↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第5章 『頼るのはやめてほしい』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/95

「父は父で、俺の扱いがうまくなってきたようだ」



 人に何かを頼む、というのは案外むずかしい。


 頼み慣れている人は、たぶんそう思わないのだろう。

 「これお願い」

 「ついでにそれも」

 「あとでやっといて」

 そういう言葉を、呼吸と同じくらい自然に投げられる人が世の中にはいる。


 うちで言えば、富子がそうだ。

 あの人の依頼は軽い。

 軽いくせに回避しづらい。

 そして気づけば数が増えている。

 かなり厄介なタイプの“頼める人”である。


 一方で、父は違う。


 父の頼み方は昔から少し硬かった。

 というか、そもそも俺に何かを頼むこと自体が少なかった。

 必要なら自分でやるし、言うにしても少し遠回りだった。

 「これ、わかるか」

 「ちょっと見られるか」

 そういう、頼んでいるようでまだ少し距離がある言い方。


 だからこそ、その日の一言は妙に残った。


 その日の午後、俺はリビングでだらだらしていた。


 だらだら、というのは重要だ。

 最近の俺は前より外へ出ることも増えたが、それでも“何もしていない時間”は大事である。

 ただ座っている。

 テレビは点いているが、そんなに見ていない。

 スマホも見るが、真剣ではない。

 そういう、行動と停止のあいだみたいな時間。


 父は和室にいた。

 帰省の荷物を少し整理しているらしく、紙袋の音やファスナーの音が時々聞こえる。


 富子は台所。

 良子とひなはまだ来ていない。

 健太の襲来もない。

 つまり、かなり平和寄りの午後だった。


 その平和を、父の声が少しだけ揺らした。


「太郎」


「何」


 返事はしたが、まだ顔は向けない。

 このくらいの距離感がちょうどいい。


「ちょっとこれ頼む」


 俺はそこで、少しだけ動きを止めた。


 今の言い方。

 妙に自然だったな。


 父が和室から出てきて、手にしていたのは小さな紙袋だった。

 中には何か箱みたいなものが入っている。


「何これ」


「向こうで使ってる髭剃りの替刃。

 この前買ったやつが違ってたらしくてな」


「へえ」


「駅前の電器屋で合うの見てもらいたい」


 なるほど。

 内容としては普通だ。

 特に重くない。

 日常的な用事。

 だが問題はそこではない。


 父が今、かなり自然に

**「ちょっとこれ頼む」**

と言ったことだ。


 頼み方が、妙に普通だった。


 昔ならもう少し前置きがあったかもしれない。

 これ見られるか、とか。

 時間あるか、とか。

 今はそれがない。

 “頼む”が、もう会話の中へそのまま入ってきている。


「今日行くならついででいい」


 父が続ける。


「行かなきゃそのうちでいい」


 そこも、妙に自然だ。

 押しつけではない。

 だが遠慮しすぎてもいない。

 頼み方としてちょうどいいところへ来ている。


 俺は紙袋を受け取った。


「……まあ、あとで行く」


「そうか」


 それで終わった。


 終わったのだが、その短いやり取りの中に、妙な引っかかりが残る。


 父はそれ以上、何も言わず和室へ戻った。

 俺は紙袋を膝の上に置いたまま、しばらくぼんやりしていた。


「何その顔」


 台所から富子が言う。


「別に」


「別にじゃないでしょ。

 今ちょっと止まってたわよ」


「気のせいだ」


「お父さんに頼まれたから?」


 その言い方が、いちいち鋭い。


「……何でもない」


「ふうん」


 富子はそれ以上突っ込まなかった。

 そこがこの人のうまいところでもある。

 気づいていても、必要以上にはいじらない。


 だが、俺の中では少し残った。


 父は父で、俺を使うのがうまくなってきたのではないか。

 そんな言い方はひどい気もするが、かなり本質に近い。

 “頼り方”が自然になってきているのだ。


 それがいいことなのかどうかは、まだ少し判断がつかなかった。


---


 夕方、俺は駅前の電器屋にいた。


 紙袋の中の替刃を持って、店員に型番を確認してもらう。

 こういう作業自体は大したことじゃない。

 むしろ、目的が明確な買い物は気が楽だ。


「こちらですね」


 店員が棚から持ってきた箱を見て、俺は紙袋の中の型番と見比べる。

 たしかに違っていた。

 父が間違えたというより、たぶん売り場の表記がわかりづらかったのだろう。


「これでいいです」


 会計。

 袋を受け取る。


 それだけ。

 本当にそれだけの用事だ。


 なのに、店を出たあとで少しだけ考えてしまう。


 この“それだけ”の用事を、父は今まではあまり俺に回してこなかった。

 向こうで使うものなら自分で何とかしたかもしれないし、違う替刃を買ったこと自体をそのまま流したかもしれない。


 それを今は、普通に

**これ頼む**

で渡してきた。


 深い意味はないのだろう。

 たぶん、本当にない。

 それでも、人との関係というのは、こういう小さい頼み方の変化に出る。


 重い話なんか一切していない。

 和解っぽいこともない。

 ただ、生活の中の細かいタスクが少しずつ共有される。

 それだけで、距離というのは案外変わるのかもしれない。


 帰りに、富子に頼まれていた洗剤も買った。

 どうせ駅前に出たなら、というやつだ。

 ついでの範囲が広いのはもう諦めている。


---


 家へ戻ると、父は和室で本を読んでいた。


「買えた」


 俺が紙袋を持って言うと、父はすぐ顔を上げた。


「おう」


 立ち上がる。

 袋を受け取る。

 箱を見る。

 型番を見る。


「これだな」


「前のと一文字違ってた」


「そうか」


「見づらかったぞ、棚」


「やっぱりそうか」


 父が少しだけ納得した顔をした。

 この“やっぱり”も何となくわかる。

 自分の見落としというより、売り場のわかりにくさだと思いたい気持ち。

 買い物ではよくある。


「ありがとな」


 父が言った。


 その一言は短かった。

 だが、それで十分だった。


「別に」


 俺も短く返す。


 いつもの言葉。

 だが、今日はそれでちょうどよかった。


 そこへ良子とひなが来た。

 玄関の開く音。

 足音。

 そして良子の第一声。


「お兄ちゃん、今帰ったの?」


「帰ったよ」


「何してたの」


 父が何でもない顔で言う。


「ちょっと頼みごと」


 それだけだ。

 だが、それだけで良子は察した顔になる。


「へえ」


 こいつ、本当に顔色を読むのが早いな。


「何だよ」


「いや、別に」


 お前までその返しを使うな。


 ひなが俺の袋を見て言う。


「おじさん、お買い物?」


「そうだよ」


「また頼まれたの?」


「まあな」


 ひなは特に不思議がりもせず頷いた。


「おじさん、そういうの多いね」


「最近な」


「でも、やるもんね」


 その言い方もまた、妙に自然だった。

 責めてもいない。

 褒めてもいない。

 ただ、そういう人だと認識しているだけ。


 良子が靴を脱ぎながら言う。


「お兄ちゃんさ」


「何」


「なんかほんと、最近“頼めば動く人”として完成してきたよね」


「うるさい」


「いや、悪い意味じゃなくて」


「悪く聞こえるんだよ」


 父がそこで、本当に何でもない調子で言った。


「前より頼みやすいのはあるな」


 俺は少しだけ言葉に詰まった。


 父の口からそれが出るのか。

 しかも、そんなに平然と。


 良子も一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐ笑う。


「え、何それ。

 お父さんからそういうの出るんだ」


「本当のことだろ」


 父は短く言う。


 それ以上でもそれ以下でもない、という顔だ。


 だが、こっちはその程度の一言でかなり揺れる。


「……頼みやすいって何だよ」


 思わずそう返すと、父は少しだけ考えてから言った。


「言えば動くし、変に放りもせんだろ」


 それは、たぶん褒め言葉だった。

 かなり父なりの、だが。


 言えば動く。

 変に放らない。


 派手さはない。

 だが、生活の中ではたしかに大事な評価だ。


 ひながそこで静かに頷く。


「うん」


「お前までうなずくな」


「だってそうだもん」


 最近、ほんとにこのパターンが多いな。


 良子はにやにやしている。


「お兄ちゃん、今日ちょっと効いてるね」


「効いてない」


「効いてるって。

 顔が“どう処理していいかわかんない”時のやつだもん」


 それは否定しづらかった。


---


 夜、自室へ戻る。


 ドアを閉める。

 椅子に座る。

 静かだ。


「頼みやすい、ね……」


 思わず口に出る。


 父にそう言われるのは、妙に変な感じだった。

 昔なら、まず出てこなかった言葉だろう。

 そして今の俺も、まだそれを素直には受け取れない。


 だが、嫌だったかと言われると、そこも少し違う。


 頼りやすい。

 言えば動く。

 放らない。


 そういう評価は、以前の俺からするとかなり遠い場所にあった気がする。

 少なくとも、家の中では。


「……父は父で、俺を使うのがうまくなってきたんだよな」


 少しひどい言い方だ。

 だが、本質でもある。


 頼み方が自然になった。

 遠慮が減った。

 それはつまり、父の中でも“こっちへ振って大丈夫な用事”として俺が少し定着してきたということだ。


 そして、俺もそれを前ほど構えず受けている。


「同じ家の大人、か」


 ぽつりと呟く。


 親子だとか、父と息子だとか、そういう重い言葉を経由しなくても、家の中には別の関係の形があるのかもしれない。

 同じ家にいる大人。

 役割が少しずつ分かれていて、必要な時は短く頼んで、終われば礼を言う。


 それなら、まだやりやすい。


 感動するほどの話ではない。

 劇的でもない。

 でも、そういう“小さい普通”の積み重ねの方が、今の俺たちには合っている気がした。


 机の上のエナジードリンクを手に取る。

 開ける。

 炭酸の音。


「……まあ、悪くはないか」


 その結論が出るまでに、思ったより時間がかかった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

下部の☆☆☆☆☆より評価をいただけると大変励みになります。


★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。