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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第7章 『いないと困るらしい?』

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にぼし姫、お前そこまで見てるのか





 観測される、というのは少し落ち着かない。


 いや、もっと正確に言うなら、**観測されていると気づく**のが落ち着かない。

 見られていること自体は、生活していればどうしたってある。

 レジの店員に顔を覚えられることもあるし、近所のおばさんに「最近よく見る」と言われることもある。


 問題は、その見られ方の質だ。


 洗剤をよく買うとか。

 駅前へ行く頻度が増えたとか。

 そういう“表面の変化”を拾われるのは、まだいい。

 いやよくはないが、まあわかる。


 だが、疲れているとか、少し無理しているとか、普段より返事が雑だとか。

 そういう内側寄りの小さい変化まで拾われると、人はちょっと困る。


 そして、にぼし姫はそこが妙に鋭い。


 いや、風間凛と言うべきか。

 でもこの話に関しては、にぼし姫の方が少ししっくりくる。

 現実とネットの両方から、じわっと同じ角度で見てくるからだ。


 その日、俺はそれをはっきり思い知ることになった。


---


 夜。

 自室。

 机。

 ノートPC。

 エナジードリンク。

 扇風機。

 かなりいつも通りの布陣である。


 ただ、俺の中身だけが少しいつも通りではなかった。


 昼間から細かい用事が多かったのだ。

 富子の買い物。

 良子の追加。

 健太の忘れ物。

 ひなの待ち合わせ。

 小さいことが何個も連続すると、それだけでHPがじわじわ削られる。

 大事件よりも、こういう“生活の小さい連打”の方が実は厄介なのかもしれない。


 だから今、こうして部屋で一人になっていても、頭の奥に少しだけ鈍い疲れが残っている。

 眠いほどではない。

 でも、返事を考える速度が一段落ちている感じだ。


「……まあ、入るか」


 そう呟いてログインする。


 すぐにいつもの名前が見えた。


 白狼77。

 いる。

 にぼし姫。

 いる。


 この二人が揃っていると、以前ならそれだけで少し身構えていた。

 今はもう、そこまでではない。

 ただ、にぼし姫の方は油断すると変なところを刺してくるので、別の意味で気は抜けない。


 案の定、白狼77が先に投げてきた。


『太郎、今日なんか遅くね?』


 雑だな。

 ほんとに雑だなこいつは。


『知らん』

と返す。


『出た』

『知らんじゃないんだよ』

『今日は立ち上がりが鈍い』

と白狼77。


 にぼし姫が短く入る。


『今日はちょっと雑ですね』


 俺はスマホを見たまま少し止まった。


 まただ。

 またその角度だ。


『何が』

と返す。


『返事です』

とにぼし姫。


『いつもより投げてます』


 白狼77が笑う。


『投げてるて』

『分析が細かいな』


『事実です』

とにぼし姫。


 そこで俺はエナジードリンクを一口飲んだ。

 炭酸が妙に強く感じる。

 たしかに今日は少し雑かもしれない。

 だが、それをログインして数往復で言い当てられるのはかなり落ち着かない。


『お前そこまで見てるのか』

と俺は打った。


 にぼし姫からは少し間を置いて返ってきた。


『見えてるだけです』


 出た。

 その返し。

 便利だな本当に。


『便利な言い方だな』

と返す。


『そっちも便利な言い訳ばっかりですよね』

とにぼし姫。


『何が』

と俺。


『疲れてるだけ、とか』

『寝てないだけ、とか』


 それを見た瞬間、俺は少しだけ目を細めた。

 それ、前のコンビニのやり取りでも言われた気がする。

 つまり、現実側でもチャット側でも同じ観測が入っている。


『またそれか』

と返す。


『またです』

とにぼし姫。


 白狼77がそこへ入る。


『何だその会話』

『お前ら、もう生活ログ共有してんのか?』


『してない』

と俺は即返す。


『でもしてるレベルで見られてるじゃん』

と白狼77。


 そこが問題なのだ。

 共有しているわけではない。

 だが、現実とネットの両方で似たような指摘をされると、さすがに少し落ち着かない。


 にぼし姫が続ける。


『今日は特に、返事が一個短いです』


 細かい。

 ほんとに細かい。


『何だよ一個短いって』

と俺。


『いつもならもう一言あるところで切ってます』


 その指摘が、思った以上に正確だった。

 たしかに今日は、会話を一段で終わらせる感じがある。

 白狼77の雑な振りに雑で返し、にぼし姫の短文にも短文で返している。

 自分でも気づいていなかったが、言われるとたしかにそうだった。


『観測精度高すぎだろ』

と俺は返す。


『にぼし姫、それもう研究員じゃん』

と白狼77。


『そこまでじゃないです』

とにぼし姫。


『そこまでだよ』

と俺は返した。


 送ってから、少しだけ自分で笑ってしまう。

 こういう時、前ならもう少し防御的だった気がする。

 今はむしろ、“そこまで見てるのかよ”と素直に出る。

 それ自体が、関係の変化なのかもしれない。


 にぼし姫はそこで、珍しく少し長めに打ってきた。


『でも、見てないとわからないことってありますよね』


 その一文に、白狼77がすぐ反応した。


『おいおい』

『ちょっと深い感じ出すなよ』


『外野は黙ってろ』

と俺は返す。


『ひど』

と白狼77。


 だが、俺も少しだけその文を見ていた。


 見てないとわからないこと。

 たしかにそうだ。

 疲れも、雑さも、生活の小さい変化も、ちゃんと見ていなければ拾えない。

 つまり、にぼし姫はそれなりにちゃんと見ている。


『何でそこまでわかるんだよ』

と俺は打った。


 にぼし姫の返事は短かった。


『よく見てるからです』


 そのまっすぐさに、今度は本当に少し止まる。


 白狼77も一拍遅れた。


『おい』

『さらっと重いぞ今の』


 たしかにそうだ。

 “見えてるだけです”ではなく、“よく見てるからです”と来た。

 それは観測ではなく、ほぼ意思だ。


『……そこは濁せよ』

と俺は返した。


『何でですか』

とにぼし姫。


『重いからだよ』


『別に重くないです』


『いや重い』


 白狼77が完全に面白がっている。


『太郎、今日かなり刺さってんな』

『いいぞもっとやれ』


『外野は本当に黙ってろ』

と俺。


『でも実際さ』

と白狼77。

『見てる相手にしかわかんねえ変化ってあるだろ』


 そこで急に真面目な角度へ入ってくるな。

 お前はもっと無責任に騒いでいろ。


 だが、言っていることは少しだけわかる。

 家族にもわかる変化。

 近所にも見える変化。

 でも、にぼし姫が拾うのはその少し内側だ。

 返事の短さ。

 歩き方。

 雑さ。

 眠そうな顔。

 そういう、小さいけれど本人には流しがちな部分。


『……お前、ほんとそこまで見てるのか』

ともう一度打つ。


 今度の返事は、少しだけ間が空いた。


『はい』


 短い。

 でも、さっきよりずっと重い。


 俺はしばらく画面を見ていた。

 はい。

 たった二文字。

 でも、その二文字がかなり効く。


 白狼77がすぐに騒ぎ出す。


『はい、だってよ』

『重っ』

『いやでもいいなそれ』


『よくない』

と俺は返す。


『何でですか』

と、またにぼし姫。


『困るからだよ』


『でも、見てないふりするよりはいいと思います』


 その言い方に、少しだけ息を吐く。


 見てないふり。

 たしかにそうだ。

 ここまで来て、何も気づいていないふりをされる方が、たぶん今は変だ。

 凛も、にぼし姫も、もうそういう段階ではない。


『まあ……それはそうかもな』

と返す。


『今日ほんとに素直だな』

と白狼77。


『疲れてるからだよ』


『またそれ言った』

とにぼし姫。


『言ったな』

と白狼77。


 そこへ二人で重ねるな。


『うるさい』

と俺が返すと、にぼし姫が短く言った。


『じゃあ、今日は早く寝てください』


『命令か』

と俺。


『観測にもとづく推奨です』


 そこは崩さないんだな。

 ほんとに。


---


 チャットを閉じたあと、部屋はまた静かだった。


 扇風機。

 窓の外の虫の声。

 机の上の缶。

 それだけ。


「にぼし姫、お前そこまで見てるのか……」


 口に出してみる。


 たしかに見ている。

 思っていたよりずっと。

 生活の表面だけじゃない。

 こちらが少し無理している時や、少し雑になっている時まで拾ってくる。


 それは少し困る。

 かなり困る。

 でも、嫌ではない。


 嫌ではないから余計に困るのかもしれなかった。


「見られてる、っていうより……見てる、なんだよな」


 その違いはたぶん大きい。


 見られている、なら偶然でも起こる。

 でも見ている、は少し意思がある。

 少しこちらへ意識が向いている。

 そしてそれは、たぶん他の誰とも少し違う角度だ。


 家族は家族の角度で見る。

 ひなや健太は子どもの角度で頼る。

 近所は近所の角度で助かると言う。

 でも、凛だけはそこへ“ちょっと無理してる”とか“今日は返事が一個短い”とか、そういう妙に細かい視点を持ち込んでくる。


「……ずるいよな、そういうの」


 思わずそう呟いて、少しだけ笑った。


 派手なことは起きない。

 ラブコメらしい大事件もない。

 でも、この作品の恋愛が少しずつ進んでいるとしたら、たぶんこういうところなのだろう。


 ちゃんと見ている。

 見ていることを、たまにだけ言葉にする。

 そしてそのたびに、こっちだけが少し困る。


 今のところは、それで十分だった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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