↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第3章 『いると助かるとか言うな』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/95

「風間凛はオタクに優しくない」



人は、自分の“好き”が他人に伝わる瞬間に弱い。


堂々としていればいい。

好きなら好きでいい。

別に悪いことではない。


理屈では、そうだ。


だが理屈と現実のあいだには、だいたいレジ一つぶんくらいの深い溝がある。


好きなものを持ってレジへ並ぶ。

相手はただの店員で、別にこちらの人生を裁くわけでもない。

なのに、商品を差し出した瞬間だけ、こちらの嗜好や優先順位や日々のしょうもなさが全部バレる気がする。


そしてその日の俺は、まさにそういう意味で、やや恥ずかしい買い物をしていた。


きっかけは、再販情報だった。


コンビニ限定の小さな食玩。

別に最優先で追っていたわけではない。

ただ、前に見かけた時にはスルーした。

スルーしたはずなのに、あとからじわじわ気になった。

しかも再販数が少ないかもしれない、という情報まで流れてくる。


やめろ、と思う。

そういう“少ないかも”は人の判断を雑にする。


だが今回、俺は前回ほど無様ではなかった。

少なくとも、家を出る前に「これは補給だ」とか「確認だけだ」とか、そういう薄い言い訳は使わなかった。


欲しい。

少し欲しい。

だから見に行く。


それだけである。


問題は、見に行った先に凛がいる可能性と、目的の商品があまりにも“その手の客”感を出しやすい見た目をしていることだけだ。


コンビニへ向かう道すがら、俺はポケットに手を突っ込んだまま空を見た。

夕方。

まだ明るい。

この時間帯は客層が読みづらい。

学生もいる。主婦もいる。仕事帰りにはまだ少し早い。

つまり、変に浮きたくない人間には一番面倒な時間でもある。


「……別に浮くようなもんでもないだろ」


独り言で自分を落ち着かせる。


食玩だ。

お菓子つきの小さい箱だ。

法に触れるわけでもないし、年齢制限もない。

なのに、どうして人はこういうものを持ってレジへ行く時だけ少しだけ足取りが悪くなるのか。


答えは簡単だ。

商品が悪いのではない。自意識が悪い。


自動ドアが開く。


店内へ入ると、すぐ奥の棚で目当ての再販商品を見つけた。

あった。

思ったより残っている。

だが人気どころはだいぶ減っている。

これもまた、嫌な情報だ。


俺は棚の前で一瞬止まり、箱の前面を見た。

全六種。

ランダム封入。


「悪い文明だな……」


思わず口に出た。


ランダムは本当に良くない。

欲しいものを欲しいままに取らせない構造は、人の心を少しずつねじ曲げる。


とはいえ、箱の重さで中身を見抜けるほど俺は熟練していないし、そこまで行く気もない。

そういうのは一線を越えている気がする。

いや、一線の定義は人それぞれだが、少なくとも今の俺の中では越えていない。


俺は箱を一つ取り、それから念のため飲み物も一本持つことにした。

食玩だけだと目的が露骨すぎる。

その理屈自体、もう十分目的に飲まれている感じはするが、ここまで来たら少しでも自然さを取り戻したい。


レジへ向かう。


そして、いる。


風間凛。


最近もう、この“いる”に対して一々心の中でため息をつくのも癖になってきた。

凛はレジ内で何かのポップを整理していて、俺に気づくといつもの温度で顔を上げる。


「いらっしゃいませ」


「……どうも」


よし。

まだ一応、いつも通りだ。


商品を置く。

食玩の箱。

飲み物。


箱がレジ台に乗った瞬間、俺の中で嫌な緊張が走る。

別に見ればわかる。

明らかにキャラクター物だ。

明らかに子ども向けにも見える。

そして俺は明らかに子どもではない。


凛がバーコードを通す。


ピッ。

ピッ。


そのまま終わってくれればよかった。


だが凛は、ごく普通の調子で言った。


「これ、再販ですね」


俺は顔を上げた。


「……知ってるのか」


しまった、と思った時には遅かった。

その返しはもう、こちらもそれを把握して来ている人間だと認めているようなものだ。


凛は特に気にした様子もなく言う。


「前回すぐなくなってたので」


「そうなんだ」


「問い合わせも多かったです」


なるほど。

それなら知っていても不自然ではない。

むしろ店員として自然だ。


……自然なのだが、それでも妙に“わかってる側”の言い方に聞こえてしまうのは、もうこちらが悪い。


「人気あるんだな」


俺がそう言うと、凛は箱を手に持ったまま少しだけ視線を落とした。


「たぶん、中身より箱で選ぶ人もいますよね」


その一言に、俺は一瞬止まった。


中身より箱。


それはわかる。

いや、完全にわかる。

食玩やランダム系の商品は、箱絵の段階でかなり心を持っていかれることがある。むしろ中身が見えないからこそ、箱の情報量がすべてになる。


だが、それを言葉にされると少し困る。

困るが、気づけば返していた。


「……まあ、箱の時点で強い時あるしな」


またやった。


“強い”とか言うな。

そういうオタク側の語彙を、自然に出すな。


凛はほんの少しだけ目を上げる。


「そうなんですね」


この返しはずるい。

否定しない。

笑わない。

でも少しだけ受け止める。

だから、こちらだけがあとで恥ずかしくなる。


「いや、別に……」


何を今さら濁すのか。

すでに遅い。


凛は袋を取りながら、さらに淡々と続けた。


「このシリーズ、前のやつも人気でした」


「前の?」


「小さいロボみたいな」


心臓が少しだけ跳ねた。


知っている。

しかも、“小さいロボみたいな”という雑な説明で済ませないあたり、少なくとも視界を滑っていっただけではない。


「……ああ、あれか」


俺は気づけば普通に頷いていた。


「あれは造形がよかった」


もう駄目だ。

完全に駄目だ。


造形がよかった。

何だその語り口は。

近所のコンビニのレジで、そんな単語を使うな。


凛は少しだけ黙ってから言った。


「やっぱり、そういうの見るんですね」


その一言は、そこまで強くない。

むしろ普通だ。

だが、“やっぱり”が効く。


「……見るだろ、そりゃ」


「そうなんですね」


会話としては成立している。

成立しているのに、こちらの精神がついていかない。


袋を渡される。


「袋、こちらで」


「……どうも」


そのタイミングで終わればよかった。


だが、凛がほんの何でもない感じで言った。


「当たりだといいですね」


俺はその場で半歩だけ固まった。


「え」


「中身」


「ああ……」


そうだった。

ランダムだ。

まだ中身はわからない。


そこでそんな言葉を添えるのは、店員として普通なのか。

もしかすると普通かもしれない。

だが、今の俺には少しだけ刺さる。


「……まあ、何でも」


嘘だ。

本当は“何でも”ではない。

だが、そこで本気の本音を出せるほど強くもない。


凛はそれ以上何も言わなかった。


「ありがとうございました」


「……どうも」


店を出る。


夕方の空気が少しだけ冷たくなっていた。

袋の中に、小さな箱が一つ。

たったそれだけなのに、やけに存在感がある。


「当たりだといいですね、か……」


歩きながら呟く。


普通に考えれば、なんでもない。

ランダム商品なのだから、そう言うこともあるだろう。

だが、そういう“なんでもない一言”に弱いのがオタクという生き物だ。

わかってる。

わかってるが、だからこそ効く。


---


部屋へ戻る。


ドアを閉める。

机の上へ袋を置く。

そして小さな箱を取り出す。


ここから先は神聖な時間である。

開封は静かにやるべきだ。

無駄な音を立てず、余計な期待も抑えつつ、ただ現実を受け止める。


「……行くか」


小さく呟いて箱を開ける。


結果。


「…………」


微妙だった。


外れではない。

外れではないのだが、一番欲しかったやつでもない。

二番手、あるいは三番手くらい。

嫌いではない。

むしろ好き寄りだ。

だが、“これじゃない”の空気はどうしても少しだけある。


「いや、別に、悪くはない」


人はこういう時、だいたい誰も聞いていない部屋で言い訳を始める。


「悪くはない。普通にいい。

ただ……あっちならもっと、こう……」


その先を言語化すると惨めになるのでやめた。


オタクには、言葉にしない方がいい感情がある。

無料十連の微妙な結果。

ランダム特典の二番手。

配布石の端数。

そういう“負けではないが勝ちでもない何か”だ。


俺は箱の中身を机に置き、しばらく眺めた。


「……何とも言えねえな」


嫌いじゃない。

それは本当だ。

でも一発目で本命が来なかった時、人はどうしても“次”を考えてしまう。


駄目だ。

そこで次を考え始めると底が抜ける。

二個目。

三個目。

その先にあるのは、だいたい後悔である。


スマホが震えた。


にぼし姫だった。


『再販、見ました』


俺は無言で画面を見る。


『そうか』

と返す。


すぐ既読。


『当たりでしたか』


やめろ。


なぜ今日に限ってそんなに刺さることを聞いてくる。

いや、凛にも言われた。

あたりだといいですね、と。


またそこで頭の中に二つの声が並ぶ。

風間凛。

にぼし姫。


そしてそれが落ち着かない。


『微妙』

とだけ返す。


少し間があって、返事。


『一番欲しいのは出なかった感じですね』


俺はスマホを見たまま止まった。


何でわかる。


いや、わかるか。

“微妙”という返答はそういう時にしか出ない。

たしかにその通りだ。


『まあ』

と返すと、にぼし姫からさらに来る。


『その“まあ”はだいたいそういう時のです』


図星すぎる。


俺はベッドへ倒れ込み、顔の上にスマホを乗せた。


「……何なんだよもう」


凛もにぼし姫も、たまにこうして妙にこちらの気恥ずかしい部分をピンポイントで突いてくる。

わざとなのか、たまたまなのか、それがわからないのが一番困る。


少しして、またメッセージ。


『でも、嫌いじゃないやつが出ると困りますよね』


俺は、そこでようやく小さく笑ってしまった。


そう。

それだ。


一番欲しいわけではない。

でも嫌いじゃない。

だからこそ捨てきれないし、負けたとも言いづらい。


『そういうやつ』

と返す。


『わかります』


その二文字が、やけにすんなり入ってきた。


わかります。


たったそれだけなのに、妙に救われる時がある。

理屈ではなく、ただ温度だけが合うやつだ。


だが次の瞬間、俺はまた別の落ち着かなさに気づく。


「……いや、何でそんなわかるんだよ」


口に出してから、スマホを見る。


やはり、にぼし姫は怪しい。

そして凛も怪しい。


だが今ここでその二つを繋げようとすると、別の意味で疲れる。

今日はもうやめた方がいい。


俺はスマホを伏せ、机の上の微妙な当たりを見た。


「……まあ、こいつはこいつで悪くない」


今度は、さっきより少しだけ素直に言えた。


欲しいものが欲しい通りに来ないこと。

そのくせ、完全な外れでもないこと。

オタク人生には、そういう妙な半端さが多い。


そしてたぶん、そういう半端さに一番弱い。


俺は机の端へその小さな景品を置いた。

思ったより、見た目は悪くない。


「次はないぞ」


誰に言うでもなくそう呟く。


だが、人類はだいたいこういう時に同じ失敗を繰り返す。

そのことを、俺はもう十分知っていた。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

もし作品を気に入っていただけましたら、

下部の☆☆☆☆☆より評価をいただけると大変励みになります。


★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります(^^)/


また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。