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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第3章 『いると助かるとか言うな』

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「姪の友だちは遠慮がない」



子どもの質問には、ためらいがない。


大人なら空気を読んで飲み込むこと、話題として危ないと判断して逸らすこと、そういうものを子どもはまだ十分に身につけていない。

だからこそ、まっすぐで、正直で、時にひどく鋭い。


たとえば初対面の相手に向かって、

「この人なにしてる人?」

みたいなことを、悪意ゼロで投げてくる。


あれは刃物に近い。

しかも持っている本人にその自覚がないから、防ぎづらい。


その日の午後、俺はごく普通の雑務の途中だった。


富子に頼まれて、回覧板を隣へ回しに行った帰りである。

最近の俺は本当にこういう役が多い。

なぜなら家にいるから。

この理屈は、もはや自然法則に近い。反論は可能だが、通るとは限らない。


空は少し白く、夏の終わりにしてはまだ蒸し暑い。

道の端では蝉が最後の気力で鳴いていて、遠くからは子どもの遊ぶ声が聞こえる。


その声に、嫌な予感がした。


最近、子どもの声に対する俺の危機察知能力はだいぶ上がっている。

誇れることではないが、だいぶ上がっている。

とくに、健太の声は識別率が高い。あいつは声量があるし、内容もだいたい無駄に元気だ。


「あっ、おじさん!」


やはり健太だった。


「……いたのか」


「いたのかって何」


「いや、まあ、いそうだとは思ったけど」


通りの向こう、佐藤家の前あたりに健太とひながいた。

さらに、その横にもう一人。

見覚えのない女の子がいる。


来たな、と思った。


こういう時に知らない子が一人増えている状況は、ろくでもない。

だいたい説明イベントが発生する。

誰?

何の人?

何してるの?

そのあたりだ。


俺は回覧板を持ったまま足を止めた。

逃げるか。

いや、ここで露骨に逃げると、それはそれで感じが悪い。

しかもひなはもうこちらに気づいている。健太に至っては全力で手を振っている。


逃走ルートは消えた。


「おじさん、今なにしてたの?」


ひなが先に聞いてくる。


「回覧板」


「かいらんばん?」


横の女の子が首をかしげた。


説明が面倒な単語を先に出すなよ、と自分でも思う。

だが、回覧板は回覧板でしかない。


「近所で回すやつ」


「へえ」


女の子は小さく頷いた。

年齢はひなと同じくらい。

肩までの髪。

水色のワンピース。

こちらを見ているが、初対面の大人に対する距離感としては正常な警戒がある。よかった。少なくとも健太ほどではない。


その子が、小さな声でひなに聞いた。


「……だれ?」


聞こえてるぞ。


やはり来た。

イベント発生である。

しかも回避不能。ここで無言で消えると余計に不自然だ。


ひなは前みたいに少し長く迷うことはなかった。

ほんの一瞬だけ俺を見て、それから自然に言った。


「うちのおじさん」


その言い方が、もうかなり自然だった。


以前なら“おじさん”にもう少しだけ警戒や説明の気配が混じっていた気がする。

今は違う。

“うちのおじさん”というカテゴリーが、ひなの中でかなり普通のものになっている。


女の子は「ふーん」と言った。

まだ少し警戒はある。

だが、正体不明の大人ではなく、ひなの身内として認識されたことで一段階下がったのは見て取れた。


「何ていうの?」


女の子が今度は俺に聞く。


名前。

そのくらいなら平気だ。

たぶん。


「……太郎」


「たろう?」


「佐藤太郎」


「へえ」


そのへえは別に褒めていない。

名前として受理しただけだ。


健太が横から雑に補足する。


「このおじさん、ゲームめっちゃ知ってるよ」


余計なことを言うな。


ひなもすぐ乗る。


「あと、さがしものうまい」


その紹介の仕方、何なんだ。

スキルツリーみたいに言うな。


女の子は少しだけ目を丸くした。


「探し物?」


「すぐみつけるの」


「あと虫もやった」


「それはもういいだろ!」


思わず声が出た。


健太が笑う。

ひなは真顔で続ける。


「あと家のことわかる」


「家のことわかる、って何だよ」


「いろいろ」


雑だな。


だが、その雑さの中に、ひなが俺を前向きな方向で説明しようとしている気配はあった。

それが妙に落ち着かない。


女の子が、今度はこっちを少しだけよく見る顔になった。


「へえ。すごいんだ」


「いや、別にすごくは」


「でもこのおじさん、部屋もすごいよ」


やめろ健太。

それは危ない情報だ。


「へや?」


女の子が反応する。


駄目だ。

その方向は駄目だ。


「秘密基地みたい」


「違う!」


健太が勝手に評価する。

ひなも少しだけ考えてから言う。


「……ちょっとそう」


「お前まで」


裏切るな。


女の子はくすっと笑った。

その笑いには、明確な悪意はなかった。

たぶん“変なおじさん”の範疇にはいるが、“危ない大人”ではないと判断され始めている。


そこがまた、妙にむず痒い。


「ゲームって何やるの?」


女の子が聞いた。


来た。

会話の二段目である。

一段目が自己紹介なら、二段目は趣味確認。

ここで変な温度を出すと、だいたい事故る。


「別にいろいろ……」


「へえ」


「ロボのとか」


なぜ言った。

そこはもっと無難に“まあ普通の”とかでよかっただろ。


だが一度口に出すと、健太がすぐ食いつく。


「この前やったやつ!」


「そう」


「おじさん、説明長いけど詳しい」


「フォローなのかそれ」


女の子はまた少し笑った。


そこへ、ついに危ない球が来た。


「いつも家にいるの?」


俺は一瞬で固まった。


球速は速くない。

変化球でもない。

だがコースがえげつない。

子ども特有の、悪意ゼロで核心へ投げてくるやつだ。


俺の脳内で、一気に複数の返答候補が立ち上がる。


いる時はいる。

そういう日もある。

今はね。

別にずっとじゃない。

いや、かなりいる。

だがそれをどう言い換える。


俺が詰まった、その一瞬を、ひなが先に埋めた。


「いるときもあるよ」


絶妙だった。


完全否定もしない。

だが全部を説明もしない。

しかも子どもの会話として不自然ではない。

何なんだその処理能力は。


女の子は素直に頷く。


「そうなんだ」


助かった。

たぶん。


だが健太がそこで余計な一撃を入れてくる。


「でもけっこういる」


「お前は黙ってろ」


「何で!」


「今のは黙る場面だろ」


健太は不満そうだったが、ひなが小さく言った。


「けんた、それはいわなくていい」


珍しく、ひなも少し低い声だった。


健太はそこでようやく「えー」と口を尖らせるだけで止まった。


女の子はその空気を完全には読めていないらしく、きょとんとしている。

それでいい。

全部わからなくていい。


少しだけ間が空いて、ひなが今度は普通の声で言った。


「でも、変だけどやさしいよ」


俺はまた固まった。


何なんだその評価。


前半で一回刺し、後半で一回救済するな。

心臓に悪い。


女の子は普通に納得したみたいに言う。


「へえ。じゃあいいおじさんなんだ」


「いや、それはどうだろうな……」


反射で否定しかけたところを、良子の声が後ろから切った。


「そこで否定しないの」


振り向くと、いつの間にか良子が玄関先に立っていた。

腕を組み、完全に面白がっている顔だ。


「お兄ちゃん、それもうひなのフォローが全部台無しだから」


「いや、だって変だって言われてるんだぞ」


「そこに引っかかるなって」


健太は面白そうに、女の子へ説明する。


「このおじさん、そういうとこある」


「どういうとこだよ」


「めんどくさいとこ」


正確すぎて腹が立つ。


女の子――どうやら美咲というらしい――は、そこで初めて少しだけ警戒を解いて笑った。


「おもしろいね」


俺はその言葉に、少しだけ変な気分になった。


おもしろい。

それは大人相手に言われると、馬鹿にされているのか助かっているのか判断が難しい。

だが子ども相手だと、比較的そのまま受け取っていい気もする。


「おもしろくはない」


「いや、おもしろいよ」


ひなが普通に言う。


そこに悪意がないのが一番困る。


良子が笑いながら手を叩いた。


「ほらひな、そろそろおやつにしなよ。美咲ちゃんもよかったら上がる?」


美咲が少し戸惑い、ひなが「くる?」と聞き、健太が「オレも行く」と勝手に参加表明する。

いつの間にか俺だけがその輪から少し外れていた。


だが、その外れ方は前より少し違った。

完全に別世界ではなく、ちゃんと“ひなの身内”として一度そこへ置かれたあと、外れた感じ。


それが妙に残る。


ひなが玄関へ向かう途中で、俺を振り返って言った。


「おじさんもくる?」


「行かない」


「だよね」


その“だよね”に、変な遠慮も失望もなくて助かった。


子どもたちが家の中へ入っていく。

健太だけは最後にもう一度こっちを見て言った。


「おじさん、またゲーム教えて」


「考えとく」


「それ、たぶんやるやつだ」


「うるさい」


健太は笑って中へ消えた。


静かになった庭先で、俺は回覧板を持ったまましばらく立っていた。


変だけどやさしい。

家のことがわかる。

ゲーム知ってる。

部屋が秘密基地みたい。


どれも、まともな紹介文ではない。

ないが、全部ひなの口から出たものだ。


そしてそのことが、思った以上に尾を引く。


良子が玄関からまだこっちを見ていた。


「お兄ちゃん」


「何」


「今の、だいぶ良かったじゃん」


「何が」


「ひなが普通に紹介してたとこ」


俺は少しだけ目を逸らした。


「……変って言われたけどな」


「そこを一番引きずるなって」


「引きずるだろ普通」


「でも、そのあとちゃんとフォローされてたじゃん」


良子の言う通りではある。

だが“変”の初撃はやはり重い。


良子は少しだけ笑いを引っ込めて、珍しくやわらかい声で言った。


「前はね、ひな、外でお兄ちゃんのこと説明するの少し迷ってたの」


俺は顔を上げた。


「でも今は普通に“うちのおじさん”って言ってたでしょ」


「……まあ」


「それ、けっこう大きいよ」


言われると、たしかにそうなのかもしれなかった。


身内として紹介される。

しかも前向き寄りの情報つきで。

それは、子どもの中の信頼がかなり進んでいないと起きないことだろう。


俺はしばらく黙ってから、回覧板を持ち直した。


「別に、すごいことじゃないだろ」


「そうやってすぐ引く」


「引いてない」


「引いてる」


良子は笑って、家の中へ戻っていった。


一人残されて、俺はようやく小さく息を吐いた。


すごいことではない。

たしかにそうだ。

世界が変わったわけでもない。

俺が急に立派な大人になったわけでもない。


ただ、外の子どもに対して、ひなが俺を少しだけ“出していいもの”として扱った。

それだけだ。


それだけなのに、妙に落ち着かない。


俺は二階へ戻り、自室のドアを閉めた。


薄暗い部屋。

机。

棚。

いつもの空間。


だが、今日はさっきのやり取りが頭から離れない。


変だけどやさしい。

それを褒め言葉として受理していいのか。

“家のことが強い”という紹介は、どの職能分類に入るのか。

秘密基地みたい、は最悪なのか一周回って良いのか。


「……情報が雑なんだよな、全部」


独り言を呟いてから、少しだけ笑いそうになった。


ひならしい。

すごく、ひならしい紹介だった。


不器用でもなく、気取ってもいなくて、たぶん今のひなの中にある俺の像が、そのまま雑に言葉になったのだろう。


それを思うと、まあ、悪くはないかもしれない。


……変、は余計だが。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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