↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第4章 『近所の平和は担当外なんですが…』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/95

エピローグ 「帰る場所はここだった」



人には、帰る場所が必要だ。


大げさな意味ではない。

魂がどうとか、人生がどうとか、そういう話ではなくて、もっと単純で、もっと現実的な意味で。


疲れた時に戻る場所。

人と話しすぎたあと、声を落とせる場所。

物の位置が自分のルールで決まっていて、座る場所と、飲み物を置く場所と、充電ケーブルの位置まで把握している場所。


そういうものが一つあるだけで、人は思っているより長く外に出られる。


俺にとって、それはずっと自室だった。

そしてその日も、やはり一日はそこへ帰ってくるために使われている気がした。


朝から、うるさかった。


朝というのは本来、静かなものであるべきだ。

少なくとも休日くらいは。

だが、最近の佐藤家において、その理屈はかなり弱い。


「太郎ー」


まず富子だ。

朝一番に人を呼ぶ声としては、だいぶ遠慮がない。


俺は二階のベッドの上で目を開けた。

カーテンの隙間から入る光。

まだ眠い。

だが一階からの呼び声というのは、聞こえた以上、無視しづらい。


「何」


「ちょっと見て!」


その“ちょっと見て”が信用できないことは、もう何度も学んでいる。

俺は起き上がり、階段を下りた。


リビングでは、父が和室のエアコンのリモコンを持っていた。

富子はその横。

嫌な予感が二重にする。


「何」


「和室のエアコン、風がちょっと変なのよ」


来た。

しかも、父帰省中にちょうどいい感じで発生する家電トラブルである。


父が言う。


「つかないわけじゃない」


「でも何か弱いのよねえ」


「設定だろ」


リモコンを受け取る。

モード。

風量。

タイマー。

フィルターサイン。


「あー……」


見つけた。

風量自動になっているだけだった。


「これ」


「何?」


「自動になってる」


富子が首をかしげる。


「それが悪いの?」


「悪くはないけど、今の温度だとたぶん中途半端に弱くなる」


「へえ」


父が横から言う。


「その辺はよくわからん」


「わからなくていい」


「言い方」


富子が笑う。

ひなならここで“おじさんちょっとつよい”とか言いそうだな、と一瞬思った。


風量を強めに固定する。

動く。

風が出る。


「あ、出た」


「だから設定だって」


父が小さく頷く。


「助かった」


最近、この“助かった”を父が普通に言うようになった。

慣れない。

だが、前ほど受け取りづらくもない。


「別に」


それでも返しは変わらない。

今はまだそれでいい気がする。


富子がそこで言った。


「じゃあついでに、帰りに醤油買ってきて」


「何のついでだよ」


「さっきエアコン見たついで」


「ついでの単位が広すぎるだろ」


朝からそれを言うのか。

と思ったが、もう最近はそういう日常に慣れつつある。

慣れたくはなかったが、慣れてしまったものは仕方ない。


---


朝食のあと、父は和室で荷物を少しまとめ始めた。

帰省も終盤である。


その空気だけで、家の中に少しだけ“戻る前の整理”の感じが出る。

別にしんみりするほどではない。

だが、ずっといる前提でもない、という事実がわずかに見える。


俺が二階へ戻ろうとしたところで、玄関が開いた。


「おはよー!」


健太。

元気だな。

朝からその声量は反則だろ。


「何しに来た」


「ひなにこれ見せる」


そう言って掲げたのは、ミニ四駆でもカードでもなく、なぜか自由研究っぽい紙だった。

最近こいつの興味の方向は本当に読めない。


その後ろから、ひなも来る。

良子もいる。

つまり、今日もうるさい日は確定した。


「おじさん、おはよう」


「おう」


「今日、けんたのこれ見る?」


「見ない」


「何で!」


「朝から自由研究のテンションじゃない」


健太は不満そうだったが、ひなはもう慣れた顔で良子の横へ行く。

この“断られても平気”感も、ある意味で距離が近くなった証拠なのだろう。


良子が俺を見る。


「お兄ちゃん、あとで醤油買いに行くなら、ついでにプリンもよろしく」


「またついでかよ」


「だって行くんでしょ」


「行くけど」


「じゃあいいじゃん」


良くない。

でも、反論の材料も少ない。


ひながそこへさらに重ねてくる。


「グミも」


「お前らな……」


父が和室から少し顔を出して、そのやり取りを見ていた。

前ならこの構図が少し気まずかったかもしれない。

今は、父ももう“そういう流れ”として見ている感じがある。


「にぎやかだな」


父が言う。


「うるさいだけだよ」


「違うよ」


ひなが即座に言う。


「にぎやか」


このへんの評価の違いが、最近少しだけ面白くなってきている自分もいる。


---


昼前、俺は結局、買い物袋を提げて外へ出ていた。


醤油。

プリン。

グミ。

ついでに牛乳。

そして当然、自分のエナジードリンク一本。


家の中で頼まれた物と、自分で必要な物が同じ袋に入っている。

この構図も、前の俺ならかなり嫌だったかもしれない。

生活感が濃くなるから。


だが、今はもう、嫌というより慣れが先に来る。


道を歩きながら思う。

俺は最近、本当によく外へ出るようになった。

コンビニ。

スーパー。

ホームセンター。

祭り準備。

駄菓子屋。

公園。

父との買い出し。


全部、遠くではない。

生活圏の中だけだ。

それでも以前より、だいぶマップは広がった。


コンビニへ入る。

レジへ向かう。


当然のように、凛がいる。


もう最近、この“当然のように”が嫌だ。

嫌だが、事実でもある。


「いらっしゃいませ」


「……どうも」


この返しも変わらない。


商品を置く。

醤油。

牛乳。

プリン。

グミ。

エナドリ。


凛がそれを見て、いつもの温度で言う。


「今日は、家の買い物多めですね」


「まあ」


「前よりそういう日増えましたよね」


そこを見ているな、本当に。


「……増えたかもな」


素直にそう返してしまった。

否定する気にもならなかった。


「大変そうです」


凛が言う。


「面倒ではある」


「でも来てますよね」


その一言に、少しだけ笑いそうになる。


「来ないと物が減るからな」


「たしかに」


この“たしかに”が、妙に心地よかった。

共感というには小さい。

だが、“生活はそういうものですよね”くらいの温度がある。


会計を済ませる。

袋を受け取る。


「ありがとうございました」


「……どうも」


出る間際、凛が何でもない顔で言った。


「帰る場所があると、そのくらいはできますよね」


俺は一瞬だけ足を止めた。


振り向く。

凛はもう次の客へ向いている。

ただの独り言みたいにも聞こえるし、こちらへ向けた一言にも聞こえる。


何なんだそれは。

にぼし姫っぽい。

いや、凛がそう言ったのだから凛っぽいのか。

もう自分でもわからなくなる。


「……何なんだよ、ほんと」


外へ出てから、小さく呟く。


だが、その言葉自体は妙に残った。

帰る場所があると、そのくらいはできる。

たしかに、そうなのかもしれない。


---


家へ戻ると、また細かいことがいくつか重なった。


富子が醤油を受け取る。

良子がプリンを冷蔵庫へ入れる。

ひながグミを確認する。

健太が自由研究を机に広げる。

父が和室から「この袋いらんか」と古い紙袋を出してくる。


全部、小さい。

小さいが、それぞれが少しずつ俺へ接続してくる。


「おじさん、これどこ置く?」


「そこじゃない」


「お兄ちゃん、プリン名前書く?」


「書かなくていいだろ」


「けんた、紙ひろげない!」


「だって見せるんだもん!」


「太郎、この袋は捨てていいか」


「見せて」


口が勝手に動く。

返事が増える。

いちいち全部に反応している自分に、少しだけ驚く。


前なら、もっと早く二階へ逃げていたかもしれない。

今も逃げたい気持ちはある。

あるが、全部を振り切って消えるほどでもなくなっている。


ひなが俺を見上げて言った。


「おじさん、今日もちゃんといるね」


「その評価、ほんと好きだな」


「だってそうだもん」


健太も横から言う。


「使えるしね」


「それは言い方を考えろ」


「褒めてる!」


子どもの褒め方は本当に雑だ。

だが、雑なだけで悪意はない。


父がそれを聞いて、少しだけ笑った。


「人気だな」


「やめてくれ」


人気、ではない。

単に小さい用事が集まってくるだけだ。


だが、集まってくるということは、まあ、存在が前提になっているということでもある。


それは少しだけ重く、少しだけありがたい。


---


夕方になって、ようやく家の中が少し静かになった。


健太は帰り、良子とひなも一度家へ戻る。

父は荷物の最終確認。

富子は夕飯の支度。


その隙に、俺は二階へ上がった。


ドアを閉める。

静かだ。


「はあ……」


深く息を吐く。


今日もうるさかった。

家の中でも、外でも、細かい接続が途切れなかった。


エアコン。

買い物。

プリン。

自由研究。

父の荷物。

凛の一言。


どれも大事件ではない。

どれも、本当に小さい。


だが、一日というのは案外そういう小ささの連続でできている。

そして今の俺は、その小ささの中に前より少し長く立っていられるようになっている。


椅子に座る。

机の上のエナドリを開ける。

炭酸の音。


外へ出るようになった。

近所のことも少し増えた。

父とも前より少し話す。

子どもたちにはかなり懐かれている。

梅子さんには戦力扱いされ、凛にはなぜか時々核心っぽいことを言われる。


面倒だ。

うるさい。

落ち着かない。


でも、それは全部、自室へ戻ってこられる前提で起きていることでもある。


この部屋はまだ俺の部屋だ。

結界は薄くなったかもしれない。

避難所扱いもされた。

秘密基地とも言われた。

それでも、最後に戻ってくる場所としての意味は消えていない。


むしろ、外へ少し広がったからこそ、戻る場所としての輪郭がはっきりした気もする。


俺は背もたれに体重を預け、目を閉じた。


「家の外まで少し広がった」


小さく言葉にしてみる。


ホームセンター。

駄菓子屋。

祭り。

駅前。

スーパー。

ドラッグストア。

ほんの少しの生活圏。

でも、以前の俺からすれば十分広い。


「……でも」


そこで一度言葉を切る。


でも、帰ってくる場所がこの部屋のままなら。

充電ケーブルの位置も、棚の並びも、椅子の軋み方も、机の角の傷も、自分のものとして知っているこの場所がまだあるなら。


「帰ってくる場所がこの部屋のままなら、たぶんまだやれる」


その一言は、思っていたより自然に出た。


前向きすぎるわけではない。

希望に満ちてもいない。

ただ、今日までの自分を振り返った時に、一番しっくりくる言い方だった。


外へ少し出る。

面倒なこともある。

気まずいことも増える。

でも、戻る場所がある。


それなら、また明日も少しだけならやれるかもしれない。


そう思えるだけで、今は十分だった。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

下部の☆☆☆☆☆より評価をいただけると大変励みになります。


★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。