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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第7章 『いないと困るらしい?』

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おじさん、今日はいないの?




 いない時に名前を呼ばれるのは、少し不思議だ。


 その場にいないのだから、返事はできない。

 なのに人は、いない相手の名前をかなり自然に会話へ混ぜる。


 「あとで来る?」

 「今いないの?」

 「さっきいた?」

 そういう言葉は、いない本人の知らないところで勝手に飛び交う。

 そしてあとからそれを聞かされると、妙に効く。


 これが、

 「呼んだけど出なかった」

 ならまだわかりやすい。

 だが、

 「いると思って来た」

 とか、

 「今日はいないの?」

 になると少し違う。


 そこには連絡よりも先に、存在の前提がある。

 確認する前に、まずいるものとして想定されている。

 それがじわっと重い。


 その日、俺は自分の部屋にいながら、それをあとから知ることになった。


---


 午後。

 珍しく、本当に珍しく、俺は最初から部屋に引きこもるつもりでいた。


 前日の疲れが少し残っていたわけではない。

 体調も悪くない。

 ただ、今日はもう外へ出る気分ではなかった。

 そういう日もある。

 人間には、誰にも呼ばれず、何にも頼まれず、ただ部屋で静かにしていたい日が必要だ。


 机。

 ノートPC。

 読みかけのラノベ。

 エナジードリンク。

 完璧である。


 だから、下で物音がしても、最初はあまり気にしなかった。

 玄関が開く音。

 子どもの声。

 良子の声。

 富子の返事。

 まあ、いつものことだ。


 今日は行かない。

 今日は出ない。

 そう決めていたので、少し強気でもあった。


 ところが、そのまましばらくすると、階段の下あたりでひなの声がした。


「……おじさん、今日はいないの?」


 その一言が、思った以上に耳へ残った。


 俺はベッドの上で少しだけ目を開けた。


 いないの。

 今、そう言ったのか。


 下から良子の声が返る。


「いるよー。

 でも今日は上で休んでる」


「そうなんだ」


 ひなの返事は静かだった。

 残念そう、とまでは言い切れない。

 だが、少なくとも“いる前提だった”響きははっきりあった。


 さらに、健太の声まで混ざる。


「えー! 何で!」


「うるさい」

と良子。


「だっていた方が早いじゃん!」

と健太。


 お前は本当に雑だな。


 そこへ、美咲の声も少しだけ聞こえた。


「おじゃまします……」


 ああ、今日は美咲も来ているのか。

 つまり、ひな、美咲、健太の三人で何かやるつもりだったのだろう。


 そこで俺は少しだけ起き上がった。

 起き上がってしまった時点で、もうだいぶ駄目である。

 本当に無視するつもりなら、寝返りを打って終わるべきだった。


 だが、下の会話が続く。


「じゃあ、これどうする?」

と良子。


「うーん……」

とひな。


「おじさんいたらすぐなのに」

と健太。


「けんた、そういう言い方しないの」

とひな。


「でもほんとじゃん!」


 何なんだよ。

 何を持ち込んだんだお前ら。


 そこで、良子の声が少し上がった。


「お兄ちゃん!

 起きてるならいいけど、無理しなくていいからねー!」


 絶妙にズルい。

 来いとは言わない。

 でも、起きているなら聞こえるように言う。

 この人、本当にこのへんの圧のかけ方がうまい。


「……無理しなくていい、ね」


 口に出してから、少しだけ笑ってしまう。

 その言い方をする時は、だいたい“来たら助かる”が含まれている。


 ため息をついて、俺はベッドから下りた。


---


 リビングへ下りると、三人がテーブルのまわりに集まっていた。


 ひな。

 美咲。

 健太。

 その中央に、色画用紙とハサミとテープと、なぜか細いリボンが散らばっている。


「あ」


 ひなが最初にこっちを見た。


「起きた」


「起きてたよ」


「やっぱりいた」


 その“やっぱり”が少し重い。


 健太はもっと露骨だった。


「おじさん!

 今日いないのかと思った!」


「いるよ。

 自分の家なんだからいるだろ」


「でも下にいなかった!」


 そこまでで“いない”判定になるのか。

 子どもの世界は視界が狭くてまっすぐだな。


 美咲が少し遠慮がちに言った。


「ごめんなさい、起こしちゃいました?」


「別に」


 それからテーブルの上を見る。


「何してんだこれ」


 ひなが答える。


「飾り」


 広い。


「何の」


「美咲の自由工作のやつ」


 ようやく見えた。

 学校か何かで使う飾りらしい。

 台紙にリボンを貼って、色画用紙で花みたいな形を作るのだろう。


「で?」


「ちょっとむずかしい」


 やっぱりそうか。


 健太は即座に言う。


「オレ、テープ切る係だった!」


「だった、って何だよ」


「いまは見てる!」


「仕事しろ」


 良子が少し離れたところから笑いながら言う。


「お兄ちゃん、来た瞬間ちょっと空気変わったよ」


「やめろ」


「でもほんと。

 みんな“あ、なんとかなる”って顔した」


 ひなは否定しなかった。

 美咲も少しだけ視線をそらして、でも反論はしない。

 健太に至っては全力で頷いている。


「それが重いって言ってるんだよ」


「でも、今日はいないの?ってなったのほんとだよ」

とひな。


 そこを本人の前で言い直すな。

 かなり効く。


「何でそうなった」


「だって、たぶん下にいると思ってた」


「何で」


「最近そうだから」


 最近そうだから。

 その理由は、かなり強かった。


 たしかに最近、子どもたちが来る時、俺はかなりの確率で下へ顔を出している。

 何かしら見たり、受け取ったり、話を聞いたりしている。

 それが積み重なれば、子ども側では“いるもの”になるのだろう。


 美咲が小さく言った。


「ひなちゃんが、たぶんおじさんいるって言ってたから」


 なるほど。

 それで“いないの?”まで行ったのか。


「お前、勝手に人の在宅を保証するなよ」


 俺がひなに言うと、ひなはきょとんとした。


「でも、だいたいいる」


「雑だな」


「でもそうでしょ」


 反論しづらい。

 最近の俺は、たしかに“だいたいいる”のだ。


---


 テーブルの前に座らされる。


 いや、座ったと言うべきか。

 ここまで来て立ったまま見てるのも妙だったので、結局座った。


「何が問題なんだよ」


「ここ」

とひな。


「ここが、きれいに丸くならない」

と美咲。


「テープが見える!」

と健太。


 お前は情報量を増やすな。


 台紙を見る。

 リボンの端の始末が少し甘い。

 画用紙の花びらも左右で幅が違う。

 たしかに子どもだけでは微妙に難しいラインだ。


「ハサミ貸せ」


「出た」

と良子。


「“貸せ”」

とひな。


「お前ら、それを合図みたいに言うな」


 リボンを少し斜めに切り直し、テープの位置を内側へ寄せる。

 花びらは一枚を型にして揃える。

 そこまでやると、たしかに見た目が整った。


「あ」

と美咲。


「きれい」

とひな。


「すげー!」

と健太。


 その三段反応がいちばん大げさだ。


「大したことじゃない」


「でも、おじさんいたからできた」

とひな。


「いたらすぐだった!」

と健太。


「……だから重いんだよその評価」


 良子は少し後ろで腕を組みながら笑っていた。


「でもさ、お兄ちゃん」


「何」


「今日いないの?って、かなり刺さったでしょ」


「刺さってない」


「その返し遅い時は刺さってるんだよ」


 鋭い。

 ほんとに鋭い。


 美咲が少しだけためらいながら言った。


「でも、ほんとにちょっと思いました」


「何を」


「今日は下にいないんだ、って」


 その言い方は静かだった。

 静かだからこそ、妙に本音っぽい。


「別に、いない日もあるだろ」


「うん」

と美咲。


「でも、いると思ってた」


 またそれだ。

 今日ほんとにその方向から殴ってくるな。


 俺は思わず天井を見た。

 天井は何も言わない。

 こういう時だけ、本当に頼もしい。


---


 工作が一段落すると、ひなは出来上がりをかなり満足そうに見ていた。


 美咲もほっとした顔をしている。

 健太は“オレも何か作りたい”とか言い始めたので、そこは全力で無視した。


「おじさん」


 ひなが言う。


「何」


「今日は下にいないの?って思ったけど、いたからよかった」


 その言い方は、前より少し大人びていた。

 いや、言っている内容はかなり子どもだ。

 だが、“いないと思って不安だった”を、そのままではなく少し整えて言っている感じがある。


「そんなにか」


「うん」


 ひなは頷く。


「今日ちょっとだけ、いないと困った」


 その“ちょっとだけ”が、前より重かった。


 前なら、太郎がいたら助かる。

 いると安心する。

 そういう言い方だった。

 今は一歩進んで、“いないと困る”になっている。


 大げさではない。

 “ちょっとだけ”だ。

 でも、そのちょっとが生活に入ってきている。


「……そうかよ」


 それしか返せない。


 健太はもっと雑だった。


「オレ、最初マジで“何でいないの?”って思った!」


「だからその言い方だよ」


「だってほんとだもん!」


 子どもの本音は、ほんとに容赦がない。


---


 夕方、三人が帰ったあと、リビングは少しだけ静かになった。


 テーブルの上には色紙の切れ端が少し残っている。

 リボンのかけらもある。

 そういう“さっきまで子どもがいた跡”を見ると、妙に時間の流れがわかる。


 良子がコップを片づけながら言った。


「お兄ちゃん、今日はほんと象徴的だったね」


「何が」


「“おじさん、今日はいないの?”」


 そのまま言うなよ。


「本人の前で二回も三回も言うな」


「でも、あれかなり今の立ち位置だよ」


 そうかもしれない。

 そうかもしれないが、言葉にされるとやっぱり少し重い。


「前は“いると助かる”だったじゃん」

と良子。


「今は“いないの?”なんだよね」


 その整理は、正確すぎて嫌だった。


「……お前ほんと、そういうとこだけ鋭いよな」


「お兄ちゃんも、ほんとはわかってるでしょ」


 そこへは答えなかった。

 答えなかったが、否定もできなかった。


 富子が台所から言う。


「でも、下りてきてくれてよかったわ」


「聞こえてたしな」


「なら最初から来ればいいのに」


「その言い方はやめろ」


 父は和室から出てきて、テーブルの散らかりを見て言った。


「何だ、工作か」


「そう」

と良子。


「お兄ちゃんいないと少し止まった」


 おい。

 お前は父にまでその情報を共有するな。


 父はそれを聞いて、特に驚きもせず、ただ短く言った。


「まあ、そうだろうな」


 その“まあ、そうだろうな”も、最近ではかなり効く部類の言葉だった。


---


 夜。

 自室。


 椅子に座り、机の上のエナジードリンクを開ける。

 炭酸の音。

 少し静かな部屋。


「おじさん、今日はいないの、ね……」


 口に出してみる。


 ひなの声。

 下から聞こえたあの一言は、昼より夜の方が残っていた。


 いないの。

 それは、俺の不在を確認する言葉だった。

 同時に、いるはずだと思っていた言葉でもある。


 つまり、最初から前提がある。

 まずそこにいて、それが見えないから不思議がる。

 その順番だ。


「……頼られるより、前提にされる方がやっぱ重いんだよな」


 そう呟く。


 呼ばれる。

 頼まれる。

 助かる。

 安心する。

 それも十分重い。

 でも“いないの?”は、その前にもうこちらの存在が組み込まれている。

 生活の流れの中へ、かなり自然に。


 面倒だ。

 かなり面倒だ。

 でも、その面倒の中に、ちゃんと俺の席があることもわかってしまう。


「……まあ、完全に嫌じゃないのが一番困るんだけどな」


 それが、今のところいちばん正直な結論だった。


 もし本当に嫌なら、今日みたいに下へは下りていない。

 聞こえないふりをして、寝ていたはずだ。

 でも実際には起きて、顔を出して、座って、工作を直している。


 そういう積み重ねの先に、“今日はいないの?”があるのだとしたら、たぶんこれはもう避けられないのだろう。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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