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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第4章 『近所の平和は担当外なんですが…』

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「父と息子は車内だと少しだけ話せる」



人と話す時、視線というのは案外邪魔だ。


いや、もちろん必要な場面もある。

面接とか。

謝罪とか。

あるいは真剣な話とか。


だが、そうではない日常の会話において、視線はわりとノイズになる。

何秒見れば自然か。

逸らすタイミングはいつか。

相手がこちらを見ていない時に話し出すのは変か。

そういう余計な処理が増える。


その点、並んでいる時はまだマシだ。


歩いている時。

作業している時。

車に乗って前を向いている時。

同じ方向を見ているだけで、人は少しだけ話しやすくなる。


少なくとも俺はそうだった。


その日、父と俺は車に乗っていた。


理由は単純だ。

父が単身赴任先へ戻る前に、少し離れたショッピングモールの中にある店へ寄りたいと言った。

何でも、赴任先で使うちょっとしたカバンと、仕事用の小物を見たいらしい。


富子が言った。


「太郎も一緒に行ってきて」


この家の人間は、本当に“ついで”の概念が広い。


「何で俺」


「荷物持ちもいるでしょ」


「父さん一人で持てるだろ」


「でも、帰りにお米も買ってきてもらおうと思って」


増えた。


しかもただの小物買いではなく、最後に米が追加されると、一気に“しっかりした買い出し”になる。

そこまで来ると、もはや同行理由としては十分すぎる。


父はそれを聞いても特に嫌そうな顔はしなかった。

むしろ普通に言う。


「まあ、いた方が早いか」


その“早いか”が、妙に父らしい。


感情ではなく効率で人を呼ぶ。

それはそれで助かる時もある。

少なくとも“久しぶりだから親子水入らずで”みたいなことを言われるより、ずっと気が楽だ。


だから俺も、文句を言いつつ最終的には助手席へ乗っていた。


---


出発して最初の数分は、例によって気まずかった。


車内は静かだ。

エアコンの音。

タイヤが路面を擦る音。

信号待ちの微かな振動。


父は運転に集中している。

俺は前を向いている。


話題がない。

ないわけではない。

あるにはある。

だが、それをわざわざこのタイミングで出すかと言われると微妙なものばかりだ。


天気。

暑さ。

店の場所。

仕事。

赴任先。

どれも使えなくはない。

ただ、どこまで広げるかの判断が難しい。


だから結局、父の方が先に口を開いた。


「この辺、道変わったか」


前を見たままの一言だった。


「少しは」


俺も前を見たまま返す。


「前より混むな」


「時間帯じゃないか」


「そうか」


一往復。

二往復。

終わる。


だが、それでいい。

家の中と違って、沈黙がそのまま気まずさへ直結しない。

車内には“運転している”という大義名分があるからだ。

話さなくても不自然ではない。

この免罪符は大きい。


しばらくして、父が言った。


「この前買った留め具、問題なかったか」


「ああ。合ってた」


「そうか」


「一個予備で残ってる」


「じゃあ次も使えるな」


その会話は、ほんの少しだけ楽だった。

理由が明確だからだ。

具体物の話は助かる。

会話の正解がまだ見えやすい。


信号で車が止まる。

窓の外にドラッグストア。

隣を軽トラが過ぎる。


「そっちでは、こういう店あるのか」


俺が聞いた。


言ってから、自分で少しだけ驚く。

今のはわりと自然な質問だった。


父は少しだけ考えてから答える。


「あるが、こっちの方が広いな」


「へえ」


「向こうのは仕事帰りに寄るにはいいが、休日に見るならこっちの方が楽だ」


その言い方に、妙な生活感があった。

父は父で、単身赴任先で店を見て、仕事帰りに寄って、必要なものを買っている。

当たり前のことなのに、改めて言葉にされると少しだけ距離が近づく気がする。


「向こうのスーパーは?」


「小さい」


「じゃあ不便か」


「不便とまではいかんが、品数は少ない」


「そうか」


三往復くらいはしていた。


しかも特に頑張らなくても。

そこに、少しだけ自分でも驚く。


父もたぶん同じなのか、それ以上無理に広げはしない。

ただ、返す。

必要なだけ返す。

それが今の俺たちにはちょうどいいのかもしれない。


---


ショッピングモールに着いてからは、さらに少し楽だった。


目的地がある。

店がある。

見るものがある。


父は鞄売り場で、仕事用らしい地味な色のショルダーバッグを見ていた。

黒。

紺。

灰色。

見事に機能と無難さだけで並んでいる。


「どれでも同じに見えるな」


俺が言うと、父は手に取った鞄のチャックを開け閉めしながら言う。


「中の仕切りが違う」


「そんなに大事か」


「意外と大事だ」


その返答に、少しだけ笑いそうになった。


何だ。

人のことを配線だ収納だで細かいと言えないじゃないか。


「お前もそういう顔してるな」


父が言った。


「何が」


「さっきのケース選んでる時みたいな」


「……してないだろ」


「してる」


短いくせに、妙に観察はしている。


「こっちは仕事で使うんだから当たり前だ」


「俺だって収納ケースは使う」


「お前の場合、見てる時間の方が長いだろ」


返す言葉がなかった。


それは少し悔しかったが、少しおかしかった。


父は結局、三つくらい比べた末に一番最初に持ったやつへ戻った。

人間はそういう生き物だ。


「それでいいのか」


「たぶんこれが無難だ」


「無難好きだな」


「お前に言われるとは思わん」


それもそうだった。


店を出てから、今度は食料品売り場へ向かう。

米。

ティッシュ。

あと富子に追加で頼まれた醤油。

この家の醤油は本当にタイミングよく減る。


カートを押しながら歩く。

父が米袋を見て言う。


「これ重いな」


「持つよ」


俺がそう言うと、父は少しだけ眉を上げた。


「持てるか」


「二キロだろ」


「いや、五キロだ」


見ると本当に五キロだった。

富子、何で最初に言わない。


「……持てる」


「そうか」


父はそのまま、すっと俺にカートの位置を譲った。

こういう細かい受け渡しが、家の中より少しだけやりやすい。


その時、父がぽつりと言った。


「お前、前より外出るようになったな」


俺は一瞬だけ押す手を止めた。


「……まあ、ちょっとな」


「そうか」


それ以上は来ない。

来ないのがありがたい。


もしそこで“どうしてだ”とか“これからどうする”とか言われたら、たぶん会話はまた一気に重くなる。

だが父はそこまで踏み込まない。

あくまで、見えている範囲のことだけ言う。


それが今は、ちょうどいい。


---


帰りの車内は、行きよりもさらに静かだった。


無言ではある。

だが、最初ほどの固さがない。


買った物がある。

終わった用事がある。

同じミッションを一応片づけた後の空気、みたいなものがある。


信号待ちで、父がふいに言った。


「お前」


「何」


「前より少し話すようになったな」


来た。


俺は前を見たまま、数秒だけ止まった。


こういうことを、父は本当に何でもない顔で言う。

何でもない顔だから、こっちが余計に困る。


「……そうか?」


「そうだろ」


「別に」


「別に、じゃないだろ」


その返しに、少しだけ笑ってしまいそうになった。

別に、しか出ないのは事実だが、それに対して父が軽く突っ込むのは珍しい。


「家の中より、外の方がまだマシなんだよ」


俺はそう言った。


言ってから、少しだけしまったと思う。

本音がそのまま出た。


だが父は特に驚いた様子もなく、前を見たまま頷く。


「それはそうかもしれんな」


それで終わった。


それ以上掘らない。

それでいい。


このくらいの、少し本音が漏れても、それを重くしない距離感。

それが今日の車内にはあった。


---


家へ戻る。


米袋。

鞄。

醤油。

ティッシュ。

全部を下ろして玄関へ運ぶ。


富子が出てくる。


「買えた?」


「買えた」


「重かったでしょ」


「最初から言えよ」


「でも持てたでしょ」


それはそうだが、そういう問題ではない。


良子がひょいと顔を出す。


「どうだった、父子ショッピングモールイベント」


「何で全部イベント名にするんだよ」


「だってお兄ちゃんの中ではそうでしょ」


ひどいが、かなり図星でもある。


父は靴を脱ぎながら言った。


「太郎、前より少し話すようになったな」


やめろ。

それを家の中で再放送するな。


良子が目を丸くして、すぐ笑う。


「え、何それ。

お兄ちゃん今すごい嫌そうな顔してる」


「してない」


「してるって」


ひなまで奥から言う。


「おじさん、しゃべったの?」


「その聞き方やめろ」


「でもしゃべったんだ」


「少しな」


不本意だが、否定できない。


富子は米袋を見て言う。


「じゃあ今日はカレーにしようかしら」


その切り替えの雑さがありがたい。

家族の会話が、たまにこうして別の話題へ急に流れるのは救いだ。


俺は玄関に置いた袋を持ち直しながら、小さく息を吐いた。


たしかに、前より少し話した。

だがそれは、頑張って向き合ったからではない。

車内だったから。

商品があったから。

同じ方向を見ていたから。


それで十分だろう、と俺は思った。


人と話す方法は一つじゃない。

父と息子にも、父と息子なりの楽な距離があるのかもしれない。


少なくとも今は、車内くらいがちょうどよかった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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