↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第4章 『近所の平和は担当外なんですが…』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/95

「ひなの友だちはおじさんに慣れている」



人は、知らないものを警戒する。


これは当たり前だ。

知らない大人。

知らない場所。

知らないルール。

そういうものに対して、一歩引くのは健全である。


だから最初、ひなの友だちが俺を見て「だれ?」と聞いた時も、べつに普通だった。

むしろ正常だった。


問題は、その“だれ?”がなくなった後である。


知らないものではなくなる。

警戒対象ではなくなる。

その結果どうなるかというと、今度は普通に話しかけられるのだ。


それがまた別方向に困る。


その日の午後、俺は家の前の道路でしゃがんでいた。


理由は、健太の自転車のチェーンが外れたからである。

近所の小学生という生き物は、本当にどうしてこう、乗り物と距離感の両方に雑なのか。


「おじさん、まだ?」


健太が横で聞く。


「待て」


「長い」


「長くしてんのはお前だろ」


チェーンを戻す作業自体はそこまで難しくない。

だが、自転車の横で小学生に急かされながらやると、地味に神経が削られる。


手が少し油で汚れる。

チェーンをかける。

ペダルを逆回転。

よし、入った。


「ほら」


「おお!」


健太のこういう時の“おお”は本当に雑だ。

だが、ちゃんと感心はしているらしい。


そこへひなが来た。

そしてその横に、見覚えのある女の子。

美咲だ。

一度会っている。ひなの友だちの一人である。


「あ、なおった?」


美咲が聞く。


「今な」


俺が立ち上がると、美咲は前みたいに一拍置いてから話しかけることはなかった。

もう、俺が“ひなのところのあのおじさん”であることを前提に見ている顔だ。


「すごいね」


「別に」


「また別にって言ってる」


ひながすぐ言う。


最近このやり取りも定番化してきた気がする。

美咲は少し笑っていた。


以前なら、ここで“誰?”とか“何してる人?”みたいな導入があった。

今はない。

それだけで、だいぶ状況が進んでいる。


「この前もなんか直してたよね?」


美咲が言う。


「この前?」


「ひなが言ってた。

家のこと強いって」


やめろ。

その変な称号、もう定着してるのか。


「“家のこと強い”って何なんだよ」


思わず言うと、ひなが当然みたいに返す。


「だってそうだよ」


「どういう意味でだ」


「なんか、いろいろわかる」


雑である。

だが、ひなの中では一貫しているのだろう。


美咲も頷く。


「ゲームもくわしいんでしょ?」


何でそこまで共有されているんだ。


健太が余計なことを言う。


「部屋もなんかすごいよ」


「お前、ほんとすぐそれ言うな」


「だってすごいもん」


美咲は興味ありそうな顔をした。

やめろ。

そこを掘るな。


「どうすごいの?」


「秘密基地みたい」


「違う!」


ほら来た。

この雑な評価の伝播。

良くない。

非常に良くない。


ひなは少しだけ考えてから、補足する。


「でも、ちゃんとしてる」


「その評価は初めてだな…」


だが前向きではある。

処理に困るが。


その時、美咲が足元を見て小さく声を上げた。


「あ」


「何」


見ると、美咲のバッグについていた小さなキーホルダーが外れていた。

ストラップ部分が緩んで、今にも落ちそうだ。


「これ、取れそう」


美咲が言う。


ひなが即座にこっちを見る。

健太も見る。

その視線はやめろ。

何でも俺に持ってくるな。


「…貸せ」


俺が手を出すと、美咲は素直にバッグを差し出した。

ここも違いだ。

前ならもう少し躊躇があったかもしれない。

今は普通に渡してくる。


金具を見て、少し押し込み、位置を戻す。

それで十分だった。


「はい」


「え、もういいの?」


「これくらいなら」


「すご」


美咲のその“すご”は、前の警戒込みではなく、かなりそのままの感心だった。


ひなが少し得意そうに言う。


「おじさん、こういうのすぐやるよ」


「すぐやる、じゃない。できる時だけだ」


「でもやる」


「まあ…」


完全否定しきれないのが最近増えてきた。


美咲はバッグのキーホルダーを見ながら言った。


「ほんとに、なんかいろいろできるんだね」


「いや、別に大したことじゃ」


「でも、すぐできた」


子どもの評価はシンプルだ。

大した技術かどうかではなく、“今困ってたことがすぐ直った”の一点で決まる。


それはたぶん、間違っていない。

間違っていないからこそ、こっちも変に否定しにくい。


道路の向こうで、別の子どもたちがボールを追いかけていた。

蝉の声は前より少し減った。

風はまだ暑いが、少しだけ季節が動いている気がする。


美咲が、ふと聞いた。


「おじさん、今日ひま?」


危険な質問だな。


「何で」


「公園でなわとびするから、数えてくれる人いるかなって」


何で俺が。


心の中ではそう思う。

思うが、言い切る前にひなが当然みたいに言った。


「おじさん、かぞえるのうまそう」


「その評価の根拠がわからん」


「でもちゃんとしてくれそう」


子どもたちの中で、俺はどういう人物像になっているのか。

探し物。

家のこと。

ゲーム。

修理。

そして今、縄跳びのカウントまで足されようとしている。


職業としてまとめづらい。


「いや、今日は…」


断ろうとした。

したのだが、そのタイミングで良子が玄関から顔を出した。


「お兄ちゃん、別にいいじゃん。

すぐ近くだし」


出た。

後方支援。


「お前はほんと、すぐそう言うな」


「だってほんとに近いし」


「近いかどうかの問題じゃない」


「でもひまなんでしょ?」


その言い方はひどい。

ひまかどうかで言えば、まあ、今すぐ絶対にやるべきことがあるわけではない。

だが、ひまと“子どもの縄跳びを数える”の間には、かなり大きな隔たりがあるはずだ。


しかし、子どもにとってその隔たりは存在しない。

頼める大人がいて、今いて、やってくれそうなら、それで十分なのだ。


美咲が少し遠慮がちに言う。


「むりならいいけど」


その“むりならいいけど”は、健太の“ちょっとだけ”よりずっと強い。

遠慮されると、逆に断りにくい。


俺は空を見た。


「…ちょっとだけな」


結局それだった。


「やった!」


健太。

お前が一番喜ぶな。


「おじさん、こっち!」


「引っ張るな」


こうして俺は、近所の公園で小学生女子の縄跳び回数を数える係になった。


人生は本当に、何がどう繋がるかわからない。


---


公園では、美咲とひなと、ついでにもう一人友だちが来て、縄跳びが始まった。


「いくよ!」


「待て、まだ始めるな」


「え、なんで」


「数える準備があるだろ」


「数える準備ってなに」


たしかに、縄跳びを数えるだけに大げさな準備はない。

ないが、気持ちの問題だ。


最初は十回。

次は二十回。

途中で引っかかる。

もう一回。


健太は横からやいやい口を出し、ひなは真剣、美咲は途中から少し悔しくなり、俺はそれを見ながらひたすら回数を数える。


「十八、十九、二十――今のは飛べてない」


「えー!」


「足引っかかっただろ」


「今のはセーフ!」


「アウトだ」


「おじさん、きびしい」


「正確さが大事だ」


「何でそんな真面目なの」


良子が後ろで笑っている。

お前ほんと楽しそうだな。


だが、こういう“回数を数える”みたいな役割は、ある意味楽でもある。

ルールがある。

数えればいい。

曖昧な会話よりよほどやりやすい。


「おじさん、いま何回?」


「二十七」


「よし」


「何がよしなんだ」


「なんかよし」


子どもの世界はこのへんが雑でいい。


途中でひなが水を飲みながら美咲に言った。


「でしょ」


「うん」


「おじさん、ちゃんとしてる」


その評価、また来たな。


「ちゃんとしてるって何だよ」


俺が言うと、美咲が少し笑って言った。


「なんか、ちゃんとしてる。

ちゃんと数えるし、ちゃんと直すし、ちゃんといる」


最後の一言に、俺は少しだけ言葉を失った。


ちゃんといる。


それは、ひなが前から使っていた評価に近かった。

今度はそれが、友だちの方へまで伝わっている。


よくわからない褒め言葉だ。

だが、たぶん子どもにとってはかなり大きい意味なのだろう。


適当に流さない。

途中でどこかへ行かない。

頼んだことをちゃんとやる。

そのくらいの意味で。


「…お前らの評価軸、独特だな」


俺がそう言うと、ひなが首をかしげる。


「そう?」


「そうだよ」


「でも、うちのおじさんだから」


その言い方が、あまりにも自然だった。


うちのおじさん。

前なら少し説明が混じっていたそれが、今は本当にただの事実として出る。


美咲も、それをもう何の違和感もなく受け入れている。


「うん、わかる」


その“わかる”に、妙な破壊力があった。


俺は少しだけ目を逸らし、子どもたちの縄跳びをもう一度数え始めた。


「一、二、三――」


数える声が、少しだけ自分でも落ち着いていた。


---


夕方、家へ戻る途中で、ひなが隣を歩いていた。


健太は少し先を走っている。

良子は後ろでスマホを見ている。


「おじさん」


「何」


「美咲、もうおじさん平気だね」


平気、か。


「前も別に何もしてないだろ」


「でも前は、ちょっとだけよそよそしかった」


「よそよそしい、だろ」


「それ」


細かいな。


「でも今はふつう」


ひなはそう言い切った。


普通。

その言葉は、今までも何度も出てきた。

俺にとっては難しい言葉だ。

だが、ひなが言う“普通”はたぶん、もっと単純だ。


警戒しない。

話しかける。

頼める。

そういう意味の普通。


「…そうかもな」


それが精いっぱいだった。


家の前に着くと、美咲が少し離れたところから手を振った。


「おじさん、またねー」


俺は一瞬だけ止まり、それから小さく手を上げた。


「…おう」


その返しも、前より少し自然だった気がする。


ひなはそれを見て、満足そうに頷いた。


「ね」


「何がだよ」


「もうふつう」


そう言われると、少しだけくすぐったい。

だが、悪い気はしなかった。


子どもの世界の中で、俺はたぶん少しずつ“知らない変な大人”ではなくなっている。

その事実は、面倒でもあり、ありがたくもあった。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

下部の☆☆☆☆☆より評価をいただけると大変励みになります。


★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。