風間凛、心配する時だけわかりやすい
人の心配の仕方には、その人の性格が出る。
大げさに騒ぐ人もいる。
「大丈夫?」を三回くらい言う人もいる。
逆に、何も言わないくせに妙に近くにいる人もいる。
差し入れみたいな形で気を遣う人もいれば、わざといつも通りに振る舞うことで気を遣う人もいる。
だから、心配の仕方を見ると、その人がどこまで踏み込む人間なのかが少しわかる。
風間凛は、その意味でかなりわかりやすくない側の人間だ。
普段は短い。
淡々としている。
必要以上に近づいてこない。
余計なこともそんなに言わない。
そのくせ、時々だけ妙に核心へ触る。
しかも、その“時々”がたいてい、こっちが少し雑になっている日だから困る。
その日も、俺はそういう日に当たっていた。
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昼過ぎ。
自室。
眠い。
まずそこからだった。
前日の夜、なぜか少し寝つきが悪かった。
チャットを閉じたあともしばらく天井を見ていて、気づいたら時計がだいぶ進んでいた。
そのせいで朝が少し重く、昼を過ぎても頭の奥に薄い膜みたいなだるさが残っている。
こういう日は、できれば部屋から出たくない。
静かにして、適当に動画でも流して、夕方まで人と会わずにいたい。
だが人生は、そういう日に限って小さい用事を差し込んでくる。
富子に頼まれた醤油。
父に頼まれた切手。
良子に頼まれたひなののり。
どれも大きくはない。
大きくはないが、まとめると一回外へ出る理由としては十分すぎる。
「……面倒なんだよな」
そう呟きながら、俺は結局サンダルを履いて外へ出た。
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駅前へ向かう道は、いつもより少し明るく感じた。
たぶん天気がいいせいだ。
光が強い日には、それだけで人は少し疲れる。
いや、これは単に俺がそういうタイプなだけかもしれない。
商店街を抜け、ドラッグストアでのりを買う。
郵便局で切手を買う。
スーパーで醤油を買う。
順番としては正しい。
だが、頭の回転がいつもより少し遅いせいで、全部が微妙に面倒だった。
「……帰るか」
最後のスーパーを出たところで、思わずそう漏らす。
レジ袋の中は、醤油、のり、切手。
生活感が強いのか弱いのかよくわからない構成だ。
とりあえず、今の俺にはこれ以上の寄り道をする気力はなかった。
そのタイミングで、コンビニの前を通る。
凛がいる時間帯だな、と何となく思う。
でも今日は寄らなくていい。
エナジードリンクは昨日買ったやつがまだ部屋にある。
そう思って通り過ぎようとした時だった。
「今日、買わないんですね」
声が飛んできた。
足が止まる。
見ると、コンビニのガラス越しに凛がいた。
ちょうど品出しか何かの途中らしく、店の前の棚のあたりに立っている。
「……何を」
わかっていながら聞く。
「いつものやつです」
出た。
その“いつものやつ”。
エナジードリンクのことだろう。
「今日はある」
「そうですか」
凛はそれだけ言った。
それだけなのだが、その“今日はある”を普通に理解した時点で、やはりもうだいぶ生活の観測範囲に入っている。
俺は少しだけ立ち止まって、店の外から言う。
「何だよ」
「別に」
その返しが少しだけ早かった。
しかも、その“別に”のあと、凛はほんの一拍だけこっちを見てから続けた。
「ちょっと疲れてそうだったので」
そこで俺は、少しだけ目を細めた。
「……何でわかる」
「何となくです」
何となく、ね。
その言い方もずるい。
だが、前よりは少しだけわかりやすい。
「顔ですか」
と俺が聞くと、凛は少し考えてから言う。
「顔もですけど、歩き方もちょっと」
そこまで見てるのかよ。
「見すぎだろ」
「見えてるだけです」
その返しは、かなり凛らしい。
にぼし姫らしいと言ってもいい。
俺はコンビニの自動ドアの前に立ったまま、小さく息を吐いた。
「別に大したことじゃない」
「そういう時ほど大したことなくないですか」
その一言が、少しだけ鋭かった。
疲れというのはそうだ。
熱があるとか、倒れるとか、そういう大きいものではない。
ただ、少し寝不足で、少しだるくて、ちょっと頭の回転が遅い。
その程度。
その程度だからこそ、自分では流してしまう。
「……まあ、少し寝てないだけだよ」
そう言うと、凛は何でもない顔で言った。
「じゃあ寝た方がいいですね」
「それはそうだけど」
「帰って寝てください」
「命令かよ」
「推奨です」
そこで少しだけ笑ってしまう。
前なら、この会話だけでももっと妙に意識していた気がする。
今はもう、心配の中身そのものへ目が向く。
それはたぶん、正体探りのフェーズを越えたからだ。
「お前さ」
「何ですか」
「心配する時だけ、ちょっとわかりやすいよな」
俺がそう言うと、凛は一瞬だけ止まった。
本当に一瞬だけ。
だが、止まった。
「そうですか?」
「そうだよ」
「普段は?」
「普段はわかりにくい」
「それはそれで失礼ですね」
「お前が自分でそうしてるんだろ」
凛はそこでほんの少しだけ視線を逸らした。
それから、棚の缶コーヒーを一本直しながら言う。
「心配してるつもりは、そんなにないです」
「今のは嘘だろ」
「嘘ではないです」
「じゃあ何だよ」
数秒。
その沈黙は短かったが、妙に濃かった。
凛は結局、こう言った。
「ちょっと気になっただけです」
その言い換えもずるい。
でも、たぶんそれが本音なのだろう。
心配。
というほど大げさではない。
けれど、少し気になる。
その程度の言葉の方が、この関係には合っているのかもしれない。
「……同じだろ、それ」
俺が言うと、凛は小さく首をかしげた。
「そうですか?」
「少なくとも、何も見てない人の言い方ではない」
「見てるって言ったじゃないですか」
そこで俺は、少しだけ言葉に詰まってから、結局また笑ってしまった。
「そうだったな」
「今日はほんとに素直ですね」
「疲れてるからだよ」
「それ、便利な言い訳ですね」
完全に良子と同じことを言うな。
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結局、俺はコンビニには入らなかった。
入らなくても会話が成立してしまったからだ。
前なら、店の外でこんなに普通に数分話すこと自体が少し変だった。
今はその“少し変”が前より薄い。
「じゃあ帰れ」
俺が言うと、凛は少しだけ眉を上げた。
「雑ですね」
「お前が寝ろって言ったんだろ」
「ちゃんと帰って寝てください」
「はいはい」
そこまで返してから、少しだけ振り返る。
「お前」
「何ですか」
「やっぱり、心配する時だけちょっとわかりやすい」
凛は一瞬だけ黙って、それから少しだけ口元をゆるめた。
「そうかもしれません」
認めるのかよ。
「じゃあ直せよ」
「別に困ってないので」
「こっちが困る」
「それは知らないです」
その返し方が、また少しだけいつもの凛に戻っていて、妙に安心した。
「じゃあまた」
「……また」
短いやり取りで別れる。
コンビニのガラス越し。
夕方前の光。
レジ袋の重み。
眠気。
全部、かなり日常的だ。
でも、その日常の中にだけ、この人の少し特別な角度がある。
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帰り道、住宅街へ入ってから、少しだけ歩く速度を落とした。
「ちょっと気になった、か」
小さく呟く。
心配してるつもりはそんなにない。
ちょっと気になっただけ。
その言い方は、この作品にかなり合っている。
大げさじゃない。
でも、何もないわけでもない。
他の人にも頼られている。
見られている。
期待されている。
そういうものは確かに増えた。
けれど、凛だけは少し見る角度が違う。
“いて助かる”とか、
“来ると思ってた”とか、
そういう生活の重さとは別の角度から、こっちの雑さや無理を見ている気がする。
「……まあ、悪くないんだけどな」
その結論は、わりとすぐ出た。
困る。
でも嫌ではない。
この関係は、たぶんそういうものの積み重ねでできている。
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家へ戻ると、富子がすぐ言った。
「早かったわね」
「今日はもう帰る」
「どうしたの」
「ちょっと眠い」
「あら、珍しい」
父が和室から顔を出す。
「具合悪いのか」
「そこまでじゃない。
少し寝不足」
「なら寝ろ」
父のその短さは、こういう時かなり助かる。
良子はいなかった。
ひなも来ていない。
今日は少し静かだ。
たぶんそれも、眠い頭にはちょうどいい。
「醤油は?」
「……買ってない」
そこで富子が一瞬だけ止まった。
「珍しい」
「のりと切手はある」
「まあ、いいわ。
醤油は明日でも」
その“明日でも”にも少しだけ驚く。
いつもなら“えー”くらいは飛んできそうなところだ。
今日は俺の顔色がそれなりに出ていたのかもしれない。
「寝てきていい?」
「いいわよ」
と富子。
「寝ろ」
と父。
短い許可をもらって、俺は二階へ戻った。
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ベッドへ転がる。
部屋の空気が少しだけひんやりしている。
扇風機をつける。
目を閉じる。
「……心配する時だけ、ちょっとわかりやすいんだよな」
最後にそう呟いた。
普段は見えにくい。
読みにくい。
短い。
でも、少し無理している時だけ、そこへちゃんと触ってくる。
その触り方が、この人らしいと思う。
大げさではない。
でも、見ていないわけではない。
それが少しだけうれしくて、少しだけ困る。
その“少しずつ”の感じが、この作品の恋愛の進み方としてはたぶんちょうどよかった。
そう思いながら、俺はわりとすぐに眠りに落ちた。
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