↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第7章 『いないと困るらしい?』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/95

自宅警備員、生活圏の空気になる





 空気になる、という言い方には少し抵抗がある。


 何しろ空気は、たいてい感謝されない。

 あって当然。

 なくなるまで意識されない。

 そして、なくなった瞬間だけ全員が困る。


 そんな立場に人間がなりたいかと言われると、べつにそうでもない。

 むしろ避けたい。

 できればもっと、こう、適度に不在でも許される立ち位置がいい。


 だが生活というものは時々、人を役割としてではなく、空気みたいに配置し始める。


 いて当然。

 その場にいる前提で話が進む。

 いちいち名前を呼ばなくても、何となくそこへ入っている。

 その状態になると、本人だけが少し遅れて気づく。


 最近の俺は、たぶんかなりその領域に近づいていた。


 そのことを、その日、俺は一日かけてじわじわと思い知ることになる。


---


 朝。


 一階へ下りた時点で、もう空気の一部扱いは始まっていた。


 富子が台所。

 父が和室の前。

 テーブルの上にはメモ。

 そして、俺が来た瞬間に誰も驚かない。


 まあ、自分の家なのだから当然と言えば当然だ。

 だが問題はその先だった。


「太郎、あとでこれお願いね」


 富子が言う。


 振り向きもしない。

 味噌汁をよそいながら、完全に流れ作業で言ってくる。


「何」


「電池。

 ひなの鉛筆削りのやつ」


「何で俺」


「今日出るでしょ」


 その“出るでしょ”が、もはや確認ではなく天気予報みたいな言い方になっている。


 父が和室の前から一言足す。


「駅前行くなら切手も」


「だから何で俺前提なんだよ」


「いると思ってるから」

と富子。


「そうだな」

と父。


 会話が軽い。

 軽すぎる。

 この軽さが逆に効く。


 そこへ、良子まで来た。


「おはよー。

 お兄ちゃん、ひなのノートもう一冊お願い」


「増やすな」


「え、でも今日駅前でしょ?」


「まだ確定してない」


「でもそうなるんでしょ」


 何なんだこの家は。

 誰一人として、“行ける?”とか“お願いしていい?”の段階を踏まない。

 最初から、そこに俺がいる流れで話してくる。


 ひなも来た。

 バッグを抱えたまま、当然のように言う。


「おじさん、帰りプリンある?」


「知らん」


「でもたぶんある」


 お前のその確信は何なんだ。


 健太まで来た。

 朝から本当にお前は元気だな。


「おじさん!

 今日公園来る?」


「行かない」


「でもたぶん来る!」


「何でだよ!」


「だってなんか来そう!」


 その理屈はさすがに雑すぎる。

 だが、ここまで来るともう、俺はこの家と近所の中で“何となくいる人”として扱われ始めているのかもしれない。


「……空気みたいに言うなよ、ほんと」


 思わずそう漏らす。


 良子がそこで笑った。


「空気というか、生活圏の標準装備?」


「もっと嫌だなそれ」


「でも近いかも」

とひな。


 やめろ。

 お前まで納得するな。


---


 結局、昼前には駅前へ出ていた。


 富子の電池。

 父の切手。

 ひなのノート。

 ついでに自分の飲み物。

 相変わらず、家族の細かい生活と自分の用事が一つの袋に詰め込まれている。


 駅前へ向かう道も、最近は前ほど“行くぞ”感がない。

 もちろん気楽というほどではない。

 だが、呼吸が乱れるほど重くもない。


「これも空気化の一部なんだろうな……」


 小さく呟く。


 何度も通る。

 何度も同じ店へ寄る。

 顔を覚えられる。

 そのうち、こちらも“いつもの道”として歩く。

 そういうものなのかもしれない。


 ドラッグストアで電池を買い、郵便局で切手を買い、文具店でノートを取る。

 その流れの途中で、文具店の店員に声をかけられた。


「あ、太郎さん。

 今日はノートですね」


 見抜かれている。

 いや、見抜くほどのことではない。

 実際に今、ノートを持っている。

 それでも、“今日はノートですね”という言い方には、前提として俺の買い物パターンが少し積み上がっている感じがある。


「まあ」


「最近ほんと、家の買い物担当みたいですね」


「その言い方やめてくれません?」


「でも違います?」


 違わないのがつらい。


 文具店を出て、商店街へ入る。

 今度は八百屋のおじさんに軽く会釈される。

 会釈を返す。

 それだけ。

 でもそれだけで、“生活圏の空気”感が増す。


 特に何もしていないのに、そこにいることが自然になっていく。

 その感じが少しだけ落ち着かない。


---


 家へ戻ると、当然のように袋の中身が回収されていく。


「買えた?」

と富子。


「買えた」


「切手は」

と父。


「ある」


「ノート」

とひな。


「ある」


「プリンは?」

と健太。


「ない」


「何で!」


 お前の枠は最初からなかっただろ。


 良子はノートを受け取りながら笑った。


「お兄ちゃん、今日も普通に駅前回ってきたね」


「普通じゃない」


「でも前よりずっと普通」


 その言い方は、たぶんかなり正確だ。


 富子が電池をしまいながら言う。


「太郎がいると、ほんと生活が引っかからないのよねえ」


 そこまで言うな。

 かなり重い。


 父も短く言う。


「まあ、そうだな」


 そこへ乗るな。

 家の両側から生活基盤評価をされると、こちらのHPがじわじわ削れる。


「……お前ら、人を何だと思ってるんだよ」


 思わずそう言うと、ひなが首をかしげた。


「おじさん」


「そういう意味じゃない」


 健太は元気よく言う。


「何か聞くとだいたい何とかしてくれる人!」


「雑すぎる」


 良子は少しだけ真面目な顔をして言った。


「でもさ、それってもう役割っていうより、普通に生活の中にいるってことじゃん」


 その言い方が、今日のテーマをほとんど言い切っていた。


 役割。

 ではなく、生活の中にいる。

 機能より先に、存在が前提になっている。


 それはたぶん、“空気になる”に近い。


---


 午後。


 少しだけ部屋へ戻ったあと、今度は梅子さんに家の前で捕まった。


「あら、太郎さん。

 ちょうどよかったわ」


 またそれか。


「何ですか」


「掲示の紙ね、ちょっとだけ見てくれない?」


「またですか」


「またよお」


 会話が軽い。

 こちらが抵抗しても、まるで風の向きを確認するくらいの自然さで流される。


「会館に持ってくから、端だけ折っておきたくて」


「それ自分でできるでしょ」


「でも太郎さんの方がきれい」


 雑に評価するな。


 だが、結局受け取ってしまう。

 紙の端を揃え、折り目をつけ、ファイルへ戻す。

 作業時間は一分もかからない。


「はい」


「やっぱり早いわあ」


 そこへ、通りかかった近所のおばさんが言う。


「あら、太郎さん。

 今日もいるのね」


 その“今日もいるのね”が、かなり空気寄りの表現だった。


 特別じゃない。

 いるのが普通。

 そして、その場にいること自体へ誰も驚いていない。


「……いますよ」


 俺がそう返すと、おばさんは笑った。


「最近ほんと、見ない日の方が少ないわねえ」


 やめてくれ。

 その認識はかなり困る。


 梅子さんまで頷く。


「そうなのよ。

 いると安心なのよねえ」


 安心。

 またその単語だ。

 しかも家の中だけではなく、近所の外側でもそれが出る。


「……それ、かなり重いんですけど」


 俺が言うと、梅子さんは本当に不思議そうだった。


「何で?」


「何でもです」


 この人たちは、本当にそのへんの重さに無自覚だ。

 だが、その無自覚さごと生活の自然さでもあるのだろう。


---


 夕方、今度はコンビニへ寄った。


 さすがにエナジードリンクが切れたからだ。

 入店する。

 冷房。

 棚。

 レジ。

 凛。


「いらっしゃいませ」


「……どうも」


 商品を置く。

 エナジードリンク一本。

 ついでにスナック菓子。


 凛がそれを見て言う。


「今日は少なめですね」


「何が」


「買うもの」


「今日はもう何回か外出てるからな」


「知ってます」


 そこで俺は少しだけ顔を上げた。


「何でだよ」


「見ました」


 短い。

 それだけ。

 だが、それで十分だった。


 商店街で見たのか、駅前で見たのか、あるいは単に袋の中身と時間帯で推測したのか。

 いずれにせよ、凛の観測はやはり細かい。


「今日はほんと、どこ行っても“いつもの人”みたいなんだよな」


 思わずそう漏らす。


 凛はレジを打ちながら、少しだけ考えてから言った。


「だいぶ空気っぽいですね」


 そこも言うのかよ。


「お前までそれ言うな」


「でも、たしかにそうです」


「何が」


「もう“何かしてる人”というより、“いる人”になってます」


 その言い方が、妙にしっくりきてしまうのが悔しい。


「……それはあんまり嬉しくないな」


「でも、悪くもなさそうです」


 凛は平然と言う。


「何でそう思う」


「今日の顔がそこまで嫌そうじゃないので」


 そこまで見てるのかよ。

 いや、お前は見てるんだよな。

 そういうやつなんだよな。


 会計を終えて、袋を受け取る。

 凛が最後に何でもない顔で言った。


「空気って、ないと困るので」


 その一言が、その日いちばん静かに効いた。


---


 夜。

 自室。


 ドアを閉める。

 椅子に座る。

 机の上へ肘をつく。


「生活圏の空気になる、か……」


 口に出してみる。


 家でも。

 駅前でも。

 商店街でも。

 会館の前でも。

 コンビニでも。


 特別な役割があるというより、そこにいるのがもう自然になってきている。

 それは少し怖い。

 だが、完全に嫌でもない。


 空気は感謝されにくい。

 でも、ないと困る。

 その比喩は、思った以上に今の俺へ近かった。


「……役割より先に、空気か」


 大きく変わったわけじゃない。

 派手なイベントもない。

 ただ、日常の中で位置が少しずつ固定されていく。


 家族が前提にする。

 子どもたちが待つ。

 近所が安心する。

 凛が観測する。

 その全部を受けて、俺は今日もこの部屋へ戻ってきている。


「……まあ、悪いだけじゃないのが一番困るんだけどな」


 そう呟いて、少しだけ笑った。


 もし完全に嫌なら、もっと逃げている。

 でも実際は、文句を言いながらもそれなりにそこへいる。

 それが今の俺なのだろう。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

下部の☆☆☆☆☆より評価をいただけると大変励みになります。


★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。