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突如として、潜水艦全体を揺るがす凄まじい衝撃と、大量の水が弾け飛ぶような轟音が響き渡った。
「きゃっ……!」
私は座っていた特別席から転げ落ちそうになり、慌てて肘掛けにしがみついた。
視界を埋め尽くしていた純白の光が一瞬で晴れ、ハッと息を呑んで目を見開く。気がつけば私は、深海のフワフワとした精神体などではなく、しっかりと自分の肉体を持ち、元の潜水艦の操舵室の椅子に座っていた。
鼻を突くのは、微かな機械油と魔力エンジンの匂い。間違いない、現実だ。リヴァイアサンは約束通り、時間を進める前に、私を潜水艦の中へと戻してくれたのだ。
「な、何が起きた!?」
「衝撃波、および空間の歪みを検知! 魔力炉、一時的に出力低下!」
「各部、被害状況を報告しろ!」
操舵室は、一瞬の間に騒然となった。ティベリウス艦長の怒声が飛び、船員たちが青ざめた顔でコンソールの計器類に喰らいついている。
彼らにしてみれば、深海七万メートルの暗黒の中で、目の前の古代装置がいきなり発光したかと思ったら、次の瞬間には凄まじい衝撃と共に「何か」が起きたのだ。無理もない。
「被害報告! 船体に損傷なし! 魔法障壁、正常に稼働中!」
「魔力炉、出力安定しました! ……か、艦長!」
計器を確認していた船員の一人が、ありえない光景を見たかのように、信じられないといった顔で振り返った。その声は、恐怖からか微かに震えている。
「どうした! 周囲の状況は!」
「深度……ゼロです! 我々は現在、海面に浮上しています!!」
「なんだと!?」
ティベリウス艦長が目を見開くのと同時に、メインスクリーンを覆っていた特殊ガラスのカバーがシャッターのように開いた。
そこから飛び込んできたのは、深海の圧倒的な漆黒でも、発光する胞子の雪でもなかった。
「まぶしっ……」
私は思わず目を細めた。
窓の向こうに広がっていたのは、見渡す限りの青い空と、太陽の光を反射してキラキラと輝く、穏やかな海原だった。
白い波頭が立ち、カモメによく似た海鳥が数羽、優雅に空を舞っている。
「まさか……本当に、あのアーチは『転移装置』だったというのか……!?」
ティベリウス艦長は、スクリーンに映る平和な海上の景色と、手元の深度計を交互に見比べながら、呆然と呟いた。
水深七万メートルの超深海から、一瞬にして海面へ。物理法則を完全に無視した現象を前に、船員たちも一様に言葉を失っている。
しかし、そこはやはり西パンゲア貿易会社が誇るトップエリートたちだった。
彼らはすぐに我に返ると、プロフェッショナルとしての顔を取り戻した。
「現在位置の特定を急げ! 星回り、または太陽の位置から海域を割り出せ!」
「ソナー展開! 周囲に岩礁および敵性生物の反応なし!」
「通信機、各周波数帯でスキャン開始!」
誰もパニックを起こすことなく、冷静に機器を調整し、現状の把握に努める姿。
私はその頼もしい背中を見つめながら、ホッと安堵の息を吐いた。五十にもなると、被災した時なのど、こういう「非常時に取り乱さず、淡々と仕事を進める若者」を見るだけで、無性に感心し、ありがたい気持ちになってしまう。
「艦長! 前方約三キロの海上に、船影を確認! ……あれは!」
望遠鏡を覗き込んでいた船員が、弾かれたように声を上げた。
「マストの旗に、我が社の刻印があります! 西パンゲアの船です!」
「なにっ、貸せ!」
ティベリウス艦長は部下から素早くスコープを座席を交代すると、自らレンズを覗き込んだ。
数秒の沈黙。やがて、艦長の厳つかった口元が、ゆっくりと緩んでいくのがわかった。彼はスコープから目を離し、私の方へと振り返った。
その顔には、深い敬意と、少しばかりの驚き、そして確かな喜びが浮かんでいた。
「……総督。信じられないことですが」
ティベリウス艦長は、声を震わせながら言った。
「あれは、数年前に行方不明となった、ヴァレリウス様の座乗艦『アルゴス号』です。信じらえないですが、我々は……ピンポイントでヴァレリウス様の艦隊のすぐそばへ転移したようです」
「……っ!」
ドクン、と私の心臓が大きく跳ねた。
リヴァイアサンは嘘をついていなかったのだ。彼は本当に、夫のいる海域まで私たちを運んでくれた。
ルキアナとしてのヴァレリウスへの愛情と、前世の夫への会いたいという強烈な渇望が混ざり合い、胸の奥で爆発するように膨れ上がる。
「艦長! すぐに接近してちょうだい! 今すぐに!」
私は椅子から立ち上がり、身を乗り出して指示を出した。落ち着きなどどこへやら、はやる気持ちを抑えきれずに声が大きくなってしまう。
しかし、ティベリウス艦長は私の勢いに押されることなく、冷静な目で首を横に振った。
「お気持ちは痛いほどわかります、総督。しかし、お待ちください」
「どうして?」
「我が社の船であるからこそです」
艦長は真摯な声で私を諭した。
「彼らは数年間、未知の海域で行方不明となっていました。現在、どのような状況に置かれているのか全くわかりません。未知の病原菌に感染している可能性もあれば、何者かに船を乗っ取られている可能性すらあります。まずは、危険がないか徹底的に確認してから接触するべきです」
その言葉に、私はハッと我に返った。
そうだ。ここは安全な地球の海などではないのだ。何が起きるかわからない異世界で、一時の感情に流されて全滅してしまっては元も子もない。
彼らは命を懸けて私をここまで連れてきてくれた。トップに立つ者として、彼らの安全を第一に考えるのは当然の義務だ。
「……あなたの言う通り。感情的になってごめんなさい、艦長。指示に従うわ」
「ご理解いただき感謝いたします。……本艦はこれより再び潜航し、不可視モードへ移行。対象の船へ接近し、偵察を行う!」
艦長の号令で、潜水艦は海面すれすれの深度まで再び潜り、船体の表面を周囲の景色と同化させる不可視魔法を展開した。
そのまま静かに、波音一つ立てずに目標の船へと近づいていく。
「対象まで距離五百」
「水中に小型偵察ドローンを二機展開」
「了解、ドローン展開。目標船の周囲および、甲板の偵察に向かわせます」
艦底のハッチが開き、カブトガニのような形をした小さな機械ドローンが二機、海中へと放たれた。ドローンは海面からひっそりと顔を出し、アルゴス号の周囲を飛び回りながら、その映像を操舵室のスクリーンに送ってくる。
スクリーンに映し出されたのは、数年の航海を感じさせる傷だらけの巨大なガレオン船だった。
しかし、甲板の上を歩く船員たちの姿を見て、操舵室に安堵の空気が広がった。
「甲板上に武装した敵兵の姿なし。船員たちは……痩せてはいますが、皆無事そうです。ちゃんと我が社の制服を着用しています」
「見ろ、あれは副長のマルクスだ! ハハ! 生きていたか! 流石だ!」




