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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第4章 『近所の平和は担当外なんですが…』

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「セルフレジはセルフじゃない時がある」



セルフレジという言葉には、わずかな嘘が含まれている。


あれは“自分で全部気楽にできるレジ”ではない。

正確には、

**「基本は自分でやるが、途中で機械に怒られたり、結局店員を呼んだりする可能性が普通にあるレジ」**

である。


長い。

そして夢がない。


だが現実としてはそっちの方が近い。


人は“セルフ”という単語を見ると、つい気楽さを想像してしまう。

対人会話が減る。

こっちのペースでできる。

余計な気遣いがない。

素晴らしい。文明万歳。


そう思って入った先で、

「商品を袋詰めエリアに置いてください」

「未登録の商品があります」

「係員をお呼びください」

などと機械音声に追い詰められるのだから、人生は甘くない。


その日、俺――佐藤太郎は、スーパーのセルフレジ前で静かに削られていた。


発端は富子だった。


「太郎、ちょっとスーパー行ってきて」


その“ちょっと”が信用できないことは、もう嫌というほど知っている。


「何」


「牛乳と卵と、あと洗剤。

あ、トイレットペーパーも切れそうなのよね。

それから安かったらお米も見てきて」


増えた。

しかも“安かったらお米”という条件付き追加は危険だ。

あれはだいたい最終的に買う流れになる。


さらに悪いことに、その日はひなと健太までいた。


「スーパー?」


健太の目が光る。

その時点で嫌な予感がした。


「おかしある?」


ひなが聞く。


「あるだろうな」


「じゃあ行く」


「お前は何でそんな自然に来る前提なんだ」


良子が後ろから笑う。


「ひなも一緒に行きたいって。

健太くんもついでに送るから、ちょうどいいじゃん」


全然ちょうどよくない。


だが結局、俺は子ども二人を連れてスーパーへ向かっていた。

もう最近この流れに慣れつつある自分が少し嫌だ。


---


スーパーは土曜の午後で、そこそこ混んでいた。


家族連れ。

買いだめのカート。

惣菜コーナーの人だかり。

子どもの声。

レジ待ちの列。


こういう時、俺の脳内では常に“できるだけスムーズに終えたい”が最優先になる。


だから最初は順調だった。


牛乳。

卵。

洗剤。

トイレットペーパー。

米も安かったので結局入れる。

ついでに健太が「これ百円!」と菓子を持ってきて、ひながグミを一袋選んだ。


「一個だけだからね」


俺が言うと、健太はすぐ返す。


「うん!」


信用できない返事だったが、今回は一応守った。

たぶん米袋が視界に入っていたからだろう。

あれがあると、さすがに“さらに持たせるとおじさんがキレる”と察するらしい。


問題はレジだった。


普通のレジには列ができていた。

そしてその横に、セルフレジが空いていた。


ここで多くの人間は二つに分かれる。


並んでも人にやってもらう安心を取る人。

多少の機械操作は許容して、速さを取る人。


俺は後者だった。

少なくとも、その時点では。


「こっちでいいか」


俺がセルフレジを指すと、ひなが見上げる。


「これ、おじさんがやるやつ?」


「そうだ」


「すごい」


その評価は早い。

まだ何もしていない。


健太はもっと雑だった。


「機械ならおじさん強そう」


「強そう、じゃない。普通にやるだけだ」


だが正直、その時点では俺も少しそう思っていた。


機械だ。

人相手より楽だろう。

バーコードを通し、袋へ入れ、会計するだけ。

ルールが見える分、人よりずっと気楽だ。


…最初の三十秒くらいは、その通りだった。


ピッ。

牛乳。

ピッ。

卵。

ピッ。

洗剤。


問題ない。

順調だ。

ほら見ろ。

やはりセルフレジは人より楽――


『商品を袋詰めエリアに置いてください』


機械音声が言った。


「置いてるだろ」


思わず小声で返してしまう。

だが置き方が甘かったのか、洗剤がエリア外判定を受けていたらしい。

少し押し込む。

反応。

通った。


まあいい。

この程度なら誤差だ。


次。

トイレットペーパー。

これが大きい。

しかも軽い。

袋詰めエリアへ置くにも微妙に邪魔だ。


『袋詰めエリアに――』


「はいはい、置くよ」


「おじさん、しゃべってる」


ひなが真顔で言う。


「機械にちょっと」


「機械に怒ってる?」


「怒ってない」


「でもちょっと怒ってる顔」


細かいな。


そこへ健太が菓子を持ち上げる。


「これオレの!」


「待て、今順番にやってるだろ」


「まだ?」


「まだだよ」


子どもとセルフレジは相性が悪い。

待てないからだ。

そしてこちらも、見られているだけで少し焦る。


次に問題が起きたのは、ポイントアプリだった。


会計直前で思い出す。

この店のアプリ。

クーポン。

ポイント。


今出すか。

最初に出すべきだったか。

いや、セルフレジだとどのタイミングだ?


画面を見る。

ポイントカードをお持ちの方。

スキャンしてください。


「…今か」


スマホを出す。

アプリを開く。

通信が遅い。

こういう時に限って遅い。


健太が横から覗き込む。


「おじさん、遅い」


「うるさい」


「ひな、もうおわったかと思った」


「まだ終わってない」


通信。

読み込み中。

バーコード表示。


やっと出た。


スマホをかざす。

読まない。


「えっ」


角度を変える。

また読まない。


「何でだよ」


『バーコードをスキャンしてください』


してる。


してるのに、機械は冷たい。


ようやく通った時には、すでに俺の心はだいぶ削れていた。


「おじさん、ちょっとたいへんそう」


ひなが言う。


「ちょっとじゃない」


思わず本音が出た。


そしてとどめは、エコバッグだった。


商品を全部通し終わり、横のカゴから持ってきた袋へ入れようとしたその時――


『係員をお呼びください』


終わった。


「何で!?」


反射で声が出る。


画面には

**袋の確認が必要です**

と出ていた。


そうだ。

セルフレジによっては、持参袋の登録が要るやつがある。

完全に忘れていた。


最悪である。


ここまで機械相手だけで済ませようとしていたのに、結局一番避けたかった“店員を呼ぶ”が発生した。

これが精神的にいちばん嫌だ。


俺が固まっていると、ひなが素直に聞いてきた。


「どうしたの?」


「…人を呼ぶ」


「セルフなのに?」


「そうだよ」


そこは俺も言いたい。


近くにいた店員がすぐ来た。

若い女性だった。

笑顔。

丁寧。

何も悪くない。


「大丈夫ですか?」


「袋…持ってきたやつで」


「確認しますねー」


その丁寧さが余計に心へ刺さる。

別に失敗したわけではない。

ただ手順が一つ抜けただけだ。

それだけなのに、なぜこんなに敗北感があるのか。


店員が操作してくれる。

通る。


「これで大丈夫です」


「…ありがとうございます」


その“ありがとうございます”の小ささよ。


ひなが隣で真顔だった。

健太は笑いをこらえている。


「何だよ」


「セルフなのに人きた」


健太、お前。


「そういう時もあるんだよ」


「でもセルフじゃないじゃん」


「半セルフだ」


「そんな言葉あるの?」


「今作った」


だが、たぶん本質としては正しい。

セルフレジは完全なセルフではない。

あれは“自分で進めるが、詰まるとちゃんと人が来るシステム”だ。


会計を終える頃には、俺は普通のレジに並ぶより疲れていた。


袋を持つ。

米。

牛乳。

洗剤。

卵。

トイレットペーパー。

菓子。


重い。

心も少し重い。


---


帰り道、健太はもう我慢できなくなったらしく笑いながら言った。


「おじさん、機械に負けたね」


「負けてない」


「でも人きたよ」


「その一点だけで判断するな」


ひなはもっと静かだった。


「セルフなのに、さいご人だった」


「だからそういう時もあるんだって」


「へえ」


その“へえ”には、完全には納得していない響きがあった。


家へ戻ると、富子が袋を見て言う。


「買えた?」


「買えた」


「お米も?」


「買った」


「えらい」


「その評価もういいよ」


良子も来ていて、袋を受け取りながら言った。


「何か疲れてない?」


「疲れた」


「何があったの」


健太が元気よく言う。


「セルフなのに人きた!」


やめろ。

第一声で報告するな。


良子が吹き出す。


「何それ。

お兄ちゃん、セルフレジで詰まったの?」


「少しな」


「ちょっとじゃなかったよ」


ひなが補足する。


「おじさん、機械にちょっと怒ってた」


「怒ってない」


「でも、置いてるだろ、って言ってた」


記憶力がやけにいいな。


富子は笑いながら洗剤を出している。


「だから普通のレジにすればいいのに」


「並んでたんだよ」


「セルフの方が早いと思ったんでしょ」


「思った」


「で?」


「…疲れた」


それ以上の総括はなかった。


だが実際その通りだ。

セルフレジは速い時は速い。

だが一度つまずくと、一気に“見られながら処理する恥ずかしい作業”になる。


俺はその日の夜、自室でしみじみ思った。


「機械に強いのと、セルフレジに強いのは違うんだよな…」


机の上のエナジードリンクを開ける。

炭酸の音。


配線。

設定。

接続。

そういう機械ならまだいい。

セルフレジは違う。

あれは機械と人の悪いところを少しずつ混ぜたような存在だ。


つまり、気が抜けない。


スマホが震える。


良子からだ。


『セルフなのに人きたは面白すぎる』


うるさい。


『笑うな』

と返す。


すぐ既読。


『でもわかる』

『あれ急にエラー出ると地味に恥ずかしいよね』


その二通目には、少しだけ救われた。


わかる人がいる。

それだけで、敗北感はほんの少し薄まる。


『そういう時もある』

と俺は返した。


送ってから、さっき子どもたちにも同じことを言っていたのを思い出す。

大人はだいたい、失敗を一般論に薄めて処理する生き物だ。


「…まあ、次は普通のレジでいいか」


独り言を呟いてから、俺は少しだけ笑った。


人は学ぶ。

たとえ学ぶ内容が、セルフレジを避けるという地味なものでも。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

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★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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