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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第3章 『いると助かるとか言うな』

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「近くにいる?いや、まさかな」



世の中には、知らない方が幸せなことがある。


これはべつに深い人生訓でも何でもなく、わりと日常レベルの話だ。

コンビニの揚げ物がいつ揚がったかとか。

推しキャラの人気投票順位とか。

無料十連の排出率の実数とか。

そういう、知ったところで心が少しだけ荒む情報は意外と多い。


そして今、俺の目の前にある“知ったらたぶん少し面倒なこと”は、


**にぼし姫と風間凛、同一人物説**


だった。


嫌すぎる。


言葉にするとより嫌だ。


もちろん、証拠はない。

いや、ないと言い切るのも違う。

状況証拠は妙にある。

あるのだが、どれも単体では弱い。


妙にコンビニの現場感がある発言。

俺の買い物タイミングと噛み合うメッセージ。

言い回しの温度。

短く刺す感じ。

そして、たまに見える“わかる側”の気配。


だが、それらを全部並べたところで、確定ではない。

しかも確定させたところで、たぶんろくなことにならない。


だから俺は、しばらくのあいだ“気づきかけているが気づかないふりをする”という、あまり健康的ではない精神状態で日々を過ごしていた。


その夜もそうだった。


自室。

薄暗い。

エアコンの音。

ノートPCのモニター。

いつもの巡回態勢。


掲示板を流し見し、動画を流し、ついでにチャットルームを開く。

白狼77と、にぼし姫がいる。


この時点で、俺の中の緊張は少しだけ上がる。

以前なら、にぼし姫は単に辛辣で妙に気の合うネットの知り合いだった。

今は違う。

“もしかすると近所のコンビニ店員かもしれない人”という余計な情報が、常に薄く重なっている。


白狼77が先に投げてきた。


『今日レジでさ』


ほら来た。


こいつも最近、この手の話題を妙に振るようになった。

明らかに面白がっている。

外野はいつだって無責任だ。


『店員がめっちゃ塩で逆に良かったわ』

『無駄に愛想いいより楽』


にぼし姫がすぐ返す。


『無駄に愛想よくされるのが苦手な人っていますよね』


この“いますよね”が、最近の俺にはもう怪しく聞こえて仕方がない。


『いるだろ』

と俺は返す。


『太郎とか典型じゃね』

と白狼77。


『うるさい』


すぐに返した。

だが、否定しきれないのが腹立たしい。


『でも無言も困る』

と俺が打つと、にぼし姫が来る。


『最低限で十分です』


最低限。


その単語が、妙に凛っぽい。

いや、凛っぽいというのも何だ。

あの店員はたしかに余計なことを言わない。

だが必要なことはちゃんとある。

その温度が、にぼし姫のチャットとも少し似ている気がするのだ。


白狼77が、妙に勘のいいことを言い出した。


『にぼし姫って接客系?』


俺は画面を見たまま、少しだけ息を止めた。


来るな。

そこへ来るな。


数秒の既読。


『ご想像にお任せします』


またそれだ。


逃げ方が上手い。

そして、その逃げ方がいちいち怪しい。


『怪しすぎて草』

と白狼77。


『そう思うならそうなんじゃないですか』

とにぼし姫。


『否定しないのが余計怪しい』

と白狼77。


俺はそこへ、なるべく平静を装って打ち込んだ。


『別にコンビニとは限らないだろ』


送った瞬間、自分で思った。

何で今、自分から“コンビニ”を候補に出した。


白狼77がすぐ食いつく。


『お、コンビニ限定で考えてる?』


『違う』


『今自分で言ったじゃん』


『接客って言ったらいろいろあるだろ』


『でも太郎の頭の中にはコンビニがあるんだな』


最悪だ。

文字だけでニヤニヤしている顔が見えるようだ。


にぼし姫はその流れを少し眺めてから、短く入れてきた。


『夜に来る人はだいたい顔を覚えますしね』


心臓が、少しだけ強く跳ねた。


夜に来る人。

顔を覚える。


それは完全に、コンビニ店員か、かなり近い接客側の視点だ。


『ほら』

と白狼77。


『もうほぼ答えだろこれ』


『決めつけよくないです』

とにぼし姫。


よくないのはたしかだ。

だが、決めつけたくなる程度には材料が揃いつつある。


俺はしばらく画面を見てから、短く返した。


『夜勤か』


かなり踏み込んだ。


これ以上行くと、自分でも嫌な気がしていた。

だが指が動いたのだから仕方ない。


既読。


『さあ』


さあ、じゃないんだよ。


否定しないな。

やはり否定しない。


俺がチャット欄の前で黙っていると、白狼77が面白そうに追撃してくる。


『太郎、顔見知りの店員とかいるの?』


『いない』


『この即答の雑さはいるな』


『いない』


『じゃあなんでそんな反応早いんだよ』


こいつは本当に面倒くさい。


にぼし姫がまた短く入れる。


『いるんじゃないですか』


やめろ。


その言い方はやめろ。


『なんでそう思う』

と返すと、


『文体でわかります』


と来た。


何なんだそれは。

ネット上の文体と、現実の挙動不審が繋がるとでも言いたいのか。

だが、にぼし姫のこういう“わかってる側”の物言いが、今は全部妙に引っかかる。


その夜のチャットは、そこで一応終わった。

終わったが、俺の中では何も終わっていない。


---


翌日。


俺は、できれば今日はコンビニへ行きたくなかった。


こういう時に距離を置くのは大事だ。

無駄に意識している自分をクールダウンさせる意味でも、物理的に少し離れるのがいい。


だが、現実はいつもそう都合よくは運ばない。


「太郎、ちょっと行ってきて」


富子である。


理由は、醤油。

なぜこの家の醤油はこうも絶妙なタイミングで切れかけるのか。

もはや何かの陰謀を疑いたくなる。


俺は財布を持ちながら、小さくため息をついた。


「……今日じゃなきゃ駄目か」


「今日いるんだから今日でいいでしょ」


その理屈は強い。

強すぎるので反論が難しい。


仕方なく家を出る。

道を歩きながら、俺は自分に言い聞かせた。


ただの偶然だ。

ただの接客業かもしれない。

たまたま話し方が似ているだけかもしれない。

そもそも、コンビニ店員とネットの知り合いが同一人物だったとして、何だというのだ。

生活圏が少し重なっているだけじゃないか。


……いや、十分嫌だな。


自動ドアが開く。


店内へ入ると、レジにはやはり凛がいた。


もう“やはり”になっているのが嫌だ。

だが嫌だ嫌だと思うほど、人はそこを意識してしまう。


醤油を取る。

ついでにエナジードリンクも一本取る。

レジへ向かう。


凛が顔を上げる。


「いらっしゃいませ」


「……どうも」


この“どうも”をやめたいのに、もう完全に手遅れだ。


商品を置く。

凛が醤油を読み取る。

ピッ。

次にエナドリ。

ピッ。


そして、何でもない調子で言った。


「今日は一本なんですね」


俺は一瞬で固まった。


「……え?」


凛はレジ画面を見ながら、さらに続ける。


「この前、二本買ってたので」


心臓に悪い。


それはただの事実確認だ。

そうなのだろう。

客が前に買っていたものを、何となく覚えていてもおかしくない。

だが、今の俺には一つ一つが全部材料になる。


「まあ……今日は補給量が少ないから」


何だその返しは。

補給量って何だ。


凛はほんの少しだけ間を置いてから、言った。


「そうなんですね」


その“そうなんですね”が、にぼし姫の“そういうことにしておきます”と脳内で勝手に繋がる。

もう自分でもかなりまずいと思う。


会計を済ませ、袋を受け取る。

このまま逃げるべきだ。

そう思ったのに、凛が最後にぽつりと言った。


「夜に来る人は、なんとなく覚えます」


俺は、完全に足を止めた。


それだ。

昨日、にぼし姫がチャットで言ったのと、かなり近い。


夜に来る人。

顔を覚える。


凛は特にこちらの反応を見て笑っているわけではない。

淡々としている。

ただ、本当にただ、レジ横の袋を整えながら言っただけに見える。


「……そうか」


それしか出ない。


「はい」


短い。


そしてその短さが、また怪しい。


店を出る。

外の空気が少しだけ蒸していた。

だが今は気温より頭の中の方がうるさい。


「いやいやいや……」


思わず口に出る。


昨日の夜。

にぼし姫。

夜に来る人は顔を覚える。

今日の凛。

夜に来る人は、なんとなく覚えます。


偶然か。

会話としてありえるか。

ありえる。

接客業なら、普通にありえる。


だが、ありえることが重なりすぎると、人は逆に現実感を失う。

まるで誰かが“ほら、もう気づくだろ”とフラグを立て続けているみたいで、逆に信用できなくなるのだ。


「フラグが雑なんだよ……」


誰に言うでもなくそう呟いた。


もし本当にそうなら。

そう考えるだけで、少しだけ胃が重くなる。


コンビニで会う店員。

ネットで話す相手。

その二つは今のところ別の棚に置かれている。

別の棚だからこそ、どうにか成立している。

それがもし一つにまとまったら、何かの均衡が崩れる気がする。


何がどう崩れるのかは知らない。

ただ、少なくとも落ち着かない。


---


夜。


やはりにぼし姫は現れた。


『醤油買えましたか』


俺はスマホを見たまま、しばらく動けなかった。


何だそれ。


何だその、今日の俺の買い物内容をピンポイントで刺すみたいな一言は。


『何で醤油』

と返す。


すぐに既読。


『なんとなくです』


絶対うそだろ。


『お前さ』

と打ちかけて、止める。


ここで踏み込んで何になる。

もし違ったらただの痛い人間だ。

もし合っていたら、それはそれで痛い。

つまり、どちらに転んでも今の時点では痛い。


白狼77がそこへ割って入ってくる。


『何その会話』

『夫婦かよ』


『違う』

と即返した。


『反応速』

『図星ほど速いんだよなあ』


うるさい。


にぼし姫が短く来る。


『補給お疲れさまです』


補給。


それは以前、俺が使った単語だ。

富子にもツッコまれたやつだ。

そして凛の前ではたしかに言っていない……はずだ。

言ってないよな?

いや、たしか言ってない。

だが、チャット上では使った。

にぼし姫はそれを拾っている。


それだけだ。

それだけのはずなのに、今日は何もかもが疑わしく見える。


『お前、ほんと何なんだよ』

と送ってしまった。


少し踏み込みすぎたかもしれない、と思ったのは送信後だ。


既読。

そして、少し間。


『たまたま詳しいだけです』


その返答に、俺はベッドへ倒れ込んだ。


「たまたま詳しいだけ、ね……」


それはもう、凛にも使えそうな表現だった。


たまたま詳しい店員。

たまたまコンビニの現場感があるネットの知り合い。

たまたま夜の客を覚えている誰か。


材料は揃っている。

だが、決め手がない。

そして何より、俺自身が決め手を取りに行く気になれない。


白狼77がまた来る。


『太郎』

『お前それ、かなり怪しいと思ってるだろ』


俺は天井を見ながら返した。


『知らない方が平和なこともある』


数秒後。


『それ、もうほぼ黒だと思ってるやつの台詞なんよ』


うるさい。

だがその通りでもある。


俺はスマホを伏せた。


確認したら終わる気がする。

何が終わるのかはわからない。

だが少なくとも、“知らないふりをしながら少し落ち着かない”くらいの今の状態は終わる。


そして人は、たまにその中途半端さへしがみつく。

真実より、不確かな平穏を選ぶことがある。


「……今日はもう寝るか」


誰に聞かせるでもなくそう言って、俺は目を閉じた。


にぼし姫。

風間凛。


頭の中でその二つの名前が並ぶ。

並ぶが、まだ一本の線にはしない。


たぶん今は、それでいい。

よくはないが、いい。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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