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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第6章 『このへんって近すぎる』

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父の知り合いを増やさないでほしい





 父の知り合いという存在は、いつだって少し身構える。


 別に相手が悪いわけではない。

 むしろたいてい、感じはいい。

 人当たりも悪くない。

 父と普通に話しているくらいだから、常識もある。


 だから困るのだ。


 感じがいい相手ほど、こちらは雑に逃げにくい。

 感じがいい会話ほど、途中で切りづらい。

 そして、感じがいい“父の知り合い”ほど、俺の中では妙にカテゴリ分けしにくい。


 父の友達、ではない。

 仕事関係、かもしれない。

 昔の知り合い、かもしれない。

 近所ではない。

 家族でもない。

 なのに、父を経由してこっちの生活圏へ少し入ってくる。


 その微妙な距離感が、いちばんややこしい。


 その日、俺はそのややこしさの真ん中に立っていた。


---


 昼前、父が玄関で靴を履いていた。


 それを見た瞬間、少し嫌な予感はした。

 父が昼間に外へ出る時は、だいたい何かしら用事がある。

 そして、最近はその用事の一部がこちらへ流れてくることも増えている。


「出るのか」


 俺が言うと、父は短く頷いた。


「駅前までな」


 また駅前か。

 最近本当に頻度が上がった気がする。


「何しに」


「信用金庫と、あと少し」


 その“あと少し”が怪しい。

 父は時々、用事をまとめて一言で流す。

 その中に面倒が一つか二つ紛れていることがある。


 富子が台所から顔を出した。


「太郎、どうせなら一緒に行って、お米屋さん寄ってきてくれない?」


 出た。

 どうせなら。


「何でだよ」


「お父さん一人だと、また持つの面倒くさがるでしょ」


 そこはたしかにそうだろう。

 父は運ぶこと自体を嫌がるタイプではないが、量が増えると露骨に言葉数が減る。

 そしてその時の空気は、わりと周囲にも伝染する。


「一人で行けるだろ」


 俺が言うと、父は靴を履いたままこちらを見た。


「行けるが」


「じゃあいいだろ」


「お前がいる方が早い」


 その言い方が、妙に自然だった。


 少し前までなら、父はもう少し遠回りに言った気がする。

 “手があれば助かる”とか、“ついでがあれば”とか。

 今は短い。

 必要だから頼む、というだけの形に近い。


 そこへ良子まで来た。

 最悪のタイミングである。


「お兄ちゃん駅前行くの?」


「まだ決まってない」


「決まってるよ」


 勝手に確定させるな。


「じゃあ、駅ビルのとこの店でこれ見てきて」


 スマホの画面を見せてくる。

 ひなが使うヘアゴムらしい。

 何で駅前外出が確定した瞬間に、依頼が一件増えるんだ。


「自分で行け」


「今日は無理」


「何で」


「ひな、あとで友達来るから」


 理由としては弱い。

 弱いが、絶妙に断りきれない弱さでもある。


 富子が横から言う。


「じゃあついでに見てきてあげなさいよ」


「ついでが多いんだよ」


「でもどうせ駅前なんでしょ」


 その“どうせ”の使い方、本当に良くない。


 父はそこで一言だけ言った。


「行くぞ」


 短い。

 だが、最近の父はこういう時、本当に短くて助かる。

 こっちがぐだぐだ言っていても、最終的に動く流れが見えているからかもしれない。


「……はいはい」


 結局、そう返していた。


---


 父と二人で駅前へ向かう。


 歩きながら、少しだけ思う。

 この構図も前より増えた。

 昔は父と二人で外へ出ること自体、どこか妙に間が悪かった気がする。

 今はまだ気楽というほどではないが、沈黙がただの沈黙として置けるくらいにはなっている。


 商店街を抜け、駅前通りへ出る。

 人が少し増える。

 チェーン店の看板。

 銀行。

 ドラッグストア。

 小さな時計屋。

 生活圏の外縁。


「信用金庫はすぐか」


 俺が聞くと、父は頷いた。


「すぐだ」


「米屋はそのあと?」


「そうだな」


「ヘアゴムも見ろって」


「良子か」


「そう」


「増えるな」


 父がそう言って、少しだけ笑った気がした。


「他人事みたいに言うなよ」


「事実だろ」


 それはそうだ。

 この家は本当に、一つの外出へ用事をぶら下げるのがうまい。


 信用金庫は予想通りすぐ終わった。

 入口の前で父を待つ間、俺はただ立っていた。

 最近、待つことにも少し慣れてきた気がする。

 前なら“何もしていない感”がもっと落ち着かなかった。

 今は、まあこういう時間もあるかと思える。


 父が戻ってきて、そのまま駅ビルの方へ向かう。

 ヘアゴムの店はすぐ見つかった。

 良子に写真を送り、色の確認を取る。

 返信が遅い。

 こういう時に限って遅い。


「まだか」


 父が言う。


「まだ」


「長いな」


「お前らみんな、人に頼む時だけ早いんだよ」


 父が少しだけ肩をすくめる。


「そうかもな」


 認めるのかよ。


 ようやく返信が来る。

 ピンクではなく紺らしい。

 なぜ最初からそう言わないのか。


 ヘアゴムを買って店を出たところで、父が足を止めた。


「ん?」


 何かと思って視線を追うと、向こうから男が歩いてきていた。

 五十代くらい。

 父と同世代か少し上。

 スーツではないが、きれいなシャツを着ている。

 こっちに気づいて、顔が少し明るくなった。


「佐藤さん」


 来た。


 父の知り合いである。


 父も軽く手を上げた。


「久しぶりです」


 父の声が、家の中より少しだけ外向けになる。

 この微妙な変化が、今でも少し新鮮だ。


「いやあ、こんなところで」


 男の人が笑う。

 俺は一歩だけ引いた位置に立つ。

 この“父の知り合いとの会話時の立ち位置”も、まだ正解がわからない。

 近すぎると会話に入る圧があるし、離れすぎると不自然だ。


「息子さん?」


 来た。

 予想通りだ。


 父が軽く俺の方を見る。


「ええ」


 短い。

 でもそれで十分だった。


「どうも」


 俺は軽く頭を下げる。

 もう最近は、この一連の流れにも少し慣れた。

 慣れたくはなかったが、慣れた。


「いやあ、前にも一度お会いしたかな」


 男の人が言う。


 ああ、たぶん前に駅前で会った人だ。

 父の知り合いが、最近少しずつ増えている気がする。

 増やさないでほしい。


「たしか銀行の前で」


 俺がそう返すと、男の人は嬉しそうに頷いた。


「そうそう。

 ちゃんと覚えてるんだね」


 その言い方に、少しだけ引っかかる。

 “覚えてるんだね”と軽く褒められるような年齢ではない気もするが、まあ向こうに悪気はない。


「一回会うと、わりと」


「へえ。

 佐藤さん、いい息子さんだね」


 父はそこで否定も肯定もせず、ただ少しだけ苦笑したような顔をした。

 この反応も前より自然だなと思う。


 男の人はさらに言った。


「この前も家のことよく見てくれて助かるって言ってたし」


 俺はそこで、ほんの一瞬だけ父を見た。


 言ってるのか。

 外で。

 そういうことを。


 父は気づいていないふりなのか、本当に気にしていないのか、普通の顔で返していた。


「まあ、最近は」


 その言い方も短い。

 短いのに、ちゃんと肯定している。


「いやあ、いいことだよ。

 家のこと見られる人って大事だからね」


 感じのいい人だ。

 だからこそ逃げにくい。


 以前の俺なら、このあたりでだいぶ会話が苦しかったかもしれない。

 今はまだ多少落ち着かないが、前ほど息苦しくはない。


「たまたまです」


 俺がそう返すと、男の人は少し笑った。


「たまたまで続くなら十分だよ」


 その返しは、ずるい。

 善意のある大人は本当にずるい。


 少し話したあと、相手は駅の方へ行った。

 軽く頭を下げて別れる。


 父と並んで歩き始めてから、俺は少しだけ息を吐いた。


「……増やさないでほしいんだけどな」


「何を」


「父さんの知り合い」


 父が少しだけ笑う。


「増やしてるわけじゃない」


「遭遇率が高い」


「駅前だからだろ」


 それはそうだ。

 駅前には人が集まる。

 人が集まるということは、父の知り合いとも会いやすい。


「前より普通だったな」


 父が不意に言った。


「何が」


「ああいうの」


 俺は少しだけ沈黙した。

 さっきのやり取り。

 たしかに前よりは自然だった気がする。

 完全に余裕ではない。

 だが、昔のように“できるだけ存在感を消す”だけではなかった。


「……まあ、前よりは」


「そうか」


 それだけで終わる。

 だが、その“そうか”が、妙にちょうどいい。

 深掘りしない。

 褒めすぎない。

 でも流しもしない。


 父はさらに一言だけ足した。


「だいぶましだな」


 その言葉が、思っていたよりまっすぐ入ってきた。


 上から目線、と言えばそうだ。

 父親なのだから当然かもしれない。

 でも、そこに悪い棘はなかった。


「……何だよ、その評価」


 思わずそう返すと、父は米屋の方へ視線を向けたまま言う。


「本当のことだろ」


 その通りなのかもしれない。

 前よりまし。

 劇的ではない。

 でも、ちゃんと変わっている。


---


 米屋で袋を受け取り、帰り道。

 俺は米袋ではなく、ヘアゴムとちょっとした消耗品の入った袋を持っていた。

 父が米を持つ。

 その分担も自然だった。


 家へ戻ると、良子が最初にヘアゴムへ食いついた。


「買えた?」


「紺だった」


「そうそう。

 ありがと」


 ひなも横で嬉しそうに見ている。


 富子は米袋を見て頷いた。


「あら、重かったでしょ」


「まあな」


 父がそれに短く返す。


 何となく、家の中の空気も外の続きみたいに感じられた。

 少し前なら、外と内で父との会話の温度がもっと違った気がする。

 今はそこが少しだけなだらかだ。


 良子が俺を見て聞く。


「何かあった?」


「何が」


「顔。

 ちょっとだけ外の空気引きずってる時のやつ」


 よく見てるな。


「父さんの知り合いに会った」


「あー」


 その“あー”だけでだいぶ通じるのが嫌だ。


「どうだった?」


「前より、だいぶまし、らしい」


 俺が少しだけ父の言い方を真似ると、良子は吹き出した。


「え、お父さんそんなこと言ったの?」


「言った」


「へえ」


 良子は少しだけ嬉しそうだった。

 それもまた、変な感じだ。


 父はそれを聞いても、特に訂正しなかった。

 ただ和室へ戻りながら、ぽつりと言う。


「別に間違ってない」


 それで十分だった。


---


 夜。

 自室。


 椅子に座り、エナジードリンクを開ける。

 炭酸の音。


「父の知り合い、その先まで増やさないでほしいんだけどな……」


 思わずそう呟く。


 感じのいい人。

 普通の会話。

 家のことを見てくれて助かる、という父の言葉。

 前よりまし、という評価。


 どれも小さい。

 だが、小さいからこそ夜まで残る。


 父の世界の外縁が、少しずつこっちにも触れてくる。

 その時、以前よりちゃんと立っていられる自分がいる。


「……まあ、増えすぎるのは勘弁だけどな」


 最後にそう付け足して、俺は少しだけ笑った。


 少し進む。

 でも進みすぎない。

 今はたぶん、そのくらいでちょうどいい。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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