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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第4章 『近所の平和は担当外なんですが…』

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「俺の部屋、避難所扱いされる」



 部屋には、本来ひとつの役割がある。


 休む。

 閉じる。

 外を遮断する。

 少なくとも俺にとって、自室とはそういう場所だった。


 誰にも見られない。

 誰にも入られない。

 好きな物だけがあって、好きな順番で積まれていて、好きな音量で動画を流せる。

 世界から少しだけ距離を取るための、最後の安全地帯。


 つまり結界である。


 そして結界というものは、本来、外の人間から守るために張るものだ。

 間違っても、近所の小学生や姪や、その親や、場合によっては父親まで含めて“なんとなく落ち着く場所”として認識されていいものではない。


 なのに最近、どうもその方向へ話が進んでいる気がする。


 その日も、発端は天気だった。


 昼過ぎから空が妙に暗いと思っていたら、案の定、夕方前に一気に降り始めた。

 夏の終わり特有の、遠慮のない雨である。

 最初はぱらつく程度だったのに、気づけば庭の土を叩き、窓ガラスを白く曇らせ、屋根をうるさく鳴らしていた。


 俺は二階の自室にいた。

 机。

 ノートPC。

 エアコン。

 薄暗い部屋。

 素晴らしい。


 雨の日の部屋というのは悪くない。

 外へ出なくていい理由が天候側から供給されるし、生活音も雨が適度に飲み込んでくれる。

 こういう日は、部屋にいることがより正当化される気がする。


「今日は平和だな……」


 小さく呟いた、その数分後である。


 階下から、複数の足音と声が聞こえた。


 嫌な予感しかしない。


「うわ、すご!」


 健太。

 まずこいつがいる時点で平和ではない。


「びしょびしょ」


 ひな。

 いるのか。


「ちょっと待って、タオル出すから!」


 良子。

 なるほど。

 どうやらどこかの帰りに降られたらしい。


 俺は椅子の上で止まった。


 嫌な予感の輪郭が濃くなる。

 この流れはよくない。

 リビングが混む。

 濡れた子どもが騒ぐ。

 良子が対応する。

 富子がタオルを出す。

 そして、たいていそのあと“二階の方が静かじゃない?”みたいな話になる。


 やめろ。

 来るな。


 しかし、人生はたいていこちらの祈りを聞かない。


 ドアの外で、ひなの声がした。


「おじさん」


「駄目だ」


 返す速度だけは早かった。


「まだ何も言ってない」


 言わなくてもわかる。


「下、うるさい」


 ほら来た。


「それはお前らがうるさいからだろ」


「でも、ちょっとだけ」


 子どもの“ちょっとだけ”は信用してはいけない。

 この教訓はもはや人生レベルで刻まれている。


 ドアの外で健太も言う。


「おじさんの部屋の方がいい!」


「お前の“いい”は危ないんだよ」


「何で!」


「何でもだ」


 そこへ良子の声が混ざる。


「お兄ちゃん、下、洗濯物とか広げててちょっと狭いの。

 少しだけ上いさせて」


 “少しだけ”の多重詠唱やめろ。


 だが、良子の言うこと自体はわからなくもない。

 濡れた子ども二人。

 リビングにはタオルと着替え。

 富子も動いている。

 そこへ子どもがさらに騒いだら、たしかに少し面倒ではある。


 面倒の押しつけ先が俺の部屋であることに納得はいかないが、理屈はある。

 理屈があると、人は断りにくい。


 俺は天井を見た。


「……十五分」


「やった!」


 健太。

 お前が一番早い。


「走るなよ」


「わかった!」


 信用できない返事だった。


 ドアを開ける。


 ひなはすでにタオルで頭を拭いていて、健太は靴下だけ履き替えていた。

 良子は予備のタオルを腕にかけている。


「ほんとにちょっとだけだから」


「お前の“ほんとに”もあまり信用してない」


「そこまで言う?」


「今までの積み重ねだろ」


 それでも、良子の顔は少しだけ本当に悪いと思っている感じもあった。

 そこまで追い返すほどでもない。


 ひなは慣れた顔で部屋へ入る。

 もうほとんど迷いがない。

 健太は当然、秘密基地に入るみたいなテンションだ。


「うわー、やっぱここ落ち着く!」


「俺の部屋だぞ」


「だからでしょ」


 その返しは意味がわからない。


 ひなはベッドの端に座って、タオルで髪を拭きながら言う。


「下、さわがしいもん」


「それはそうだな」


 部屋の中に三人。

 以前なら、かなり落ち着かなかったはずだ。

 今も落ち着かないことは落ち着かない。

 だが、“人がいること自体”への拒否感は、前より少し薄い気がする。


 それがまた、少し複雑だった。


 健太は棚を見て回りそうな気配を出したので、即座に止めた。


「勝手に触るな」


「見てるだけ!」


「その言葉も信用してない」


「何なら信用するの」


「静かに座ってること」


「むずい」


 そうだろうな。


 良子は床へ座って、濡れた傘を廊下へ置いた。


「ほんと助かった。

 あのまま下だとひなも健太くんもずっとわちゃわちゃしてたから」


「今もしてるだろ」


「でもちょっと落ち着いてる」


 たしかに、下のリビングよりはマシだ。

 部屋が狭い分、逆に動き回れない。

 それが静けさに繋がっているのかもしれない。

 不本意だが。


 ひなが本棚の方を見て言う。


「おじさん、これまだよんでるの?」


「積んでるだけだ」


「よんでないの?」


「読む予定はある」


「その予定はいつ?」


「うるさいな」


 積み本の概念を子どもへ説明してもたぶん伝わらない。

 いや、大人にも伝わらない人は多いが。


 健太は机の横の古いコントローラーを見ていた。


「これ前のやつ?」


「前のやつだ」


「またできる?」


「今日はやらない」


「何で!」


「濡れてるだろお前」


「あ、そっか」


 たまにそういうところだけ素直だな。


 外ではまだ雨が強く降っていた。

 窓を打つ音。

 少し暗い光。

 部屋の中には、タオルの湿った匂いとエアコンの風。


 その時、ドアが軽く叩かれた。


「太郎」


 父だった。


 俺は一瞬だけ身構える。

 何だ。

 何の用だ。


「何」


「タオル、足りるか」


 ドア越しの声は短かった。

 それだけだった。


 良子が先に答える。


「大丈夫。ありがと」


 父はそれで去るかと思ったが、少しだけ間があってから、ドアが少し開いた。


「……入るぞ」


 いや、もう半分入ってるだろ。


 父が部屋の中を見る。

 視線がひな、健太、良子、そして俺の順に動く。


 数秒。

 その数秒だけで、妙に落ち着かなかった。

 父が俺の部屋を見る機会自体はゼロではない。

 だが、こうして“俺の部屋に他人が自然にいる状態”を見られるのはまた別だ。


「何だ、その顔」


 思わず言うと、父は小さく首を振った。


「いや」


「いや、じゃないだろ」


「賑やかな部屋だなと思って」


 その一言に、部屋の中の空気が一瞬だけ止まった。


 健太は意味もなく嬉しそうだし、ひなは当然みたいな顔をしているし、良子は少しだけ笑いをこらえている。


 俺だけが処理に困る。


「……元はそういう部屋じゃない」


「今はそう見える」


 父はそれだけ言って、タオルをドアのところへ置いた。


「雨、まだ強いから、もう少しここにいればいい」


 それもまた、何だか妙な感じだった。

 父が、俺の部屋を子どもたちの一時避難所として普通に認識している。

 数年前の俺が聞いたら、かなり嫌な顔をしただろう。


 だが今の俺は、嫌というより、妙に落ち着かないだけだった。


 父が下へ戻ると、良子がすぐ言う。


「お父さん、ちょっと面白がってたね」


「やめろ」


「だって“賑やかな部屋”だよ?」


「事実かもしれないけど言われると嫌なんだよ」


 ひながきょとんとする。


「なんで?」


「……何となく」


「へんなの」


 それはそうだ。


 健太は窓の外を見ていた。


「でもここ、雨の日いいね」


「何だそれ」


「なんか秘密基地っぽい」


「お前はそればっかりだな」


 ひなはもう少し静かだった。


「ひなは、ここ、なんかあんしんする」


 その言い方の方が、たぶん少し強い。


 秘密基地ではなく、安心する。

 その評価は、思っているよりずっと部屋の意味を変えてしまう。


 俺は視線を少し逸らした。


「……そうかよ」


 それしか出ない。


 たしかにこの部屋は、俺にとってはずっと安全地帯だった。

 外から逃げて、閉じて、好きなものだけで呼吸を整える場所だった。


 それが今、子どもにとっても“少し落ち着く場所”として機能している。

 それはたぶん、悪いことではない。

 でも、昔の俺からするとかなり想定外だった。


 十五分のつもりが、雨が弱まるまで三十分くらいかかった。

 結局、ひなは本を一冊めくり、健太はゲーム棚を遠くから眺め、良子はスマホを見ていた。


 騒がしすぎるわけでもない。

 妙に穏やかだった。


 だからこそ、少しだけ複雑だ。


 雨がようやく弱まってきた頃、良子が立ち上がった。


「じゃ、そろそろ下戻ろうか」


「えー」


 健太が不満を言う。


「何でだよ」


「雨弱くなったし。

 あと、おじさんの部屋は避難所じゃないから」


「今さらだな……」


 俺が言うと、良子が笑う。


「いや、でも半分くらいそうなってるでしょ」


「認めるな」


 ひなはベッドから降りて、当然みたいにタオルをまとめた。


「おじさん、ありがと」


「別に」


「また雨ふったら来るね」


「そういう予約はいらない」


 健太も元気に言う。


「おじさんの部屋、やっぱ当たり!」


「その評価ほんとやめろ」


 子どもたちが出ていく。

 良子は最後に、少しだけ優しい顔で言った。


「でも、前ならもっと嫌がってたでしょ」


「……うるさい」


「うるさくないよ。

 だいぶ変わったって」


 その一言だけ置いて、良子も下りていった。


 ドアが閉まる。

 静かになる。


 部屋に残ったのは、少し湿った空気と、ずれたクッションと、まだ温かい人の気配だった。


 俺は椅子に座り、背もたれへ体を預けた。


「賑やかな部屋、ね……」


 父の言葉を思い出す。


 昔の俺なら、その評価をかなり嫌がっただろう。

 結界にひびが入ったみたいで。

 最後の安全地帯が曖昧になったみたいで。


 だが今は、そこまでではない。

 むしろ、“帰る場所”としての部屋の強さはそのままに、少しだけ他人を休ませる余地ができてしまった感じだ。


 それがいいことなのかどうかは、まだよくわからない。

 ただ、完全に嫌ではなかった。


「……避難所あつかいは勘弁してほしいけどな」


 独り言をこぼしながら、俺は机の上のコントローラーを元の位置へ戻した。


 結界は薄くなったのかもしれない。

 でも、消えたわけじゃない。


 たぶんそれで、今は十分だった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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