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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第6章 『このへんって近すぎる』

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健太、お前の学校の周りまで俺の担当なのか




 学校という場所には、独特の緊張感がある。


 別に軍事施設とか、そういう話ではない。

 ただ、あそこにはあそこ特有の空気がある。

 時間割。

 提出物。

 先生。

 保護者。

 連絡帳。

 プリント。

 そういう“ちゃんとしなければならないもの”が、そこらじゅうに漂っている。


 だから俺はあまり得意ではない。


 いや、正確に言えば、“学校そのもの”というより、学校まわりの人間関係が少し苦手なのだと思う。

 先生に渡すもの。

 保護者が把握している前提の話。

 子どもの口から出る曖昧な説明。

 そういうものが組み合わさると、途端に世界がややこしくなる。


 そのややこしさに、近所の小学生代表として健太が飛び込んでくると、だいぶ面倒だ。


 その日も、俺はその面倒に巻き込まれていた。


---


 夕方前。

 自室。

 静か。

 平和。

 最高。


 そう思っていた時に限って、人生は横から余計なイベントを差し込んでくる。


 バン。


 ドアの開き方でわかる。

 ノックの概念が薄い。

 つまり健太だ。


「おじさん!!」


 やっぱりな。


 俺は椅子の上で目を閉じた。


「ノックしろ」


「した!」


「しながら開けるな」


「緊急だから!」


 その“緊急”はだいたい健太基準だ。

 大人基準では、中の上くらいの困りごとであることが多い。


「何だよ」


「学校のやつ!!」


 広い。


「学校の何だよ」


「プリント!!」


 もっと広い。


 健太は手にくしゃっとした紙を持っていた。

 プリントというより、プリントの残骸に近い。

 四つ折りされたあと一度広げられ、さらにたぶんどこかへ押し込まれた痕跡がある。


 俺は嫌な予感しかしなかった。


「……見せろ」


「これなんだけど!」


 紙を受け取る。

 目を通す。


 学校からのお知らせだった。

 内容は簡単だ。

 図工で使う材料を明日までに持ってこい、というやつ。

 牛乳パック二本。

 輪ゴム数本。

 はさみ。

 のり。

 あと“必要であれば空き箱”。


「何だよ、これくらい」


 俺がそう言うと、健太は全力で首を振った。


「ちがう! 裏!」


 裏を見る。


 そこには、保護者確認欄みたいなものがあった。

 日付。

 確認印。

 あと、材料で準備できないものがあれば書いてください、みたいな欄。


「で?」


「お母さんが今いない!」


 そこか。


「電話しろ」


「出ない!」


 まあ、買い物中か何かで出られないこともあるだろう。


「父さんは」


「まだ帰ってない!」


「じゃあ帰ってきてから」


「でも先生、今日見せろって言ってた!」


 そこまで聞いて、少しだけ面倒の輪郭が見えてきた。


「……今日って、もう終わってるだろ」


「いや、これ、今から近くのお友だちの家に持ってくと、先生のとこ行く時一緒に出せるって!」


 何だその委託方式は。


 子どもの世界には時々、大人が知らないローカル配送システムが存在する。

 近所の誰かの親が先生に渡す。

 習い事のついでに預ける。

 そういう“親ネットワーク前提”の流れだ。


 だが、健太の説明は雑すぎて、全容がまるで見えない。


「落ち着いて最初から言え」


「えーと、これ今日お母さんに見せてハンコかなんかして、で、六時までに翔太んち持ってけば、翔太のお母さんが先生に持ってくんだって」


 なるほど。

 ようやく見えた。


 つまり問題は二つだ。

 保護者確認が要る。

 だが母親不在。

 そして締切が近い。


「良子!」


 俺が廊下の方へ向かって呼ぶと、ちょうどよく階段を上がってきた良子が顔を出した。


「何?」


「健太のこれ、見てくれ」


「何で私」


「母親枠に一番近いだろ」


「その分類雑じゃない?」


「今は時間ないんだよ」


 良子がプリントを見る。

 一瞬で状況を察したらしく、健太へ聞く。


「おばさん今いないの?」


「いない!」


「電話は?」


「出ない!」


「翔太くん家はどこ?」


「公園の向こう!」


 雑な説明だが、健太の普段の行動範囲を考えれば何となくわかる。


 良子は少しだけ考えてから言った。


「これ、お母さんの確認欄、私書いていいのかな」


「親じゃないしな」


「だよね」


 健太はそのやり取りに本気で焦り始めた。


「どうするの!?」


「うるさい」


 そこへ、ひなが階段の下から顔を出した。


「けんた、また?」


「またじゃない!」


「でもまただよ」


 その返しは正しい。


 俺はプリントをもう一度見た。

 必要なものは家にありそうだ。

 問題は確認欄だけだ。


「……これ、父兄じゃなくても見たってわかればいいだけじゃないのか」


 俺が言うと、良子が紙を覗き込みながら言う。


「まあ、そうかも。

 “確認しました”の意味が強いんだろうし」


「だったら、健太の母親に電話した記録だけつけといて、俺が一言書けば」


「何て?」


「“母不在のため、近隣保護者補助確認済み”とか」


 良子が吹き出した。


「何その堅い言い方」


「でも意味は通るだろ」


 健太は不安そうだ。


「それで大丈夫なの?」


「たぶん」


「たぶん!?」


 健太、お前は本当に“たぶん”にだけ過剰反応するな。

 普段、自分でも使いまくってるだろ。


 良子は少し考えてから頷いた。


「まあ、翔太くんのお母さんに事情言えば通じると思うよ」


「よし」


 俺はプリントの余白に短く書いた。


 “母不在のため、近隣家族にて確認。材料準備済み。佐藤”


「何で佐藤なの」


 良子が聞く。


「うちの名字だからだよ」


「いや、それはわかるけど」


「時間ないんだろ」


「たしかに」


 健太はその字を見ていたが、たぶん意味は半分もわかっていない。


「これでいいの?」


「知らん。

 でも何もないよりはいい」


「ハンコないよ!」


「お前の世界にそんなにハンコ信仰あるのか」


「だって学校だもん!」


 そこは少しわかるのが嫌だ。

 学校はとにかく、四角い枠と印と署名が好きだからな。


 良子が言う。


「じゃ、私ちょっと一緒に翔太くん家まで行く」


「何で俺もついてくんだよ」


「だって字書いたのお兄ちゃんでしょ」


 最悪だ。

 そこに責任が発生するのか。


「大丈夫だろ。

 近所だし」


「お兄ちゃんがさっき“たぶん”って言ったから、もうそこまで行った方が早い」


 正しい。

 悔しいが正しい。


「……学校周りまで俺の担当なのかよ」


 思わずそう漏らすと、ひなが静かに言った。


「けんたが持ってくるから」


 それも正しい。


---


 公園の向こう、翔太の家は本当に近かった。


 近い。

 だが近いからといって、全部こっちの担当になるのは違うと思う。


 チャイムを押すと、翔太の母親が出てきた。

 事情を話す。

 プリントを見せる。


「あー、全然大丈夫ですよ」


 拍子抜けするくらい、あっさりだった。


「先生、こういうのわりと見ますから。

 材料そろってるなら問題ないと思います」


 そうなのか。

 子どものプリントというのは、もっと厳格なものかと思っていた。

 いや、内容にもよるのだろうが。


 健太はその場で露骨に力が抜けていた。


「よかったぁ……」


「最初からそう言えよ」


「だって焦ったんだもん!」


「お前はいつも焦り方だけ一人前だな」


 翔太の母親は少し笑いながら、プリントを受け取った。


「太郎さん、ありがとうございます」


 またその呼び方だ。

 学校周りでもそれなのか。


「いや、まあ……」


「健太くん、一人だと絶対忘れそうだから助かりました」


 それはかなり同意だ。


 だが、その“助かりました”の中に俺が普通に入っていることが、少しだけ変な感じでもある。


 帰り道、健太はかなり元気を取り戻していた。


「危なかったー!」


「お前の説明が一番危なかったよ」


「でも間に合ったじゃん!」


「結果論だろ」


 ひなは横で言う。


「学校の近くじゃなくてよかったね」


「何が」


「先生いたら、けんたもっとあわててた」


「あー、それはある」


 そして、その一言に少しだけ笑ってしまった。


 健太は学校の先生という存在に、妙に弱いのだ。

 元気なくせに、そういうところだけきっちり小学生である。


「おじさん」


 健太が急にこっちを見た。


「何」


「学校のやつも、やっぱおじさんいると平気だった」


 またそれだ。


「平気じゃないよ。

 面倒だったよ」


「でも何とかなった」


「何とかしたんだよ」


「だから、何とかなるってことじゃん!」


 その雑な結論、本当にやめてほしい。


 だが、完全に間違ってもいないのがさらに困る。


 良子が横で笑っていた。


「健太くんの中では、もう完全に“外でも使えるおじさん”だね」


「言い方」


「でもそうでしょ」


「そう!」


 健太が元気よく肯定するな。


 ひなはもっと静かだった。


「学校のことだと、けんたちょっと不安なんだよ」


 その言い方は、さっきまでの騒ぎを少し違う角度から見せる。


 たしかにそうかもしれない。

 自転車の鍵とか、おもちゃとか、そのへんのトラブルとは違う。

 学校は子どもにとって、少し重い。

 大人の目、先生の目、締切、忘れ物。

 そういうものが全部乗る。


「……まあ、そういう時くらいはな」


 俺がそう言うと、健太はよくわかっていない顔で頷いた。


「うん!」


 この“うん”もまた、たぶん半分くらいしか意味を理解していない。

 だが、それでもいいのかもしれない。


---


 家へ戻ると、父が和室の前にいた。


「何だ、出てたのか」


「健太の学校プリント」


 俺がそう言うと、父は少しだけ眉を上げた。


「学校までか」


「学校“周り”までだよ」


「十分広いな」


 そこだけは本当にその通りだ。


 良子が父へ説明する。

 父は短く聞いて、最後に一言だけ言った。


「まあ、間に合ったならいいだろ」


 その“間に合ったならいい”は、今の俺にはわりとちょうどいいまとめ方だった。


 大げさでもない。

 でも軽くもしない。


 健太は玄関で靴を履きながら、振り返って言った。


「おじさん!」


「何だよ」


「また学校のやつあったら来る!」


「来るな。

 まず自分で見ろ」


「見る!

 でも来る!」


 やっぱりそうなるのかよ。


 ひなが小さくため息をついていた。


「けんた、たぶんまた同じことする」


「するな!」


「でもする」


 その会話が、なぜか妙に正しいのが嫌だった。


---


 夜。

 自室。


 椅子に座って、スマホを机へ置く。

 部屋の中は静かだ。


「学校周りまで、か……」


 思わずそう呟く。


 近所。

 商店街。

 駅前。

 そこに加えて、学校周辺。


 生活圏の外縁が、少しずつ広がっている。

 広げたいわけではない。

 だが、押し出されているうちに、気づけば足を踏み入れている。


 前の俺なら、もっと抵抗したかもしれない。

 今も抵抗はしている。

 かなりしている。

 だが、完全には止まらない。


「……お前のせいなんだよなあ、健太」


 そう呟いて、少しだけ笑った。


 騒がしくて、雑で、トラブルばかり持ってくる。

 でも、その雑な頼り方のせいで、こっちの可動域が少しずつ広がっているのも事実だった。


 それを成長と呼ぶかどうかは、まだ少し保留でいい気がした。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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