4
西パンゲア貿易会社が極秘裏に管理する地下造船所は、文字通り「想像を絶する」という表現が相応しい場所だった。
専用の特別列車を降り、巨大な鋼鉄の扉を抜けた瞬間、私の視界に飛び込んできたのは、地底湖を丸ごと一つくり抜いたような途方もなく巨大なドーム状の空間だった。
天井からは太陽の代わりとなる巨大な発光魔石がいくつも吊り下げられ、真昼のような明るさで広大なドックを照らし出している。
至る所で火花が散り、何万という作業員たちが蟻のように動き回り、金属を打ち据える重低音が腹の底に響いてくる。
「すごい……」
私は思わず、感嘆の息を漏らした。
前世の旅行で、夫の運転する車に乗って名古屋港の『飛島ふ頭』へ行ったことがある。あそこに立ち並ぶ巨大なガントリークレーン——通称キリンの群れを見た時も、そのスケールの大きさに圧倒されたものだ。「人間って、あんなに巨大なものを動かせるのね」と、海風に吹かれながら夫と笑い合った記憶が蘇る。帰りに食べた熱田のひつまぶしは、本当に美味しかった。
けれど、目の前の光景は、あの飛島ふ頭を遥かに凌駕している。
ドックには、大小さまざまな形状をした巨大船舶がいくつも建造途中だった。
海に浮かぶ要塞のような超弩級のガレオン船、氷の海を砕きながら進むための分厚い装甲を持った砕氷船、果ては両翼に巨大な帆のようなものを備え、今にも空へ飛び立ちそうな未知の形状をした船まである。
そのどれもが、前世の常識では計り知れない魔法技術と、ルキアナの財力が結集した結晶だった。
「総督閣下、ご視察に感謝いたします!」
私が歩みを進めるたび、通路の両脇にズラリと整列したフルプレートアーマーの衛兵たちが、一斉に槍を掲げて最敬礼をしてくる。
カチャリ、と金属が鳴る音がドーム内に反響するたび、前世はただの一般市民だった私の心臓は「ひええ」と縮み上がりそうになる。まるで国賓か、はたまたどこかの国の大統領にでもなったかのような厳戒警備体制だ。
しかし、そこは「西パンゲアの女帝」として君臨してきたルキアナの体が、勝手に堂々とした振る舞いを見せてくれる。私は内心の戸惑いを微塵も顔に出さず、優雅に微笑みながら鷹揚に頷いてみせた。
「母上、お目当ての船はあちらの第五ドックです。ご案内します」
隣を歩く息子、カッシウスの案内に従い、私たちは特別に用意された昇降機に乗ってさらに下の階層へと降りていった。
第五ドックの静かな水面に浮かんでいたのは、他の超巨大な建造中の船に比べると、意外なほど「普通」の大きさの船だった。
漆黒の滑らかな流線型をした船体。無駄な装飾の一切を削ぎ落としたそのフォルムは、まるで深海に潜む巨大なクジラのようだ。
サイズ感としては、前世で夫と一緒に乗った、北海道行きの大型長距離フェリーと同じくらいだろうか。それでも十分に大きいのだが、周囲の船がタンカーのように規格外すぎるため、なんだかコンパクトで可愛らしくすら見えてくる。
「総督、お待ちしておりました。私が本艦の艦長を拝命いたしました、ティベリウスと申します」
「同じく、本プロジェクトの技術長官を務めさせていただいております、クラウディウスです」
タラップの前で待っていたのは、海の男らしく日に焼けてがっしりとした体格の初老の男性、艦長のティベリウス。そして、銀縁の丸眼鏡の奥から知的な光を放つ、神経質そうな細身の男性、技術長官のクラウディウスだった。
「ご苦労様。二人の素晴らしい仕事ぶりに、心から感謝するわ。さあ、早く中を見せてちょうだい」
挨拶もそこそこに、私ははやる気持ちを抑えきれず、自らタラップに足をかけた。
潜水艦の内部は、狭く入り組んでいた。天井には無数のパイプが走り、壁面には魔石の光を動力源とする複雑な計器類がびっしりと埋め込まれている。古代ドワーフの失われた技術——重厚な歯車や蒸気機関を思わせる機構と、現代の魔法技術が見事に融合した、一種のアートのような空間だった。
各区画を繋ぐハッチは小さく、急な鉄の階段や梯子を何度も昇り降りしなければならなかった。
前世の私なら、最初の梯子を登った時点で「ああ、膝が痛い」「腰にくるわね」と音を上げ、翌日には筋肉痛で寝込んでいたことだろう。しかし今の私は、息一つ切らさずにスイスイと梯子を登っていく。健康な肉体というのは、これほどまでに世界を広げてくれるのかと、改めて感動を噛み締めていた。
「——ここが、本艦の中枢である操舵室です」
艦長ティベリウスの案内に導かれ、私たちは船の最前部にある広い部屋に出た。
前面には分厚い特殊ガラス(これもドワーフの技術らしい)がはめ込まれ、深海を照らし出すための強力な魔光灯が備え付けられている。中央には巨大な海図を広げるためのテーブルがあり、その周囲を無数の計器と操舵輪が取り囲んでいた。
「素晴らしいわ。居住区も十分に快適だったし、何よりこの計器類の美しさ。あなたたちの情熱が伝わってくるようよ」
「身に余る光栄です、総督」
私は操舵室の窓から、暗いドックの水面を見下ろした。
あの水深望遠鏡で見つけたという、深海で未だ稼働を続ける巨大な転移装置。先ほどのカッシウスの報告にあった「どこでもドア」のような技術が、海の底で眠っている。もしそれが、地上への帰還だけでなく「世界の果て」へ繋がる道筋なのだとしたら。
行方不明の夫、ヴァレリウスは、その道筋を辿ったのではないだろうか。
私の胸の中で、前世の旅行好きの血と、今世の探求者の血が、激しく沸き立つのを感じた。
私はゆっくりと振り返り、艦長、技術長官、そして息子の顔を順に見渡した。
「それで——」
私は極めて自然なトーンで、明日の夕飯のメニューでも尋ねるように言った。
「いつ頃、一緒に『出発』できそうかしら?」
ぴたり、と操舵室の空気が止まった。
ティベリウス艦長は目を丸くして固まり、クラウディウス技術長官は丸眼鏡をズレ落としそうになりながら口をパクパクさせている。
そしてカッシウスは、額に手を当てて天を仰いだ。
「……母上。今、何と仰いましたか?」
「だから、いつ出発できるのかと聞いたのよ。私も一緒に乗るのだから、荷造りのスケジュールを立てたいじゃない」
「なっ……総督! ご冗談を!」
真っ先に声を上げたのは、技術長官のクラウディウスだった。彼は血相を変えて一歩前に出た。
「本艦はあくまで『調査・実験用』の試作機です! ましてや目的地は、光すら届かぬ未知の深海。総督ご自身が赴くなど、危険極まりありません!」
「母上、クラウディウスの言う通りです」
カッシウスも深刻な顔で口を挟んだ。
「母上はご存じないかもしれませんが、新たに解読されたドワーフの古文書によれば、彼らの記録には『深海4万キロ』という途方もない水深の記録が残っているのです!」




