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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第7章 『いないと困るらしい?』

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健太の“とりあえずおじさん”は適当すぎる




 危機管理には、その人間の性格が出る。


 これはかなり正しい。

 落ち着いて状況を整理するやつもいれば、とりあえず一番近い大人へ走るやつもいる。

 何が起きたかを順番に説明できるやつもいれば、最初から最後まで勢いで押し切ろうとするやつもいる。


 そして健太は、その全部が雑な方だ。


 走る。

 叫ぶ。

 先に焦る。

 あとから説明する。

 しかも、その説明がたいして説明になっていない。

 だが、それでも本人の中では筋が通っているらしい。

 子どもの頭の中というのは、本当に独特だ。


 問題は、その雑な危機管理の第一選択が、最近かなり高い確率で俺になっていることだった。


 その日も、俺はそれを家の二階で食らっていた。


---


 午後。

 自室。

 静か。

 ベッド。

 スマホ。

 最高。


 休日の昼下がりに、何の義務もなく横になれるというのは、かなり文明的な幸福だと思う。

 その幸福を、人生は時々、ものすごく乱暴に破壊してくる。


 ドン。


 ドアが半分くらい勢いで開いた。


「おじさん!!」


 健太である。

 ドアの開き方からして、もう駄目だ。

 ノックの概念が毎回どこかへ飛んでいる。


「ノックしろ」


「した!」


「しながら開けるな」


「緊急だから!」


 その“緊急”は信用していない。

 だが、今日の健太はいつもより一段うるさかった。

 つまり、本人的にはかなり焦っている。


「何だよ」


「オレの帽子!!」


 知らん。

 第一声としては、当然そうなる。


「なくなった!」


「知らん」


「さっきまであった!」


「じゃあその辺だろ」


「でももう集合時間!」


 そこで少しだけ嫌な予感が輪郭を持った。


「何の集合だよ」


「公園!」


「広い」


「友だち!」


「もっと広い」


 説明が毎回ざっくりしすぎている。


 健太は両手をぶんぶん振りながら続けた。


「公園で待ち合わせしてて、帽子かぶってく予定だったのに、さっきまであって、でも今なくて、でももう行かなきゃで、でも帽子ないと変だし!」


 なるほど。

 内容は理解した。

 かなりどうでもいい寄りの問題だ。

 だが本人にとってはそうではない。

 子どもにとって、集合時の持ち物や格好というのは、妙に重いことがある。


「母さんは」


「いない!」


「父さんは」


「まだ!」


「良子は」


「下!」


 良子がいるならそっちへ行け。


「じゃあ良子に」


「でもおじさんの方が見つけるの早いし!」


 やめろ。

 その前提がもう嫌なんだよ。


 そこへ、案の定、ひなが廊下の向こうから顔を出した。


「けんた、また?」


「またじゃないって!」


「でもまただよ」


 正しい。

 ひなのその分類はだいたい正しい。


 さらに、良子まで階段を上がってきた。


「何の騒ぎ?」


「健太の帽子」


「あー」


 その“あー”だけでだいぶ事情を察している。

 最近の良子は、健太の“あー案件”への対応速度が妙に高い。


「どこで最後に見たの?」


 良子が聞く。


「えーと」


 ここで止まる。

 危ない。

 危機管理が雑な人間は、最後に見た場所の記憶もだいたい曖昧だ。


「家の前!」


「かぶってたのか?」


 俺が聞く。


「たぶん!」


「その“たぶん”いらねえんだよな」


 ひなが静かに言う。


「ほんとは、玄関かも」


「どっちだよ」


「でも、おじさんが見た方が早い」


 そこでまたそれへ戻すのか。


 俺はベッドから起き上がって、サンダルをつっかけた。


「……とりあえず見る」


「やった!」


 健太、お前が一番元気になるな。


「何で最初に俺なんだよ」


 思わずそう言うと、健太は本当に不思議そうな顔をした。


「だって、とりあえずおじさんでしょ」


 その一言で、俺は少しだけ止まった。


 とりあえず。

 何だその雑な第一選択。


「雑すぎるだろ」


「何が!」


「人の扱いが」


「でもそうじゃん!」


 その“でもそうじゃん”を子どもに言われると、こちらは妙に弱い。

 なぜなら、その中に悪意が一切ないからだ。


---


 帽子探しは、結局かなり単純だった。


 玄関。

 靴箱の上。

 椅子。

 庭先。

 自転車のかご。

 そして最終的には、健太の家の勝手口の横に置かれたプラスチックケースの上に、きれいに乗っていた。


「あったぞ」


 俺が帽子を持ち上げると、健太は全力で走ってきた。


「うわあ!」


 その“うわあ!”の中身が、感嘆なのか安堵なのか自分でもわかっていない感じがする。


「何でそこなんだよ」


「え、何で!?」


「こっちが聞いてる」


 健太は帽子を受け取って、しげしげと見た。


「ほんとにあった……」


「いや、なくなるわけないだろ」


「でもなかった!」


「見てないだけだ」


 ひなが横から言う。


「けんた、見てないとこと、ないを同じにするから」


 かなり正しい指摘である。


 良子も笑っていた。


「それね。

 健太くん、いつもそこ飛ばすんだよね」


 健太はまったく納得していない顔だったが、とりあえず帽子は戻った。

 つまり今回の危機は終了である。


「じゃ、行け」


 俺が言うと、健太は帽子をかぶってから、なぜかその場で一拍置いた。


「おじさん」


「何」


「ありがと!」


 その“ありがと”が、今日はいつもより少しだけ強かった。

 帽子ひとつでここまで助かった顔をされると、こちらも少しだけ困る。


「……次からは自分でちゃんと見ろ」


「見る!」


 信用度は五割くらいだな、と内心で思う。

 いや、三割かもしれない。


 だが、そのあとに続いた健太の一言が、今日の本題だった。


「でも、何かあったらとりあえずおじさんでしょ」


 俺はその場で本気で眉をひそめた。


「雑すぎるんだよ、それ」


「何で!」


「順番があるだろ。

 母親とか父親とか」


「でもいない時あるし」


「それはそうだけど」


「良子ちゃんもいるけど」


 健太はそこで少しだけ言葉を探すみたいにして、それから言った。


「でも、おじさんの方が“わかった”って感じする」


 その言い方は、子どもなりにかなり頑張っていたのだろう。


 わかった。

 何が。

 たぶん、“来たら何とかなる感じ”のことだ。


 良子がそれを聞いて、少しだけやわらかい顔になる。


「健太くん、それかなり本音だね」


「本音だよ?」


 健太は本当にそのつもりなのだろう。

 雑だ。

 雑だが、嘘ではない。


 ひなも小さく頷いた。


「けんたの“とりあえず”って、ちゃんと頼ってるやつ」


 その解釈は、かなり鋭い。


「だから余計に困るんだよ」


 俺がそう言うと、良子が笑った。


「お兄ちゃん、今日かなり刺さってるね」


「刺さるだろ。

 人を緊急時の非常口みたいに扱うな」


「でも開くんでしょ」


 良子、お前までそういう言い方をするな。


 健太はきょとんとしていたが、結局最後にもう一回だけ大きく言った。


「じゃあ行ってくる!」


「今度は帽子忘れるなよ!」


「たぶん大丈夫!」


「その“たぶん”やめろ!」


 健太は元気に走っていった。

 帽子はちゃんとかぶっている。

 たぶん大丈夫だろう。

 たぶん。


---


 家へ戻る途中、ひなが俺の横を歩きながら言った。


「けんた、ほんとに最初おじさん思い浮かべてるよね」


「嫌な言い方するな」


「でもそう」


「何でそうなるんだよ」


「だって、おじさん、けんたの中で“まず呼ぶ人”だもん」


 それもまた、便利より重い。

 まず呼ぶ人。

 子どもの危機管理の最初に配置されている大人。

 そんなつもりはこっちにはまったくないのに、生活の中で勝手にそうなっている。


 良子が少し先を歩きながら振り返る。


「でもさ、お兄ちゃん」


「何」


「雑な頼り方って、逆に本気じゃないと出ないよ」


 その言葉は、軽く言ったようでいて妙に残った。


 たしかにそうかもしれない。

 敬っている相手には、もっと遠慮する。

 様子を見る。

 まず母親へ行く。

 順番を考える。

 でも健太は、何かあった瞬間にこちらへ来る。


 それは雑だ。

 かなり雑だ。

 だが、その雑さの中に、いちばん素直な信頼が入っている。


「……面倒なんだよな、そういうの」


 思わずそう漏らす。


 ひなが小さく言う。


「でも、ちょっとわかる」


「何が」


「けんた、ほんとにおじさんだと思ってる」


「日本語おかしいだろ」


「違う。

 “おじさんなら何とかなる”って思ってる」


 その言い換えは、たぶんかなり正確だった。


 雑だが本気。

 荒っぽいが信頼している。

 そういうものが、最近の俺の生活の中には増えていた。


---


 夕方。

 自室。


 ベッドに腰を下ろし、帽子騒動を思い返す。


「とりあえずおじさん、ね……」


 ひどい呼称だ。

 かなりひどい。

 だが、言い得てもいるから困る。


 何かある。

 焦る。

 細かい順番は飛ばす。

 とりあえず俺へ来る。


 その雑さにイラッとはする。

 でも、完全に嫌なだけでもない。

 健太なりに“ここへ来れば何とかなる”と思っているのだとしたら、それは子どもにとってかなり大きいことなのかもしれない。


「……ほんと、雑すぎるんだよ」


 もう一度そう呟いて、少しだけ笑ってしまった。


 帽子一つでここまでやられるのもどうかと思うが、たぶん大事なのは帽子じゃなかった。

 最初に思い浮かべる相手。

 慌てた時に走る先。

 それが自分になってしまっていることが、妙に夜まで残る。


 前提にされる。

 待たれる。

 そして今度は、“とりあえず”で呼ばれる。


 ただ、本当に最近はそういう空気が濃いのだ。


 頼られる。

 でも、まだ立派すぎない。

 その半端さが、今の俺にはまだちょうどよかった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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