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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第6章 『このへんって近すぎる』

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風間凛、前より普通に話せる





 人間は、答えが出たあとに楽になることがある。


 もちろん、全部がそうではない。

 答えが出たせいで余計に面倒になることも、世の中にはたくさんある。

 テストの点とか。

 体重とか。

 銀行口座の残高とか。

 そういうものは、見ないままの方が心が平和な場合もある。


 だが、人間関係には逆のものもある。


 わからないまま、探り続ける方がしんどい。

 何を言ってもヒントに見える。

 何を見ても意味がある気がする。

 その状態が長く続くと、人はだんだん勝手に疲れる。


 そして俺は、少し前までずっとそれをやっていた。


 にぼし姫。

 風間凛。

 ほぼそうだろうと思いながら、でも最後の一言だけは飲み込んでいた。

 言えば今の空気が変わる気がして、言わないまま少しずつ消耗していた。


 けれど、あのやり取りで、もうだいたいのことは共有された。

 明言し切ったわけではない。

 だが、ほぼ答えは出ている。

 そしてその“ほぼ”が、前より少しだけ俺を楽にしていた。


 そのことを、俺は店の外で知ることになる。


---


 その日の夕方、俺は駅前の本屋にいた。


 理由はシンプルだ。

 良子に雑誌を頼まれた。

 ひなにシールのついたノートを頼まれた。

 ついでに、富子が言うには切らしているらしい料理酒を駅前のスーパーで買う必要があった。

 そして俺は自分用に新刊のラノベを一冊買うつもりだった。


 この“家の頼まれものに紛れて自分の本を買う”感じが、最近の俺の外出らしいなと思う。

 完全に自分だけの用事でもない。

 かといって全部が家のためでもない。

 そういう中途半端さが、今の生活にはちょうど合っているのかもしれない。


 本屋の中は涼しかった。

 棚。

 平台。

 新刊コーナー。

 文房具売り場の端に積まれたキャラクターシール。


 ひなのノートはすぐ見つかった。

 良子の雑誌もあった。

 自分のラノベも新刊棚の一番上にあった。


「珍しく早いな」


 思わずそう呟く。

 こういう“全部が素直に揃う日”はそれだけで少し機嫌がよくなる。


 会計を済ませて、本屋を出る。

 袋の中には雑誌、ノート、ラノベ。

 このあとスーパーに寄って料理酒を買えば任務完了だ。


 そう思って、店の前の歩道へ出た時だった。


「あ」


 声がした。


 短い。

 だが、聞き慣れている。


 振り向くと、凛がいた。


 私服だった。

 コンビニの制服ではなく、薄いグレーのカーディガンに黒いスカート。

 手には文庫本が一冊。

 たぶん、本屋帰りなのだろう。


 以前なら、ここで少し固まっていたと思う。

 いや、かなり固まっていたかもしれない。

 店のレジではなく、本屋の前。

 生活圏の中ではあるが、コンビニではない。

 その“少しずれた場所”で会うと、前の俺は妙に挙動不審になっていた。


 だが、その日は少し違った。


「……よう」


 それなりに自然に声が出た。


 自分で少し驚く。

 いや、かなり驚く。

 今の“よう”は、俺の中ではかなり滑らかだった。


 凛も少しだけ目を丸くしたように見えたが、すぐにいつもの温度へ戻った。


「こんにちは」


「本屋か」


「見ればわかると思います」


 その返しに、少しだけ笑ってしまう。


「お前ほんと、その言い方好きだな」


「見たままなので」


 そう言って、凛は手の中の文庫本を少し持ち上げた。

 見せるつもりがあるのかないのかわからない動きだ。


「何買ったんだ」


 聞いてから、自分で少しだけ引っかかった。

 前の俺なら、ここで“何買ったんだ”まではたぶん聞いていない。

 会った。

 気まずい。

 短く終わる。

 そのくらいだったはずだ。


 凛は文庫本の表紙をちらっと見せた。


「新訳のやつです」


「へえ」


 タイトルを見る。

 少し前に話題になっていた古典の新訳版だった。

 凛がそういうものを読むのは、何となくわかる気もする。


「お前そういうの読むんだな」


「失礼ですね」


「いや、何となくコンビニ店員の時の印象だと」


「コンビニ店員は本読まないと思ってます?」


 その問い方が少しだけ可笑しい。


「思ってないけど」


「ならいいです」


 このテンポ。

 この短い切り返し。

 やっぱり、前よりずっと話しやすい。


 正体を“ほぼ共有した”ことが、こんなふうに効くのかと少しだけ思う。

 あの時までは、一つ一つの言葉に余計な意味が乗りすぎていた。

 今はそこが少し減った。

 完全に消えたわけではない。

 でも、前よりは明らかに薄い。


「そっちは?」


 凛が聞いた。


「頼まれものと、自分の」


「混ざってますね」


「最近な」


 袋の中を少し見下ろす。

 雑誌。

 ノート。

 ラノベ。


「生活感とオタク感の配分が変です」


「お前、相変わらず観測が細かいな」


「だいぶ慣れました」


 その言い方に、また少しだけ引っかかる。


 慣れた。

 それはたぶん、お互いに言えることなのだろう。


「……何に」


 俺が聞くと、凛は一拍置いてから言った。


「そっちの買い物内容にです」


 その逃がし方も、前ならもっと神経を使って受け止めていた気がする。

 今はもう、少しだけ肩の力を抜いて聞ける。


「そっちもな」


 俺がそう返すと、凛が少しだけ首を傾けた。


「何がですか」


「知らないふり」


「まだしてるつもりはあります」


「つもり、ね」


「そっちもでしょ」


「まあな」


 その“まあな”が、前よりずっと楽に出る。


 歩道の人通りはそこそこあった。

 学生。

 買い物帰りの人。

 自転車。

 車の音。

 それでも、この会話だけが妙に静かに感じる。


「これから帰るのか」


 俺が聞く。


「そうです」


「スーパー寄る」


「料理酒ですか」


 何でそこまでわかるんだよ。


 思わず少し笑ってしまう。


「観測しすぎだろ」


「前に買ってました」


「前に買ったやつと、今日のやつは別件だよ」


「でも、また頼まれてる顔してます」


「顔でそこまでわかるの嫌なんだよな」


 凛はほんの少しだけ笑った。


 本当に少しだ。

 だが、コンビニのレジ越しの時より、その笑いがやわらかく見えた。


「同じ方向ですね」


 凛が歩き出しながら言う。


 たしかに、スーパーの方向は同じだった。

 俺は少しだけ迷って、それから並ぶように歩き出した。


 この“並んで歩く”というのも、前の俺には少しハードルが高かった気がする。

 今も別に余裕ではない。

 だが、固まるほどでもなくなっている。


「本屋、よく来るのか」


「たまにです。

 コンビニより落ち着くので」


「それはわかる」


「そっちは」


「俺もたまに。

 ただ、前より“ついで”が増えた」


「それもわかります」


「そこはわかるなよ」


「でも、いいと思いますよ」


「何が」


「ついでがある方が、外に出やすいこともあるので」


 その一言に、俺は少しだけ黙った。


 たしかにそうだった。

 駅前。

 スーパー。

 習い事。

 迎え。

 買い物。

 全部、自分一人の強い意志で行っているわけではない。

 頼まれもの。

 ついで。

 押し出された流れ。

 そういうものに乗って、少しずつ外へ出ている。


 昔の俺なら、それを格好悪いと思ったかもしれない。

 今はもう、そこまできれいごとではいられない。

 出られる形があるなら、それでいいのかもしれない。


「……そうかもな」


 素直にそう返すと、凛は少しだけこちらを見た。


「今日は素直ですね」


「お前、それ好きだな」


「見たままです」


「ほんとにそれ好きだな」


 そこでまた少しだけ笑う。

 変な感じだった。

 店の外。

 駅前の歩道。

 私服の凛。

 頼まれものの入った本屋袋。

 そして、前より普通に続く会話。


 ここまで来るのに、ずいぶん遠回りした気もする。

 でも、この作品にはたぶんそれくらいが合っている。


 スーパーの前で、凛が立ち止まった。


「じゃあ、私はこっちなので」


「おう」


 短い別れだ。

 それでいい。


「また」


 凛が言う。


 その“また”も、今は妙に自然に聞こえる。


「……また」


 俺が返すと、凛は軽く手を上げて、そのまま別の方向へ歩いていった。


 俺はしばらくその背中を見て、それからスーパーの自動ドアへ向かった。


---


 料理酒をかごに入れながら、少しだけ考える。


 前より普通に話せた。

 それは事実だ。


 何か劇的なことが起きたわけじゃない。

 手をつないだわけでもない。

 大きな告白があったわけでもない。

 ただ、本屋の前で会って、少し並んで歩いて、スーパーの前で別れただけだ。


 それだけ。

 でも、その“それだけ”が前の俺には少し難しかった。


「……答えが出たあとって、こういう感じなのかもな」


 思わず小さく呟く。


 全部がはっきりしたわけじゃない。

 今も明言し切ってはいない。

 だが、探るよりはずっと楽だ。

 意味を読みすぎて固まることが減る。

 だから普通に少し話せる。


 それは思ったより、大きかった。


---


 家へ戻ると、富子がすぐ料理酒を受け取った。


「買えた?」


「買えた」


「ありがとう。

 あら、本も買ったの?」


「ついでにな」


「よかったじゃない」


 良子も来ていて、雑誌を受け取りながら聞いてきた。


「駅前どうだった?」


「普通」


「その“普通”はちょっと怪しいね」


「何が」


「お兄ちゃんの“普通”って、たまにちょっと大きいから」


 鋭い。

 こいつは本当に鋭い。


 だが、今は別にそこを深掘りされたくなかった。

 まだ自分の中でも、少し整っていない。


「……別に」


「出た」


 ひながノートを受け取りながら言う。


「おじさん、ちょっと機嫌いい?」


「よくない」


「でもちょっと」


「気のせいだ」


 その返しをした時点で、たぶん少しだけ出ていたのだろう。

 だが、そこはまだ自分でも認めたくなかった。


---


 夜。

 自室。


 机の前に座る。

 買ってきたラノベを机へ置く。

 エナジードリンクを開ける。


「店の外だと、前より普通に話せる、か」


 言葉にしてみる。


 変だ。

 少し前まで、コンビニのレジですら妙に消耗していた。

 それが今は、本屋の前で会って、少し歩いて、そこまで削られずに帰ってきている。


 答えが出たからなのか。

 少なくとも、“ほぼ答えを共有している”状態になったからなのか。

 たぶんその両方だ。


 曖昧さが少し減るだけで、人はずいぶん普通になれるらしい。


「……悪くなかったんだよな」


 ぽつりとそう呟いた。


 前より普通に話せた。

 それが少し変で、少し悪くなかった。


 今のところは、その感想で十分だった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

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★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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