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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第4章 『近所の平和は担当外なんですが…』

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「にぼし姫、もう隠す気ないだろ」



疑惑には、段階がある。


最初は違和感だ。

あれ、今のちょっと変じゃないか。

気のせいかもしれない。

たまたまかもしれない。

そうやって流せるうちは、まだ平和である。


次に来るのが反復だ。

似たことがまた起きる。

偶然にしては多い。

でも確信するには弱い。

このあたりから、人は少しずつ落ち着かなくなる。


そして最悪なのが、その次だ。


**もう怪しいのに、確認する勇気だけがない状態。**


今の俺が、まさにそれだった。


にぼし姫。

ネットで知り合った、短文で刺してくる、妙に話の温度が合う相手。

風間凛。

近所のコンビニ店員。短くて、淡々としていて、たまに妙にわかっている。


別人かもしれない。

たぶん別人だ。

いや、かなり怪しい。

でも、もし同一人物だったら気まずい。

そしてこの“もしそうだったら”が、今の俺にとってはかなり重い。


だから確認できない。

できないくせに、毎回勝手に材料は増えていく。

非常に良くない流れだった。


その夜も、俺は自室でノートPCの前に座っていた。


部屋は静かだ。

エアコンの送風音。

窓の外の虫の声。

机の上のエナジードリンク。

かなり落ち着く環境のはずなのに、チャット画面を開いた瞬間だけ、その静けさに無駄な緊張が混じる。


白狼77。

にぼし姫。


いる。


この時点で、少し嫌な予感がした。


白狼77が先に投げてきた。


『太郎、最近コンビニ行きすぎじゃね?』


いきなり嫌だな。


『行ってない』

と返す。


『行ってるやつの否定早すぎ』

と白狼77。


『気のせいです』

とにぼし姫。


その一言に、俺は少しだけ画面を見つめた。


気のせいです。


その返しも、にぼし姫は本当にこういう感じだ。

短い。

投げ方が雑に見えて、地味に刺さる。


『お前が言うと余計怪しい』

と白狼77。


『そうですか』

とにぼし姫。


ほらそういうところだよ。


その“そうですか”の温度。

諦めてるようで、別に引いてはいない感じ。

凛の店内の返しにかなり近い。


白狼77が面白がって続ける。


『太郎さ』

『にぼし姫が誰か、だいぶ絞れてそうだよな』


やめろ。


そういう話題に急に踏み込むな。

外野はいつだって無責任だ。


『別に』

と返す。


『出た、別に』

『それもうだいぶ怪しい時のやつだろ』


『知らん』


にぼし姫がそこへ短く入れてきた。


『確認したいなら、すればいいのに』


俺はその一文を見たまま、少し止まった。


何だそれ。


それは、ただの一般論か。

白狼77が煽っている流れに乗っただけか。

それとも、もっと別の意味か。


『したくない』

と俺は返した。


即答だった。

我ながらびっくりするくらい、即答だった。


『なんで』

と白狼77。


そこへ、にぼし姫が先に返す。


『面倒だからでしょう』


図星すぎる。


たしかにそうだ。

怖いとか、緊張するとか、いろいろ言い方はある。

だが要するに“面倒”なのだ。

確認して違ったら痛い。

当たっていても今後が気まずい。

つまりどちらに転んでも面倒。


『それもある』

と返すと、白狼77が笑う。


『あるんかい』

『でも絶対もっとあるだろ』


ある。

かなりある。

だが、それを文字にするのはさらに面倒だ。


『店の外でまで気まずくなるの嫌なんだよ』

と、結局打ってしまった。


送った瞬間、少しだけ後悔した。

今のは、かなり具体的だ。

“店の外”という表現は、さすがに材料を出しすぎている。


白狼77が速い。


『店!?』

『はい出た!!』


最悪だ。


『違う』

と打つ。


『何が違うんだよ』

『今、自分で店って言ったじゃん』


『一般論だ』


『苦しすぎるわ』


にぼし姫は少し間を置いてから、こう返した。


『店の外で会うと、少し困りますよね』


やめろ。


もうそこまで来ると、隠す気があるのかないのかわからない。


しかも、その言い方がまた微妙にずるい。

“私もそう思う”にも見えるし、

“そういうこともありますよね”にも見える。

断定していないぶんだけ逃げ道がある。

だが、読んだこっちの心にはかなり残る。


『お前もうさ』

と打ちかけて、また止める。


ここで言うべきか。

“凛か?”

あるいはもっと遠回しに、“コンビニの人か?”

いや、どちらもだいぶ終わっている。


白狼77は完全に楽しそうだった。


『太郎、もう聞けよ』

『そこまで行ったらイベント進めろって』


『嫌だ』

と返す。


『なんで』


『怖いから』


送ってから、少しだけ天井を見た。

言ってしまった。

我ながら情けないが、本音だった。


怖いのだ。

別に命に関わる話ではない。

ただ、ネットの向こうと生活圏の中が繋がる、その気まずさが怖い。


にぼし姫から返事が来る。


『そんなに怖いものですか』


その問い方に、妙に腹が立った。

お前が言うな、という感じに近い。


『そりゃそうだろ』

と返す。


『レジで会って』

『外で会って』

『ネットでも話して』

『全部同じ相手だったら気まずいだろ』


そこまで打ってから、俺は完全に手を止めた。


これ、ほぼ告白では?


白狼77が即座に食いつく。


『ほぼ答え言ってて草』


やめろ。


にぼし姫の既読がつく。

数秒。

やけに長く感じる。


それから返ってきたのは、短い一文だった。


『私は、そこまで嫌じゃないかもしれません』


その瞬間、俺は本気でスマホを取り落としかけた。


「…何なんだよ」


思わず声が漏れる。


何なんだ今の。

誰目線だ。

一般論か。

個人の感想か。

何かを認めたのか。

認めていないのか。


しかも“嫌じゃない”というのがまた、妙に生々しい。

好きだとか、楽しいとか、そういう派手な言葉ではない。

ただ、“そこまで嫌じゃない”。


その温度が、むしろ本物っぽくて困る。


白狼77がまた騒ぐ。


『おいおいおい』

『にぼし姫、今かなり怪しいこと言ったぞ』


『気のせいです』

とにぼし姫。


もうその逃げ方も含めて怪しいんだよ。


『お前もう隠す気ないだろ』

と、俺はとうとう送ってしまった。


送ったあと、心臓が少しうるさくなる。

言った。

だいぶ言った。


返事は、少し遅れて来た。


『あると思ってました?』


それを見た瞬間、俺はベッドへ倒れ込んだ。


「終わってるだろもう…」


何だその返し。

認めていない。

だが、完全にも逃げていない。

つまり、一番困るラインで止めてくる。


白狼77は面白がりすぎていた。


『ダメだこれ』

『完全に遊ばれてるじゃん太郎』


『うるさい』


『でもにぼし姫、今のはかなり答え寄りだろ』


『そう思うならそうなんじゃないですか』

とにぼし姫。


その言い方も、凛そのものに見えてくるから良くない。


俺は少しだけ深呼吸して、最後にこう打った。


『今日はもう寝る』


『逃げた』

と白狼77。


『撤退です』

とにぼし姫。


その“撤退”という単語に、俺はまた少しだけ顔をしかめた。

前に俺がそういう言い回しをしたことがあった。

覚えているのか。

それともただの偶然か。


もう何でも怪しい。

そこまで来ている。


---


スマホを伏せる。

部屋は静かだ。

だが、頭の中だけがやたらうるさい。


にぼし姫。

凛。

店の外。

ネット。

“そこまで嫌じゃない”。


「…いや、嫌じゃないって何だよ」


誰に向けるでもなく呟く。


考えれば考えるほど、状況は濃くなっている。

なのに、決定打だけはまだ出ない。

そして俺も、自分から取りに行く勇気はまだない。


人はたまに、答えがほしいのではなく、答えが出る直前の状態へしがみつく。

そこならまだ、気まずさも曖昧なまま保てるからだ。


たぶん今の俺は、そこにいる。


それが情けないのはわかっている。

だが、わかっていても急には進めない。


「…お前もう隠す気ないだろ、ほんとに」


もう一度、小さく呟く。


返事はない。

当然だ。

スマホは伏せたままだし、部屋には俺しかいない。


それでも、あの短いやり取りの温度だけは、まだ指先に残っている気がした。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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