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5.パートナー

イシククルとバングウェウルに着替えてもらい(特にイシククルは元の姿に戻った時にスカートだとダメージが大きいだろう)立ち膝をさせ、2人に鎖を持たせる。


「じっとしてろよって。」


「動いたらどうなる?」


「俺にもわからん。」


イシククルは息を止めた。

そこまでしなくても、と思ったが好都合なのでそのまま呪文を唱える。


「ニニューと攫われた騎士よ、その想いを主の剣で貫け。」


フウと息を吐くと青い煙が唇から漏れ出、イシククルとバングウェウルを覆う。

その煙はモクモクと膨らみ、あっという間に2人の姿を隠してしまった。


「なんだ、これ!?」


「じっとしてなきゃ……」


ガチャンと音がした。

見ると錠前が落ちている。

錠前と鍵は砕けていた。


どうやら解呪は成功したようだ。


「どうだ?」


「どうだって!お前なんだよこの煙……あれ?声が……」


青い煙の中から低い声がした。

イシククルの本来の声に戻ったようだ。


「戻った!?」


煙から飛び出してきたのは爽やかな雰囲気の男だった。

茶色の癖毛に垂れた目が犬っぽい。

……イシククル、だろうか?

あのフワフワな見た目のイメージが強いのでなんだか不思議だ。

これが彼本来の姿なのだろう。

思っていたよりも男らしい……こんな奴が「ほえ?」とか言ってたのか……気色悪いな……。


「戻ったみたいだな。」


「よっしゃあ!お、ちゃんとちんこも戻ってるな。よかったよかった!」


思わず蹴りを入れてしまう。

女の見た目で言ってた時以上に下品に感じる。


「蹴ることないだろ?

俺の喜びがわかんねえかな。」


「うるさい。

……バングウェウルは大丈夫か?」


振り返ると、ヴェルタが彼女に付き添っていた。

バングウェウルは美人だった。

焦げ茶の髪は顎のあたりで切り揃えられてキリッとした印象に見えるが、顔はどちらかというと柔らかく深緑の目と相まって優しそうだ。

男姿でイケメンだったのだから、女に戻っても美人なのだろう。


「大丈夫なの?」


「うん、ありがとう……。

戻れたみたいで……。」


彼女がこちらを見た。

それから流れるように土下座をした。

す、すごい早業だ。


「この度はご迷惑おかけして……」


「そんな、土下座なんてやめてくれ!

一番苦しんでたのは君なんだ。気にしないでいい!」


「私の軽率な行動がこのような結果に至ってしまい誠に申し訳なく思っております。」


「仕方がない、まじないの書の中にはこういった悪質な物も紛れているんだ。

最近は検閲が厳しくなったが、15年くらい前だと検閲も無く普通に買えるまじないの書として売られていたりした。

こういうこともあり得ないことじゃない!

立ってくれ!」


「イシククルさんも本当に申し訳ありませんでした。」


「おう。謝れ謝れ。」


俺は再び蹴りを入れる。

こいつは……!


「いって!蹴るなって!」


「お前な!女性にこんなに謝られているというのになんだその態度は!

ほら、立って。こいつのことは気にしないでいいから。」


バングウェウルはおずおずと立ち上がった。

男姿のときはちょっと憎たらしく思っていたが、さすがに今この姿になって憎たらしいとは思えない。

むしろ、イシククルの婚約者だなんてという哀れみの目で見てしまう。

こんなに美人なんだ。何もイシククルなんかと結婚しなくても……。


彼女はイシククルの前に立ち、頭を下げた。

こんな奴に何度も頭を下げなくていいのに。


「本当にすみませんでした。」


「……ん……?」


「ん、じゃないだろ!」


「いやそうじゃなくて……。」


イシククルはバングウェウルの顔を覗き込んだ。


「あんた……会ったことある。

そうだ!列車で隣の席に座ってた!そうだろ?」


イシククルは興奮したように頬を赤くしてバングウェウルの手を掴んだ。

……そういえば、こいつに記憶を辿らせた時列車で隣の席に座っていた子が可愛かったとか書いていたような……。


「……そうだっけ?」


「そうだよ!ほら、ガリラヤ行きの列車で隣同士になって、えーっと、あ、将来の夢の話とかしたな。

オレは召喚士に、あんたは水魔法を極めるって話ししてたじゃん!」


彼は思い出してもらおうと懸命に話すが、バングウェウルは「覚えてないけど申し訳ないからそんなことは言えないな……」という顔をしていた。


「えーっと、そうだったかもー?」


「……覚えてないんだな。」


「すみません。」


「いや、いい。」


イシククルは格好つけたように手を上げたが、その姿は惨めだった。


「……元気出せよ。」


「慰められたら余計惨めだろ?やめろ。」


「何はともあれ、これで円満解決だな!」


俺とヴェルタは婚約者としてコシボルカの祭りでパートナーになれるし、2人は元の姿に戻れたし……


「これからの問題の方が多いかもしれないわ。」


「そうですね……。

それぞれ別の性別で入学してしまってますから手続きをしなおして、寮も変えて、周りの人からの質問に答えて、性別が変わる呪いは珍しいからそのことで論文を書きたがる方もいるかもしれません。あと、使用したまじないの書の調査もあるでしょう。

少し考えただけでもやることは山積みです。」


頭がクラクラしてきた。

まだ解決してないじゃないか。


イシククルを見ると虚ろな目で遠くを見ていた。

こいつ、想像だけで失神してやがる。


「……俺も出来ることは手伝うからさ。」


「ええ、私も。」


とりあえず、イシククルを医務室に連れて行くところから始めようか。



イシククルとバングウェウルの性別が戻って2週間。

学内は騒ぎになっていたが、今は大分落ち着いてきた。

「クル」が男だと知って発狂した生徒が何人もいたが、そんなことは知ったことではない。


「なあ、お前はコシボルカの祭りのパートナーヴェルタだろ?」


雄々しいイシククルが俺の隣に座り、昼食のパンを頬張り……いや貪り始めた。

こんなのに告白してたなんて知ったら確かに発狂したくなるな。


「当たり前だろ。

絶対他の奴と組ませるものか……。」


「怖い怖い。」


イシククルに頬をつねられる。


「なんだ、お前もしかしてまだ男だと信じてもらえずパートナー申請をしてくる奴がいるのか?」


「そういう奴には片っ端からちんこ見せるか殴ってるから大丈夫だ。」


大丈夫なのだろうか?


「そうじゃなくて、あー、その……。」


イシククルがモジモジしている。

ははあん、さては踊れないんだな。


「踊りなんか適当で大丈夫だぞ。」


「違えよ。」


「ん?ならなんだ?

あ、正装が無い?俺の貸すか?入るか知らんが。」


「違え。」


「わかった。お前のことだからジッとしてられなくて先生方のスピーチを聞いてられないんだろ?」


「全然違う!

パートナーのことだよ!」


「パートナー?

……まさかまだバングウェウルに頼んでないのか!?」


驚いた俺はサンドウィッチを落としてしまう。

ああ、最後の一口だったのに。


「……そうだよ……。」


「何やってるんだ!

バングウェウルが女になってから、っていうよりわかってから、それはもうモテてモテて……モテまくりだぞ?

早くしないと他の男に取られる。」


「わかってるけどよ〜……。」


照れくさいのか。

俺もヴェルタが誘ってくれなかったらこんな風にぐちゃぐちゃ悩んでいたんだろうな……。

ありがとう、ヴェルタ……。


「お前は婚約者なんだから、誘うのは不自然じゃない。」


「……う〜ん……。」


その時、ちょうどヴェルタとバングウェウルが通りかかった。

天の采配。


「ヴェルタ、バングウェウル!ちょっといいか?」


「なっ、お前、行動早いな……!?」


2人はこちらに気付くと駆け寄ってきた。


「どうしたの?」


「……えーっと。」


モジモジしているイシククルの踵を蹴る。


「いっ!

……あー、お前、コシボルカの祭りのパートナー決まってる?」


「…………コシボルカ……?」


バングウェウルがキョトンとした。

……この反応。まさかコシボルカの祭りを知らない……?

学校に半年もいて……?


そういえば彼女はいつもヴェルタの近くか、そうでなければ資料室に篭っていた気がする。

ずっと呪いを解く方法を探していたのだろう。


「学園祭みたいなものよ。

食事や飲み物がたくさん出て、踊りもするの。」


「へえ、楽しそうね。

……あ、最近誘われるのってこのこと?」


誘われる……!?

バングウェウルはもうパートナーが決まっているのか!?


「安心してください。

私が全員断ってますから。」


ヴェルタは髪をバサっとたなびかせた。

なんて頼もしいんだ……!惚れ直してしまう!

そんなヴェルタの頼もしさや男らしさに感化されたのか、イシククルが一歩踏み出す。


「……バングウェウル!

オレとパートナーになってくれないか!?」


「ええっと……私……踊れない……。」


その言葉に、俺たちは凍りついた。

……なるほどな……。

世の中そんな甘い話はないってわけか。


イシククルはバングウェウルに踊りを教えるようになり、それがきっかけで2人は仲良くなるのだがそんなことになるとは露ほども思ってなかった俺は固まるイシククルを他所にその場をそっと後にしたのであった。

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