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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第2章 『ついでの範囲が広すぎる』

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エピローグ 「自宅警備員、生活圏を守る」



大きな事件は起きない。


少なくとも、俺の生活圏ではそうだ。


魔王も来ない。

世界の危機もない。

天才の陰謀や、国家を揺るがす秘密もない。


その代わり、どうでもいい面倒が絶えず発生する。


母さんがどこかへ置いたまま見つからない眼鏡。

庭へ入り込むボール。

子どもが「さっきまであった」と言い張る小物。

コンビニでギリギリ残っている商品。

降るか降らないか判断しづらい空。

鳴るタイミングの悪いインターホン。


そういうものを、一つずつ、誰かが処理して、今日という日は何となく回っていく。


その日も、始まりは本当にくだらなかった。


朝。

俺は一階で、富子の老眼鏡を探していた。


「さっきまでここにあったのよ」


富子は台所とリビングの境目あたりを指差しながら言う。

その“ここ”が信用できないことは、今までの経験でよく知っている。


「最後に何してた」


「朝ごはんの後、新聞見て、それから洗濯機回して……」


「じゃあ移動してるだろ」


「そうかしら」


「してる」


俺はテーブルの上、新聞の山、台所カウンター、冷蔵庫の上、洗濯カゴの近くを順番に見た。

答えはわりとすぐ出た。

洗濯カゴの横に置かれたタオルの下だ。


「あった」


「どこに?」


「そこ」


俺が差し出すと、富子は受け取りながら何でもない調子で言った。


「助かるわ」


眼鏡探しが終わった、その五分後。


ピンポーン。


インターホン。


俺の肩が条件反射で揺れる。


「太郎ー、出てー」


富子の声が飛ぶ。


「何で朝からこう重なるんだよ」


「知らないわよ」


玄関モニターを見る。

宅配便。

黒田さん。

最近はもう、この人相手ならかなりましだ。


俺は一度だけ小さく息を整えてから玄関へ向かった。


「……どうも」


「お届け物です」


やり取りは短い。

受け取りもスムーズ。

昔の俺なら、ここで一拍二拍と遅れて不在票コースだったことを思うと、我ながら少しは進歩したのかもしれない。


段ボールを持って戻ると、富子が言った。


「ついでにそれ開けといて」


「何でついでが増えるんだ」


「どうせ中身確認するでしょ」


たしかにそうだ。

送り主は父さんだった。

中には地方の菓子と、なぜか使い切りのおしぼりが大量に入っていた。何でだ。


「またお父さん?」


「また父さん」


「何入ってた?」


「菓子と、おしぼり」


「どういう組み合わせよ」


「知らん」


そんな会話をしていると、今度は玄関の外から元気な声がした。


「おじさーん!」


健太だ。


俺は段ボールを閉じながら、天井を見た。


「今日は何なんだよ……」


玄関を開けると、健太はボールではなく、片手に小さなプラスチックの部品みたいなものを持っていた。


「これ何かわかる?」


「第一声がそれかよ」


「自転車のとこから取れた」


見せられたのは、たぶんライトか鍵の一部っぽいパーツだった。

健太本人はあまり困っていない顔だが、“わからないからとりあえずおじさんに聞く”くらいの雑な信頼はあるらしい。


「壊したのか」


「壊してない!取れただけ!」


「それを壊れたと言うんだよ」


だが、見れば差し込み式の簡単な部品だった。

健太の自転車を見に行き、数秒で元に戻す。


「おお」


「おお、じゃない。次から無理に引っ張るな」


「引っ張ってないって」


「じゃあ勝手に外れたのか」


「……ちょっと引っ張った」


正直でよろしい。


そのやり取りを、ひなが横から見ていた。

いつの間に来たのか、今日は良子と一緒にもう実家へ来ていたらしい。


「おじさん、またなおした」


「また、って何だ」


「なんかいろいろなおすひと」


その評価もだいぶ雑だが、前よりずっと自然だった。


良子も後ろから来て、肩をすくめる。


「便利だねえ、お兄ちゃん」


「雑に使うな」


「でも助かってるじゃん」


その時点では、まだこの日が“少しずつ全部つながる日”になるとは思っていなかった。


昼を回ってから、富子が言った。


「太郎、悪いけどまたコンビニ行ってきて」


「また?」


「しょうゆもう一本欲しいのと、あとひながプリン食べたいって」


ひなはソファの上で、少しだけ気まずそうに言う。


「……たべたい」


「“……”をつければ圧が減ると思うなよ」


だが減らないどころか増す。

子どもの遠慮がちの一言は、大人にとってかなり強い。


俺は渋々財布を持った。


「しょうゆとプリンな」


「あと、できたら牛乳も」


「増えた」


「重くないでしょ」


家の人間は、買い物リストを追加する時の罪悪感が薄い。


外へ出ると、空は微妙な色だった。

晴れでも曇りでもない。

雨が降るかもしれないし、降らないかもしれない。

こういう天気は面倒だ。


コンビニまでの道を歩きながら、俺は今日の妙な忙しさを考えていた。


眼鏡。

宅配。

父さんの荷物。

健太の自転車。

次はしょうゆとプリン。


全部小さい。

全部どうでもいい。

どうでもいいが、その“どうでもいい”が途切れず来ると、気づけば一日が組み上がっていく。


コンビニへ入る。


店内はいつも通り明るい。

棚を回り、しょうゆ、牛乳、プリンを取る。

ついでにエナジードリンクも一本手に取る。

完全に条件反射だが、もう言い訳する気も薄くなってきた。


レジには凛がいた。


俺は一瞬だけ、またか、と思った。

だが同時に、以前ほど身構えなくなっていることにも気づく。

気まずいのは相変わらずだ。

だが“ゼロから全部気まずい”ではない。

そこが少し違う。


「いらっしゃいませ」


「……どうも」


やっぱり“どうも”は出る。


商品を置くと、凛がプリンを見て言った。


「今日はプリンなんですね」


その一言に、以前の俺なら確実に動揺していた。

だが今日は、先に言葉が出た。


「姪が食べたいらしくて」


「ああ、そうなんですね」


凛は少しだけ頷く。


「この前のクッキーの子ですか」


「まあ」


「甘いもの好きなんですね」


「子どもだからな」


そこで会話が一瞬だけ普通に成立してしまい、俺は内心で少し戸惑った。


凛は会計をしながら、ほんの何でもない口調で言う。


「今日は晴れるのか降るのか、微妙ですね」


「そうだな」


前なら、ここで変に意識していた。

だが今日は、天気の話が天気の話のまま終わった。


それだけで、少しだけ妙な感じがした。


会計を済ませて店を出る。


空はまだ迷っているみたいな色だった。


「……何なんだろうな」


小さく呟く。


生活圏というのは、繰り返し同じ場所へ行くうちに、関係が薄く積もっていくのかもしれない。

顔を覚えられる。

買うものを覚えられる。

こちらも相手の声や言い方に慣れる。


それは別に、劇的な変化ではない。

ただ、最初ほどいちいち全部が異物ではなくなるだけだ。


帰り道、公園の脇を通る。

そこに健太とひながいた。


「おじさーん!」


健太がまた遠くから手を振る。


「うるさい」


「何買ったの!」


「しょうゆ」


「地味!」


「お前が聞いたんだろ」


ひなが袋を覗き込もうとしてくる。


「プリンある?」


「ある」


「やった」


そのまま二人とも家の方へついてくる。

何でだ。


家に着く頃には、ひなが自然に袋を半分持とうとして、健太は玄関の前で止まり、俺はそれを見て“ここまで普通に一緒に帰ってきたな”と思っていた。


中へ入ると、富子が言う。


「おかえり。買えた?」


「買えた」


「プリン!?」


ひながすぐ反応する。


「あるから落ち着け」


「ひな、先に手洗ってから!」


良子が止める。


健太は玄関先からそれを見て、笑っていた。


「おじさん、今日めっちゃ働いてない?」


失礼だな。


「働いてない。動いただけだ」


「それを働くって言うんじゃないの?」


横から良子が乗る。


富子まで言う。


「今日はほんとよく動くわね」


「勝手に用事が来てるだけだ」


「でも全部やってるじゃない」


そこで初めて、俺は少しだけ立ち止まった気がした。


たしかにそうだった。


朝から、全部小さいことばかりだ。

眼鏡を見つける。

宅配を受け取る。

自転車の部品を戻す。

買い物へ行く。

プリンを買ってくる。

子どもに話しかけられる。

コンビニで少し会話する。


何一つ、大したことではない。

けれど、その全部を“まあいいか”と流さずにやると、一日というものは妙にちゃんと進む。


夕方、ひながプリンを食べている横で、富子がぽつりと言った。


「太郎がいると、最近ちょこちょこ助かるのよね」


俺はコップを持つ手を少し止めた。


そういう言い方は、反応に困る。


「……何だよ急に」


「事実よ」


「たまたまだろ」


「たまたまが続いてるんでしょ」


富子は本当に何でもない調子でそう言った。

その温度が、逆に妙に残る。


良子も、からかうでもなく頷いた。


「まあ、前よりはかなりね」


「前提がひどいな」


「前がひどかったんだから仕方ないじゃん」


否定できないのが悔しい。


ひなはプリンのスプーンを持ったまま、こっちを見て言う。


「おじさん、きょういっぱいやったね」


「……そうかもな」


「すごい」


「大げさだ」


「でも、いっぱい」


その“いっぱい”が、今日は妙に正しかった。


夜、自室へ戻る。


ドアを閉める。

薄暗い空間。

机。ベッド。棚。

いつもの自分の部屋。


椅子に座って、ようやく一息つく。


疲れている。

それは間違いない。

何も大きなことはしていないのに、細かいことで一日が埋まり、気づけばちゃんと消耗している。


だが、嫌な疲れ方だけでもなかった。


窓の外はもう暗い。

近所の音も減ってきている。


俺はしばらく黙ってから、小さく息を吐いた。


「……家の中だけじゃないな」


独り言が、部屋の静けさに落ちる。


最初は、自分の部屋だけだった。

そこから、家の中。

リビング。

台所。

探し物。

小さな雑務。


そして今は、玄関の外、庭先、近所の公園、コンビニ、そのあたりまでが、少しずつ自分の行動圏として繋がり始めている。


もちろん、まだ広い世界の話ではない。

電車に乗ってどこかへ行くわけでもないし、社会復帰がどうとか、そういう立派な話でもない。


ただ――


ここらへん。

この家と、この近所と、このコンビニと、この公園。

そのくらいの狭い生活圏なら、以前よりは少しだけ、ちゃんと立っていられる気がした。


「……ここらへんなら、まだ何とかなるかもしれない」


声に出してみる。


言い切るにはまだ弱い。

明日にはまた面倒くさくなって、布団の上でだらだらしているかもしれない。

インターホンが鳴ればやっぱり少し身構えるし、コンビニで凛に会えば無駄に意識もするだろう。


それでも、今日の感覚は今日の感覚として残る。


自宅警備員。

探し物係。

たんていおじさん。

最近はそこへ、近所の雑用係みたいなものまで足されつつある気がする。


どれも、格好いい肩書きではない。

だが、何もないよりは少しましだ。


俺は机の上のエナジードリンクを手に取り、プルタブへ指をかけた。


部屋は静かだ。

外も静かだ。


家の中なら少しだけやれると思った。

そして今は、その先がほんの少しだけ見えた気がする。


それで十分だろう、と俺は思った。


少なくとも今夜のところは。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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引き続きよろしくお願いいたします。

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