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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第4章 『近所の平和は担当外なんですが…』

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「父の知り合いとは聞いてない」



人間関係には、まだ見ぬ敵がいる。


いや、敵と言うと語弊がある。

別に相手が悪意を持っているわけではない。

むしろたいてい、善良で、普通で、何なら感じもいい。


だから困るのだ。


感じのいい他人ほど、こちらは雑に拒否できない。

感じのいい会話ほど、途中で逃げるのも難しい。

そして感じのいい“父の知り合い”ほど、俺みたいな人間にとっては高難度の新ジャンルになる。


その日、俺はまさにそのジャンルの前で静かに削られていた。


父と二人で外に出ていたのである。


理由は、またしても富子だった。


「お父さん、駅前の銀行寄るって言ってたでしょ。

ついでに太郎も一緒に行って、帰りにお米屋さん寄ってきて」


この家の“ついで”は、本当に隙がない。


銀行。

駅前。

米屋。

単語だけ見れば平和だ。

だが、父と二人で駅前へ出る時点で、俺の中ではすでに小イベントが始まっている。


しかも駅前というのはよくない。

人が多い。

店が多い。

つまり、知り合い遭遇率も上がる。


その危険性を事前にもっと想定しておくべきだった。

だが人は、自分にとって嫌な可能性ほど少し甘く見積もる。

心がそうしないと持たないからだ。


車を降り、銀行の前に着いた時点では、まだそこまで悪くなかった。


父は用件がある。

俺は外で待つ。

その間、駅前の通りをぼんやり見ているだけで済む。


「すぐ戻る」


父が言う。


その“大人のすぐ”は信用できないが、今回はまあいい。

銀行ならそれなりに妥当だ。


「はいはい」


俺はそう返して、近くの植え込みのそばへ立った。

昼下がり。

駅前の人通りはそこそこある。

学生。

買い物帰りの年配客。

仕事の合間っぽいスーツ姿。


俺は壁にもたれず、ただぼんやり立っていた。

座る場所もなかったし、スマホを見るのも妙に落ち着かない。

こういう“待つだけ”の時間は、思ったより難しい。

何をしていても手持ち無沙汰な感じがある。


だが、ここまではまだ普通だった。


父が銀行から出てきた時、横にもう一人いた。


その時点で、嫌な予感はした。


「太郎」


父が手でこちらを呼ぶ。


やめろ。

その呼び方で察してしまうだろ。


父の横には、五十代くらいの男がいた。

背広ではない。

ポロシャツにスラックス。

日焼けした顔。

父より少しくだけた空気だが、感じのよさそうな人ではある。


感じがいいのが一番まずい。


俺は数歩近づいた。

逃げられない距離だ。


「こいつ、うちの息子」


来た。


来てしまった。

“息子ポジション”の強制発動である。


父が知り合いに俺を紹介する。

この構図が、なぜこんなに落ち着かないのか。

別に嘘でも何でもない。

ただの事実だ。

それなのに、急に“誰かの息子”として外の場へ置かれると、どうにも居心地が悪い。


「どうも」


俺は小さく頭を下げた。


出た。

また“どうも”だ。

この万能ワードに頼りすぎているのは自覚しているが、じゃあ他に何があると言われると難しい。


「いやあ、どうもどうも。

佐藤さんの息子さんか」


男はにこやかに言った。


その“佐藤さん”は父のことだ。

つまり外では、父はちゃんと“佐藤さん”として通っている。

当たり前のことなのに、こうして目の前で見ると少し新鮮だった。


「似てるなあ」


男が笑う。


何がだ。

顔か。

空気か。

気まずさか。


俺が曖昧に笑うと、父が小さく言った。


「銀行でたまたま会ってな」


「そうか」


それしか返せない。


男は悪気なく続けた。


「今はこっちにいるの?」


来た。

危険球。


重くはない。

世間話としてはかなり普通だ。

普通だからこそ避けづらい。


俺の脳内で、答えの候補が一瞬にして並ぶ。


まあ。

しばらく。

実家で。

今は。

近くに。


どれも嘘ではない。

だが、どれも少しずつ説明不足で、少しずつ余計な想像を生む。


「……まあ、こっちです」


結局それだった。


曖昧。

だが致命傷は避けている。

たぶん。


「そうなんだ。

いや、佐藤さんがたまに息子が家のこと見てくれて助かるって言うから」


俺はそこで、一瞬だけ父を見た。


何だそれ。

言ってたのか。


父は少しだけ咳払いして、目を逸らした。


「そんな大した話じゃない」


「いやいや、大したもんだよ。

家のことちゃんとできるのは助かるから」


やめてくれ。

知らない人の前で評価を積むな。

こっちは反応に困る。


「別に……」


またそれしか出ない。


男は感じよく笑っていた。

嫌な人ではない。

だから本当に困る。


「駅前の方、たまに来る?」


と、男がさらに聞いてくる。


会話が続いてしまう。

短く終わってくれ。


「たまに」


「そうなんだ。

じゃあまた会うかもしれないね」


「……まあ」


この“また会うかも”が重い。

父の知り合い。

外の大人。

駅前。

次回遭遇フラグをそんなに自然に立てるな。


父がここでようやく会話を引き取った。


「このあと米屋寄るから、そろそろ行く」


助かった。


男はすぐ頷いた。


「ああ、そうか。引き留めて悪かったね」


「いえ」


いや別に引き留められてはいない。

普通に会話していただけだ。

その“普通に会話していただけ”でこちらの精神が少し削れているだけで。


男が去っていく。

俺はしばらくその背中を見ていた。


父が歩き出しながら言う。


「行くか」


「ああ」


それだけ返して、横に並ぶ。


数歩のあいだ、沈黙があった。

別に気まずいわけではない。

ただ、さっきの会話の余韻がまだ残っている。


父が、前を見たまま言った。


「急で悪かった」


俺は少しだけ目を瞬かせた。


「何が」


「紹介したの」


その言い方が、ちょっと意外だった。

父はあまり、こういう細かいところで事後フォローを入れるタイプには見えなかったからだ。


「……別に」


またその返しだ。

だが今のは、本当にそこまで怒っているわけではなかった。


「お前、ああいうの苦手だろ」


父が言う。


そこを自覚しているのか。

いや、見ればわかるか。

俺はこういう時、たぶんかなりわかりやすい。


「苦手ではある」


「だろうな」


否定されない。

そこも少しだけ助かる。


米屋まで歩く。

店先には、白い袋の米がいくつか並んでいた。

紙の札。

産地の名前。

量り売りの案内。


こういう“目的のある場所”へ着くと、少し気が楽になる。

見るものがある。

やることがある。

会話が品物へ逃がせる。


「どれ買うって言ってた」


「いつもの」


「わかるのか」


「袋見れば」


父はそう言って、迷わず一つの銘柄を指した。

そこでようやく、さっきまでのざわつきが少し薄れた。


店の人と父が話す。

米を出してもらう。

袋を受け取る。


「持つ」


俺が言うと、父はすぐ渡した。


「重いぞ」


「米だからな」


それはそうだ。


持ち上げる。

思ったよりくる。

五キロ以上ある気がする。

だが、こういう“物理的な重さ”は案外ありがたい。

対人の気まずさを、手の疲れへ変換してくれるからだ。


店を出てから、父が小さく言った。


「さっきのは、あれで十分だ」


俺は少しだけ父を見た。


「何が」


「あの人への返し。

変に愛想よくする方がお前にはきついだろ」


図星だった。


そして、そこまで読んでいたのかという驚きもあった。


「……そうかもな」


「だからあれでいい」


父の言葉は短い。

短いが、今のはかなり助かった。


もっとちゃんとしろとか、普通に話せとか、そういう方向ではない。

“あれで十分”と言ってくれる。

そのくらいが、今の俺にはちょうどいい。


しばらく歩いて、俺はぽつりと聞いた。


「さっきの人、誰なんだ」


「前の職場の知り合いだ」


「へえ」


「たまにこっち戻ると会う」


父の“外の顔”が少しだけ見えた気がした。

仕事先で関わった人間。

こっちに戻ってきても、名前で呼び合う相手。

そういう人間関係が、父にもちゃんとある。


当たり前のことなのに、少しだけ不思議だ。


「お前もああいうの増えると面倒だろうな」


父が言った。


「増えなくていい」


「そうか」


「そうだよ」


そこで父が少しだけ笑った。

小さく。

本当に少しだけ。


その笑いに、俺も少しだけ肩の力が抜けた。


---


家へ戻ると、富子が玄関で待っていた。


「買えた?」


「買えた」


「お米も?」


「ある」


袋を見せると、富子は満足そうに頷く。


「ありがと。

あら、銀行混んでた?」


父が靴を脱ぎながら答える。


「いや、そこで久しぶりに会った人がいてな」


やめろ。

今その話題を家の中へ持ち込むな。


案の定、良子が反応した。


「え、何それ」


「お兄ちゃん、紹介された?」


なぜ察しがいい。


「された」


「うわ、それキツそう」


「キツかった」


そこは即答だった。


良子が笑う。


「でもちゃんとやったんでしょ?」


「最小限でな」


父がそこで、何でもない調子で言った。


「それで十分だった」


またその一言だった。


だが、さっき言われたばかりのそれを、家の中でもう一度聞くと、妙に落ち着く。

良子はそれを聞いて少し意外そうな顔をしたが、すぐに笑った。


「へえ。

お父さんにそう言われると、お兄ちゃんちょっと救われるでしょ」


「別に」


「出た」


うるさい。

だが、完全には否定しない。


俺は米袋を置きながら、小さく息を吐いた。


父の知り合いという新ジャンルは、たしかに聞いていなかった。

かなり疲れた。

できれば今後も頻発してほしくない。


それでも、最後に“あれで十分”と言われたことで、だいぶ救われたのも事実だった。


人付き合いの正解は一つじゃない。

少なくとも今の俺には、最低限でも通る場面がある。

その程度の発見でも、今日は十分だった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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