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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第3章 『いると助かるとか言うな』

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33/95

「家族という名の高難度マルチプレイ」



ソロプレイ前提の人間に、マルチプレイは難しい。


これはゲームの話ではない。

いや、半分くらいはゲームの話でもある。

だが今言いたいのは、もっと現実に即した、しかし同じくらい厄介な問題だ。


家族である。


家族が悪いわけではない。

そこは強調しておく。

悪意があるわけではない。

各自が各自の正しさと都合と生活リズムで動いているだけだ。


ただ、その“各自が普通に動いているだけ”が同時多発すると、処理能力の低い人間は普通に詰む。


そして俺は、その日の午後、かなり詰みかけていた。


父が帰省中。

良子とひな来訪中。

富子は台所。

俺はリビング。

ここまではまだいい。


問題は、全員が**同じ時間帯に、同じ空間で、別方向の用件を発生させる**ことだ。


リビングの人口密度が高い。

会話密度も高い。

生活音まで重なる。

人類はもっと音声チャンネルを減らすべきだと思う。


その時点で、家の中はだいぶうるさかった。


台所では富子が夕飯の準備をしている。

鍋のふたが鳴る音。

包丁の音。

換気扇。

リビングのテレビでは土曜の情報番組。

ひなはテーブルの上で塗り絵。

良子はスマホ片手にそれを見ている。

父は新聞を広げている。


そして俺は、ソファの端で小さくなっていた。


この時点で何も悪くない。

何も起きていない。

だが、何も起きていない状態でこの情報量なのだから、ここから何か一つでも増えるとつらい。


「太郎ー、ちょっとお皿取って」


来た。


第一波。

富子だ。


「どれ」


「上の棚の、白い大きいやつ」


俺は立ち上がる。

この程度はいい。

皿を取るだけだ。

皿に感情はない。

どの皿か明確なら、人は迷わず動ける。


棚を開け、皿を取る。

渡す。


「はい」


「ありがと」


よし。

一件処理。


だがその直後、良子が言う。


「お兄ちゃん、そのついでにコップも取って」


「ついでが雑なんだよ」


「取る位置ほぼ一緒じゃん」


それはそうだ。

悔しいが、それはそうだ。


コップも取る。

ひながその様子を見ながら言う。


「おじさん、きょういっぱいたつね」


「そういう日もある」


「でもいつもより多い」


よく見ているな。


父が新聞をめくりながら言った。


「太郎」


「何」


「この辺のスーパー、前と変わったか」


いきなり話しかけられると困る。


しかも内容が微妙だ。

変わったか。

変わったと言えば変わったし、そこまででもないとも言える。

どのくらいの粒度で返すのが正解だ。


「……少しは」


とりあえずそう返す。


「そうか」


ここで終わると、一往復でしかない。

だが、ここから俺がもう一歩広げるべきか。

店が変わったとか、駐車場が広くなったとか、何か足すか。


考えているうちに、富子が割り込んだ。


「前の店が閉まって、新しいのになったのよ」


「へえ」


富子はこういう時、本当に強い。

会話の中継サーバーとして性能が高い。


だがそれで安心した瞬間、ひなが言う。


「おじさん、クレヨンおちた」


第二波。

床を見ると、たしかに赤いクレヨンがソファの下へ転がっている。


「取れよ自分で」


「手とどかない」


見ると、届かないのは本当らしい。

俺はしゃがみ込んでクレヨンを取る。


「はい」


「ありがと」


また一件処理。


良子がそれを見ながら笑う。


「完全に細かい便利屋じゃん」


「便利屋扱いするな」


「でも便利だよ」


その言い方は、あまりよくない。

よくないが、完全否定もしづらい。


父がそこでぽつりと言った。


「助かってるんだろ」


俺は一瞬だけそっちを見た。


父の声は淡々としていた。

何かを持ち上げるでもなく、ただ事実確認みたいな口調。


だが、その一言が妙に耳に残る。


「……知らん」


結局そんな返ししかできなかった。


良子がすぐ切る。


「何その照れ隠し丸出しの返事」


「違う」


「違わないって」


ひなは会話の流れを半分しかわかっていない顔で、それでも普通に頷く。


「うん。おじさんいるとたすかる」


急にまっすぐ来るな。


こういうのが一番処理に困る。


「……そうかよ」


それでも、以前よりは返せるようになった気がした。

完全に否定して切る、みたいなことはもう少し減っている。


そこへ、玄関の方で物音がした。


「あれ、健太くんじゃない?」


良子が言う。


最悪だ。


俺は心の中で静かに崩れた。


今この家にはすでに

父

母

妹

姪

俺

がいる。


そこへ健太まで加わるのか。

マルチプレイの人数制限を超えている気がする。


案の定、玄関から元気な声が飛んできた。


「おじゃましまーす!」


こいつは本当に、遠慮という概念をどこかへ置いてきている。


「おじゃまします、だろ」


良子が言う。


「言った!」


「勢いが雑」


健太はリビングへ入るなり、父を見て一瞬だけ止まった。

そうか。

健太にとって、父は新規キャラだ。


「だれ?」


そこからか。


ひなが即答する。


「おじいちゃん」


「へえ!」


健太はへえ、で済ませた。

子どもの順応性は雑で早い。


父も少し驚いた顔をしたが、ひな経由でだいたいの状況は把握したらしい。


「近所の子か」


「そう」


「健太」


「健太くん」


「けんたくん」


健太は自分で名乗る時の情報量が足りない。

まあ、子どもはだいたいそうだ。


そこから先の数分は、正直かなりうるさかった。


健太がしゃべる。

ひなが返す。

良子が切る。

富子が台所から指示を飛ばす。

父がたまに短く入る。

俺はその間で皿を運び、テレビの音量を少し下げ、倒れそうなコップを直し、床へ落ちた消しゴムを拾い、誰かに醤油を取れと言われる。


「お兄ちゃん、これ運んで」

「太郎、それ取って」

「おじさん、見て」

「太郎、このリモコン動かん」

「おじさん、けんたが赤つかった」

「太郎、テーブル拭いといて」


多い。


さすがに多い。


「待て待て待て」


思わず口に出た。


「一個ずつ来い」


健太が笑う。


「おじさん処理おちしてる!」


「してない!」


「してるよ」


ひなまで言う。


「うん、ちょっとしてる」


お前ら、そういうところだけ仲いいな。


だが、正直していた。

会話と用件が同時に飛んでくると、俺の中では優先順位の並び替えに数秒かかる。

その数秒を、他人は待ってくれない。


だから俺は、途中からやり方を変えた。


会話を半分捨てる。

雑務へ寄せる。


皿を運ぶ。

テーブルを拭く。

リモコンの電池を入れ直す。

消しゴムを拾う。

足りない箸を追加する。


その方が、まだ確実に役に立つ。


たぶん、それを父も見ていたのだろう。

夕飯の準備がほぼ終わりかけた頃、父が何でもない調子で言った。


「太郎、そういうのは早いな」


俺はテーブルの上のコップを並べながら答える。


「会話よりはな」


父は小さく鼻で笑ったようだった。


「それはわかる」


一瞬だけ、空気が揃った気がした。


たぶん“会話が得意じゃない”という一点では、父も多少の自覚があるのだろう。

だからこそ、その短いやり取りは意外と嫌ではなかった。


良子がそれを見て、すぐに言う。


「何、今の。気まずい者同士の共鳴?」


「うるさい」


「うるさい」


父と俺の返しがかぶった。


一瞬、全員が止まった。

次の瞬間、ひなが吹き出す。


「いっしょ!」


健太も笑う。


「ほんとだ!」


良子は肩を震わせている。


「やだ、今のちょっと面白かったんだけど」


俺は顔をしかめた。

父も少しだけ気まずそうに咳払いをした。


だが、空気はさっきより軽い。

そういう意味では、最悪ではなかった。


---


夕飯が始まる頃には、俺はすでにだいぶ疲れていた。


まだ何も終わっていないのに、終盤みたいな疲れ方である。

食卓には全員が揃い、さっきまでの騒がしさが少しだけ整列した形になった。


健太は結局、夕飯前に帰された。

それでも十分な嵐を残していったが。


父が味噌汁を飲みながら言う。


「賑やかだな」


富子が即答する。


「でしょ」


良子は笑う。


「お兄ちゃんはたぶん今、半分死んでるけど」


「死んでない」


「処理落ちはしてた」


ひなが冷静に補足する。


「ちょっとね」


「お前まで乗るな」


だが、さっきの俺はたしかに少し危なかった。

それでも全部を放り出さずに回したのだから、個人的にはわりと健闘した方だと思う。


父がそこで、何でもない調子で言った。


「でも、ちゃんと全部やってたな」


俺は箸を持つ手を少し止めた。


「……何が」


「皿とか、リモコンとか、そういうの」


言われると照れる。

だがそこで露骨に否定するほど若くもない。


「まあ、そのくらいは」


「助かるわよ」


富子が続ける。


「こういう時、人手あるとほんと違うから」


良子も頷く。


「前よりちゃんと戦力だよね」


「戦力って言うな」


「でもそうじゃん」


ひなが最後に、とどめみたいに言った。


「きょうのおじさん、ずっといたね」


その褒め方、ほんと独特だな。


だが、少し考えてみれば、ひなにとってそれはかなり大きな評価なのだろう。

途中で逃げなかった。

部屋へ引っ込まなかった。

うるさい空間に、ちゃんと最後までいた。


それが“ずっといたね”になる。


「……いたな」


俺は小さくそう返した。


ひなが満足そうに頷く。


「うん」


そのやり取りだけで、今日の処理落ちも少し報われた気がした。


---


夜、自室へ戻る。


ドアを閉める。

静けさが一気に落ちてくる。


「はあ……」


深く息を吐く。


疲れた。

とにかく疲れた。


何がそんなに疲れるのかと言われると難しい。

大きな事件はない。

怒鳴り合いもない。

ただ、用件と会話が少しずつ、絶えず、いろんな方向から飛んでくる。

その処理だけで人はわりと消耗する。


「高難度マルチプレイかよ……」


独り言が出る。


ソロ前提で生きている人間に、いきなり家族フルパーティは厳しい。

しかも全員が悪意なく自分の行動を取っているから、余計に断りづらい。


それでも、今日は完全敗北ではなかった。


処理落ちはした。

雑務へ逃げもした。

だが、最後までいた。

それは事実だ。


「……ずっといた、ねえ」


ひなの言葉を思い出す。


褒め言葉としてはだいぶ地味だ。

だが今日に限っては、あれ以上ないくらい正確でもあった。


ずっといた。

その場に。

その騒がしさの中に。


俺はベッドへ倒れ込み、腕で目を覆った。


家族というのは難しい。

難しいが、たまにこうして“いること”そのものに意味が出る瞬間がある。

それを素直に認めるのはまだ少し恥ずかしいが、完全否定もしづらくなってきた。


そこがまた、少しだけ面倒だった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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