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スクリーン越しに、かつての同胞たちの無事な姿を確認し、艦長と船員たちの間に歓喜のどよめきが起こる。私も、ルキアナの記憶の中にある見覚えのある顔を見つけ、胸を撫でおろした。
「緊急時のプロトコルに従い、ドローンから発光信号を送れ」
「了解。特定の明滅パターンで接触を図ります」
ドローンの先端が、チカチカと特殊なリズムで光を放つ。
それに気づいた甲板上の船員が驚いたように身構えたが、すぐに信号の意味を理解したようで、慌てて手元のランプを取り出し、同じように特定のリズムで光を返し始めた。
「応答確認! 『異常なし。責任者の乗船を許可する』とのことです!」
「よし! ステルスを解除し、アルゴス号の右舷に浮上しろ!」
ザバァァァッ! と、大きな水しぶきを上げて、私たちの漆黒の潜水艦が巨大なガレオン船のすぐ隣にその姿を現した。
突然海から現れた未知の黒い船に、アルゴス号の船員たちは一瞬パニックになりかけたが、すぐにハッチが開き、西パンゲアの旗が掲げられるのを見ると、大歓声へと変わった。
渡されたタラップを通り、私はついにアルゴス号の甲板へと足を踏み入れた。
潮の香りと、木の船特有の古い匂い。
「総督閣下! まさか、我々を探しに自らお出ましになるとは……!」
出迎えてくれたアルゴス号の船長が、涙ぐみながら深々と頭を下げた。
「ご苦労様だったわね。皆、よく生きていてくれたわ。すぐに食料の積み込みを開始するわ」
「総督閣下、感謝致します!」
「我々を見捨てにならず、光栄です!」
私は彼らの労をねぎらいながらも、視線はすでに船の上部、一際立派な装飾が施された部屋へと向いていた。
「……船長、それで、ヴァレリウスは?」
「はい。ヴァレリウス様は、あちらの甲板最上部の提督室におられます。現在、海図の確認を……」
「わかったわ。案内は大丈夫よ。ゆっくりと船員達と休んで」
「はい、感謝致します!」
「急いで、食料を積み込め! 皆、腹ペコだぞ!!」
私は船員達の安堵や歓喜の声を背に、足早に階段を駆け上がった。
一段飛ばしで階段を登っても、息一つ切れない。だが、心臓だけは、まるで初恋の乙女のように早鐘を打っていた。
重厚なオーク材で作られた提督室の扉。
私は大きく深呼吸を一つして、ノックもせずにその扉を押し開けた。
ギィィ……と重たい音を立てて扉が開く。
部屋の真ん中には、巨大な木製のテーブルが置かれていた。その上には無数の海図や古い羊皮紙が乱雑に広げられている。
そして、そのテーブルに両手をつき、食い入るように海図を睨みつけている、大柄な男性の背中があった。
銀色が混じった髪。広くて逞しい肩。
それは間違いなく、今世の夫、ヴァレリウスの後ろ姿だった。
「……誰だ。今は誰も入れるなと言ったはずだが」
低く、少し掠れた声。彼は海図から目を離さないまま、不機嫌そうに言った。
私は一歩、部屋の中へと足を踏み入れた。
「相変わらず、地図ばかり見ているのね」
私の声に、彼の背中がピクリと跳ねた。
ゆっくりと、まるで信じられないものを恐る恐る確認するかのように、彼が振り返る。
日に焼け、無精髭を蓄えた精悍な顔。琥珀色の瞳が、驚きに見開かれていた。
「ルキアナ……? まさか、どうして君が、こんな果ての海に……」
彼は困惑したように目を瞬かせた。
数年ぶりの再会。ルキアナとしての私は、今すぐ彼に抱きつきたい衝動に駆られていた。しかし、私の「前世の魂」は、彼のある『仕草』に完全に釘付けになっていた。
彼は困惑しながら、無意識のうちに、右手の親指で「自分の右の眉毛をゴシゴシと擦った」のだ。
——間違いない。
それは、前世の夫が、家具の組み立て説明書を読んで意味がわからなかった時や、私が不機嫌になった理由がわからずにオロオロしている時に、必ず見せる『癖』だった。
ヴァレリウスという屈強な探検家の皮を被っているが、中身は間違いなく、あの少し不器用で、旅行好きな私の夫だ。
私は震えそうになる声を必死に押し殺し、静かに彼に歩み寄った。
そしてテーブルを挟んで彼を真っ直ぐに見つめ、こう尋ねた。
「ねえ。……長いトンネルに入る直前。あなた、次のお弁当は『どっち』にするって言ったかしら?」
「……ん!?」
ヴァレリウスは、完全に面食らった顔をした。
異世界での感動の再会に、突然の「お弁当」の質問。今の彼がただのヴァレリウスであれば、「長旅で頭がおかしくなったのか」と心配するはずだ。
しかし。
彼の琥珀色の瞳の奥で、何かがパチッと弾けたのがわかった。
右眉を擦っていた手がピタリと止まり、その顔から異世界の屈強な提督の表情が抜け落ちていく。代わりに浮かび上がったのは、見慣れた、優しくて少し間の抜けた、五十代の日本のサラリーマンの顔だった。
「……海鮮を食べたから」
彼は酷く掠れた声で、ゆっくりと紡ぎ出した。
「次は山の幸がいいなって。……だから、ほら。あの、鶏肉の……」
「地鶏めし、でしょ」
私が微かに笑いながら正解を告げると、彼の大粒の涙が、ポロリと海図の上にこぼれ落ちた。
「恵子……? 本当に、恵子なのか……?」
彼は、前世の私の名前を呼んだ。
日本で三十年以上連れ添い、共に住宅ローンを返し、二人の子供を育て上げた、私の本当の名前。
「ええ、そうよ。宏さん」
私が彼の名前を呼んだ瞬間、宏さん……いや、ヴァレリウスは、テーブルを回り込むようにして私の前に歩み寄り、その大きな両手で、私の手をぎゅっと包み込んだ。
ゴツゴツとした、知らない男の人の手の感触。けれど、その手の平から伝わってくる温もりと、不器用な包容力は、間違いなく私が愛した夫のものだった。
「嘘だろう……神隠しに遭ったと思ったら、いきなりこんな大男になっていて、海の上にいて……お前はいないし。ここがどこで、帰り方も、行き先も分からなかった。ずっと、ずっと探していたんだ。もしかしたら、この世界のどこかにいるんじゃないかって……あぁ……」
子供のように泣きじゃくる大男の姿は、滑稽でありながら、どうしようもなく愛おしかった。
「私もよ。あなたを……ううん、ヴァレリウスを探すために、水深七万メートルの海を潜って、超巨大イカに道案内してもらったんだから」
「超巨大イカ……? なんだそれ、夢でも見てたのか?」
宏さんは涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら、呆れたように笑った。
「夢じゃないわ。信じられないかもしれないけれど、私たちに起きたことを、最初から全部話すわ。……あ、でもその前に」
私は、彼の胸板に軽くおでこをこすりつけながら、ふんわりと微笑んだ。
「せっかく健康な体になったんだもの。この世界の果てまで、二人でたくさん旅行しましょうね、お父さん」
「……ああ。そうだな。恵子」
異世界の広大な海の上。
巨大船の提督室で、私たちは三十年分の夫婦の絆を確かめ合うように、いつまでも互いの手を取り合い、見つめ合っていた。




