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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第5章 『頼るのはやめてほしい』

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「にぼし姫、答え言ってるだろ」



 答え合わせには、体力がいる。


 これを軽く見る人は多い。

 いや、多いかどうかは知らない。

 少なくとも、物語の中ではよく軽く処理される。


 気になる相手がいる。

 正体が怪しい。

 じゃあ聞けばいい。

 確認すればいい。

 たったそれだけの話だ、と。


 だが現実は違う。


 聞いた瞬間、今の曖昧さは終わる。

 違っていたとしても終わる。

 合っていたとしても終わる。

 どちらにしても、“今まで通りのふり”は少しやりにくくなる。


 つまり答え合わせとは、ただ情報を確定させる行為ではない。

 今の距離や空気を、少し壊す覚悟のことだ。


 そして俺は、その覚悟がずっと足りなかった。


 にぼし姫。

 風間凛。

 ほぼそうだろうと思ってから、もうかなり経つ。

 ヒントは多い。

 生活圏も重なりすぎている。

 タイミングも言い回しも、たまに笑えるくらい近い。


 それでも俺は、ずっと手前で止まってきた。


 だが、その日は少し違った。


---


 夕方、俺はコンビニにいた。


 理由は、だいぶいつも通りだ。

 富子に頼まれた牛乳。

 良子に追加されたプリン。

 ひなが“あるといい”と言ったグミ。

 ついでに自分のエナジードリンク一本。


 最近、本当に買い物袋の中身が生活感に寄りすぎている。

 以前の俺なら、コンビニの袋といえばエナドリと菓子と適当な夜食くらいだった。

 今はそこへ牛乳とプリンと生活用品が混ざる。

 自分でも妙に変な感じはする。


 店内は涼しかった。

 冷房。

 商品棚。

 軽いBGM。

 いつもの空気。


 そして、いつものようにレジには凛がいた。


「いらっしゃいませ」


「……どうも」


 この返しも、もう半分癖だ。

 改善の余地はあると思うが、改善したところでどうにかなる気もしない。


 商品を置く。

 凛が読み取る。

 ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。


「今日はお菓子少なめですね」


 凛が言った。


 俺は一瞬だけ止まり、それから答える。


「……まあ」


「ちゃんと頼まれものを優先してる感じです」


 その言い方が、妙に具体的で困る。


「何だその評価」


「見たままです」


 出た。

 その“見たままです”。

 この短さ。

 にぼし姫っぽさを隠す気が、最近だいぶ薄い。


「最近、それ多いな」


 思わずそう返した。


 凛は目線をレジ画面に落としたまま聞く。


「何がですか」


「見たままって言い方」


「そうでしたっけ」


 そういうとこだ。


 覚えてるのか、覚えてないふりなのか、全部が微妙に曖昧で、その曖昧さごとこっちへ投げてくる。


「……してるだろ」


 凛はそこでようやく少しだけこっちを見た。


「じゃあ、してるのかもしれません」


 ほら、そういうところだよ。


 認めるようで認めない。

 否定も肯定も半歩ずつ外す。

 その返し方が、もう本当ににぼし姫のそれなのだ。


 会計の表示が出る。

 俺は財布を出した。

 小銭。

 レシート。

 そのどれもがいつも通りなのに、会話の温度だけが少し違う。


「袋どうしますか」


「いる」


「そうですよね」


 その一言に、俺はわずかに眉をひそめた。


「何だよ、その“そうですよね”」


「最近は要る方が多いので」


 牛乳。

 プリン。

 グミ。

 たしかに袋なしでは少し面倒だ。


 凛は袋へ商品を入れながら、何でもない顔で続ける。


「前は、一本だけとか多かったですし」


 そこまで把握しているのか。


「……客の買い物、そんなに覚えるか?」


 俺はとうとう聞いていた。


 凛は手を止めずに答える。


「人によると思います」


「お前は」


「たまに覚えます」


「たまに、ね」


「よく来る人は、わりと」


 俺は少しだけ息を吐いた。


 その返しの一つ一つが、答えみたいで答えじゃない。

 でも、もうそれすら少し面倒になってきていた。


 レジ袋を受け取る。

 その時、凛が軽く言った。


「生活感、悪くないと思いますけど」


 またそれだ。


「前も言ったな」


「言いましたか」


「言った」


「じゃあ、そう思ってるんでしょうね」


 そこで、俺の中の何かが少しだけ切り替わった。


 劇的な変化ではない。

 覚悟が決まった、みたいな派手なものでもない。

 ただ、もうこれ以上“たまたま”を積み上げるのもしんどい、という種類の諦めに近かった。


 俺は商品袋を持ったまま、レジの前で少しだけ立ち止まった。


「お前さ」


 凛が顔を上げる。


「何ですか」


「……にぼし姫だろ」


 言ってしまってから、自分でも数秒ほど固まった。


 やった。

 言った。

 かなり直球だ。

 もっと遠回しに行くつもりだったのに、思ったよりまっすぐ出た。


 凛は驚かなかった。

 ここでまず、かなり終わっている。


 少しだけまばたきをして、それから、ごく普通の声で言う。


「誰ですか」


 その返しに、俺は思わず半笑いになった。


「お前な……」


 その“誰ですか”は、逃げの形としては一応正しい。

 だが、驚いていない時点でかなり苦しい。


「知らないふりするには、だいぶ遅くないか」


 俺がそう言うと、凛は袋をもう一枚整えながら、小さく返す。


「確認したかったんですか」


 その問い方に、俺は少しだけ言葉を失う。


 したかったのか。

 たぶん、したかった。

 でも、それだけでもなかった。


「……したくないと思ってた」


「思ってた」


「でも最近、さすがにヒント多すぎるんだよ」


 凛はそこで、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 笑った、というほどではない。

 だが、そう見えた。


「そうかもしれません」


 認めるのかよ。


「じゃあやっぱり」


「そこまで言ってません」


「今のはだいぶ言ってるだろ」


 レジ越しにこんな会話をしている時点で、もうかなりおかしい。

 店の空気はいつも通りだ。

 後ろに客もいない。

 だから成立してしまっている。

 成立していること自体が、少し変だった。


 凛は視線を少しだけ落としてから、静かに言った。


「最初からわかってたわけじゃないですよね」


 その聞き方が妙にやさしい。

 責めるでもなく、確認するでもなく、ただ並べるみたいな。


「……たぶん途中からだ」


 俺は正直に答えていた。


「店の外で会ってから、だいぶ怪しかった」


「そうなんですね」


「あと、言い方」


「言い方」


「短い返し方とか。

 変なところで妙に合う感じとか」


 そこまで言ってから、自分でも少し気まずくなる。

 何だその分析は。

 観察レポートか。


 だが凛は特に笑わなかった。


「こっちも、途中からは気づいてると思ってました」


 その返しで、俺は完全に観念した。


「じゃあもう答え言ってるだろ、それ」


「どうでしょう」


「いや、今のでだいぶ出たぞ」


「否定も肯定もしてません」


「その逃げ方ずるいんだよ」


 そこで凛は、少しだけ首を傾けた。


「そっちも、ずっと聞かなかったじゃないですか」


 痛いところを突くな。


「面倒だったんだよ」


「私もです」


 その一言で、妙に肩の力が抜けた。


 面倒だった。

 向こうも。

 それは少し意外で、少し安心した。


「……お前もかよ」


「生活圏で変に気まずくなるの、嫌なので」


 その言い方が、妙に可笑しかった。

 だって、まったく同じことをこちらも考えていたのだから。


 俺は小さく息を吐いた。


「じゃあ何なんだよ、この感じ」


「たぶん、答えは出てるけど、言い切るほどでもない感じです」


 そのまとめ方は、本当にこの作品らしいというか、この状況らしいというか。

 劇的でもない。

 決着でもない。

 ただ、かなりのところまで互いにわかっていて、それでも今の距離を壊し切らない位置に立っている。


「……ずるいな、それ」


「そうかもしれません」


 またそれだ。


 だが、もうその返しに以前ほど過剰には反応しなかった。

 たぶん、ひとつ段を越えたからだ。


 凛は最後にレシートを差し出しながら、何でもない顔で言った。


「とりあえず、プリン溶ける前に帰った方がいいですよ」


「溶けないだろ」


「気持ちの問題です」


「それ、にぼし姫っぽい」


「誰ですか」


「もういいよそれは」


 そこでようやく、凛はほんの少しだけ笑った。


 今度こそたぶん、ちゃんと笑った。


---


 店を出る。


 外の空気は少しぬるい。

 夕方の光。

 車の音。

 レジ袋の重さ。


「……何だったんだ、今の」


 思わずそう漏れる。


 答え合わせをした、のだろうか。

 いや、完全にはしていない。

 凛は最後まで明言しなかったし、俺も最後の最後で“じゃあそうなんだな”と言い切ったわけではない。


 だが、もう十分だった。


 最初からわかってたわけじゃない。

 途中から気づいてた。

 生活圏で気まずくなるのは面倒。

 答えは出てるけど、言い切るほどでもない。


 それだけ共有できれば、たぶん今の俺たちには足りる。


「……お前もう答え言ってるだろ、ほんと」


 そう呟いて、少しだけ笑ってしまった。


 前の俺なら、今ごろもっと混乱していたかもしれない。

 だが今は、妙に静かだった。

 たぶん、ずっと引っ張っていたものが、少しだけ整ったからだ。


---


 夜。


 当然のようにチャットを開く。


 白狼77がいる。

 にぼし姫もいる。


 少しだけ指が止まる。

 今夜は、前までと同じではない。

 たぶん向こうも、そう思っている。


 白狼77が先に来た。


『太郎、生きてる?』


 何だその確認は。


『生きてる』

と返す。


『今日は珍しく静かだな』

と白狼77。


『そうですね』

とにぼし姫。


 その“そうですね”に、前までと少し違う温度を勝手に感じる。

 いや、温度が違うのはたぶんこっちだ。


『お前さ』

と俺は打つ。


『はい』

と、にぼし姫。


『もう答え言ってるだろ』


 送る。


 白狼77が即反応した。


『!?』

『何があった!?』


 うるさい外野だな、本当に。


 にぼし姫は少し間を置いてから返した。


『言ってないと思います』


『言ってる』

と俺は返す。


『じゃあ、そういうことでいいんじゃないですか』


 その返しで、俺はまた少しだけ笑ってしまった。


 そういうこと。

 たぶん、それでいいのだろう。


 白狼77は一人で盛り上がっていた。


『は???』

『何それ何それ』

『お前らだけ先に進むなよ』


『外野は黙ってろ』

と俺は返す。


『うわ、太郎が強い』

と白狼77。


 にぼし姫が短く入る。


『外野席で楽しみすぎなんですよ』


 その一言が、妙にしっくり来た。


 俺は椅子に深く座り直し、スマホを見ながら思う。


 たぶん、答えはもう出ている。

 ただ、言葉にするかどうかだけが残っている。

 そして今は、その言葉を無理に全部言い切らなくてもいい気がした。


 生活圏は続く。

 コンビニも続く。

 チャットも続く。

 それなら、このくらいの確かさでしばらく進めるのも、悪くないのかもしれない。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

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★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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