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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第7章 『いないと困るらしい?』

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父は父で、俺がいる前提で動いている



 人との距離が変わる時、たいてい最初に変わるのは会話の長さではない。


 ここは少し誤解されやすい。

 仲が良くなったら話す量が増える。

 距離が縮まったら言葉も増える。

 そういうものだと思われがちだが、実際はもう少し地味だ。


 先に変わるのは、**前提**の方である。


 いちいち説明しなくなる。

 最初からわかると思って話す。

 頼む時に前置きが減る。

 そして気づくと、相手がそこにいるものとして段取りを組んでいる。


 それは自然で、生活的で、だからこそ少し重い。


 父との関係も、たぶん最近そこへ入ってきていた。


 大げさな和解ではない。

 腹を割って語り合ったわけでもない。

 昔のことをきれいに整理したわけでもない。

 でも、短い一言の中身が前より少しだけ変わっている。


 そのことを、俺はその日の午前中に思い知ることになった。


---


 朝。

 俺は一階へ下りた時点で、何となく嫌な予感がした。


 父が和室の前に立っていて、腕時計を見ていたからだ。


 あれはだいたい、どこかへ出る前の顔である。

 しかも今日は平日ではない。

 休日に父が昼前から外へ出る時は、だいたい何かしら用事がある。


「出るのか」


 俺が言うと、父は短く頷いた。


「ああ」


「どこ」


「駅前」


 またか。

 いや、最近のシリーズにおいて駅前の出現率が高いのはわかっている。

 わかっているが、それでもこちらの中ではまだ“外側”の認識なのだ。

 だから、父の口からそれが普通に出るたび、少しだけ心が構える。


「何しに」


「時計屋と、金物屋」


 なるほど。

 腕時計の電池か、何か家の細かい部品だろう。


「ふうん」


 そこで会話を切るつもりだった。

 切って、自分は自分でコーヒーでも淹れて、部屋へ戻る。

 そういう普通の朝にしたかった。


 だが父は、その一拍あとに普通の声で言った。


「十時半に出るからな」


 俺は一瞬だけ止まった。


「……何で俺も入ってるんだよ」


 父はそこで、少しだけ不思議そうな顔をした。


「いると思ってたから」


 あまりにも自然な言い方だった。


 説明もない。

 頼みますもない。

 ただ、十時半に出る。

 そして俺もそこにいる。

 その前提だけが、最初から会話の中に置かれている。


「いや、聞いてないけど」


「今言った」


「そういう問題じゃないだろ」


 そこへ富子が台所から出てきた。


「あら、やっぱりそうなのね」


「何が」


「お父さん、太郎も行くつもりで話してたのよ」


 おい。

 裏取りまでされてるのか。


「何でだよ」


「だって金物屋のあと米屋寄るかもって言ってたし」


 出た。

 米屋。

 やっぱり増えるのか。


「一人で行けるだろ」


 俺が言うと、父は少しだけ考えるようにしてから答えた。


「行けるが」


 またそれだ。

 行けるが。

 その“が”のあとに自然に俺がいるのが最近本当に多い。


「でも、お前いた方が早いだろ」


 父はそう続けた。


 その言い方が、思っていたよりずっとまっすぐで、少しだけ返事に詰まる。


 富子は何でもない顔で頷いた。


「そうなのよ。

 あと、駅前ならついでにこれ見てきてほしいのよね」


 お前まで乗るな。


「増やすな」


「だって行くんでしょ」


「それまだ確定してない」


「お父さんの中ではしてるみたいよ」


 そこを本人の前で言うなよ。


 父は特に否定しなかった。

 それが一番効く。


---


 結局、十時半には俺も靴を履いていた。


 納得はしていない。

 していないが、最近はこういう“最初から会話に入れられていた”流れに逆らうタイミングが難しい。


 玄関で父が先に外へ出る。

 俺が後ろから続く。


 住宅街の朝。

 日差しはまだ強すぎない。

 空気も少し軽い。

 近所の家の前では洗濯物が揺れ、遠くで犬が鳴いている。


 父が歩きながら言った。


「そんなに嫌か」


「嫌というか、聞いてないのが嫌なんだよ」


「さっき言っただろ」


「それは予定の発表だろ。

 相談じゃない」


 父は少しだけ黙って、それから短く言った。


「そうか」


 そこだけ妙に素直だな。

 もっと“何が違う”と言われるかと思った。


「いや、違うだろ普通」


 俺が続けると、父は前を見たまま答える。


「最近はそうでもないと思ってた」


 その一言で、俺は少し黙った。


 最近はそうでもない。

 つまり、前なら違った。

 今は違わなくなってきた。

 その認識が、父の中にもあるということだ。


「……そう見えてるのか」


「見えてる」


 短い。

 だが、それで十分だった。


 商店街を抜けて駅前へ向かう。

 この道を父と並んで歩くのも、前よりだいぶ増えた。

 会話は多くない。

 でも、沈黙がただの沈黙として置けるようになった気がする。


 時計屋では、父が腕時計を預けてすぐ終わった。

 金物屋では、家の細かい部品を見比べるのに少し時間がかかる。

 父は棚を見て、俺は横で型番を確認する。


「これじゃないか」


 父が言う。


「こっちは長さ違う」


「そうか」


「こっち」


「見づらいな」


「そうなんだよ」


 このくらいのやり取り。

 でも、前ならもっと言葉数が少なかった気もする。

 必要最低限ですらなかった時期が、たぶんあった。


 今は違う。

 必要なことを必要なだけ話せる。

 それだけでも、かなり違う。


「これでいいか」


 父が部品を持ち上げる。


「たぶん」


「たぶんか」


「いや、サイズ的には合ってる。

 型番も近い」


「じゃあこれだな」


 そう言って父はレジへ向かった。

 迷いがない。

 そこに俺の判断がかなり混ざっているのに、変に持ち上げない。

 それもまた、父らしかった。


 金物屋を出ると、父がすぐに言う。


「米屋寄るぞ」


 やっぱりそこは入るのか。


「最初から予定に入ってたな」


「そうだな」


 そこで否定しないのも強い。


---


 米屋へ向かう途中、駅前通りで父の知り合いらしい人に会った。


「ああ、佐藤さん」


 五十代くらいの男の人。

 見覚えがある。

 前にも会ったことがある人だ。


「どうも」


 俺は軽く頭を下げる。

 もうこの流れにも少し慣れてきているのが嫌だ。


「息子さんも一緒か」


「ええ」


 父が答える。

 自然だ。

 前なら、父の外の知り合いの前でこうして並んで立つこと自体が少し居心地悪かった。

 今はまだ完全には慣れないが、前ほどじゃない。


「最近よく一緒に見かけるね」


 その人が言う。


 俺は少しだけ苦笑いするしかなかった。


「最近は、まあ」


「助かるだろうねえ」


 その人が父へ言うと、父はあっさり頷いた。


「ああ」


 そこで、また少しだけ止まる。

 父は今、“助かる”を外で普通に肯定した。

 隠さない。

 照れない。

 大げさにもならない。

 ただ事実として置く。


 それが妙に効いた。


「いいことだよ」


 男の人はそう言って去っていった。


 しばらく無言で歩く。

 米屋の紙袋を受け取る。

 父が持つ。

 俺はその横で歩幅を合わせる。


「……外でまで言うんだな」


 思わずそう漏らすと、父は少しだけ視線をこっちへ向けた。


「何を」


「助かるとか」


「本当のことだろ」


 その返しが、あまりにもまっすぐで少しだけ困る。


 大げさな評価なら、こっちも流せる。

 でも“本当のことだろ”と言われると、変にごまかしにくい。


「……そうかもしれないけど」


 それが精いっぱいだった。


 父は少しだけ黙って、それから前を向いたまま言った。


「いると思ってたからな」


 またその言葉だ。


 今日二回目。

 朝と同じ。

 でも今度は、外の空気の中で聞くぶん、少し違う重さがあった。


「何が」


「今日」


 父は短く続ける。


「最初から、お前も一緒だと思ってた」


 俺は歩きながら、その言葉をしばらく処理できなかった。


 頼みたい、ではない。

 来てくれると助かる、でもない。

 いると思ってた。

 最初から。

 それはもう、かなり前提の言葉だ。


「……父さんまでかよ」


 ようやくそう返すと、父は小さく笑った。


「最近はそうだろ」


 それで会話が終わる。

 でも、その短さが逆に残る。


---


 家へ戻ると、良子がリビングにいた。


「お兄ちゃん、いた」


「何だよその確認」


「いや、お父さんと行ってるかなって」


「行ってたよ」


 良子は少しだけにやっとした。


「お父さん、最近ほんとお兄ちゃん込みで考えてるよね」


「お前もな」


「私は最初からそうだけど」


 それを言い切るなよ。


 父は買ってきた部品を和室に置き、米を台所へ運んだ。

 動きが自然すぎて、朝の“いると思ってた”の言葉がまた少しだけ現実味を帯びる。


「お兄ちゃん」


 良子が言う。


「何」


「それ、ちょっと嬉しかったでしょ」


「何が」


「お父さんの“いると思ってた”」


 そうやって人の心の嫌なところだけを言語化するな。


「……別に」


「その“別に”弱いなあ」


 富子が台所から顔を出した。


「でもほんと、最近そうよね」


「何が」


「お父さんも、太郎がいる前提で動いてる感じ」


 その言い方は、かなり正しい。

 そして、家族全員に観測されているのがまた少し落ち着かない。


「前なら、もうちょっと遠慮してたと思う」


 良子が言う。


「今は自然に“あとで一緒に”とか言うし」


 そこまで見てるのかよ。


 だが、たしかにそうだ。

 父の頼み方は前よりずっと短くなった。

 そしてその分だけ、こっちを組み込む前提の濃度が上がっている。


「……面倒なんだよ」


 思わずそう漏らすと、富子が少しだけ笑った。


「でも嫌なだけじゃないでしょ」


 その問いは、ずるい。

 最近、本当に周囲の人間がそういう聞き方をすることが増えた。


「何でも見透かしたように言うな」


「見透かしてはないわよ」


 富子は普通に言う。


「ただ、だんだんそういう顔しなくなってきたから」


 それ以上は何も返せなかった。


---


 夜。

 自室。


 椅子に座る。

 ドアを閉める。

 今日も部屋はちゃんと静かだ。


「父は父で、俺がいる前提で動いてる、か……」


 口に出してみる。


 かなり重い。

 でも、派手な重さではない。

 日常の、じわっとした重さだ。


 いると思ってた。

 最初から一緒だと思ってた。

 そういう短い言葉に、生活の前提が入っている。


 前なら、父との関係でそんな言葉はもっと遠かった気がする。

 今は違う。

 会話の長さはそんなに変わらない。

 でも、前提の置き方は明らかに変わった。


「……和解とか、そういうんじゃないんだよな」


 それは違う。

 べつに感動的な何かがあったわけじゃない。

 ただ、同じ家の中で、必要な人員として自然に数えられている。

 それだけ。

 でも、それだけだからこそ、変に本物っぽい。


「いると思ってた、ね」


 もう一度呟く。


 頼まれるのも重い。

 待たれるのも重い。

 でも“いると思ってた”は、そのどちらとも少し違う。

 そこにいない可能性を、最初から薄く見積もられている感じ。

 生活の中に、自分の席が勝手に一つ確保されてしまっている感じ。


 それをどう受け止めればいいのか、まだ少しよくわからない。

 ただ、前よりはそこに立っていられる。

 それだけは確かだった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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