↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第3章 『いると助かるとか言うな』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/95

「外食イベントである!!繰り返す…外食イベントである!!」



外食はイベントである。


繰り返す。

外食はイベントだ。


これを「そんな大げさな」と笑う人は、たぶん普段から人と店と会話へある程度耐性のある人だ。

そういう人はいい。

店に入る。

席へ着く。

メニューを見る。

注文する。

食べる。

会話する。

帰る。

それだけの話だ。


だが、こちらにとっては違う。


まず店選びの時点で、空気が発生する。

何系がいいか。

混んでないか。

高すぎないか。

静かすぎる店は逆に困るのではないか。

騒がしすぎても落ち着かない。

その上、席に通されてからも、注文タイミング、店員への声かけ、取り分け、会話、会計と、細かい難所がいくつもある。


つまり外食とは、気づかれにくいだけで、かなり高難度の日常マルチイベントなのだ。


そしてその日の俺は、そのイベントへ強制参加することになった。


発案者は富子である。


「せっかくだから、今夜みんなで外で食べましょ」


軽い。


言い方があまりにも軽い。

外食を、少し買い物へ行くくらいのノリで言うな。


俺はリビングの端で麦茶を飲みながら止まった。


「…何で」


「何でって、お父さん帰ってきてるし」


「家でいいだろ」


「たまにはいいじゃない」


その“たまには”が危ない。

たまのイベントほど、人は断りづらい。


良子が即座に乗ってくる。


「いいね。ひなも喜ぶし」


「プリンじゃないの?」


ひなが聞く。


「プリンはまた今度。今日は外でごはん」


「やった!」


子どもは本当にこのへんが早い。

外食を純粋に楽しめる側の生き物だ。


父は新聞を畳みながら言った。


「何でもいいぞ」


よくない。


“何でもいい”が一番困る。

何でもよくない人間が一人でもいる空間で、その言葉は混乱の火種になる。


「何でもいい、が一番困るんだよな…」


思わず口に出た。


良子がすぐ反応する。


「出た。イベント前からもう疲れてる人」


「疲れるだろ普通」


「普通じゃないから言われてんの」


ひどい。


だが、完全には否定できない。


店は最終的に、近所のファミレスへ決まった。

この判断自体は悪くない。

高すぎない。

気軽。

席も広い。

子どもがいても不自然じゃない。

つまり、外食イベントの難易度としては中級くらいだ。


それでも十分高い。


---


出発前、俺は部屋で軽く悩んだ。


服である。


完全に家着のまま行くのは、何となく嫌だ。

だからといって、外食のために気合いを入れたみたいなのも嫌だ。

この“気にしてないようで少しは整える”という中途半端な調整が、一番精神を使う。


結局、無地のTシャツとパーカー。

我ながらいつも通りだ。

だが、その“いつも通り”を作るのに数分使っている時点で、もうイベント慣れしていない。


階下へ降りると、良子が一目見て言った。


「無難」


「褒めてるのか」


「外食前の服としては正解」


何だその採点は。


ひなは先に靴を履いていて、もうすっかり行く気満々だった。

父も玄関で待っている。

富子はバッグの中身を確認している。


俺だけが、まだ少し気が重い。


「行くわよ」


富子の一声で、イベント開始である。


---


ファミレスは、歩いていける距離だった。


これはありがたい。

車移動だと座席の配置という追加難題が発生する。

徒歩ならそこは省略できる。


店に着く。

自動ドア。

冷房。

店員の「いらっしゃいませ」。


もうこの時点で少し肩が固くなる。

何人ですか、の確認。

禁煙喫煙。

窓側か通路側か。

こういう入口イベントですでに少し消耗する。


「五名様です」


富子が自然に言う。


強い。

こういう時、富子は本当に強い。


席へ案内される。

ここから先がまた難しい。


どこに座るか。


父の隣はどうだ。

近いか。

いや、露骨に避けるのも変だ。

ひなの隣なら多少空気は持つか。

でも子ども相手ばかりも不自然ではないか。


俺が一瞬だけ立ち止まった、その時にはもう席順がほぼ決まっていた。


窓側にひな。

その隣に良子。

向かいに富子。

その隣に父。

残りが俺。


逃げ場がない。

だが、逃げ場がないということは、逆にもう悩む必要もない。


「…まあ、そうなるよな」


小さく呟いて座る。


メニューが配られる。


これもまた、イベントである。

何を頼むか。

これが思ったより難しい。


高すぎず、重すぎず、安すぎず、食べきれる量で、変に趣味が出すぎないもの。

考えれば考えるほど、選択肢が濁る。


ひなは即決だった。


「オムライス!」


強い。


良子は笑う。


「早っ」


「きめてた」


どうやら入る前から決めていたらしい。

その決断力は見習いたい。

いや、べつにオムライスを見習いたいわけではないが。


父はメニューを開いて少しだけ見たあと、言った。


「何でもいい」


だからその言い方はよくない。


「同じのにしようかな」


と富子。


「何でもいい、からの同じのは一番よくないんだよな…」


また口から出た。


良子がすぐ突っ込む。


「何でいちいち脳内会議を音声化するの」


「お前はしないのか」


「しないよ」


「何でもいいに見えて、一番困るだろ」


「まあ、それはわかるけど」


わかるのか。

なら少し救われる。


俺はメニューを眺めた。

ハンバーグ。

和風定食。

パスタ。

ドリア。

どれも普通だ。

普通すぎて逆に決まらない。


この時、人はだいたい三つに分かれる。

直感で決める人。

いつものを頼む人。

そして、無駄に最適解を探して疲れる人。

俺は三番目だ。


「おじさん、まだ?」


ひなが聞く。


「待て」


「また考えてる」


「考えるだろ」


「オムライスでいいじゃん」


「お前の正解をそのまま押しつけるな」


最終的に、俺はハンバーグ定食にした。

理由は無難だからだ。

無難さは時として最適に近い。


注文はタブレット方式だった。

これだけでかなり助かる。

店員呼び出しイベントが一つ減るだけで、人の精神負担はかなり違う。


「最近ほんとこれ多いわね」


富子が言う。


「助かる」


俺は素直に言った。


良子が笑う。


「お兄ちゃん、タブレット相手だと急に安心するよね」


「人じゃないからな」


「言い方」


だが事実である。

タブレットは、こちらが少し悩んでも顔色を変えない。

聞き返しもしてこない。

何より、余計な雑談がない。

文明はやはり偉大だ。


---


食事が来るまでの時間。

ここもまた難所である。


無音すぎても不自然。

だが無理に話題を作ると滑る。

このバランスが難しい。


ひながドリンクバーの話を始めたのが救いだった。


「おじさん、いっしょいく?」


来た。


ドリンクバー往復イベント。

地味だが、これもまた一つの任務だ。


「一人で行けるだろ」


「でもコップおもい」


「お前、家ではもっと重いの持ってるだろ」


「きょうはちょっとだけおもい」


その“ちょっとだけ”は便利すぎる。


良子が笑いながら言う。


「行ってあげなよ」


「何で俺が」


「近いから」


その理屈は本当に雑だ。


だが結局、俺はひなを連れてドリンクバーへ行った。

別に嫌ではない。

嫌ではないが、ファミレスのドリンクバーは妙に“何を選ぶか見られている気がする”類の落ち着かなさがある。


「メロン!」


「お前それ家でも飲んでただろ」


「でもここはちがうメロン」


「そうかよ」


ひなのコップにメロンソーダ。

自分はウーロン茶。

この選択もまた、地味に人格が出る気がして少し嫌だ。


席へ戻ると、父が何でもない顔で言った。


「ちゃんと世話してるな」


その言い方に、俺は少しだけ返答を迷った。


「世話ってほどじゃ」


「でもやってるじゃん」


良子が横から言う。


「お兄ちゃん、最近そういうの増えたよね」


「増えてない」


「増えてるよ」


「増えてる」


ひなまで頷く。


父はそこで少しだけ笑った。

はっきり笑うわけではない。

口元が少し動くくらい。

だが、それが見える程度には顔が近い位置にいる。


「まあ、悪くないんじゃないか」


父が言った。


その言い方は、父らしい。

褒めるでもなく、否定もせず、少しだけ認める。

それだけなのに、思ったより残る。


「…そうか」


俺はそれしか返せなかった。


---


料理が来る。


食べる。

その間の会話は、案外普通だった。


父が赴任先で食べた変なラーメンの話。

良子が最近見た動画の話。

ひながオムライスのケチャップが足りないと言う話。

富子が「家で食べるより楽ね」と言う話。


俺はその中に、無理に入ろうとはしなかった。

入れるところだけ入る。

頷く。

短く返す。

必要なら聞く。


前の俺なら、そこに“ちゃんと喋らなきゃいけないのでは”という余計な義務感を足していたかもしれない。

だが今日は、そこまで自分を追い込まなかった。


すると不思議なもので、何もしないよりは少しだけ自然にその場にいられる。


ハンバーグは普通にうまかった。

普通にうまい食事は、それだけで会話の助けになる。


「おじさん、それおいしい?」


ひなが聞く。


「普通にうまい」


「ひなのもおいしい」


「だろうな」


「オムライス、つよいよ」


その評価軸、まだ続いてたのか。


良子が吹き出す。


「ひなの中で、食べ物も強い弱いあるんだ」


「あるよ」


「ちなみにお兄ちゃんのは?」


ひながハンバーグ定食を見る。


「…まじめにつよい」


「何だその評価」


でも少しわかる気もした。


父がそこでぽつりと言う。


「太郎はそういうの選ぶな」


「どういうの」


「無難なやつだ」


図星だった。


「…悪いか」


「悪くはない」


父はそれだけ言って、味噌汁を飲んだ。


悪くはない。

それもまた父らしい評価だった。

最高ではない。

だが最低でもない。

そのくらいの言葉が、妙にちょうどいい時がある。


---


食事が終わり、会計へ向かう。


ここもまたイベントだ。

誰が出すのか。

どう割るのか。

こういう金の流れの会話は、家族でも微妙に気を遣う。


父が財布を出した。


「今日は出す」


富子が一応言う。


「いいの?」


「帰ってきた時くらいな」


良子も特に強くは止めなかった。

ここで“いやいや半分出す”みたいなやり取りに発展しないのが、この家らしい。

揉めるより、流れで決まる。


店を出る。


夜風が少し涼しい。

歩いて帰る道すがら、ひなが眠そうにし始める。

良子が手をつなぎ、富子が先を歩き、父が少し後ろ。

俺はその真ん中あたりだった。


妙に普通の帰り道だな、とふと思った。


普通。

この数日で何度も出てきた単語だ。

たぶん俺はずっと、“普通にできるかどうか”を無駄に気にしていたのだろう。


だが実際には、普通とはそんなにきれいなものではない。

気まずさも、沈黙も、ちょっとしたぎこちなさも含めて、それでも同じ方向へ歩いて帰ることができるなら、それはもう十分普通なのかもしれない。


父が歩きながら、ぽつりと言った。


「店、悪くなかったな」


「ああ」


俺は返した。


「まあ、うるさすぎなくてよかった」


言ってから、自分で少しだけ驚いた。


自然に二言目が出た。

しかも愚痴ではなく、普通の感想として。


父も少しだけ間を置いてから言う。


「そうだな」


短い。

だが、ちゃんと返ってきた。


そのくらいで十分なのだろう。


---


家へ戻って自室へ入ると、どっと疲れが来た。


ベッドへ倒れ込む。

靴を脱ぐのも少し面倒なくらいだ。


「…外食はイベントだな」


小さく呟く。


やはりイベントではあった。

行く前に気が重い。

席で少し緊張する。

メニューで悩む。

会話に少し気を遣う。

帰る頃には疲れる。


その評価は変わらない。


だが、想像していたほど即死イベントでもなかった。

ひながいて、良子がいて、富子がいて、父もいて。

一人ではない場なら、一人ではないなりにどうにかなる瞬間もある。


「…まあ、二度と無理ってほどでもないか」


それはかなり前向きな結論だった。


もちろん、積極的に毎週やりたいわけではない。

そういうことではない。

ただ、“もう駄目だ”と断じるほどでもなかった。

その程度の更新が、今日はあった。


俺はスマホを取った。


良子からメッセージが来ていた。


『今日のお兄ちゃん、意外と外食イベントこなしてたね』


その言い方はやめろ。

だが、まあ、その通りでもある。


『想定よりはな』

と返す。


すぐ既読。


『その評価がもうゲームなんだよ』


うるさい。

だが否定はしづらい。


俺はスマホを置き、目を閉じた。


イベントはイベントだった。

でも、ちゃんと終わった。


それだけで、今夜のところは十分だった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

下部の☆☆☆☆☆より評価をいただけると大変励みになります。


★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。