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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第8章 『この生活圏は、もう俺の担当なのだろうか?』

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健太、お前の中で俺の職業はどうなっているんだ





 子どもの認識は、時々とんでもなく雑で、時々びっくりするほど本質的だ。


 この二つは矛盾しない。

 むしろ子どもというものは、その両方を同時にやる。

 語彙は足りない。

 説明も雑。

 でも、だからこそ妙な遠慮がなくて、こちらがうまくぼかしていた部分へ平然と手を突っ込んでくる。


 たとえば、大人ならもう少し回りくどく言うことがある。

 助かっているとか。

 頼りにしているとか。

 いてくれると安心とか。

 そういう、表面の整った言葉で包む。


 だが子どもは違う。


 もっと雑に言う。

 もっと短く言う。

 しかも本人の中でそれが百パーセント自然なので、こちらが妙に傷を負う。


 その日、健太はまさにその手のやつを、ほぼ満点に近い形でやってのけた。


---


 午後。


 俺は自室で、かなり正しい休日を過ごしていた。


 ベッド。

 スマホ。

 机の上には開きかけのラノベ。

 部屋の空気は少しぬるい。

 だがそれもまた夏の終わりらしくて悪くない。


 今日は静かだな、とその時は思っていた。


 この作品においてその感想は、だいたい死亡フラグである。


 ドン。


 ドアが勢いよく開いた。


「おじさん!!」


 知ってた。

 いや、知っていたわけではないが、この音量と開き方はだいたい健太だ。


「ノックしろ」


「した!」


「しながら開けるな」


「緊急!!」


 その“緊急”は体感で三割くらいしか信用していない。

 だが今日は声がいつもより一段高かった。

 つまり、本人の中ではかなり大きい出来事なのだろう。


「何だよ」


「虫!!」


 広い。


「どこに」


「オレの家!!」


 さらに広い。


 俺はベッドの上で片目を開けたまま言う。


「母さんいるだろ」


「いない!」


「父さんは」


「まだ!」


「何の虫だよ」


「でかいやつ!」


 最悪の説明だな。


 そこへ、廊下からひなの声がした。


「けんた、ちゃんと言わないとわかんない」


「ちゃんと言ってる!」


「言ってないよ」


 さらに少し遅れて、良子の声も近づいてくる。


「何の騒ぎ?」


「虫」

と俺。


「あー」

と良子。


 その“あー”で済ませるな。


「でかいやつ!」

と健太が重ねる。


「黒くて、こうで、羽あって、速いやつ!」


「全部嫌だな」

と俺。


「ゴキじゃないの?」

と良子。


「ちがう! たぶんカナブンみたいな!」

と健太。


 だいぶ違うじゃねえか。

 いや、本人の恐怖としては同じカテゴリなのかもしれないが。


 ひなが部屋の入口から顔を出した。


「けんたの家のリビングに入ったんだって」


「最初からそう言え」


「言った!」


「言ってない」


 健太は両手をぶんぶん振りながら続ける。


「で、出られなくて! でもオレのカードゲームあって! でも入れなくて!」


 なるほど。

 ようやく見えた。


 虫が嫌なのではなく、自分の物が部屋の中にあるのに取れないのが問題なのだ。

 いや、虫も嫌なのだろうが。


「良子に頼め」

と俺。


「えー」

と健太。


「何でだよ」


「おじさんの方が早いし!」


 出た。

 最近ほんとうにこの返し多いな。


「だから何で最初が俺なんだよ」


 俺がそう言うと、健太はそこで少しだけ不思議そうな顔をした。


「だって、おじさんの職業それじゃん」


 俺は一瞬、本気で黙った。


「……何?」


「え?」


「今、何て言った?」


「だから、おじさんの職業」


 こいつは今、ものすごく自然に何を言った?


 良子がもう笑いをこらえきれていない。

 ひなは少しだけ目を丸くしている。

 俺だけが会話に遅れていた。


「俺の職業、何なんだよ」


 ゆっくりそう聞くと、健太はきょとんとしてから、当たり前みたいに答えた。


「生活圏レスキュー」


 意味がわからない。

 いや、意味はわかる。

 わかるのがいちばん嫌だ。


「何だその肩書き」


「だってそうじゃん!」


 健太は全力で本気だった。


「何かあったら来るし!」

「すぐ見るし!」

「だいたい何とかなるし!」


 やめろ。

 語尾が全部雑すぎる。


 良子が完全に吹き出した。


「生活圏レスキュー、やばい。

 めちゃくちゃ健太くんっぽい」


「笑うな」

と俺。


「でもちょっとわかる」

とひな。


 お前まで乗るな。


「わからなくていい」


「でも、おじさんってそういう感じ」

とひな。


 待て。

 何で子ども二人の中で、そんな肩書きがすんなり通るんだ。


「違うからな」

と俺。


「違うの?」

と健太。


「違うよ!」


「でも虫の時来てくれるじゃん!」


「来たことないだろ!」


「今日来る!」


「今決めるな!」


---


 結局、俺は健太の家まで連行された。


 いや、連行と言うと語弊があるかもしれないが、本人の中ではたぶん合っている。

 こっちは終始“何で俺なんだ”と言っていたのに、向こうは最初から連れていける前提だった。


 健太の家の玄関前。


「どこ」


「リビング!」


「本当にカナブンか?」


「たぶん!」


 その“たぶん”が一番怖い。


 中へ入る。

 たしかにリビングのカーテンのあたりで、何かがぶつぶつと窓へ当たっていた。


「あ、ほんとにカナブンだ」

と良子。


「カナブンだな」

と俺。


「でかい!」

と健太。


 いや、普通だよ。

 お前の恐怖倍率が高いだけだ。


「で、カードゲームは」


「机!」


「じゃあお前が行け」


「むり!」


「何で!」


「飛ぶから!」


 子どもの世界において、“飛ぶ虫”の格はかなり高いらしい。


 ひなが静かに言う。


「けんた、虫こわい時すごくこわいから」


 知ってる。

 今見ればわかる。


 俺はリビングの隅にあった丸めたチラシを一本取り、カーテンに止まったカナブンを軽く窓の方へ追った。

 数秒。

 窓を開ける。

 ぶーん、とそのまま外へ出る。


「ほら」


 終わりである。


「あっ」


 健太が目を見開く。


「終わった!」


「終わったよ」


「すげえ!」


「すごくはない」


 カードゲームの箱を取って渡す。


「はい」


「おじさんすげえ!」


「だから普通だって」


「いやすごい! 生活圏レスキューだ!」


 またそれ言うのかよ。


 良子は壁にもたれて肩を震わせていた。

 ひなは少しだけ笑っている。


「おじさん、ぴったりかも」

とひな。


「やめろって言ってるだろ」


「でも、虫も、ノートも、帽子も、買い物も」

と健太。


「全部やるじゃん!」


 やるじゃん、で一括りにするな。

 カテゴリが広すぎる。


「それはたまたまだ」


「たまたまじゃない!」

と健太。


 そこで、こいつは珍しくちょっとだけ言葉を探した。

 目線を上に向けて、何かまとめようとしている感じ。


「なんかさ」


「何だよ」


「おじさんって、家とか、公園とか、お店とか、そのへん全部の、困った時の人じゃん」


 そのまとめ方が、思っていたよりずっとまともだった。

 雑だが、まともだ。

 つまりやっぱり、本音だ。


「……それ職業じゃないだろ」


「じゃあ役目!」


「もっと嫌だな」


 ひなはそこで、かなり静かに言った。


「でも、けんたの言ってること、ちょっとわかる」


 お前までそういう方向で整理しに来るな。


「わたしも、何かあったら最初におじさん見るし」


「だってそうだもん」


 良子がようやく笑いを少し収めて言った。


「お兄ちゃん、子どもたちの中でたぶんもう、“家にいる人”じゃなくて“何とかする人”なんだよ」


 その整理もかなり正確で困る。


 昔の俺なら、そこに強い拒否感があったかもしれない。

 今ももちろん、全面的に受け入れたいわけではない。

 でも、目の前で健太がカードゲームを抱えて本気で安心した顔をしていると、完全には流し切れない。


「……面倒なんだよな、そういうの」


 思わずそう言う。


 健太は即答した。


「でも、そういう職業でしょ」


「職業じゃない!」


 そこだけは全力で否定した。


---


 結局そのあと、健太はカードゲームを持って公園へ行った。

 出ていく直前まで、


「じゃあ行ってくる、生活圏レスキュー!」

と叫んでいたので、ほんとうにやめてほしい。


「二度と呼ぶなそれ」

と俺が言うと、


「でも合ってる!」

と返してきた。


 元気だけは一流である。


 静かになった健太の家のリビングで、俺は少しだけ天井を見た。


「……最悪だ」


 良子が笑う。


「何が」


「変な肩書きがついた」


「でもすごく健太くんっぽいよ」


「そういう問題じゃない」


 ひなは窓の外を見ながら言った。


「でも、おじさんにぴったりのやつ、子どもなりに言うとそうなるんだと思う」


 その解説が妙に鋭い。


「ぴったりじゃなくていいんだよ」


「でも近いよ」

とひな。


「嫌な近さだな」


 良子は少しだけ笑いを引かせて、やわらかい声で言った。


「でもさ、お兄ちゃん」


「何」


「健太くんって、ほんとに困った時の言葉、雑だけど嘘ないじゃん」


 それは、わりとその通りだった。


 大人の“助かる”には、社交辞令が混ざる時もある。

 “ありがと”にも、流れで言うものはある。

 でも健太の“生活圏レスキュー”には、たぶん一ミリも飾りがない。

 本人の中で、本当にそういう存在だからそのまま言っている。


「……だから余計に困るんだよ」


 それが本音だった。


---


 家へ戻ると、富子がまず聞いた。


「何だったの?」


「虫」


「虫?」


「カナブン」

とひな。


「あらまあ」

と富子。


 父が和室から顔を出す。


「それで太郎か」


「そう」

と良子。


「健太くんの中で、お兄ちゃんの職業が決まったらしいよ」


「おい」


 お前それ共有するのかよ。


「何だ」

と父。


 良子は笑いをこらえきれない顔で言った。


「生活圏レスキュー」


 数秒の間があって、父が少しだけ口元を緩めた。


「……まあ、わからんでもないな」


「父さんまで乗るな!」


 富子まで笑っている。


「いいじゃない。

 ぴったりだわ」


「何でだよ!」


「だってほんと、最近そういう感じだもの」


 そこへひなが静かに重ねる。


「おじさん、困った時の人だし」


 その言い方も、結局かなり近い。


「もっと普通の言い方しろ」


「何て?」

とひな。


「知らん」


 そこはほんとに、まだ知らなかった。


---


 夜。

 自室。


 椅子に座って、エナジードリンクを開ける。

 炭酸の音。

 机。

 静かな部屋。


「生活圏レスキュー、ね……」


 口に出すと、本当に最悪の語感だ。

 ダサい。

 子どもっぽい。

 雑。

 でも、その三つのせいで逆に本質へ近づいている感じがある。


 家とか。

 公園とか。

 お店とか。

 そのへん全部の困った時の人。


 健太はそう言った。

 雑に。

 でも本気で。


「……職業じゃないんだよな」


 そう呟いてから、少しだけ考える。


 職業ではない。

 もちろんそうだ。

 給料も出ない。

 履歴書にも書けない。

 名刺もない。

 社会的には、かなりよくわからない。


 でも、生活の中には、たしかにそういう“役目みたいなもの”があるのかもしれない。

 誰が決めたわけでもない。

 でも、気づけばそこへいる人。

 困った時に最初に浮かぶ人。

 名前は変でも、中身はたぶん本物だ。


「……面倒なんだよなあ」


 そう言って、少しだけ笑った。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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