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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第2章 『ついでの範囲が広すぎる』

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「雨宿りのコンビニ」



雨というものは、人の予定を勝手に書き換える。


出るつもりがなかった人間を外へ追い出すこともあれば、帰るつもりだった人間をその場へ縫い留めることもある。

そしてたいていの場合、その書き換えはあまり好ましい方向には働かない。


少なくとも、その日の俺にとってはそうだった。


夕方だった。


空は昼から少しずつ怪しかった。

雲が低く、湿気が重く、蝉の声までどこか鈍い。

にもかかわらず、俺は外へ出ていた。


理由は単純で、富子に買い物を頼まれたからである。


頼まれたものは大したものではない。

醤油が切れそうだから一本。

ついでに麦茶パック。

ひながあとで来るかもしれないから、小さいお菓子も何か。

ついでが多い。

だが、最近の俺はこういう“生活圏の雑用”を完全拒否しきれなくなっていた。


良くない傾向だとは思う。

だが、家の中での役割が少し増えるということは、完全な悪とも言い切れない。

そのへんが厄介なのだ。


コンビニへ着き、頼まれたものをかごへ入れる。

醤油。

麦茶パック。

あと、小袋のクッキー。

それだけなら十分だった。


だが、いつもの習性で、つい飲み物棚の前へも寄ってしまう。

エナジードリンクを一本。

完全に私物である。

こういう“ついでに自分の分”が発生するから、買い出しという任務は徐々に個人的色彩を帯びるのだ。


レジには凛がいた。


最近もう、この時間帯にこの店へ来て凛がいることに対し、驚きよりも“やっぱりいる”が先に来る。

それはそれで、かなりまずい気もする。

出現率ではなく、こちらの意識の問題として。


会計はいつも通りだった。


「袋、どうしますか」

「お願いします」

「ポイントカードありますか」

「ないです」


このくらいの短いやり取りなら、もう何とかなる。

もちろん、何とかなるからといって得意なわけではない。

だが以前よりは、一問一答のたびに心拍数が跳ね上がることも減ってきた。


だから油断していたのだと思う。


会計を終え、袋を受け取って、自動ドアの方へ向かったその時だった。


店の外が、急に白く煙った。


次の瞬間、ものすごい音がした。


ざあああああっ、と、天から水の壁が落ちてくるみたいな音。


「うわ……」


思わず声が漏れる。


さっきまで、降るとしてもぽつぽつ程度だと思っていた。

だが外は完全な本降りだった。

しかもかなり強い。

コンビニのガラス越しでも、道路が一気に濡れていくのがわかる。


俺は自動ドアの手前で止まった。


傘はない。

持ってきていない。

ここまで読むべきだったかと言われると、まあ、そうなのだが、買い物のためだけの短距離外出に毎回傘を装備するのもそれはそれで面倒なのだ。


凛がレジの中から、ガラス越しに少しだけ外を見て言った。


「けっこう降ってますね」


俺は振り返った。


「……そうだな」


かなり降っている、の方が正しい。

だが、こういう時に強い表現を使うのも何となく気恥ずかしい。


俺は店の入口付近で数秒立ち尽くした。

選択肢は二つ。


一、濡れて帰る。

二、雨が弱まるまで待つ。


前者は荷物がある時点で厳しい。

醤油と麦茶パックはまだしも、クッキーが悲惨なことになる可能性が高い。

エナドリは最悪どうでもいいが、それ以外が困る。


となると、待つしかない。


だが“待つ”ということは、コンビニ店内に滞在する時間が伸びるということだ。

用もないのに棚の前をうろうろする客になる。

それはそれでかなり気まずい。


俺は結局、自動ドアの横、雑誌棚の近くへ移動して、外を見ながら立つことにした。

あくまで“帰るつもりだが帰れない客”の位置取り。

そこが大事である。


数分経っても、雨は弱まらなかった。


むしろ強くなっている気すらする。

車のライトが水しぶきで滲み、道路の向こう側が少し白い。


「……最悪だな」


小さく呟く。


その時、背後から凛の声がした。


「傘、ないんですか」


振り向くと、凛がレジ横の作業スペースからこちらを見ていた。

声のトーンはいつも通り平坦で、特別な感情は乗っていない。

ただ、事実を確認しているだけ。


「ない」


「そうですか」


短い。

短いが、そのまま終わらなかった。


「この雨だと、ちょっときついですね」


「……荷物があるからな」


「ですね」


会話が、続いてしまった。


逃げ道はある。

あるにはある。

たとえば“まあ、待てば止むだろ”で切れる。

だが、切り方があからさまだと逆に意識しすぎ感が出る。


俺は曖昧に外を見るふりをした。


「最近、急なの多いな」


「多いですね」


また成立してしまった。


何だこれ。

天気の話など前にもして失敗したはずなのに、今日は妙に普通に続いている。

それが逆に落ち着かない。


凛は手元のレジ周りを軽く整えながら言った。


「家、このへんなんですか」


危険だ。


これは危険寄りの質問である。

いや、近所のコンビニなのだから、このへんの客だと推測されるのは自然だ。

だが、改めて口に出されると、生活圏が重なる感覚が急に生々しくなる。


「まあ、近い」


「そうなんですね」


凛はそれ以上突っ込まなかった。

ありがたい。


外では相変わらず雨が強い。

店内BGMがやけにのんきに聞こえる。


俺は手持ちぶさたになって、レジ近くの小さなコラボ棚や雑誌コーナーの方へ目をやった。

すると凛が、袋の中を見て言った。


「クッキー、お子さん用ですか」


俺は反応が一拍遅れた。


「え?」


「小さい袋の」


「ああ……いや、姪」


また、その説明をすることになる。


だがこの前みたいな“甘いもの好きなんですね”方向よりは、まだマシだった。


「たまに来るんで」


「この前の、いちごのやつの子ですか」


俺は顔を上げた。


「……覚えてるのか」


「印象に残ってるので」


それはそうだろう。

コンビニで限定大福ひとつを子どものために取りに来た中年なんて、たしかに情報としては残りやすい。


「今日は来てないんですか」


「今日はまだ」


「じゃあ帰ったら喜びそうですね」


その言い方が、妙に自然だった。


別に親しげでもない。

慣れ慣れしくもない。

ただ、会話として少しだけ前へ出てくる感じ。


俺は何と返すべきか少し迷ってから言った。


「たぶん」


凛はそれ以上そこを広げなかった。

その距離感が逆にありがたい。


少し間が空く。

雨音だけがやけに大きい。


外の様子を見ながら、俺はなんとなく聞いた。


「こういう日は、客減るのか」


しまった、と思ったのは口に出したあとだ。

何でそんな質問をする。

会話を続けたいみたいではないか。


だが凛は普通に答えた。


「減る時もありますけど、逆に雨宿りの人増えます」


「……ああ」


今まさに俺がそれだ。


「飲み物一本だけ買って、止むまで棚見てる人とか」


やめろ。

それを今の状況で言うのは、かなり刺さる。


俺が少し黙ると、凛はわずかに首を傾げた。


「違いましたか」


「……いや、まあ」


違わない。


だが、それを素直に認めるのも妙に負けた気がする。


凛の目元がほんの少しだけ和らいだ気がした。

気のせいかもしれない。

だが、笑われているほどではない。

せいぜい、“図星なんだな”くらいの認識だろう。


店内に別の客が入ってきた。

凛はすっと仕事の顔に戻る。


「いらっしゃいませ」


その一瞬の切り替えの速さが、何だか少しだけすごく見えた。


俺は入口近くで立ったまま、また外を見た。


少しだけ、雨脚が弱まっている。

これなら走れば帰れなくもない。

だがまだ荷物は濡れるだろうし、判断が難しい。


そこへ会計を終えた凛が、レジ内から小さく言った。


「今なら、さっきよりはましかもしれないです」


完全に、帰るタイミングの案内だった。


「……そうか」


「たぶん」


その“たぶん”が、変に押しつけがましくなくてよかった。


俺は入口へ向かう。

振り返る。


「じゃあ」


「はい」


たったそれだけ。


なのに、いつもより少しだけ会話の密度が高かったせいで、妙に疲れた。


外へ出る。

雨はまだ降っているが、さっきほどではない。

小走りで行けば何とかなる。


俺は袋を抱え、できるだけ濡れないようにして走った。


家へ着く頃には肩が少し湿っていたが、中身は無事だった。

それだけで十分だ。


玄関を開けると、富子がすぐ気づいた。


「あら、降られたの」


「ちょっとな」


「傘持ってかなかったの?」


「短時間のつもりだった」


「そういう時に降るのよねえ」


その通りで、反論できない。


荷物を台所へ置く。

クッキーを見た富子が言う。


「ひな来たら喜ぶわね」


「たぶん」


さっき凛が言ったのと同じ返しをしてしまって、少しだけ気まずい。


俺は早々に二階へ戻った。


部屋。

ドア。

椅子。

ようやく一人。


だが、座った途端に、さっきの会話が頭の中で再生され始める。


傘ないんですか。

この前の、いちごのやつの子ですか。

帰ったら喜びそうですね。

今なら、さっきよりはましかもしれないです。


何だ。

何なんだ、あの普通さは。


普通に会話できてしまう時があるのが、一番厄介だ。


気まずさの中で終わるなら、“もう嫌だ”で切りやすい。

だが、少しだけ成立してしまうと、そこに変な余韻が残る。


「……別に大した会話じゃないだろ」


自分に言い聞かせるように呟く。


その通りだ。

雨の話。

姪の話。

客の雨宿りの話。

どれも、コンビニ店員と客の雑談として十分ありえる範囲だ。


それなのに、今夜は妙に頭に残る。


スマホが震えた。


にぼし姫だった。


『今日は濡れませんでしたか』


俺は無言で画面を見つめた。


またそれだ。


タイミング。

言い回し。

具体性。


気のせいだと流すには、少しだけ重なりすぎている。


『少しだけ』

と返す。


既読。


『それならまだましですね』


短い。

だが、今夜ばかりはその一言が、さっき店で聞いた声と変に重なる。


『何でわかるんだよ』

と打ちかけて、やめた。


代わりに、無難に返す。


『まあな』


にぼし姫はさらに続けた。


『荷物が無事ならよかったです』


そこまで来ると、さすがに少しだけ気持ちが悪い。

いや、気持ちが悪いというのは違う。

落ち着かない。

自分の行動が“見られているかもしれない”感覚が、急に現実味を帯びる。


だが、証拠はない。

問い詰める理由もない。

そもそも、ただの偶然かもしれない。


俺は結局、短く返した。


『そうだな』


それで会話は終わった。


終わったはずなのに、部屋の中の静けさが妙に落ち着かない。


俺はベッドに倒れ込み、腕で目を覆った。


風間凛。

にぼし姫。


名前を頭の中で並べるだけで、変に落ち着かなくなる。


ない。

たぶんない。

だが、もしそうだったらどうする。


そこまで考えて、俺はすぐにその思考を切った。


「……知らない方がいいこともある」


小さくそう呟く。


たぶん、それは本当にそうなのだ。


今のままでいい。

コンビニでは少し会話する店員。

ネットでは辛辣な知り合い。

それぞれ別の場所に置いておいた方が、たぶん平和だ。


そう思いながらも、雨のコンビニの音と、スマホ越しの短い言葉は、しばらく頭から離れなかった。




最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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