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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第2章 『ついでの範囲が広すぎる』

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「家の外でも、少しなら」



人が動く時、たいてい立派な理由はない。


正義感とか責任感とか、そういう綺麗な言葉で説明できることも世の中にはあるのだろう。

だが少なくとも、俺の人生においてはあまり多くない。


気づいたから。

放っておくと面倒になりそうだったから。

目の前で困っていたから。

その程度だ。


けれど、案外そういう“その程度”の方が、あとからじわじわ効いてくることがある。


その日の夕方、俺は珍しく一人で外にいた。


理由は簡単だ。

富子に醤油を頼まれたからである。


最近、本当にこういうのが増えた。

家にいるんだからついでに。

近いんだからそのくらい。

どうせ出るなら。

その理屈で、俺の生活圏はじわじわと広がり続けている。


もちろん、今日も最初は面倒だった。

面倒だったが、町内清掃を一度経験してしまうと、コンビニまでの買い物くらいが相対的に軽く見えるから不思議だ。

人間の基準とは、こうして少しずつ壊れていくのかもしれない。


コンビニへ向かう途中、空はもう少し赤みを帯び始めていた。

夕方の住宅街。

昼よりはましだが、人の気配はまだある。

どこかの家から夕飯の匂い。

自転車のブレーキ音。

子どもの笑い声。


そういうもの全部に、俺は相変わらず少しだけ気を張る。

慣れたわけではない。

ただ、昔より少しだけ“耐えられる時間”が伸びたのだと思う。


コンビニで醤油を買い、ついでに自分用のエナジードリンクも一本だけ確保し、店を出る。


レジには幸い凛はいなかった。

いや、幸いと言っていいのかどうかは微妙だ。

いないと少しだけ安心し、いたらいたで妙に気にする。

最近はそういう面倒な領域に入ってきている気がして、自分でも嫌になる。


帰り道は、公園の脇を通るルートだった。


近道ではない。

だが車通りが少なくて歩きやすいので、夕方はその道を使うことが多い。

公園にはまだ子どもが少し残っていて、ブランコがきしむ音が遠くに聞こえる。


その時、聞き慣れた声がした。


「あれ?」


ひなだった。


公園の入口あたりに立っていて、きょろきょろとあたりを見ている。

良子の姿はない。

近くに大人も見えない。


俺は反射的に足を止めた。


ひなもこっちに気づき、少しだけほっとした顔をする。


「おじさん」


「何してる」


かなりぶっきらぼうな言い方になったが、内心では一瞬で別の警報が鳴っていた。


ひなが一人。

公園の入口。

きょろきょろしている。

つまり、何かしら“ちょっと困っている”状態の可能性が高い。


「ママがね、ちょっとだけ待っててって言って」


「で?」


「待ってた」


「うん」


「でも、いない」


やっぱりそうか。


俺は公園のまわりをざっと見た。

良子の姿はない。

トイレか、自販機か、知り合いに捕まったか、そのへんだろう。

大ごとではない可能性の方が高い。

だが、ひなの顔は明らかに“ちょっと困る”を越えて、少し不安寄りに傾いていた。


「どっち行った」


「わかんない」


「何て言ってた」


「すぐもどるって」


子どもにとっての“すぐ”は大人よりずっと短い。

十分でも長い。

それをわかっていない大人は多い。良子もその一人だろう。


俺は袋を持ち直した。


「何分くらい待ってた」


「……いっぱい」


これはあてにならない。

だが、ひなの様子からすると、少なくとも本人の中ではかなり長く感じている。


「スマホ持ってないのか」


「ない」


「そうか」


当然といえば当然だ。


俺はひなの横に立った。

別に大げさなことをする必要はない。

泣いているわけでもないし、迷子というほど遠くへ来ているわけでもない。

公園の入口にいて、親と一時的にはぐれたようなものだ。


だが、その“ようなもの”を、放って帰るほど俺も薄情ではないらしい。


「ここで待つか」


俺が言うと、ひなが少しだけ近づいてきた。


「うん」


「でも道の真ん中じゃなくて、こっち」


公園の柵の近くへひなを寄せる。

自転車や車から見えやすく、でも危なくない位置。

こういう判断をしている自分に、少しだけあとから驚く。


「おじさん、かえるとこだった?」


「まあな」


「ごめん」


「別に」


その“ごめん”は、子どもの言葉としてかなり正しい方向だった。

むしろ、ちゃんとそう言えるのはえらい。


ひなは俺の持っているコンビニ袋を見た。


「またエナジードリンク」


「うるさい」


「ママもそれ、だめって言ってた」


「だめじゃない」


「でも、また買ってる」


「必要だからだ」


「ほんとに?」


「……たぶんな」


そこでひなが少しだけ笑った。


さっきまで不安そうだった顔が、少し戻る。

その変化に、俺は内心で少しだけ安心した。


数分経った。


思ったより長い。


俺は一度、周囲を見回した。

少し向こうの自販機前。

公園のトイレ側。

細い路地の先。


どこにも良子の姿はない。


これは、少しだけ探した方がいいかもしれない。

だがひなを一人にするのもよくない。


その時、向こうから走ってくる人影が見えた。


「ひな!」


良子だった。


手には小さなスーパーの袋。

息を少し切らしている。


「ごめんごめん!自販機寄ったらレジ混んでて……って、お兄ちゃん?」


気づくのが遅い。


「遅い」


俺はかなり低い声で言った。


良子が一瞬だけ目を丸くする。


「え」


「すぐ戻るって言ったんだろ」


「いや、でもそんなに」


「子どもにとっては長いだろ」


自分でも少し驚くくらい、するっと言葉が出た。


説教する気はなかった。

ただ、言うべきことだと思っただけだ。


良子は数秒だけ黙った。

そのあと、ひなの前にしゃがみこんで頭を下げる。


「ごめん。ほんとに」


ひなは少しだけ唇を尖らせたが、すぐに小さく頷いた。


「……うん」


「心細かった?」


「ちょっと」


「ごめん」


そこでようやく、場の空気が少し緩んだ。


良子は立ち上がって、今度は俺を見る。


「お兄ちゃん、いてくれたの?」


「見たら一人だったからな」


「……そっか」


その返しはいつもの良子より少し遅かった。

茶化すより先に、本当に助かったと思っている顔だった。


だが、だからこそ居心地が悪い。


「別に大したことじゃない」


「いや、でも」


「おじさん、いっしょにいてくれた」


ひながそう言うと、良子は一瞬だけ視線を落としてから、軽く息を吐いた。


「ありがと」


ちゃんと言われると、困る。


「……別に」


やっぱりそれしか出ない。


良子は少しだけ苦笑した。


「そこは相変わらずだね」


「うるさい」


「でも助かった」


もう一度そう言われて、俺はそれ以上否定できなかった。


三人で家の方へ戻ることになった。

ひなは良子と手をつなぎながらも、時々こちらを見る。

その表情には、さっきまでの不安はほとんど残っていなかった。


歩きながら、良子が少し低い声で言った。


「ほんとごめん。すぐ戻るつもりだったんだけど」


「子ども置いてく時は、つもりで動くなよ」


「……はい」


珍しく素直だな、と少し思う。

良子も、さすがに自覚はあったらしい。


「お兄ちゃん、そういうこと言うんだね」


「何だよ」


「いや、もっと“まあいいんじゃない”って流すかと思った」


「流せない時は流せない」


「ふーん」


その“ふーん”には、からかいと少しの見直しが混ざっていた。


家の前に着くと、ひなが手を離して先に玄関へ向かった。


「おばあちゃんにいう!」


「何を」


「おじさん、いてくれたって!」


やめろ。

報告するな。


だがもう遅い。

ひなは元気よく家の中へ駆け込んでいく。


良子がその後ろ姿を見ながら、小さく笑った。


「これ、お母さんにも褒められるやつだね」


「いらない」


「でも、ちょっとかっこよかったよ」


その言い方はずるい。

真顔ではなく、少し笑いを混ぜているから余計に処理に困る。


「やめろ」


「はいはい」


良子はそう言って先に家へ入った。


俺は玄関の前で、少しだけ立ち止まった。


やったことは大したことではない。

公園の入口で、少し不安そうな姪と一緒にいただけだ。

良子が戻るまで数分、そばにいた。

それだけ。


それだけなのに、胸の奥に妙な手応えが残っている。


外で。

家の外で。

しかも、かなり自然に動いていた。


考えるより先に、足が止まって、声が出て、ひなのそばに立っていた。


「……外でも、少しなら」


小さくそう呟いてみる。


自信と呼ぶにはまだ弱い。

断言するには頼りない。

それでも、まったくゼロではない感じだけが残る。


玄関を開ける。


中からひなの声が飛んできた。


「おばあちゃん!おじさん、ちゃんといてくれた!」


またその評価か。


俺は少しだけ苦笑しながら、家の中へ入った。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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