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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第8章 『この生活圏は、もう俺の担当なのだろうか?』

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自宅警備員は今日も生活圏を守っている





 守る、という言葉は少し大げさだ。


 いや、かなり大げさかもしれない。

 守るというと、何かこう、もっと劇的なものを想像する。

 危機。

 襲撃。

 ピンチ。

 最後の一秒で飛び込んで、派手に助けて、全部終わったあとに風が吹く。

 そういうやつだ。


 少なくとも、玄関の鍵の置き場所を思い出すこととか、

 子どもの忘れ物を見つけることとか、

 商店街の掲示物の端を押さえることとか、

 スーパーで料理酒を買って帰ることは、普通そのカテゴリに入らない。


 だが、最近は少し思う。


 生活というものは、そもそもそんなに派手ではない。

 世界の危機なんてめったに来ない。

 来るのはもっと小さいものだ。

 少しの困りごと。

 一拍の停滞。

 誰かの“あれ、どうしよう”が、日常のあちこちで小さく発生する。

 そして、その小さい詰まりを何となく流していくことが、もしかするとこの作品における“守る”なのかもしれない。


 その日、俺は朝から晩までそのことを思い知る羽目になった。


---


 朝。


 下りた瞬間から、今日は妙に忙しい日だとわかった。


 富子が台所で何かを探している。

 父は和室の前で新聞をたたんだまま立っている。

 良子はひなのバッグをひっくり返している。

 つまり、生活のどこかで小さい詰まりが連続発生している日だ。


「お兄ちゃん、見てない?」

と良子。


「何を」


「ひなの図工ののり」


「知らん」


「昨日ここに入れた気がするんだけど」


 テーブルの上を見る。

 ノート。

 筆箱。

 ハンカチ。

 ティッシュ。

 その横の小さいポーチ。


「ポーチの横ポケット」


 良子が見る。

 ある。


「あ、ほんとだ」


「おじさん、いた」

とひな。


「いたよ。家なんだから」


 富子がそこで振り向く。


「太郎、ついでにこれ開けて」


「ついでの意味がわからん」


 ジャムの瓶だった。

 たしかにふたが固い。

 開ける。

 終わり。


「はい」


「ありがと」

と富子。


 父がそこで短く言う。


「あとで電球な」


「またかよ」


「切れる前に替える」


 最近の父は本当に、“起きたついでに人を編成へ入れる”のがうまい。


「おじさん」

とひな。


「何」


「これも」


 今度は名札の安全ピンだった。

 少し曲がっている。

 指で直す。

 終わり。


「はい」


「ちゃんとしてる」

とひな。


「その評価便利だな」


 そこへ、玄関が勢いよく開く。


「オレも来た!」


 健太である。

 タイミングまで完璧にうるさい。


「何だよ今度は」


「けん玉!」


「広いな」


「ひも取れた!」


 朝から人類の課題が多すぎる。


 健太のけん玉を見る。

 ほんとうに玉の方のひもが外れている。

 結び直すだけだ。


「座れ」


「はい!」


 何だよその返事の良さ。


 結んで渡す。


「ほら」


「うわー!」


 毎回リアクションがでかいな。


「すげえ!」

と健太。


「普通だよ」


「おじさん、ほんと何でも直す!」


「何でもではない」


「でもだいたい!」


 そこへ良子がぽつりと言う。


「なんか今日さ、朝から全部お兄ちゃん通ってるね」


 その言葉で少しだけ止まる。


 たしかにそうだった。

 のり。

 ジャム。

 電球。

 名札。

 けん玉。


 全部小さい。

 全部、数秒から数分。

 でも、その全部が“俺を通ると動く”感じになっている。


「……詰まりを流す係かよ」


 思わずそう漏らすと、父が短く言った。


「それが守るってこともあるだろ」


 その一言が、朝から妙に残った。


---


 昼前。

 駅前へ出る。


 電球を買い、ついでに富子に頼まれた料理酒も取る。

 文具店でひなの画用紙も買う。

 最近の駅前は、ほんとうに“生活の延長”になってきた。


 文具店を出たところで、美咲と母親らしき人に会った。


「あ、こんにちは」

と美咲。


「こんにちは」


「この前はありがとうございました」

と母親。


 ああ、前に工作か何かで少し手を貸した時の件だろう。


「別に」


 その“別に”が、もうだいぶ定型になっている。


「美咲がね、困った時すぐ“おじさんならわかるかも”って言うんですよ」


 やめてくれ。

 親の前でそういう共有をするな。

 かなり効く。


「大げさですよ」


「でも本当です」

と美咲。


 本人まで頷くな。


 別れて少し歩いたところで、今度は商店街の掲示板の前で梅子さんに見つかった。


「あら、太郎さん。

 ちょうどよかったわ」


 その入りはもう様式美の域だな。


「何ですか」


「画びょう一つだけ足りなくて」


 小さい。

 だが、その“小さい”がこの作品では一番逃げにくい。


「はい」


 手伝う。

 終わる。

 梅子さんが満足そうに頷く。


「ほんと助かるわあ」


「その一言で押し切るのやめてください」


「でも本当じゃない」


 この人は最後まで文法が善意でできているから強い。


 そこへ、通りかかった八百屋のおじさんが言う。


「太郎さん、今日はこっちか」


 何だその“今日はこっちか”は。

 職務巡回みたいに言うな。


「……そういう言い方されると困るんですけど」


「だってほんとにそんな感じだろ」

とおじさん。


「家のこと見て、子ども見て、商店街もちょっと見る」


 読み上げるな。

 担当表みたいにするな。


 でも、その雑な分類が妙にしっくり来てしまうのが、嫌だった。


---


 夕方。


 コンビニへ寄る。

 エナジードリンク。

 今日はそれだけにしようと思った。

 ほんとうにそれだけに。


 レジには凛がいた。


「いらっしゃいませ」


「……どうも」


 商品を置く。

 凛がレジを打つ。

 ピッ。


「今日は一個ですね」


「今日はな」


「今日は、ってことは増える日もあるんですね」


「ある」


 その会話の短さが、今は妙に心地いい。


 凛はレジ袋を取らず、そのまま缶をこちらへ差し出した。


「今日ちょっと疲れてますね」


「またそこか」


「でも回ってます」


「最近その評価多いな」


「事実なので」


 俺は缶を受け取りながら、朝からの細かい一日を思い返した。

 のり。

 ジャム。

 けん玉。

 名札。

 電球。

 料理酒。

 画用紙。

 掲示板。

 画びょう。

 ぜんぶ小さい。

 でも、ぜんぶ生活だ。


「なあ」

と俺は言った。


「何ですか」

と凛。


「こういうのって、守るに入ると思うか?」


 凛は少しだけ瞬きをした。

 その問いが少し意外だったのだろう。

 でもすぐに、あの観測する人の顔へ戻る。


「何がですか」


「家のこととか」

「子どものこととか」

「近所の細かいやつとか」


 うまくまとまらないまま言う。

 だが、凛はちゃんと拾った。


「入るんじゃないですか」


「そんな大げさか?」


「大げさじゃないです」


 そこで凛は、かなり静かに続けた。


「止まらないようにしてるなら」


 その言い方が、妙にきれいだった。


 止まらないようにしてる。

 たぶん、それだ。

 朝の支度。

 子どもの準備。

 家の小さい故障。

 商店街の掲示。

 どれも、生活の流れが一瞬止まりそうになる場所だ。

 俺はそこへ少し手を入れて、また流れるようにしている。


 守る、というと大げさだ。

 でも、止まらないようにする、ならかなり近い。


「……なるほどな」


 思わずそう返すと、凛は少しだけ口元をやわらげた。


「だから、最強なんじゃないですか」


「何が」


「自宅警備員」


 その一言で、こっちは一瞬だけ本気で止まった。


 最強の自宅警備員。

 その言葉は、今までだってギャグとして何度も転がってきた。

 でも今日は少しだけ、違う重さがあった。


 凛は続ける。


「部屋に戻る場所はそのままで、外もちゃんと回してるので」


 それはたぶん、このシリーズの答えにかなり近い言い方だった。


「……お前、時々まとめ方がずるいよな」


「見てるので」


「便利ワードだなほんと」


「事実なので」


 最後までそこへ戻すのかよ。

 でも、その戻し方すら今は少しだけ好きだった。


---


 家へ帰る。


 玄関を開ける。

 リビングの明かり。

 富子の声。

 和室のテレビ。

 ひなのノート。

 全部がいつもの家だ。


「おかえり」

と富子。


「うん」


「電球は?」

と父。


「ある」


「画用紙?」

とひな。


「ある」


「けん玉直った!」

と健太の声が廊下から飛んできた。

 何でまたいるんだお前。


「お前まだいたのか」


「だって報告!」


 このへんがほんとうに健太らしい。


「おじさん、今日もいろいろしたね」

とひな。


「そうか?」


「うん」

とひな。


「ちゃんと今日だった」


 その言い方が、第9話を受けたまま、さらに今の俺に刺さる。


 今日がちゃんと進んだ。

 その中に自分がいた。

 そういうことなのだろう。


---


 夜。

 自室。


 椅子へ座る。

 エナジードリンクを開ける。

 炭酸の音。

 静かな部屋。


「最強の自宅警備員、この生活圏を守っている……か」


 口に出してみる。


 ずいぶん大きいタイトルだ。

 でも今日に限っては、少しだけしっくりきた。


 世界は守っていない。

 そんなの無理だ。

 大事件も起きていない。

 ただ、生活が少し止まりそうな場所を、ちょっとずつ流しているだけだ。


 のり。

 ジャム。

 けん玉。

 掲示板。

 電球。

 画用紙。

 そういう小さいものばかり。

 でも、人の一日はだいたいそういうものでできている。


「止まらないようにしてる、か……」


 凛の言葉を思い出す。

 かなり正確だった。


 守る、というのは、たぶんこの作品ではそういう意味なのだろう。

 壊滅的な何かから救うのではない。

 今日がちゃんと今日として進むように、小さい詰まりをほどく。

 その程度の、でも確かな役割。


「……それなら、まあ」


 少しだけ笑う。


「最強の自宅警備員でも、いいのかもな」


 最後まで少し照れくさい。

 でも、完全に否定もしなくなっている。

 たぶん、そういう受け入れ方でちょうどいい。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

下部の☆☆☆☆☆より評価をいただけると大変励みになります。


★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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