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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第6章 『このへんって近すぎる』

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大型店という名の遠征任務




 大型店には、人の判断力を鈍らせる何かがある。


 広い。

 明るい。

 何でもある。

 それだけならまだいい。


 問題は、ああいう場所へ行くと、人は急に“ついでにこれも見よう”を言い始めることだ。

 いや、言い始めるというより、本性が出るのかもしれない。

 近所のドラッグストアなら我慢していた欲求が、巨大な売り場の前では平然と顔を出す。


 洗剤を見るついでに柔軟剤。

 文房具を見るついでに収納ケース。

 子どものノートを見るついでにシール。

 米を見るついでにお菓子。

 “ついで”という言葉は、広い店内に出ると異様に増殖する。


 だから俺は大型店が少し苦手だ。


 行けば何とかなる。

 何なら店内表示や売り場の配置を見て、最短ルートを考えるのはわりと得意な方だ。

 だが、得意と好きは別である。

 そして大型店は、得意な人間にばかり仕事が集まりやすい。

 これがよくない。


 その日、俺はまさにその悪い条件のそろった遠征任務に出ていた。


---


 発端は土曜の朝だった。


 富子が言う。


「今日、ちょっとあっちの大型店行きたいのよね」


 この“ちょっと”が長くなることは、もはや経験則で知っている。


 台所の前でコーヒーを飲んでいた俺は、すぐに警戒態勢へ入った。


「何しに」


「洗剤と、あと収納ケース見たいの」


「じゃあ父さんと行けば」


 俺がそう言うと、和室の前にいた父が新聞をたたみながら言った。


「行くぞ」


 短い。

 だが、その“行くぞ”に俺は入っていないはずだ。

 はずなのに、富子が当然のように続ける。


「太郎も来て」


 出た。


「何で」


「一人だと荷物多いし」


「父さんいるだろ」


「お父さんは見るのが早すぎるのよ。

 ちゃんと比較してくれないじゃない」


 その評価はちょっとわかる。

 父は目的物を見つけると、必要十分で終えたいタイプだ。

 一方、富子は“せっかくだから他も見たい”派である。

 この二人だけで大型店へ行くと、どこかで温度差が出るのだろう。


「俺は比較役かよ」


「向いてるでしょ」


 言い切るな。


 そこへ良子まで来た。

 何なんだ。

 今日も生活圏の主要人物が集まるのが早い。


「大型店行くの?」


「まだ決まってない」


「決まってるよそれ」


 お前まで。


「じゃあ、ひなの上履き入れ見てきて。

 今のやつ、ちょっと小さいの」


「現地で連絡しろ」


「いや、写真送るから」


「最初からそうしろよ」


 ひなは良子の後ろから、かなり当然みたいに言った。


「あとシール」


「何でだよ」


「だって大型店だよ?」


 その理屈は雑すぎる。

 大型店ならシールが追加されていい理由にはならない。


 健太までいた。

 いつからいたんだお前。


「オレ、お菓子売り場行く!」


「お前は行かない」


「何で!」


「暴走するからだ」


「しない!」


 する。

 かなりする。


 だが良子は、健太のその様子を見て少し考え込んだ。


「……でも、ひなと健太くんも連れてった方が早いか」


「何でそうなる」


「どうせそのあと買い物あるし。

 まとめて済むじゃん」


 まとめて済む。

 この家系の人間は、本当にその言葉が好きだな。


 富子もすぐ乗る。


「じゃあみんなで行きましょうか」


「やめろ。

 それが一番面倒なんだよ」


「でもその方が一回で済むし」


 父がそこで短く言った。


「車出すか」


 終わった。

 完全に始まった。


 俺はその場で目を閉じた。


「……大型店という名の遠征任務じゃねえか」


 良子が吹き出す。


「ほんとにそう」


「笑うな。

 お前が増やしてる側だからな」


---


 大型店までは車で二十分弱だった。


 駅前より遠い。

 この時点で、俺の中では完全に“近所”ではない。

 だが車の中の空気は妙に軽かった。


 運転は父。

 助手席に富子。

 後部座席に俺、良子、ひな、健太。

 詰めすぎではないかと思ったが、案外どうにかなっている。


 健太は最初の五分で窓の外に飽き、ひなは静かにバッグの中を整理していた。

 良子はスマホで“これあったら見て”リストを作っている。

 富子は父に道を指示し、父は短く返事をしている。


 何だこれ。

 家の延長みたいな車内だな。


「お兄ちゃん」


 良子がスマホをこっちへ向ける。


「これ、もし安かったら見て」


「増やすな」


「まだ一個だよ」


「もう増えてる時点で駄目なんだよ」


 ひなが横から言う。


「おじさん、今日つかれそう」


「もう疲れてる」


「まだ着いてないよ?」


「だからだよ」


 健太は相変わらず元気だった。


「オレ、カート押したい!」


「やめろ」


「何で!」


「事故る」


「事故らない!」


 その“事故らない”が一番信用できない。


 父が前から言う。


「店着いたら走るなよ」


「はーい!」


 返事だけは立派だな。


---


 駐車場の広さでまず気が重くなった。


「広……」


 思わずそう呟く。


 大型店というものは、建物の前からもう圧がある。

 駐車場。

 カート置き場。

 ファミリー。

 買い物袋。

 全部が“今日は長くなるぞ”と言っている気がする。


 中へ入る。

 冷房。

 高い天井。

 通路。

 でかい案内板。

 もうこの時点でちょっとしたダンジョンだ。


「まず洗剤」


 富子が言う。


「次に収納ケース」


「次って言うな。

 最初から複数前提かよ」


「だってそうでしょ」


 そうなのが悔しい。


 俺は案内板を見る。

 日用品。

 収納。

 文具。

 食品。

 子ども用品。

 最短ルートを一瞬で組み立てる。


「先に日用品からだな。

 そのあと収納、帰りに文具と食品」


 言った瞬間、父が少しだけこちらを見た。


「早いな」


「こういうのだけはな」


 得意だからこそ損をする。


 洗剤売り場は広かった。

 そして当然のように、富子は比較を始める。


「こっちの方が安いかしら」


「容量が違う」


「じゃあこっち?」


「そっちは詰め替え」


「こっちは」


「柔軟剤」


「ややこしいわねえ」


 わりと基本だと思う。


 父は少し離れたところで黙ってカートを持っていた。

 俺が比較し、富子が悩み、父が運ぶ。

 役割分担としては綺麗だが、俺の立場だけ少し納得がいかない。


 健太は途中でお菓子売り場へ吸われそうになった。

 ひなが袖を引っ張って止める。


「けんた、今ちがう」


「何で!」


「今は洗剤」


「洗剤おもしろくない!」


「そうだよ」


 そこだけは俺も全面的に同意だった。


 収納ケース売り場では、さらに面倒が増した。


 サイズ。

 深さ。

 色。

 フタの有無。


「これでいいんじゃない」


 父が一つを持ち上げる。


「でももう少し深い方が」


 富子が言う。


「じゃあこっちか」


「でもそれだと棚に入るかしら」


 知らん。

 いや、知らないと言いたいが、家の棚の大きさは何となくわかる。

 この“わかってしまう”のが一番よくない。


「……たぶんこれ」


 俺が中間サイズを指すと、富子が頷く。


「それね」


 採用されるの早いな。

 結局俺なのかよ。


 良子からスマホが飛んでくる。


『上履き入れとシール忘れないで』


 忘れたい。

 心から忘れたい。


---


 文具売り場と子ども用品を回った時点で、すでにそこそこ疲れていた。


 ひなの上履き入れは、紺色でシンプルなものに決まった。

 シールはなぜか二つになった。

 健太が自分の分を主張したからだ。


「何で俺がそれを許可する流れなんだよ」


「だって、オレも来たし!」


「来たから何だよ」


「遠いし!」


 その理屈は初めて聞いた。

 遠征参加報酬みたいに言うな。


 父は食品売り場で米を見ていた。

 富子は“せっかくだから”で菓子パンを追加している。

 良子はひなのシールを見ながら「やっぱこっちも可愛いな」とか言い始めている。


 誰も収束させる気がない。


「……お前らな」


 思わずそう漏らすと、ひなが真顔で言った。


「おじさん、もうちょっとで終わるよ」


「何を根拠に」


「なんとなく」


 その“なんとなく”が信用できないのは、子どもも大人も一緒だった。


 とはいえ、最終的には本当に終わった。

 カートの中はだいぶ賑やかだったが、全部の用事は片づいた。


 レジを抜けて袋詰め台の前に立った時、俺は本気で少しだけ達成感を覚えていた。

 悔しいが、これは遠征任務完了である。


「おつかれ」


 良子が笑う。


「疲れた」


「でも全部見つかったじゃん」


「見つけたんだよ」


 父が米袋を持ち上げながら言う。


「まあ、いないと時間かかったな」


 その一言に、富子も頷いた。


「ほんと。

 太郎いると早いのよね」


 またそれだ。

 大型店という場所は、“いると助かる”がより可視化されやすいのかもしれない。

 やめてほしい。

 でも少しだけ、今日はそれを完全には否定できなかった。


---


 帰りの車の中、健太は途中で寝た。

 あれだけ騒いで、寝る時だけ急に静かになるのはずるい。


 ひなは新しいシールの袋を膝に置いて、満足そうだった。

 良子も上履き入れを見て納得している。

 富子は“やっぱり大きい店は一回で済むからいいわねえ”と言い、父は短く「疲れるがな」と返した。


 そのやり取りを聞きながら、俺は窓の外を見ていた。


 大型店はやっぱり面倒だ。

 遠いし、広いし、ついでは増えるし、子どもは散る。


 だが前ほど、“無理だ”という感じでもなかった。

 疲れはする。

 かなりする。

 でも、一つ一つの用事を並べて、順番をつけて、回していくこと自体はもうそれなりにできる。


「……近所の外へ行くと、面倒は増えるんだよな」


 小さくそう言うと、隣のひなが聞きつけた。


「でも、できた」


「まあな」


「おじさん、遠くてもちゃんとしてた」


 その評価の語彙、本当に固定されてきたな。


「遠いって言っても車で二十分だぞ」


「でも、ひなの中では遠い」


「お前基準だとたぶんそうか」


 子どもにとっては、大型店はもう十分に遠征なのだろう。


 それなら今日の俺は、たしかに“遠征任務”をこなしたのかもしれなかった。


---


 夜。

 自室。


 ドアを閉める。

 椅子に座る。

 机の上のエナジードリンクを開ける。


「……大型店ってだけで疲れるんだよな」


 思わずそう漏らす。


 広い売り場。

 増えるついで。

 比較。

 カート。

 袋詰め。

 全部、小さいようで地味に削ってくる。


 でも、その疲れ方の質は、前とは少し違っていた。

 昔なら、途中でもっと強く“帰りたい”が前に出たかもしれない。

 今は“面倒だな”を言いながら、最後まで付き合って帰ってきている。


「近所の外まで行くと面倒は増える。

 でも、前ほど無理ではない、か」


 その言葉が、思ったより素直に出た。


 広がる。

 でも一気には変わらない。

 相変わらず面倒で、相変わらず文句を言う。

 それでも、前より少し遠い場所まで行ける。


 その程度で、たぶん今は十分だった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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