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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第7章 『いないと困るらしい?』

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エピローグ それでも俺の部屋は、まだ俺の部屋だ





 人には、人の重さがある。


 荷物の話ではない。

 もちろん、米袋とか収納ケースとか、大型店の買い物袋とか、そういうわかりやすい重さも人生にはある。

 だが、もっと厄介で、もっと見えにくい重さが別にある。


 頼られること。

 待たれること。

 前提にされること。

 いないと少し困る、と言われること。


 そういうものは、表面上はやさしい言葉の顔をしている。

 助かる。

 安心する。

 来ると思ってた。

 その全部が、光の当たり方によってはかなりあたたかい。


 でも同時に、それはたしかに少し重い。


 なぜなら、その言葉の裏には、**その人の生活の中に自分の席がある**という事実が入っているからだ。

 しかもその席は、たいてい本人の知らないうちにできている。

 勝手に組み込まれ、勝手に使われ、気づけばそこにいるものとして扱われている。


 その重さを全部きれいに受け止められるほど、俺はたぶん立派ではない。

 面倒だと思う。

 できれば部屋にいたい。

 担当外だと言いたい。

 そういう気持ちは最後まで普通にある。


 でも、それでも、ここまでやってこられたのは、最後に戻る場所がちゃんと残っていたからだ。


 そのことを、その日、俺は一日の終わりにようやく言葉へできた。


---


 朝。


 下りた瞬間から、家はもうだいぶ動いていた。


 富子が台所。

 父が和室の前。

 良子はすでに来ている。

 ひなもいる。

 この時点で、平和な朝を期待する方が間違っている。


「太郎、おはよう。

 あとでこれお願いね」


 富子が言う。

 振り向きもしない。

 もう俺がそこへ立っている前提で声を飛ばしてくる。


「何」


「電池」


「何の」


「ひなの目覚まし」


「知らん」


「見ればわかるでしょ」


 出た。

 この家で最も雑で、最も強い理屈の一つである。


 父も短く言う。


「駅前出るなら切手も」


「何で出る前提なんだよ」


「出るだろ」


「何で」


「最近そうだから」

と良子。


 もう家族全員が同じテンポで押してくる。


 ひなは当然みたいに言う。


「おじさん、今日プリンある?」


「何で朝からそこなんだよ」


「だって、帰りにあったらうれしいから」


 その理屈もずるい。

 しかも“買ってきて”ではなく、“ある?”の形で聞いてくるのがさらにずるい。


 健太は今日はいなかった。

 そこだけが救いだった。


 だが、いないからといって静かになるわけではない。

 良子がスマホを見ながら言う。


「お兄ちゃん、ひなのノートも。

 あと、もし見つけたらシール」


「見つけても見なかったことにする」


「できないくせに」


 その返しに何も言えないのが悔しい。


「……今日も前提かよ」


 思わずそう漏らすと、富子が台所から普通に返した。


「だって、いるでしょ」


 その一言が、最近ではもう本当に自然に聞こえる。

 自然に聞こえること自体が、たぶん変化なのだ。


---


 昼前。

 俺は結局、駅前へ向かっていた。


 レジ袋ではなくリュック。

 切手。

 電池。

 ノート。

 プリンは帰り。

 自分用にエナジードリンクも一応一本。


 空は少し白い。

 風は弱い。

 住宅街を抜けると、商店街のざわつきがだんだん近づいてくる。


 駅前までのこの道も、もう前ほど重くない。

 好きとは言わない。

 だが、生活の中で回数を重ねた道には、独特の“行ける感じ”が出てくる。


 郵便局で切手を買う。

 ドラッグストアで電池を買う。

 文具店でノートを買う。

 その流れの中で、店員に軽く会釈されたり、「今日はノートですね」と言われたりする。

 駅前で顔が通ることにも、完全には慣れない。

 でも、もうそこで固まるほどでもない。


 文具店を出たところで、向こうから凛が歩いてきた。


 私服。

 黒いトートバッグ。

 手には小さい紙袋。


「あ」


 短い声。


「……よう」


 俺も短く返す。


「買い物ですか」

と凛。


「見ればわかるだろ」


 そう返すと、凛が少しだけ目を細めた。


「最近、それ自分で使いますね」


「便利なんだろ」


「そうかもしれません」


 そのやり取りが、もうだいぶ普通だ。

 生活圏の中で会うことも、店の外で言葉を交わすことも、前ほど特別なイベントではなくなっている。


「今日は何ですか」

と凛。


「切手、電池、ノート」


「かなり家です」


「そうだよ」


 俺がそう返すと、凛は少しだけこちらを見て言った。


「でも、そういうのが普通になってきましたね」


「何が」


「そっちの生活がです」


 その言い方に、少しだけ息を止める。


 生活。

 役割ではなく、生活。

 その言葉は、最近の俺にわりと近いところを突く。


「……そうかもな」


 素直にそう返すと、凛は小さく頷いた。


「たぶん、その方がいいです」


「何で」


「無理してる感じが減ったので」


 またそこを見るのか。

 だが今は、それを責める気にもならなかった。


「お前、やっぱ見てるよな」


「見てます」


 そこはもう迷わないのかよ。


「……じゃあまた」


「はい。

 プリン、忘れないでください」


 何でそこまで知ってるんだよ。


「観測か」

と俺。


「流れです」

と凛。


 その返しに少しだけ笑って、俺たちは別れた。


---


 帰りにコンビニへ寄る。


 プリンを三つ。

 ひな用。

 良子もどうせ食べる。

 そしてたぶん、健太が現れた時の予備。

 自分でもその買い方がかなり生活的だと思う。


 家へ戻ると、予想通りみんなが自然に受け取る。


「切手は?」

と父。


「ある」


「電池は?」

と富子。


「ある」


「ノート!」

とひな。


「ある」


「プリン!」

と良子。


「ある」


 誰一人として“本当に買ってきてくれたんだ”みたいな驚き方をしない。

 もう、そうなる前提の空気なのだ。


「……ほんとに前提だな」


 思わずそう言うと、良子が少しだけ笑った。


「今さら?」


「今さらだよ」


「でもそれ、嫌なだけじゃないでしょ」


 そういう聞き方をするな。

 ほんとにするな。


 ひながプリンを受け取りながら言う。


「おじさん、今日もちゃんといたね」


「その評価好きだな」


「だってほんとだもん」


 富子が台所から言う。


「太郎がいると生活が引っかからないのよね」


「それ昨日も言ってた」


「本当だもの」


 父もそこで、短く言った。


「まあ、助かってる」


 短い。

 だが、それで十分だった。


 最近は、こういう短い言葉の方が長く残る。

 助かる。

 いると思ってた。

 いないとちょっと困る。

 そういうものが一つずつ積もって、今の生活ができている。


---


 夕方を過ぎて、ようやく自室へ戻る。


 ドアを閉める。

 椅子に座る。

 机。

 棚。

 ベッド。

 読みかけの本。

 少しずれたクッション。

 全部、俺のままだ。


「はあ……」


 深く息を吐く。


 今日も前提にされた。

 家でも。

 駅前でも。

 子どもたちにも。

 凛にも見られた。

 父にも富子にも、何でもない顔で助かると言われた。


 面倒だ。

 かなり面倒だ。


 でも、こうして部屋へ戻ると、その面倒さが少しだけほどける。

 今日一日が全部“俺じゃない何か”へ変わるわけではなく、ちゃんと“俺がやって戻ってきた一日”として机の前へ落ち着く。


「それでも俺の部屋は、まだ俺の部屋だ」


 そう口に出してみる。


 この部屋は前みたいに完全な結界ではない。

 ひなも来る。

 健太も来る。

 美咲もたまに来る。

 良子は勝手に入る。

 避難所みたいに使われることもある。


 それでも、最後に一人で戻ってきた時の静けさは、まだちゃんと俺のものだ。

 机の位置も、椅子のきしみも、ベッドの沈み方も、全部が“帰ってきた”感じを作ってくれる。


 頼られる。

 前提にされる。

 少し重い。

 でも、その重さをどうにか持っていられるのは、最後にここへ戻ってこられるからだ。


「……たぶん、まだ大丈夫なんだよな」


 小さくそう呟く。


 大丈夫、というのは万能感ではない。

 全部を背負えるわけでもない。

 完璧に応えられるわけでもない。

 ただ、前より少し外側の生活まで行って、少しだけ重い言葉を受け取って、それでもこの部屋へ戻ってきて、また呼吸を整えられる。


 その程度の大丈夫だ。

 でも今の俺には、その程度で十分だった。


「頼られても、前提にされても、最後に戻る場所がここなら、たぶんまだ大丈夫だ」


 そう言って、椅子へ深く体を預ける。


 扇風機の風が少しぬるい。

 窓の外はもう暗い。

 家の下の方から、富子の声と、ひなの笑い声が少しだけ上がってくる。

 生活の音だ。

 少しうるさくて、少し面倒で、でもちゃんと俺の外側にある音。


 その音を聞きながら、俺は目を閉じた。


 たぶんここでちょうどいい。

 重さを知って、でもまだ壊れない。

 生活の前提になりつつ、それでも最後の部屋を失っていない。

 そういうところで、今の俺は立っている。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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