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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第5章 『頼るのはやめてほしい』

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「“いると助かる”は、だいぶ違うぞ」



 言葉には、軽いくせに重いものがある。


 矛盾しているようだが、本当にそうなのだから仕方ない。


 たとえば、

「ありがと」

は軽い。

 会話の中で何度も出る。

 日常の潤滑油みたいなものだ。

 重く受け取りすぎる方がむしろ不自然なくらい、そこらじゅうにある。


 だが、

「いると助かる」

は違う。


 これも一見すると軽い。

 大げさではない。

 人生を変える告白でもない。

 拍手が起きるような台詞でもない。


 でも、その言葉は“何かをしてくれた”ではなく、**“そこにいること自体”**を含んでしまう。

 だから妙に重い。


 便利とか、使えるとか、そういう雑な評価なら、まだ受け流せる。

 少し腹は立つが、意味は単純だ。


 だが“いると助かる”は困る。

 こっちの存在そのものへ、じわっと触ってくるからだ。


 その日、俺はそれを家の中で食らった。


---


 夕方だった。


 富子は台所。

 良子とひなは来ている。

 父は和室。

 健太はいない。

 この“健太がいない”という条件だけで、家の騒がしさは三割くらい下がる。

 数字に根拠はないが、体感としてはそのくらいある。


 俺はリビングで、やや面倒な任務に就いていた。


 ひなの学校で使うらしい紙の工作キット。

 厚紙。

 折る位置。

 切る位置。

 のりしろ。

 説明書。


 何で俺がこれをやっているのかと言えば、ひなが最初から俺のところへ持ってきたからである。

 もう最近は、その流れにも少し慣れてしまった。

 慣れたくはなかったが、慣れてしまったものは仕方ない。


「ここ、なんかずれる」


 ひなが言う。


「どこ」


「ここ」


 指さされたところを見る。

 たしかに少し折り目が甘い。

 こういう“あと少しだけちゃんとやれば収まるやつ”は、見てしまうと放置しづらい。


「貸せ」


 俺が受け取ると、良子が横から笑う。


「出た、貸せ」


「うるさい」


「でも毎回それ言ってるよね」


 そうかもしれない。

 いや、かなりそうだろう。

 ひなや健太相手の“ちょっと見て”案件では、わりと高確率でそう言っている気がする。


 俺は紙の端を揃え、折り目を押し直し、ずれていた差し込み口を少し広げた。


「ほら」


「おお」


 ひなの“おお”は小さい。

 健太と違って音量が低い。

 だが、感心している時の質感は似ている。


「それで入る」


「うん」


 ひなが慎重に差し込む。

 入る。

 形が整う。


「できた」


「だから最初から説明書通りやれって」


「やったよ」


「やってない部分があるから俺に来たんだろ」


「ちょっとだけちがった」


 子どもは“ちょっとだけ”で説明しがちだ。

 実際には、ちょっとだけのズレが最後に全部を狂わせることも多いのだが。


 良子はそれを見ながら、スマホ片手に笑っていた。


「お兄ちゃんさ、ほんとこういうのやるよね」


「やらされてるんだよ」


「でもちゃんとやる」


「言い方が嫌だな」


「事実じゃん」


 ひなは完成した紙工作を両手で持って、満足そうだった。

 これで終わりかと思った。

 だが、当然それでは終わらない。


「おじさん、名前書くとこどこがいい?」


「まだあるのかよ」


「だっている」


「いるけど、自分で考えろ」


「でも、おじさんの方がちゃんとする」


 その評価、便利すぎるな。

 全部そこへ着地させるな。


 俺は工作の裏側を見て、余白の位置を指した。


「ここ」


「わかった」


 ひながそこへ名前を書く。

 字はまだ少し丸いが、前よりちゃんとしている。


 その時、台所の方から富子が声をかけてきた。


「太郎、ついでにお味噌汁見て」


「何でだよ」


「ちょっと手が離せないの」


「俺は別に味噌汁担当じゃないぞ」


「見ればわかるでしょ」


 その理屈は本当に雑だ。

 だが、焦げてからでは面倒なのも事実だ。


 俺は立ち上がって台所へ行き、鍋の火加減を見る。

 吹きこぼれてはいない。

 軽くかき混ぜる。

 戻る。


「大丈夫」


「ありがと」


 またそれだ。

 小さい用事。

 小さい確認。

 その一つ一つに呼ばれる。

 ここ最近、本当にこの流れが増えた。


 父が和室から出てきたのは、その時だった。


「太郎」


「何」


「さっきの封筒、机の上に置いといた」


「わかった」


 それだけのやり取り。

 短い。

 だが、今の父もかなり自然に俺へ言う。

 前より普通に“渡すべきものを渡す相手”として処理している感じがある。


 良子はそれを見て、何だか妙に満足そうな顔をしていた。


「ほんと、みんなお兄ちゃん経由するよね」


「やめろ、その言い方」


「でもそうじゃん」


 ひなも当然みたいに頷く。


「うん」


「お前まで乗るな」


「だってそうだもん」


 富子は台所から言う。


「いると助かるのよ」


 その一言が、予想していない角度から入ってきた。


 俺は少しだけ動きを止めた。


「……何」


「だから、いると助かるって言ってるの」


 富子の声はいつも通りだった。

 大げさでもない。

 しみじみもしていない。

 ただ味噌汁を見てもらったことと、ひなの工作を直したことと、そういう細かいものをまとめて、そのまま言っただけみたいな声音。


 だからこそ、妙に効く。


 良子が軽く笑う。


「それは本当」


 やめろ。

 追撃するな。


 ひなも静かに言う。


「うん」


 父は少しだけ黙っていたが、数秒後に短く言った。


「まあ、そうだな」


 その一言で、逃げ道がだいぶ減った。


 全員が同じ方向を向くな。

 こっちの処理能力を考えろ。


「……便利ってことだろ」


 俺は何とかそう返した。


 それならまだ流しやすい。

 便利。

 使える。

 役に立つ。

 そのあたりの雑な分類なら、受け流せる。


 だが富子はすぐ否定した。


「ちょっと違うわね」


 それが一番困る。


「何が」


「便利っていうより、あんたがいると回りやすいのよ」


 やめろ。

 言い換えるな。

 重さを増やすな。


 良子も真面目な声で言う。


「うん。

 便利って言うとなんか雑だけど、お兄ちゃんいると助かるのはほんと」


 ひなは少し考えてから、自分なりの言い方をした。


「ちゃんといるから」


 その言葉で、俺は少しだけ目を閉じたくなった。


 前にも聞いた。

 ひなの“ちゃんといる”。

 それが今、この流れの中に自然に混ざってくる。


 父はそれを聞いて、ほんの少しだけ笑ったようだった。


「まあ、そういうことだろ」


 やめろ。

 最後にまとめるな。


「……何なんだよ」


 思わずそう漏らす。


 こっちはただ、近いところの小さいことを少しずつ片づけているだけだ。

 大したことをしているわけじゃない。

 仕事をしているわけでも、何か大きく支えているわけでもない。


 それなのに、そういう言い方をされると困る。


 富子は鍋をかき混ぜながら言った。


「何って、本当のことでしょ」


 軽い。

 なのに重い。


 それ以上、反論できなかった。


---


 夕飯のあと、俺は自室へ戻った。


 ドアを閉める。

 椅子に座る。

 机の上のエナジードリンクに手を伸ばし、開ける。

 炭酸の音。


「……いると助かる、か」


 口に出してみる。


 便利、ならまだいい。

 使える、でもいい。

 それなら“機能”の話で済む。

 少し腹は立つが、処理はしやすい。


 だが“いると助かる”は違う。

 そこにいること。

 呼べること。

 返ってくること。

 そのへん全部をまとめている。


 つまり、役に立つかどうかだけじゃなく、存在の位置まで含まれている。

 それが重い。


「便利って言われるより、そっちの方がずっと重いんだよな……」


 思わずそう漏らした。


 たぶん富子はそこまで考えて言っていない。

 良子も、ひなも、父も。

 だからこそ余計に本音なのだろう。


 何かをしてくれる人。

 そこにいてくれると回る人。

 困った時に呼べる人。


 それが今の俺なのだとしたら、前の自分からはだいぶ遠い場所に来ている気がする。


 遠い。

 でも、嫌なだけではない。


「……面倒だよな」


 その結論だけは変わらなかった。


 面倒だ。

 とても面倒だ。

 重いし、落ち着かないし、期待されたくない気持ちもある。


 それでも、その言葉が夜まで残っている時点で、たぶん俺も完全には突っぱねられていないのだろう。


 部屋は静かだった。

 外の虫の声が少しだけ聞こえる。


 俺は椅子の背にもたれ、目を閉じた。


 “いると助かる”は、やっぱり重い。

 でも、重いからこそ、流せないのかもしれなかった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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