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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第5章 『頼るのはやめてほしい』

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「白狼77、お前は外野で楽しみすぎだ」



 外野というのは、だいたい楽しそうだ。


 野球の話ではない。

 いや、半分くらいは野球の話でもある。

 グラウンドの中で当事者が胃を痛めている時に限って、外から見ている人間は好き勝手なことを言う。

 「そこ振れよ」とか、

 「今のは行けただろ」とか、

 「次は打てるって」とか。

 言うだけなら簡単だ。


 人間関係もそれに似ている。


 当事者が一番面倒くさくて、一番落ち着かなくて、一番処理に困っている。

 なのに外から見ているやつほど面白がる。

 そしてその“外”がネット越しになると、無責任さに拍車がかかる。


 つまり何が言いたいかというと、白狼77はかなりうるさい。


 その夜、俺は自室で静かに削られていた。


 部屋は平和だった。

 机。

 ノートPC。

 小さく唸る扇風機。

 読みかけのラノベ。

 エナジードリンク。

 俺に必要なものはだいたい揃っている。


 現実の生活圏が最近うるさめだからこそ、夜の部屋はなおさら大事だ。

 ドアを閉めて、チャット画面を開いて、余計なことを考えずに文字だけでやり取りする。

 本来なら、それはかなり楽なはずなのだ。


 ただし、そこに白狼77がいなければ、という条件つきである。


 ログインしてすぐ、嫌な予感はした。


 白狼77。

 いる。

 にぼし姫。

 いる。


 この並びの時点で、だいたいろくなことにならない。


 案の定、最初の一投目から白狼77は雑だった。


『太郎って最近、明らかに生活圏イベント増えてるよな』


 やめろ。


 何だその雑な総括は。

 しかも否定しづらいのが腹立つ。


『知らん』

と返す。


『出た知らん』

『知らんじゃないんだよ』

と白狼77。


 にぼし姫が短く入る。


『前より外出てますよね』


 俺は画面を見たまま少し止まった。


 その言い方が、本当に毎回ちょうど嫌なところを突いてくる。


『出てない』

と返す。


『出てる』

と白狼77。


『出てます』

とにぼし姫。


 何なんだこの挟み撃ちは。


『何でお前らそんな把握してんだよ』


 それはかなり本音だった。


 白狼77が即座に返す。


『ログがあるから』


 そんなログはいらない。

 俺の生活圏イベント履歴を勝手に管理するな。


 にぼし姫も、さらっと追撃する。


『買い物内容も変わってきましたし』


 そこで俺は、ベッドへ少しだけ背を預けた。


 またそれだ。

 最近の買い物内容。

 生活感。

 補給から買い出し。

 本当に、この話題をよく拾う。


『お前それ好きだな』

と俺は返した。


『何がですか』

とにぼし姫。


『買い物内容の変化』


 送ってから、少しだけ後悔した。

 今のはだいぶ直接的だ。

 こっちが相手を気にして観測していることを、ほぼ自白している。


 白狼77が見逃すわけがなかった。


『はい出た』

『太郎、そこ気にして見てるんじゃん』


『うるさい』


『気にしてないやつは“好きだな”って言い方にならんのよ』


 正論やめろ。


 にぼし姫は少し間を置いてから、こう返した。


『変化って見てると面白いので』


 その一言が、何となく腹立たしく、何となく嬉しく、何となく落ち着かない。

 つまり一番困るやつだった。


『何が面白いんだよ』


『前はエナジードリンクとお菓子ばっかりだったのに、最近は牛乳とか洗剤とかプリンとか増えてるところです』


 細かい。

 観測が細かい。

 しかも具体的だ。


『近所のコンビニ店員かよ』

と白狼77。


 俺は本気でスマホを取り落としかけた。


『やめろ』

と即返す。


『何が?』

『今の反応でむしろ答え寄りなんだけど』

と白狼77。


 にぼし姫が短く言う。


『たまたま詳しいだけです』


 もうそれ、逃げる気あるのか?


『たまたまでそこまで把握しないだろ』

と白狼77。


『興味があると見ますよ』

とにぼし姫。


 その“興味がある”が、妙に引っかかった。


 誰に。

 何に。

 買い物内容にか。

 生活の変化にか。

 俺に、か。


 そこまで考えてしまった時点で、だいぶ白狼77の思う壺である。


『太郎、今かなり黙ったな』

と白狼77。


『黙ってない』

と返す。


『その返しの遅さでわかる』


 うるさい。

 本当にうるさいなこいつは。


 俺はエナジードリンクを一口飲んだ。

 炭酸の刺激で少しだけ頭を冷やす。


『お前さ』

と俺は打った。


 少し止まる。

 誰に向けてだ。

 白狼77か。

 にぼし姫か。

 両方か。


 結局そのまま送る。


『どっちに言ってるの』

と白狼77。


『どっちでもいい』

と返す。


『雑だなあ』

『でもそういう時はだいたい、にぼし姫の方なんだよな』

と白狼77。


 ほんとに、こいつは変なところだけよく見ている。


『違う』

と打つ。


『違わないだろ』

『お前、にぼし姫相手だけ反応の温度違うもん』


 そこへ、にぼし姫がまた短く入る。


『そこはまあ、わかります』


 やめろ。


 お前まで乗るな。

 そこへ合意形成を持ち込むな。


『何がわかるんだよ』


『反応の違いです』


 それが一番困る。


 自分の反応を、相手本人に観測されている。

 しかもそれを、わざわざ言葉にされる。

 白狼77の雑な茶化しより、そっちの方がよほど効く。


 白狼77は完全に楽しそうだった。


『おいおい、にぼし姫がちゃんと殴りにきてるじゃん』

『太郎もう無理だろこれ』


『無理って何が』

と俺は返す。


『しらばっくれもだよ』


『別にしらばっくれてない』


『いや、お前ずっとそうだろ』

『“ほぼわかってるけど確認したら負けな気がする”って顔してる』


 俺は少しだけ黙った。


 たぶん、その通りだった。

 しかも“顔してる”と言われたのに、相手は画面越しだ。

 それでも見抜かれている感じがするのがさらに嫌だ。


 にぼし姫が言う。


『確認したら負けって、変な考え方ですね』


『面倒なんだよ』

と俺は返した。


『何が』

と白狼77。


『全部だよ』


『雑』

と白狼77。


『でも正しいです』

とにぼし姫。


 その補強はいらない。


『太郎、結局どうなったら一番面倒なん?』

と白狼77。


 やめろ。

 深掘りするな。


 だが、こういう時に限って、こちらも少しだけ本音が出る。


『今の距離が変わるのが面倒』


 送ってから、少しだけ天井を見た。

 かなり言ったな、今のは。


 白狼77がすぐ食いつく。


『おおー』

『本音出た』


『うるさい』


 にぼし姫は少しだけ間を置いてから返した。


『今の距離って、そんなに悪いですか』


 その一言で、また俺は止まる。


 悪いわけではない。

 むしろ、たぶん悪くない。

 だから困るのだ。


『悪くないから面倒なんだよ』

と返す。


 白狼77が笑う。


『何その哲学』

『でもまあ、わかる』


『お前はわからなくていい』


『外野だからな』

と白狼77。


 そこだけは本当にその通りだった。


『外野は楽しそうでいいよな』

と俺が打つ。


『楽しいよ?』

と白狼77。


 即答するな。


『最悪だなお前』


『だって当事者じゃないし』

『一番面白い席だろ』


 清々しいまでの外野発言である。

 こいつ、本当に一切隠さないな。


 にぼし姫がそこで珍しく少し長めに打ってきた。


『でも、外から見てると、太郎さんが思ってるよりずっと普通に見えますよ』


 俺は少しだけ眉をひそめた。


『何が』


『生活してる感じも、人と関わってる感じも』

『そんなに不自然じゃないです』


 その言葉は、白狼77の茶化しとはまるで違うところへ落ちてきた。


 面白がっていない。

 ただ、本当にそう見えていると伝えてくるだけ。

 それが、むしろ効く。


 俺はしばらく考えてから返した。


『普通って何だよ』


 にぼし姫はすぐには返さなかった。

 数秒。

 十秒。

 そのくらい。


『うまく言えませんけど』

『前よりずっと、ちゃんとそこにいる感じです』


 その表現に、俺は少しだけ息を止めた。


 ちゃんとそこにいる感じ。


 ひなが時々言う“ちゃんといる”に近い。

 なのに、にぼし姫の言い方だと少しだけ違う。

 生活圏の中で、逃げずに、雑にでも、そこに存在している感じ。

 たぶん、そういうことだ。


 白狼77が珍しく少し静かになってから言う。


『それはまあ、わかる』


 お前が真面目になるな。

 調子が狂う。


『外野なのに』

と俺が返すと、白狼77がすぐ戻った。


『外野だからこそ見えることもあるだろ』


 それも少しだけ正しいのが癪だった。


 しばらく三人とも黙った。

 チャットなのに、沈黙がある。

 だが、その沈黙は妙に嫌ではなかった。


 俺は最後にこう打った。


『お前は外野席で楽しみすぎだ』


 もちろん白狼77への言葉だ。


『否定しない』

と白狼77。


『でも太郎、それ言うってことは、もうだいぶ進んでるよ』


 何がだ。

 そう思ったが、聞かなかった。

 聞くとまた面倒そうだった。


 にぼし姫は短くこう返した。


『まあ、外野がうるさいくらいがちょうどいい時もあります』


 その締め方も、やっぱり少しだけずるい。


 結局、白狼77は最後まで外野として楽しそうで、俺は最後まで当事者として少し削られていた。

 それでも、今日のやり取りの中には、いつもより少しだけ、落ち着いたものもあった気がする。


 外野はうるさい。

 だが、うるさいだけで終わらない夜もあるらしい。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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