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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第8章 『この生活圏は、もう俺の担当なのだろうか?』

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いないと困る、でも帰ってくると思ってる




 信頼には、いくつか段階がある。


 来てくれたら助かる。

 たぶん何とかしてくれる。

 いれば安心。

 そういうのは、わりとわかりやすい。


 だが、その先に少しだけ厄介な段階がある。


 いないと少し困る。

 でも、たぶん帰ってくると思ってる。


 この二つが同時に成立すると、人は妙に逃げづらくなる。

 なぜなら、そこには不安だけではなく、こちらを前提にした穏やかな確信まで入っているからだ。


 助けて、ではない。

 すぐ来て、でもない。

 困るけど、どうせ帰ってくるでしょ。

 その言い方は、追い詰めるようでいて、実際にはかなり信用されている。

 だから妙に重い。


 その日、俺は珍しく“少し長く家にいない側”になって、その重さを思い知った。


---


 午後。


 父と一緒に、少し遠いホームセンターまで来ていた。


 理由は玄関収納の予備金具だけでは済まなかったからだ。

 父が「ついでに見ておくか」と言い出し、富子が「あ、それなら洗濯バサミの大きいのも」と言い、良子が「ひなの工作板まだあったらお願い」と言い、気づけば車で行くしかないくらい用件が増えていた。


 この家の“ついで”は本当に伸びる。

 餅みたいに伸びる。

 そして、だいたい最後にこちらが巻き込まれる。


 ホームセンターは広かった。

 木材。

 工具。

 日用品。

 文具。

 園芸。

 こういう場所は父が妙に強い。

 逆に俺は、広いわりに必要なものが遠くに散っているのが少し苦手だ。


「工作板は後ろか」

と父。


「たぶん文具と学用品のあたり」

と俺。


「洗濯バサミは」

と父。


「日用品」


「広いな」


「だろ」


 父とこういう会話をしながら歩くのも、今となってはだいぶ自然だった。

 昔ならもっと沈黙が多かった気もする。

 今は必要なことを必要なだけ言う。

 それで十分回る。


 必要なものを一通りかごへ入れる。

 父は園芸コーナーで、なぜか土まで見始めた。

 俺はその横で少し遠い顔になる。


「それも入るのか」


「ベランダの鉢に少し足す」


「増えるなあ……」


「来たついでだ」


 ほんとにその理屈を全世代で使うな。


 その時、スマホが震えた。

 良子からだった。


『今どこ?』


 嫌な予感しかしない。


『ホームセンター』

と返す。


 すぐに返信が来る。


『どのくらいで帰る?』


『まだ少しかかる』


 すると、少し間を置いて次が来た。


『そっか』

『ひなと美咲が来てる』


 その一文だけで、だいたい嫌な予感の輪郭が見える。

 ひな。

 美咲。

 それから、この時間帯。

 何かしら工作か準備か、細かい相談ごとだろう。


『何かあったのか』

と打つ。


『ちょっとだけ困ってる』

『でも大丈夫』


 その“でも大丈夫”が逆に嫌だった。

 本当に大丈夫な時、人はわざわざそう書かない。


『何だよ』

と返す。


 今度は、返信が少し遅れた。

 たぶん向こうでも何かやっているのだろう。


『リボン結びがうまくいかない』

『あと画用紙が思ったより足りない』


 ……かなり小さい。

 かなり小さいが、ひなと美咲にとっては今の世界の中心くらいには大きいのかもしれない。


『良子いるだろ』

と打つ。


『いるけど』


 その“けど”がすべてだ。


『お兄ちゃんいたら早いんだけど』

『でも、どうせ帰ってくるでしょ?』


 その最後の一文が、思っていたより強く入った。


 どうせ帰ってくるでしょ。

 いや、たしかに帰る。

 帰るけど。

 その言い方は何なんだ。


「……最悪だな」


 思わず口に出る。


 横で父が棚を見たまま聞く。


「何が」


「良子」


「何だ」


「家でちょっと困ってるらしい」


「なら帰るか」


 その返しが、あまりにも自然だった。


「いや、そこまでじゃない。

 “でも帰ってくるでしょ”って」


 父はそこで、少しだけこちらを見た。


「そう思ってるんだろ」


「それが重いって言ってる」


 父は何でもない顔で土の袋をかごへ戻した。


「まあ、そういうもんだ」


 その一言も、やっぱり父らしい。

 慰めではない。

 軽くもない。

 ただ、そういうものだと置いてくる。


---


 会計を済ませて車へ戻る。


 父が運転席。

 助手席に俺。

 荷物は後ろ。


 車が動き出して少ししてから、スマホがまた震えた。

 今度はひなからだった。


『おじさん、まだ?』


 短い。

 だが、かなり効く。


『今帰ってる』

と返す。


 すぐに既読がつく。

 返信は少し遅れて来た。


『わかった』

『待ってる』


 その二文字が、妙に重かった。


 待ってる。

 急かしているわけではない。

 怒ってもいない。

 ただ、待っている。

 そして、帰ってくる前提でそれを言っている。


 父が横で言った。


「何だ」


「いないと困る、でも帰ってくると思ってる、ってやつ」


 父は少しだけ笑ったような息を漏らした。


「信頼されてるんだろ」


「そういうまとめ方ずるいだろ」


「違うか」


「違わないけど」


 違わないのが面倒なのだ。


 車窓の外を眺める。

 商店街へ近づく。

 住宅街へ入る。

 道はいつも通りだ。

 でも今日は、自分が“戻っていく側”にいることを妙に意識した。


 誰かが待っている。

 少し困りながら。

 でも、帰ってくると思っている。

 その状況は、頼られるより少しだけ深い気がした。


---


 家へ着くと、玄関の前でひなが待っていた。


 靴のまま、外へは出ず、でもドアの近くまで来ている。

 俺たちの車が見えると、顔が少しだけ明るくなった。


「あ」


「いるな」

と俺。


「いた」

とひな。


 いや、帰ってきたんだよ。

 最初からいたわけではない。

 だが、その“いた”には、ようやく空いた穴が埋まった感じがあった。


 玄関を開けると、良子と美咲もリビングにいた。

 テーブルの上には色画用紙、リボン、テープ、ハサミ。

 予想通りの布陣だ。


「おかえり」

と良子。


「帰ったよ」


「お兄ちゃん、ホームセンター長かったね」


「父さんが土見始めた」


「なるほど」

と良子。


 その理解は早い。

 かなり納得している顔だった。


 美咲が少し申し訳なさそうに頭を下げる。


「ごめんなさい、なんか……」


「別に」


 ひなが横から言う。


「でも、ちょっと困った」


 そこはちゃんと言うのか。


「良子いるだろ」

と俺。


「いたけど」

とひな。


「でも、おじさん帰ってくると思ってた」


 その言い方が、本当に昼のメッセージそのままだった。


「何でそうなるんだよ」


「だって帰ってくるでしょ」


 そうなのだ。

 たしかに帰ってくる。

 その事実があるから、向こうは少し困りながら待てる。


 健太がいればもっと雑に“遅い!”とか言ったかもしれない。

 でもひなはそうしない。

 静かに待つ。

 そのぶん、言葉が妙に本質へ近い。


「……で、何だよ問題は」


 俺がテーブルを見ると、良子がリボンを持ち上げた。


「これ。

 花の形のとこに通したいんだけど、どうにもゆるむ」


「あと画用紙の色がちょっと足りない」

と美咲。


 なるほど。

 たしかに小さい。

 でも、小さいからこそ子どもには詰まる。


「見せろ」


 俺が椅子を引いて座ると、ひなの肩から少しだけ力が抜けるのが見えた。

 この“座った瞬間に安心される”感じも、だいぶ前からある。

 あるが、今日は特に強かった。


「ほら」

と良子。


「ここ、ほどけるでしょ」


「結び方が逆」


「え?」


「一回ひねってから通せ」


「あ、ほんとだ」


 美咲の画用紙も見る。

 足りないというより、切り方が悪い。

 一枚から二つ取れる型だった。


「これ、向き変えればいける」


「ほんとだ」

と美咲。


「おじさんすごい」

とひな。


「普通だよ」


「でも、いないとちょっと困る」

とひな。


 またそこへ戻すのか。

 今日はほんとうに、その回らしい。


「ちょっとな」

と良子が横から笑う。


「でも、どうせ帰ってくるとも思ってた」


 そこを本人の前で言い直すなよ。

 かなり効く。


「何でそんな前提なんだよ」

と俺が言うと、ひなは少しだけ考えてから言った。


「帰ってこない感じしないから」


 その表現が、妙に静かで、妙に正確だった。


 帰ってこない感じがしない。

 それは家族に向ける言葉に近い。

 でも、ひなはそれを今、俺に対してかなり自然に使った。


 良子も、そこで少しだけやわらかい顔になる。


「たしかに。

 お兄ちゃんって今もう、“いない”より“あとで帰る”なんだよね」


 その整理もまた、きれいすぎて嫌だった。


「……何だよその分類」


「でもそうじゃん」


「そうかもしれないけど」


「そうなんだよ」

とひな。


 その断定が、子どもらしくて強い。


---


 工作が片づくと、美咲はかなりほっとした顔をした。


「ありがとうございました」


「別に」


「おじさん、ちゃんと帰ってきたね」

とひな。


 その確認の仕方も、前とは少し違っていた。

 “いてくれてよかった”だけではない。

 “ちゃんと帰ってきた”になっている。


 それはたぶん、俺がいない時間も含めて信頼されているということなのだろう。


 美咲が小さく言う。


「ひなちゃん、さっき“おじさんそのうち帰ってくるから大丈夫”って言ってた」


 俺は少しだけ手を止めた。


「そんなこと言ってたのか」


「うん」

とひな。


「だって、そうだと思ったから」


 盛っていない。

 本当にそう思ったから言っただけ。

 だから妙に刺さる。


「……困るなら、もっと焦ればいいだろ」


 何となくそう言うと、ひなは首を振った。


「でも、おじさん帰ってくるのはわかってたし」


 その一言で、もう充分だった。


---


 夕方、みんなが帰ったあと、俺はリビングで少しだけぼんやりしていた。


 富子がホームセンターの袋を片づけている。

 父は買ってきた土をベランダへ運んだ。

 良子は工作の残りをまとめている。


「お兄ちゃん」

と良子。


 ひなが玄関で靴を履きながら言った。


「おじさん、いないと困るけど、帰ってくると思ってるから大丈夫」


 そこをまとめて言うな。

 そのまま章タイトルみたいになるだろうが。


「ほんと、そういうとこなんだよな……」


 思わずそう漏らすと、良子が笑う。


「何その諦めた顔」


「諦めるしかないだろ。

 もうそこまで来てるんだから」


 その返しをした時点で、たぶん俺の中でも少し認め始めているのだろう。


---


 夜。

 自室。


 椅子へ座る。

 エナジードリンクを開ける。

 机の上の缶が少し冷たい。


「いないと困る。でも帰ってくると思ってる、か……」


 口に出してみる。


 頼られる。

 前提にされる。

 待たれる。

 それも重い。

 でも、“いない時間”にまで信頼が伸びているのは、また別の重さだった。


 いなくて、少し困る。

 でも、どうせ帰ってくる。

 だから完全には崩れない。


 それは、家族に近い位置の言葉だと思う。

 少なくとも、ただの便利屋へ向ける言葉ではない。


「……ずるいよな」


 思わずそう呟く。


 急かさない。

 怒らない。

 ただ、待っている。

 帰ってくると思っている。


 そういう信頼のされ方は、逃げ場が少ない。

 でも同時に、かなりあたたかい。


「少しずつ、こういうので完成していくんだろうな」


 派手な出来事ではなく、不在の時の扱いで位置が定まる。

 いて助かる人から、いなくても“帰ってくる”と思われる人へ。


 その変化は、思っていたよりずっと静かで、ずっと本物っぽかった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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