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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第6章 『このへんって近すぎる』

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おじさんがいると安心する





 安心という言葉は、便利より重い。


 便利は、機能の話だ。

 使える。

 早い。

 わかる。

 そういう、わりと処理しやすい評価である。


 一方、安心は違う。

 そこにいる。

 顔が見える。

 何かあってもたぶん大丈夫。

 そういう、役に立つかどうかだけではないものまで含んでいる。


 だから、言われると困る。


 しかもそれを、子どもが何でもない顔で言うと、なおさら困る。

 向こうはまったく盛っていない。

 本当にそう思ったからそのまま口にしただけ、という温度だからだ。


 その日、俺は外でその言葉を食らうことになった。


---


 午後。

 俺は商店街の外れにある小さな文具店の前に立っていた。


 理由は、だいたいいつも通り雑だった。

 良子がひなのノートを切らしていた。

 ついでに色画用紙もいると言い出した。

 さらに、近所の友だちと待ち合わせて一緒に図工用のものを買うらしく、「お兄ちゃん、ついでに付き添いお願い」ときた。


 ついで。

 付き添い。

 お願い。

 この三つが揃うと、こちらの敗率はかなり高い。


 今日一緒に来ているのは、ひなと、その友だちの美咲だった。

 美咲はもう何度か顔を合わせていて、前よりだいぶ話しやすくなっている。

 ただ、健太ほど雑でもなく、ひなほど当然でもない。

 その“ちょうど中間”みたいな距離感が、今のこの子らしい。


「おじさん、これでいいかな」


 ひなが棚の前からノートを持ってくる。


「見せろ」


 受け取って、サイズと罫線を確認する。

 B5。

 方眼。

 問題ない。


「いい」


「やった」


 ひなは小さく頷いて、美咲の方を見る。


「美咲は?」


「まだ」


 美咲は色画用紙の前で少し困った顔をしていた。

 店自体は大きくない。

 だが、小さい店ほど逆に“何がどこにあるか”が初見ではわかりにくいこともある。


「何色だっけ」


 俺が聞くと、美咲が少しあわてたように答える。


「えっと、白と水色と……あと一枚、黄色」


「それだけか」


「うん。

 でもサイズがわかんなくて」


「見本ないのか」


「先生が“ふつうの”って……」


 先生、その指示はちょっと雑だな。

 いや、子ども向けならそれで通じることも多いのかもしれないが。


 俺は棚の端に立てかけてある見本帳を引き抜いて、サイズを見た。

 八つ切り。

 このくらいだろう。


「これでいいんじゃないか」


 美咲が少し安心したように言う。


「ありがとう」


「まだ決定じゃないぞ」


「でもたぶんそれっぽい」


 たしかに、それっぽい。


 店員さんに確認すると、やはり合っていた。

 子ども二人では微妙に迷うところだが、大人が一人いるだけで解像度が上がる。

 こういう時、自分が“付き添い”として配置された意味を、少しだけ理解してしまうのが嫌だ。


 会計を済ませて店を出る。

 空は少し薄曇りだった。

 夏の終わりに近いせいか、日差しはあるが前ほど刺さらない。


「これで終わり?」


 俺が聞くと、ひなが頷く。


「終わり」


 美咲も袋を抱えながら言う。


「たぶん大丈夫」


「たぶん、ね」


 そこだけは不安だ。

 だが、さっきまでの困り顔よりはだいぶましになっている。


 商店街の外れの道は、人通りがそれほど多くない。

 少し先に小さな交差点があって、その向こうに公園がある。

 帰り道としてはいつもの範囲だ。

 ただ、その日だけはちょっとしたハプニングがあった。


 交差点の手前で、急に美咲が立ち止まった。


「……あれ」


「何」


 ひながすぐ聞く。


 美咲は手提げを見て、それから小さく言った。


「筆箱、ないかも」


 その一言で、空気が少しだけ止まった。


「どこで」


 俺が聞くと、美咲はすぐに答えられない。

 袋の中を見て、持っていた手提げの外ポケットを見て、それから少し焦った顔になる。


「さっき……店の前でノート出した時、入れた、と思う」


「思う、か」


 こういう時の“思う”は危ない。

 危ないが、子どもの記憶はだいたいそういう言い方になる。


「お店?」


 ひなが言う。


「か、来る途中か……」


 美咲の声がだんだん小さくなる。


 泣くほどではない。

 だが、かなり不安になっているのはわかった。

 筆箱。

 子どもにとっては地味に重い紛失物だ。

 中身もあるし、家に帰ってからの説明も面倒だろう。


「落ち着け」


 俺はそう言ってから、少しだけ周囲を見る。


 最後に手を使ったのは店の前。

 袋を持ち替えたのもそのあたり。

 だったら、店からここまでのどこかか、店内か。


「まず戻る」


「う、うん」


 美咲が頷く。

 ひなもすぐ向きを変える。


 こういう時、ひなは余計なことを言わない。

 そこが強い。


 来た道を戻る。

 文具店の前。

 入口の脇。

 自転車置き場の下。

 ない。


「店の中聞くぞ」


 俺がそう言うと、美咲が少しだけ顔をこわばらせた。


「……うん」


 その“うん”が、さっきまでよりずっと小さい。


 店内へ入る。

 店員さんへ聞く。

 落とし物は今のところないらしい。


 そこで、美咲の顔がさらに曇った。


「どうしよう」


 それでもまだ泣かない。

 そこがこの子の強いところなのか、我慢しているだけなのかは少し微妙だった。


「来る途中、どこで袋開けた」


「……横断歩道の手前で、ノート見た」


 そこだ。


「行くぞ」


 また戻る。

 今度はゆっくり地面を見る。

 歩道の端。

 ガードレールの下。

 自販機の横。

 そして交差点の手前、植え込みの影に、青い筆箱が半分だけ見えていた。


「あった」


 俺がそう言うと、美咲が小さく息を呑んだ。


「え」


「ほら」


 拾い上げて見せる。

 少し汚れてはいるが、無事だ。


 美咲の顔から一気に力が抜けた。


「あ……よかった……」


 その声は、本当に安心した時のやつだった。


 ひなもほっとしたように言う。


「よかった」


 俺は筆箱を軽く払って、美咲へ渡す。


「次からちゃんと口閉めとけ」


「うん」


「あと、開けた場所は覚えとけ」


「……うん」


 さっきよりずっと素直だ。

 よほど焦っていたのだろう。


 その時、美咲が筆箱を受け取りながら、ぽつりと言った。


「おじさん、そこにいると安心する」


 俺はその場で少しだけ止まった。


 ひながすぐ頷く。


「うん」


 お前はそこで同意を重ねるな。

 重さが増すだろうが。


 美咲は、たぶん自分が少し大きめのことを言った自覚がない。

 ただ本当に、今そう思ったから口にしただけだ。


「さっき、どうしようってなったけど……おじさんいたから、なんとかなる気がした」


 その言葉は、かなりまっすぐだった。


 便利だとか、見つけるのがうまいとか、そういう評価とは少し違う。

 そこにいるだけで、急に不安が全部ではなくても少し下がる。

 その意味での安心。


 それは、前にひなからも似たような言葉をもらった。

 そして今、友だちの方からも来る。


「……そういうの、やめろよ」


 思わずそう返す。


「何で?」


 美咲は本当に不思議そうだった。


「何でもだ」


 ひなは横から言う。


「おじさん、そういうの弱いから」


「お前、変なこと言うな」


「ほんとでしょ」


 ほんとだから困るんだよ。


 美咲は筆箱をぎゅっと持ち直して、少しだけ笑った。


「でも、ほんとだよ」


 重ねるな。

 確認みたいに重ねるな。


 俺はため息をついてから、歩き出した。


「帰るぞ」


「うん」


「うん」


 二人が返事をする。

 その返事の温度は違うが、どちらも少し落ち着いている。


 たぶん、今日の役割はもう終わったのだろう。


---


 帰り道、さっきより少し静かだった。


 ひなは袋を抱えて歩き、美咲は筆箱を何度か確かめるように持ち直していた。

 筆箱が戻ったことで、気持ちもだいぶ戻ったのだろう。


「家で怒られるかと思った」


 美咲がぽつりと言う。


「そこまでか」


「だって、買ったばっかりのやつで」


 ああ、それはたしかに少し重い。

 新しいものをなくすのは、大人でも地味にへこむ。


「見つかってよかったな」


「うん」


「おじさんいなかったら、もっと時間かかってた」


 ひなが言う。


 またそこへ戻すのか。


「店員さんにも聞けたし」


 美咲が続ける。


「……おじさんが言う方が、ちゃんとする感じした」


「子どもだけだと、ちょっと言いづらいもんね」


 ひなのその言い方は、たぶん正しい。

 店員に落とし物を聞く。

 来た道を戻る。

 どこで最後に持ったか整理する。

 そういうのは、大人が一人いるだけで進みやすい。


「まあ、大したことじゃない」


 俺がそう言うと、美咲はすぐに首を振った。


「でも、おじさんいたから大丈夫だった」


 やめろ。

 今日は本当にその方向へ寄せる日か。


 俺は少しだけ歩幅を早める。

 逃げたわけではない。

 ただ、ペースを変えたくなっただけだ。


 その変化に、ひなが気づいて小さく笑っていた。

 お前は本当に、そういうところだけよく見ている。


---


 家へ戻ると、良子が玄関で待っていた。


「どうだった?」


「筆箱落としてた」


「え、大丈夫だった?」


「見つかった」


 その一言で、美咲がほっとした顔で説明を引き継ぐ。


「おじさんが見つけてくれた」


「へえ」


 良子が俺を見る。

 その“へえ”はだいたい、あとでいじる気のあるやつだ。


 ひなが当然みたいに言う。


「おじさん、そこにいると安心するんだって」


 お前、要約するな。

 圧縮して持ち帰るな。


 案の定、良子がすぐに笑った。


「うわ、いい言葉もらってるじゃん」


「やめろ」


「でもいいね、それ」


「よくない」


「何で」


「重いんだよ」


 良子はそこでもう一段だけ、やわらかい顔になった。


「でもさ、それって便利とかじゃないってことでしょ」


 それは、その通りだった。

 だから困っている。


 俺が返事をしないでいると、美咲が少しだけ小さな声で言った。


「ほんとに、そう思っただけだから」


 その弁明みたいな言い方が、逆に真実味を増す。


「……わかってるよ」


 それが精いっぱいだった。


---


 夜。

 自室。


 椅子に座る。

 机の上にスマホを置く。

 エナジードリンクを開ける。


「安心、ね……」


 小さく呟く。


 便利より重い。

 使えるより重い。

 そこにいるだけで少し安心する。

 それは、役に立ったというだけでは済まない言葉だ。


 今日の俺は、筆箱を見つけただけだ。

 大事件でも何でもない。

 戻って店員に聞いて、来た道を見て、植え込みの影から拾った。

 その程度のことだ。


 だが、たぶん大事だったのはそこだけじゃない。

 子どもが不安になった時に、横に大人がいて、順番にやることを決めて、ちゃんと動く。

 その流れ全体が、安心だったのだろう。


「……ほんと、そういうの弱いんだよな」


 そう呟いてから、少しだけ笑ってしまう。


 外でも。

 家の中でも。

 最近、そういう言葉をもらうことが増えた。

 そのたびに、面倒だと思う。

 重いと思う。

 でも、完全に嫌ではない。


 その“嫌ではない”が、前の俺より少しだけ外へ出てしまっている証拠なのかもしれなかった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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