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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第8章 『この生活圏は、もう俺の担当なのだろうか?』

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プロローグ この生活圏はいつから俺の担当になった?





 担当、という言葉には妙な圧がある。


 責任者とか、係とか、当番とか、そういうものに近い。

 つまり、そこにいるのが偶然ではなくなる言葉だ。

 たまたま居合わせた人ではなく、最初からその枠に入っている人になる。

 それは少し怖い。


 いや、かなり怖い。


 なにしろ、担当にされるということは、いない時に困られるということだからだ。

 しかもたいてい、その指定は本人の承諾より先に終わっている。

 誰かが勝手に決める。

 周囲が自然に乗る。

 本人だけが後から知る。

 この流れ、本当に良くないと思う。


 その日、俺は朝からその“良くない流れ”のど真ん中にいた。


---


 休日の朝だった。


 休日の朝というのは、もっと静かであってほしい。

 人類が平日を耐えた見返りとして与えられる、小さくて正当な救済であるべきだ。

 目が覚めてもすぐ起きず、布団の中でスマホを見て、今日は何もしないぞという決意だけを固める。

 そういう時間のために文明は発展したのではないかと、時々本気で思う。


 なのに、その日は下が早い段階から少しうるさかった。


 引き出しの音。

 食器の音。

 玄関の開閉。

 誰かの足音。

 そして、聞き慣れた声。


「太郎ー」


 富子である。


 俺はベッドの上で薄く目を開けた。


「何ー」


「あとで駅前出るなら、電池見てきてー」


 出た。


 もう最初からおかしい。


「出ねえよ」


 まずそこを否定する。


「出るでしょ」


 何で断定なんだよ。


「何でそうなる」


「だってお父さん、駅前の金物屋さん行くって言ってたし」


 ああ。

 そういえば昨日、父が棚の部品がどうとか言っていた気がする。

 だが、それは父の用事であって、俺の用事ではない。


「それ父さんだろ」


「でも、どうせ一緒でしょ」


 どうせ、が良くない。

 最近この家は、その“どうせ”で人の予定を飲み込もうとする。


「一緒じゃない」


「一緒になるわよ」


 すでに未来が言い切られている。

 予言ではなく確信で言うのやめろ。


 俺は嫌な予感を抱えたまま起き上がり、階段を下りた。


---


 リビングでは、父が和室の前で小さなメモを見ていた。

 富子は乾電池の空パックを手にしている。

 この絵面の時点で、もうかなり危ない。


「何だよ」


 俺が言うと、父は短く答えた。


「金物屋」


「行けば」


「行く」


「一人で行けるだろ」


「行けるが」


 出た。

 最近よく聞くやつだ。

 “行けるが”のあとに自然に俺が差し込まれるやつ。


「何だよその“が”は」


 俺が言うと、父はメモを折りたたみながら普通に続けた。


「ついでにこれも見たい」


 メモを見せてくる。

 棚受け金具みたいな型番が書いてある。

 しかもその下に、富子の字で“単三?”と書いてある。


「混ぜるなよ」


「書いといたの」

と富子。


 当然みたいな顔をするな。


「だから、まだ俺行くって言ってないんだけど」


「でも行くでしょ」

と富子。


「何でだよ」


「だって、太郎いた方が早いじゃない」


 そこを朝一番で言うな。

 かなり効く。


 父はその横で、何でもない顔で言う。


「十時くらいに出る」


「時間まで決めるな」


「決めた方が早い」


 この人たちは最近、本当にこちらの意思確認を生活の後ろへ追いやるようになってきた。

 良くない。

 かなり良くない。


 そこへ、玄関が開いた。


「おはよー」


 良子だった。

 しかも異様に機嫌がいい。

 嫌な予感しかしない。


「何で今来るんだよ」


「ひど。実家なんだけど」


「この流れで来るな」


「何の流れ?」


 絶対わかってて言ってるだろ。


 案の定、富子がすぐ言う。


「お兄ちゃん駅前出るから、何かある?」


 おい。

 本人の了承を飛ばすな。


「あるよ」

と良子。


 やっぱりな。


「ひなのノートと、あとプリン。

 それからシール、もし可愛いのあったら」


「増やすな」


「プリンは必要でしょ」


「何で」


「帰ってきて冷蔵庫にプリンあると、人はちょっと機嫌がよくなるから」


 その理屈は毎回ちょっとわかるのが腹立たしい。


 そこへ、ひなが静かに入ってきた。


「おはよう」


「おはよう」


 そして、何でもない顔で言う。


「おじさん、今日駅前?」


「まだ決まってない」


「でも行くんでしょ」


 何でみんな同じテンポなんだよ。


「何でそう思う」


「だって、もうそういう空気」


 それはかなり正確だった。

 この家では、一度そういう空気ができると、本人の抵抗だけではだいたい覆らない。


「空気で決めるな」


「でもそういう日あるよ」


「あるな」

と良子。


「あるわね」

と富子。


「ある」

と父。


 何なんだこの一致は。


 そこへ、さらに元気な声が飛び込んできた。


「オレも来た!」


 健太である。

 ほんとうに、生活圏の主要人物が朝から揃いすぎだろ。


「何でお前までいるんだよ」


「遊ぶから!」


「知らん!」


「おじさん駅前行くの?」

と健太。


「まだ決まってない」


「でも行くんでしょ!」


 お前もか。


「何でそうなるんだよ」


「だって、おじさんだし!」


 理由になってない。

 でも、最近はこの“おじさんだし”でいろんなものが押し切られる。

 非常に良くない。


 ひなが俺の顔を見て言う。


「おじさん、今すごい顔してる」


「どんな顔だよ」


「この生活圏、いつから俺の担当になったんだよって顔」


 図星だった。

 かなり腹が立つ。


「……実際そうだろ」


 思わずそう言うと、良子が少しだけ笑う。


「うん、たしかにそうかも」


「認めるな」


「でもだいぶそうじゃん」


「何が」


「家も近所も駅前も、お兄ちゃんにちょっとずつ繋がってる感じ」


 その言い方が、妙に正確だった。


 家。

 近所。

 駅前。

 商店街。

 会館。

 習い事。

 コンビニ。

 気づけば最近、そういう場所のどこにでも少しずつ俺の役割ができている。


「……担当外なんだよ、本来は」


 俺がそう言うと、父が短く言った。


「今は違うだろ」


 その一言に、少しだけ止まる。


 今は違う。

 そう言われると、否定しきれない自分がいるのが一番面倒だった。


---


 結局、十時前には俺も靴を履いていた。


 納得はしていない。

 していないが、家の空気というものは、時々人の文句をそのまま流れの一部として飲み込む。

 そうなると、逆らい続ける方が疲れる。


 玄関の前で、ひなが言う。


「プリン、三つね」


「何で確定してるんだよ」


「だって、良子とわたしと……」


 そこで少しだけ考える。


「……健太」


「何で俺が入ってるんだよ!」

と健太。


「でも食べるでしょ」

とひな。


「食べる!」


 こいつらの会話、妙に完成度が高いな。


「買わない」

と俺は言う。


「でもたぶん買う」

とひな。


 その予言めいた断定をするな。

 かなり当たるから嫌なんだよ。


 父と並んで歩き出す。

 住宅街。

 朝の光。

 少しずつ開く店。

 駅前へ向かう、最近ではかなり見慣れた道。


「そんなに不満か」

と父。


「不満だよ。

 何でみんな当然みたいに俺を組み込むんだ」


「いるからだろ」


「理由になってない」


「最近はなってる」


 父の返しは短い。

 でも、短いからこそ残る。


 たしかに最近、家の中では“いるから”で通ってしまうことが増えた。

 それは単に引きこもっているという意味ではない。

 そこにいて、呼べば返事があって、ついでが回って、外へも少し出る。

 その全部込みの“いる”なのだろう。


「……面倒なんだよな」


「そうだろうな」


「否定しないんだな」


「本当のことだからな」


 その言い方が、妙に父らしいと思う。

 大げさに励ましもしない。

 でも、軽くもしない。


---


 駅前に着いてからは、いつも通り細かい任務の連続だった。


 金物屋。

 ドラッグストア。

 文具店。

 最後にコンビニ。


 金物屋では父が棚受けの型番を見て、俺が長さを確認する。


「これ」

と父。


「短い」

と俺。


「じゃあこっちか」


「それだな」


 説明が少ない。

 でも通じる。

 前よりかなり自然だ。


 ドラッグストアでは単三電池を買う。

 レジの店員に

「今日もいろいろですね」

と言われる。

 今日も、って何だよ。

 でも最近の駅前では、もうこういう言い方をされることが増えた。


 文具店ではひなのノートを選ぶ。

 ついでにシールも見る。

 見なければいいのに、つい見る。

 そして、ひなが好きそうなやつがあると少し止まる。


「……何やってるんだ俺」


 小さく呟くと、横で父が言った。


「買うのか」


「買わない」


「そうか」


 そう言いながら、俺は結局そのシールもかごへ入れた。

 何なんだよほんとに。


 最後にコンビニへ寄る。

 プリン三つ。

 それから、ついでにエナジードリンク。


 レジには凛がいた。


「いらっしゃいませ」


「……どうも」


 商品を置く。

 プリン三つ。

 エナジードリンク一本。


 凛がそれを見て、少しだけ目を細めた。


「今日はきれいに生活ですね」


「何だよその言い方」


「家族分のプリンと、自分の燃料」


 言い方が妙に正確で腹が立つ。


「観測するな」


「見えてるだけです」


 それから、凛はレジを打ちながら少しだけ声を落とした。


「最近ほんと、どこでもいますね」


「……それ、かなり思ってる」


「そうですか」


「家でも近所でも駅前でも、何かしら俺の担当みたいになってるんだよ」


 すると凛は、少しだけ考えるようにしてから言った。


「みんな、そう思ってるんじゃないですか」


「何を」


「担当だって」


 あまりにもさらっと言うな。


 でも、たぶんその通りなのだろう。

 富子も。

 父も。

 良子も。

 ひなも。

 健太も。

 梅子さんも。

 みんなもう、俺をそういう人間として少しずつ配置している。


「……面倒なんだよな、それ」


 凛はそこで、少しだけ口元をやわらげた。


「でも、そんなに嫌そうじゃないです」


 そこを見るな。

 ほんとにそこを見るな。


「お前、最後にそういうの言うよな」


「見えてるので」


 その返しに少しだけ笑ってしまって、俺は袋を受け取った。


---


 家へ戻ると、当然みたいに全部が回収されていく。


「切手は?」

と父。


「ある」


「電池は?」

と富子。


「ある」


「ノート」

とひな。


「ある」


「シール!」

とひな。


「……ある」


「やった」

とひな。


「え、シール買ってる!」

と良子。


「見るだけじゃなかったの?」

と富子。


「おじさん、やっぱり」

とひな。


 その“やっぱり”に対して、俺はもう何も言えなかった。


 そして最後に、プリンの袋を見つけた健太が全力で言った。


「やっぱ担当じゃん!」


「何のだよ!」


「このへん全部!」


 それはあまりにも雑だった。

 雑だったが、その瞬間、家族全員が少しだけ笑ったのが最悪だった。

 笑いながら、誰も完全には否定しなかったからだ。


 父が短く言う。


「まあ、そうかもな」


 富子も頷く。


「最近ほんとそうよね」


 良子まで笑いながら言う。


「お兄ちゃん、生活圏の雑用じゃなくて、生活圏そのものに入ってる感じ」


 それはかなり正しい。

 かなり正しいから嫌だった。


---


 夜。

 自室。


 椅子に座る。

 ドアを閉める。

 静かな部屋。

 机の上のエナジードリンク。


「この生活圏、いつから俺の担当になった……」


 朝に出た言葉を、もう一度そのまま口にする。


 家。

 近所。

 駅前。

 商店街。

 会館。

 コンビニ。

 子どもたち。

 父。

 凛。


 全部が完全につながっているわけではない。

 でも、それぞれの場所の端っこに、少しずつ俺の席ができている。


 大げさな役職ではない。

 偉くもない。

 ただ、そこにいると回る。

 いないと少し困る。

 聞くと早い。

 見ると決まる。

 その程度の、でも生活には妙に効く役割。


「……担当って、そういうことなのかもな」


 ぽつりとそう呟く。


 世界を守るわけじゃない。

 誰かの人生全部を背負うわけでもない。

 でも、この生活圏の小さい流れについては、もうかなり自分が関わっている。


 それをどう受け止めるかは、まだ少し難しい。

 面倒だし、重いし、担当外だとも思う。

 でも、完全に嫌でもない。


「そこが一番ややこしいんだよな」


 そう言って、少しだけ笑った。


 “担当”という言葉を、まだ完全には好きになれないまま、でも少しずつ自分のものとして受け止めていく。


 それでいいのだと思う。

 太郎は最後まで太郎のままで、そのまま少しずつ完成していく方が、この物語には似合っている。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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