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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第8章 『この生活圏は、もう俺の担当なのだろうか?』

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ひなは、迷ったらおじさんを頼る





 人が誰かを見る時、その視線にはだいたい理由がある。


 呼びかける時。

 確認する時。

 怒られるかどうかを探る時。

 助けてほしい時。

 それから、**答えがほしい時**。


 最後のやつが、いちばん強い。


 言葉にする前に目が向く。

 どうしよう、と声に出す前に、先にそっちを見る。

 つまりその相手は、もう“相談する人”ではなく、半分“判断の一部”になっている。


 それはかなり重い。

 いや、本当に。


 なにしろ、こっちはただそこにいただけなのに、向こうの中ではすでに“見れば決まる人”として配置されているわけだから。

 そんな役割、聞いていない。


 だが、ひなは最近、わりと平気でそれをやる。


 その日も俺は、かなり何でもない場所で、それを食らっていた。


---


 午後。


 良子に付き合わされて、駅前の少し手前にある子ども用品店へ来ていた。


 理由は単純だ。

 ひなの上履き入れと文具と、ついでに靴下を見たいらしい。

 “ついでに”という言葉の中に何品目も入れるの、本当にやめてほしい。


 店内は明るかった。

 子ども服の棚。

 文具のワゴン。

 壁沿いに並ぶバッグや水筒。

 ところどころに、やたら笑顔の動物キャラがいる。

 ああいう空間に長くいると、何となく体力が削られるのは俺だけだろうか。


「お兄ちゃん、これとこれどっちがいいと思う?」


 良子が、ひなの上履き入れを二つ持ってくる。

 片方は紺でシンプル。

 片方は少し水色が入っていて、ワンポイントで星がついている。


「知らん」


「知らんじゃない」


「お前が決めろ」


「でもひなが使うから」


 その理屈もわかる。

 わかるのが腹立つ。


 ひなは少し離れた棚の前に立っていて、今は靴下を見ていた。

 白。

 紺。

 ワンポイントつき。

 あいつは物を選ぶ時、意外と時間をかける。

 勢いで取らない。

 ちゃんと見て、少し考えて、それから決める。


「ひなー」

と良子。


「どっちー?」


 ひなが顔を上げる。

 そして、すぐには答えなかった。


 最初に、俺の方を見た。


 ほんの一秒とか、そんなものだったと思う。

 でも、十分だった。


「……何だよ」


 思わず言う。


「まだ何も言ってない」

とひな。


「目で言ってた」


「言ってないよ」


「言ってた」


 良子がそこで吹き出した。


「ほんとだ。

 お兄ちゃんの方見た」


「何でだよ」


 ひなは少しだけ首をかしげた。


「なんとなく」


 出た。

 子どもの“なんとなく”。

 だが、こういう時のそれは、たいてい本人の中ではかなり自然な本音だ。


「おじさんなら、どっち」


「俺かよ」


「うん」


 そこで即答するな。

 悩む素振りくらい見せろ。


 俺は二つを見比べる。

 紺は無難で長く使えそうだ。

 水色の星は今っぽいが、ひなの服の感じだと少し甘い気もする。


「……紺」


「やっぱり」

と良子。


「でしょ」

とひな。


「何で最初から決まってるんだよ」


 俺が言うと、ひなは平然としていた。


「迷ったら、おじさん見るから」


 その言い方は、かなりさらっとしていた。

 だが内容はさらっとしていない。


「それはやめろ」


「何で?」


「重いからだよ」


「何が?」


 本人に自覚がないのが一番きつい。


---


 上履き入れが決まり、今度は文具コーナーへ移動する。


 ひながノートを一冊取る。

 消しゴムを一つ見て、戻す。

 シャープペンはまだ早いらしい。

 そのあたりの判断が妙にちゃんとしている。


「これでいいかな」


 ひなが小さいメモ帳を手に持つ。

 表紙に白い猫が描いてある。

 いかにも女子小学生が好きそうな感じだ。


「知らん」


「またそれ」


「俺に毎回決めさせるな」


「でも、おじさん見たら決まることある」


 そこを何でもない顔で言うなよ。


 良子は横で笑っている。


「ひな、最近ほんとそうだよね」


「そう?」

とひな。


「そうだよ。

 迷った時、まずお兄ちゃん見てる」


「だって、いるし」


 その理屈、本当に強いな。

 いるから見る。

 見たら少し決まる。

 そういう流れが、もうひなの中ではかなり自然なのだろう。


 俺は棚の前でため息をついた。


「……別に、俺が決めてるわけじゃないだろ」


「でも、おじさん見たら“こっちかな”ってなる」

とひな。


「どういう仕組みだよ」


「わかんない」


 わからないのに使うな。

 かなり困る。


 その時、少し先のワゴンの前で、小さい女の子が泣きそうな顔をしていた。

 母親が横で「こっちにしよ?」と言っているが、本人はまだ納得していないらしい。

 ひなはそれをちらっと見て、それから小さく言った。


「ああいう時、おじさんいたら決まりそう」


「何だその理屈」


「だって、ママと違う方から言うから」


 その視点は、少しだけ鋭かった。


 たしかに、親の意見は親の圧がある。

 だが、その横にいる別の大人は、少しだけ違う角度から見られる。

 しかも、俺はそこまで強く押しつけない。

 その曖昧さが、ひなにとってはちょうどいいのかもしれない。


「……面倒なんだよな、その役目」


 思わずそう言うと、ひなは首をかしげた。


「でも、おじさん向いてるよ」


 さらっと言うな。

 かなり効くからな。


---


 会計を済ませて店を出る。


 午後の光。

 少しやわらかい風。

 良子は袋の中身を確認しながら歩き、ひなはその横で新しいノートを見ていた。


 駅前の方へ少し歩いて、三人で信号待ちをする。


 ひなが突然、向かいの道の雑貨屋を見た。


「……あ」


「何」

と良子。


「ヘアゴム」


「何が」


「あっちのやつ、ちょっと見たい」


 良子が少し迷う顔をする。

 今日はもう上履き入れも文具も買った。

 帰ってもいい。

 でも、ついでに寄れなくはない。

 そういう微妙なラインだ。


「どうしよっか」

と良子。


 ひなはすぐに返事をせず、また俺を見る。


 言葉より先だった。

 ほんのわずか。

 でももう完全に、癖みたいなものになっている。


「だから何だよその視線」


「見てないよ」


「見てる」


「……ちょっとだけ」


 認めるのかよ。


「おじさん、どうする?」


「見たいなら見れば」


「それでいい?」


「別に駄目って言ってないだろ」


「うん」


 ひなが頷く。

 その頷きが、妙にすっとしていた。


 良子がそこで笑いながら言った。


「ほら。

 お兄ちゃんが“見れば”って言ったから、もう決まった」


「何だそれ」


「ひなの中ではそうなんだよ」


 ひなは少しだけ考えてから、かなり正確に言った。


「迷った時、おじさんが“大丈夫”っぽい方になる」


 その表現が、子どもらしくて、でも妙に本質を突いていた。


 大丈夫っぽい方。

 たぶんそれだ。

 正解とか、不正解とかじゃない。

 ひなにとっては、“こっちなら大丈夫そう”へ少し寄るための視線なのだ。


 だから、こっちの一言で決まる。

 そしてその役割は、思っていたよりずっと生活の中に入り込んでいる。


「……お前、それかなり重いからな」


「何が?」

とひな。


「そこまでわかってないならいいよもう」


 説明しようとしても、きっと今はうまく言葉にならない。


---


 雑貨屋でヘアゴムを見る。

 結局、ひなは紺色の細いやつを一つ選んだ。

 良子がレジへ持っていく。


 その間、店の入口近くでひながぽつりと言った。


「おじさん」


「何」


「迷ったら見るの、だめ?」


 その聞き方は少しだけ反則だった。


 何でもない顔。

 でもほんの少しだけ確認するみたいな声。


「……駄目じゃない」


 それが精いっぱいだった。


「よかった」


 ひなはそれだけ言って、ガラス越しに外を見た。

 その“よかった”が、今日はやけに静かに残る。


 たぶん俺は、“見るな”と言いたいわけではないのだ。

 重いとは思う。

 かなり思う。

 でも、本当に拒絶したいわけでもない。


 そこがややこしい。


---


 帰り道。

 駅前から住宅街へ戻る途中、ひなはヘアゴムの袋を小さく振りながら歩いていた。


「今日、いっぱい決まったね」

と良子。


「うん」

とひな。


「何が一番よかった?」

と良子。


 ひなは少し考えてから言った。


「最初の紺」


「上履き入れ?」

と良子。


「うん」


「何で?」


「おじさん見たから」


 その答え方がもう、ほとんど呼吸みたいに自然だった。


「……毎回それだな」


 俺が言うと、ひなは少しだけ笑った。


「だってほんとだもん」


 たぶん本当にそうなのだろう。

 向こうにとっては、こちらが思うほど大げさな意味はない。

 ただ、迷った時に見る。

 見たら少し決まる。

 それだけ。


 でも、その“それだけ”が、生活の中ではかなり深い。


 良子が横から言う。


「お兄ちゃんって、ひなにとって“答えの人”っていうより“決めても大丈夫な人”なんだろうね」


 その整理は正確すぎた。


「……嫌な言語化するな」


「でも合ってるでしょ」


 合っている。

 かなり合っている。

 だから嫌なのだ。


---


 家へ戻ると、富子が台所から顔を出した。


「どうだった?」


「買えた」

と良子。


「上履き入れ、ノート、ヘアゴム」


「あら、いっぱい」


 ひなが袋を見せる。

 富子は嬉しそうに頷いて、それから何でもない顔で俺を見た。


「太郎、またちゃんと見てくれたのね」


「“また”って言うな」


「でもそうでしょ」


 その“でもそうでしょ”が、家の中でも完全に定着してきた。

 最近のこの作品、ほんとうにその言い方が多い。


 良子が笑う。


「ひな、迷ったらお兄ちゃん見るしね」


「そうなんだ」

と富子。


「かなりそう」

と良子。


 ひなはその会話の中心にいるのに、あまり気にしていない顔だった。

 自分にとって自然なことだからだろう。


 そしてその自然さが、今日一番重かった。


---


 夜。

 自室。


 椅子に座る。

 ドアを閉める。

 机の前。

 扇風機。

 缶の音。


「迷ったらこっちを見る、か……」


 口に出してみる。


 頼られる。

 待たれる。

 いないと困る。

 それも重い。

 でも、“迷ったらこっちを見る”はまた少し違う。


 それはもう、安心というより判断の一部だ。

 言葉の前に目が向く。

 つまり、ひなの中ではかなり深い位置に俺が入っている。


「……知らんうちに、そこまで来てたんだな」


 ぽつりとそう呟く。


 大げさな事件はなかった。

 ただ、何度か付き添って、何度か見て、何度か短く答えて、その積み重ねでこうなったのだろう。


 だからこそ、本物っぽい。

 生活の中の変化というのは、たぶんこういうものだ。


「面倒なんだよなあ……」


 そう呟いて、少しだけ笑う。


 面倒だ。

 かなり面倒だ。

 でも、本気で“見るな”とは言えない。

 そこがたぶん、今の俺の答えなのだろう。


 ひなが迷ったらこっちを見る。

 その役目を引き受けた覚えはない。

 ないが、もうかなり自然にそこに立っている。


 家族って、たぶんこういう完成の仕方なんだろうなと思った。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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