちょっとした変化
あの騒動から三日後――。
使用人たちの働き方改革や、子ども達に隠し事が知られてしまってからというもの、身の回りで様々な変化が起きた。
まずは使用人たちの変化だ。
騒動の後、クリスがさっそく求人を募った。
雇用条件などは伏せ、面接の際に詳細を説明をするというもの。
これはクロエの案だ。
あまりにも好条件なため、応募が殺到するのを防ぎ、絞り込みや面接時間を効率よく回すためらしい。
だが、口コミで広まったのか、クロエの案も空しく今やクロエとクリス、二人とも三日三晩、人事採用に追われている始末だ。
さらに、応募が予想以上の数を上回っているのを目にしてなのか、屋敷の使用人たちの動きがいつも以上に活発だ。
ニコラ達に心境を聞くと、「人手が増えれば仕事の向き合い方が変わりそう」という声や「今まで手が回らなかった所にも手が回せそう」と言った私の趣旨に近い言葉をくれた。
屋敷の皆が働きやすい環境になってくれるなら、こんなに嬉しい事はない。
それとは別として、私には大きな悩みができた。
この三日間、子ども達が笑顔でおやつを頬張るという事がなくなった。
おやつを作っていたのが知られてしまってからは、私が直接作る事はせず、シェフたちに任せる事にした。
今はそれが最善だと思ったのだ。
それに、食事を運ぶ執事たちが「おやつはシェフが作ったもの」と説明をしながら用意をしているのだが、レオンは終始険しい表情を浮かべながら黙々とフォークを進める。
ノアに至っては、レオンの様子を伺いながら遠慮がちにおやつを口に運ぶのだ。
その光景を遠目から見ているのだが、なんとも気まずい。
そして胸を締め付けられる思いだ。
こういう状況を避けたくて、知られたくなかったのだが、起きてしまった事は致し方ない。
またコツコツと出来る事を頑張ろう。
だが、悪い事ばかりではない。
最近の変化がもう一つある。
なんと、ノアが私の後ろを付いて歩くようになったのだ。
付いて歩くと言っても、私が廊下を歩いている時のみで、距離は十数メートル離れており、壁に沿って歩いて柱や廊下の置物などに身を隠しながら、まるで尾行しているかのように付いてくるようになった。
「ねぇ、ニコラ」
「はい、なんでしょうか」
「今日も来てる?」
「はい、いらしてます。ご本人様は気づかれてないと思われていますでしょうが……。柱や置物に隠れておられますが、丸見えですので……」
「どうして後を付けてくるのかな? 何か知ってる?」
「いえ……とくには」
「……だよね。はぁ、それにして可愛すぎる。
時々見えるヒョコってする姿がまた可愛いの。
そして私が振り返ると、バレていないと思いながら隠れる姿もまた可愛い……はぁ」
「心のお声……漏れてますよ。なんだか、変態さんみたいです」
「変態でもなんでもいいわ。可愛いのは事実なんだから。
はぁ……ぎゅってしたい」
私とニコラは、いつものように子ども達がいるであろう書斎に足を向けていた。
そんな折、今日も身を隠しながら後ろを付いてきているというノア。
どのような理由で付いてくるのかはわからないが、もう三日もこの状況だ。
ご令嬢のスケジュールは忙しいはずなのに、空き時間に来てくれているのだろう。
笑顔でおやつを食べる事はなくなったが、こういう些細な事が私にとってはたまらなく愛しい。
「マリアンヌ様、溺愛ですね。まさか、このようなお姿を見られるとは……」
「だって、血は繋がっていなくても我が子ですもの。
愛しく思ったり、愛でたいと思ったりするわ。
まぁ……現実はそう甘くないけど」
「大きな前科がおありですものね……」
「ほんとそれよ。以前の私をぶん殴りたいくらいよ。
今からでも遅くないかしら……」
屋敷の皆や子ども達は、マリアンヌによって傷つけられたのだ。
その本人だけ何も罰を受けないと言うのは、不公平ではないだろうか。
それなら、今は自分の身体だが第三者の私が制裁を加えてもいいのでは。
そう思い、握りこぶしを作ったのだが、慌てた様子のニコラに拳を両手で包まれ、阻まれてしまった。
「え? え、ちょ、何をなさるのですか?!」
「何って、グーパンで自分の頬を殴るのよ。最初からこうしていればよかったのだわ」
「お待ちください! グーパンは存じませんが、いくらマリアンヌ様でも一応奥方様なのですよ?! ご自分で顔に傷を作るなど前代未聞です!」
「だけど、皆傷つけられたのに、私だけ罰を受けていないのは不公平じゃない!」
「罰なら……受けているではありませんか。……どうして――」
ニコラは包んでいる手におでこを乗せて何かを言ったが、呟きに近く、上手く聞き取れなかった。
私が聞き返そうとした矢先、ドサッと何か鈍い音がした。
その方向を見ると、うつ伏せになっているノアの姿が目に入る。
「ノアちゃん!」
私は急いでノアに近寄るため、包んでくれているニコラの手を、空いていた手で軽くほどいて駆けだした。
うつぶせになっているノアは、のそのそとゆっくり立ち上がろうとしている。
ノアの正面で膝立ちになり、彼女の体を支えながら立ち上がるのを手伝い、どこかケガをしていないか状態を確認する。
「どうしたの?! 転んじゃった?! ケガは?! 痛いところは?!」
声を掛けながらケガをしている部分がないか確認をしていると、右膝の方に大きくはないが、かすり傷が見えた。
大きくないとは言え、ケガはケガだ。
菌が入って化膿する事だってある。
私は、普段から持ち歩いているポシェットの中から道具を取り出して、ケガの手当てをしていく。
その間、痛みがないか確認のためにノアの顔を覗き込むと、彼女はギュッと目を閉じ、不安からなのか胸の前で手を握りしめていた。
そうして傷の手当てを終えて、ノアに声を掛けると、ゆっくりと目を開けてくれた。
「まだ痛む?」
「……」
彼女は、少し目に涙を溜めてゆっくりと頷く。
頷きを見た私は、彼女の膝にそっと手を当てて、誰しも聞いた事があろうおまじないを唱える。
「痛いの痛いの、飛んでいけ~。……どう?」
「……」
痛みが緩和されないのか、彼女は首を横に振った。
その姿を見て、もう一度同じようにおまじないを唱えた。
「痛いの痛いの、飛んでいけ~。
それから……わたがし、キャラメル、コットンキャンディ、ぜーんぶ食べたいカボチャの馬車~。……どう?」
「……」
彼女の痛みの具合を確かめようと視線を合わせると、彼女はぽかんと口を開けて目をパチクリさせていた。
そしてゆっくり頷いてくれた。
どうやら最後のおまじないが効いたらしい。
このおまじないを唱えると、子ども達は何故か痛みを忘れるようだ。
「よかった! 痛みはもぅ大丈夫ね。……はっ」
ノアの様子に安堵したが、5メートルしか近づいてはいけないと言う規則を破っている事に気が付き、私は慌ててノアから離れて後の事はニコラに任せる事にしたのだった。




