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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第4章 『近所の平和は担当外なんですが…』

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「店外でも風間凛」



人は、決まった場所にいる他人に安心する。


この場合の“安心”は、別に好意とか信頼とか、そういう綺麗な言葉ではない。

もっと雑で、もっと現実的な安心だ。


あの人は店にいる人。

あの人は学校にいる人。

あの人は会社にいる人。

そうやって、場所と役割が固定されていると、こちらは相手を処理しやすい。


コンビニに行けば、風間凛はレジの中にいる。

制服を着て、名札をつけて、商品を受け取り、バーコードを通し、「袋どうしますか」と言う。


そこまでセットになっているから、こっちもどうにか“コンビニ店員との会話”として処理できる。

多少ぎこちなくても、ルールがある。

流れがある。

こちらの役割も決まっている。


だから、その外で会うのは困るのだ。


役割のラベルが剥がれた瞬間、人は急に処理しづらくなる。


その日の午後、俺はドラッグストアにいた。


理由は単純だ。

富子にティッシュと詰め替え洗剤を頼まれた。

ついでに歯磨き粉も。

ついでの層が厚いのはいつものことだが、今回はコンビニではなくドラッグストア指定だった。


「コンビニだと高いのよ」


それが富子の言い分だった。

たしかにそうだが、その節約分を運搬するのはこっちである。


店内は明るく、通路が広く、生活感のあるものばかり並んでいた。

ティッシュ。

洗剤。

歯磨き粉。

あと、ついでに安くなっていた制汗シート。

このへんの買い物は、感情が少なくていい。

必要だから取る。

それだけで済む。


……済むはずだった。


シャンプー売り場の端を曲がった時、向こうから人が来た。


背は高くない。

肩までの髪。

淡い色のシャツ。

片手に買い物カゴ。


最初の一拍では、誰かわからなかった。


制服じゃない。

店も違う。

場所も違う。

だから認識が遅れる。


だが、向こうがこちらに気づいて、ほんの少しだけ足を止めた瞬間、脳内で顔認識が急に追いついた。


風間凛だった。


「…………」


俺はその場で一拍、完全に止まった。


凛も一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにいつもの温度へ戻った。


「こんにちは」


終わった。


何かが終わった気がした。


いや別に、本当に何かが終わったわけではない。

ただ、店の外で会うコンビニ店員というイベントは、こちらの心の準備を一切考慮しないで始まるので困るのだ。


「……あ、どうも」


出た。

この“どうも”をやめたいのに、もう条件反射になっている。


凛は買い物カゴを持ったまま、ごく普通にそこに立っている。

普通すぎる。

普通すぎるからこそ、こっちだけが無駄に意識しているのが際立つ。


「こっちにも来るんですね」


凛が言った。


その一言も、たぶん一般的にはなんでもない。

ドラッグストアで近所の顔を見かけたら、そりゃそう言うだろう。

だが、俺の中では“コンビニの外でも俺を客として認識している”事実が急に生々しくなる。


「まあ……頼まれもの」


俺はカゴの中身を少し持ち上げるみたいにした。

ティッシュ。

洗剤。

歯磨き粉。

完全に生活用品だ。


「そうなんですね」


凛はいつも通り短い。


その短さがありがたい反面、余計にこちらだけが会話の続きを考えてしまう。


何か言うか。

今日は休みか、とか。

いや、それは踏み込みすぎではないか。

店員のシフトを詮索する近所の客は普通に嫌だろ。


だが沈黙のまま突っ立っているのも変だ。


脳内で会話候補が互いに潰し合っているうちに、凛の方が先に言った。


「生活用品ばっかりですね」


視線がカゴへ落ちる。

たしかにそうだ。

隠しようもない。


「……そうだな」


「今日は補給じゃないんですね」


そこで、俺は完全に動きを止めた。


補給。


その単語。

それを凛の口から聞くと、いよいよ心臓に悪い。


俺が前に使った。

にぼし姫も使った。

凛も使った。


偶然だ。

偶然かもしれない。

だが、このタイミングで来るとかなり怪しい。


「……買い出しだよ」


何とかそう返す。


凛は少しだけ頷いた。


「その方が正確ですね」


その返しも妙に、にぼし姫っぽい。

短く刺してくる感じが。


「お前……」


危うくそこで何か言いかけて、止めた。

お前、ではない。

ここで何を言うつもりだったのか、自分でもよくわからない。


凛は特に気にした様子もなく、カゴの中を少し持ち直した。

見ると、中にはスポンジ、詰め替え用のボディソープ、それからお菓子が一つ入っていた。


生活感がある。


その事実に、また少しだけ変な衝撃を受ける。

当たり前だ。

店員も店の外では生活している。

そうなのだが、実際に見ると妙に現実味がある。


それが困る。


「……そっちも買い物か」


やっと出た会話がそれだった。


「はい」


「この辺、よく来るのか」


言ってから、少し踏み込みすぎたかと思う。


だが凛は普通に答えた。


「たまに」


たまに。

その答え方まで短い。


「……そうか」


また沈黙。


周囲では他の客が普通に買い物をしている。

誰もこちらを見ていない。

見ていないのに、こっちだけが妙に挙動不審な気がしてくる。


凛が、その空気を切るみたいに言った。


「じゃあ」


「ああ」


短い。

だが、それで十分なはずだ。

十分なはずなのに、すれ違う瞬間まで妙に緊張する。


すれ違いざま、凛がぽつりと言った。


「私服だとわかりづらいですね」


俺は一歩進んだところで止まりそうになった。


「……え?」


振り向くと、凛はもう普通に歩き出していた。

こちらを見てもいない。


「この前、少し止まってたので」


それだけ言って、凛はそのまま角を曲がって消えた。


残された俺は、洗剤売り場の前で数秒立ち尽くした。


「いや、そりゃ……止まるだろ」


思わず独り言が漏れる。


何なんだ今の。

自覚していたのか。

もちろんするだろう。

向こうから見れば、通路の真ん中で一拍固まった男がいたのだ。

気づかない方がおかしい。


だが、そこをわざわざ言葉にされると、破壊力が違う。


俺はそのあと、残りの買い物をほとんど自動操縦で済ませた。


歯磨き粉を取る。

レジへ行く。

ポイントカードありません。

袋いりません。

セルフレジじゃなくて普通のレジを選んだのは、たぶん心が疲れていたからだ。


---


家へ帰る道すがらも、さっきのやり取りがずっと頭に残っていた。


こっちにも来るんですね。

今日は補給じゃないんですね。

私服だとわかりづらいですね。


どれも単体なら普通の会話だ。

なのに、全部が妙に尾を引く。


たぶん一番まずいのは、“店の外でも風間凛は風間凛だった”ことだ。

もっと違う感じかと思っていた。

私服なら少し柔らかいとか、近所で会うともう少し気さくとか、そういう変化があるのではないかと、どこかで勝手に思っていたのかもしれない。


だが違った。

淡々としていて、短くて、必要以上に踏み込まず、それでいて妙にこちらを見ている感じだけはある。


「……余計に困るだろ、それ」


思わず口に出た。


店の外でも風間凛。

コンビニの中だけの役割ではなく、生活圏の中に普通にいる一人の人間。

その現実味が、一番処理しづらい。


---


夜。


当然のように、にぼし姫が現れた。


チャット画面に短く出る。


『ドラッグストアって妙に長居しますよね』


俺はスマホを見たまま固まった。


やめろ。


もう少し隠せ。

せめてタイミングをずらせ。


『今日はしてない』

と返す。


すぐ既読。


『今日は』


その二文字がうるさい。


『たまたまだ』

と返す。


『そういうことにしておきます』


出た。

その言い回し。


最近、にぼし姫の返しが全部凛の顔と音声付きで脳内再生される瞬間がある。

本当に良くない傾向だ。


白狼77がそこへ入ってきた。


『何の話してんの』

『また二人だけ通じてるやつ?』


『違う』

と即返す。


『違わないだろ、それ』

『太郎、最近にぼし姫に対する反応だけ速い』


うるさい。

だが、これも完全否定しづらい。


にぼし姫が短く打つ。


『私服だとわかりづらいこともありますしね』


そこで、俺はベッドへ倒れ込んだ。


「…………」


もうかなり黒だろ。


いや、黒とか白とか、そういう話でもない。

ただ、ここまで来てまだ“偶然だろ”を続けるのは、わりと心が強い人間しかできない。


しかし俺は強くない。

だからといって、確認する勇気もない。


『お前さ』

と打って、止める。


その先が続かない。

もし今ここで“凛か?”みたいなことを送ったら、それで終わる気がする。

何が終わるのかは知らない。

だが、今の“怪しいけど確定していない距離”は確実に終わる。


白狼77が余計なことを言う。


『太郎、それもう答え合わせしたいのか、したくないのかどっちだよ』


俺はしばらく悩んでから返した。


『したくない』


それはかなり本音だった。


『何で』

と白狼77。


俺は少しだけ目を閉じた。


『店の外でまで気まずくなるだろ』


送ってから、自分でもずいぶん情けない理由だと思った。

だが、たぶん一番正しい。


にぼし姫は少し間を置いてから、こう返した。


『別に今も、そこそこ気まずいと思いますけど』


図星だった。


俺は顔を覆った。


「……何なんだよもう」


たしかにそうだ。

もうすでに十分落ち着かない。

なら確認しても同じなのかもしれない。

だが、人はたまに“今より悪くなる可能性”の前で止まる。

それがどれだけ曖昧な今でも。


スマホの画面が、暗い部屋で少しだけ光る。


風間凛。

にぼし姫。


店の中。

店の外。

ネットの向こう。


その全部が少しずつ重なってきている。

それなのに、俺はまだ、一本の線にする勇気が出ない。


「……ほんと、困るんだよな」


独り言を呟いてから、俺はスマホを伏せた。


店の外でも風間凛。

その事実だけで、今日は十分面倒だった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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