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最強の自宅警備員、俺  作者: きなこもち
第2章 『ついでの範囲が広すぎる』

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「にぼし姫はコンビニを語る」



ネットという場所には、不思議な近さがある。


顔は知らない。

年齢も本名も住んでいる場所も知らない。

それなのに、妙に距離の近い言葉だけが飛んでくる。


「寝ろ」

「それ意味あります?」

「お前またか」


現実なら数秒で喧嘩になるようなやり取りでも、ネットでは案外成立する。

逆に、現実では何でもない一言が、ネットだと妙に深く刺さることもある。


そしてその夜、俺は自室で、いつものようにその“妙な近さ”の中にいた。


時刻は二十三時過ぎ。

富子はもう一階でテレビを消し、寝る支度に入っている頃だろう。

外は静かで、窓の向こうには、たまに車の音が遠くを流れるだけ。


俺の部屋は薄暗く、机の上のモニターだけが明るい。

片方の画面ではソシャゲのスタミナ消化。

もう片方では、白狼77とにぼし姫のいるチャットルームが開いていた。


話題は最初、ゲームイベントの不満だった。

ドロップ率が渋いとか、配布石が少ないとか、そのへんのいつもの愚痴だ。

だが、こういうものは長く続かない。

ゲームの愚痴はすぐ別の愚痴へ枝分かれする。


そして今、その話題は“変な客”へ移っていた。


『今日コンビニでさ』


白狼77が投げる。


『急にレジ前で五分悩むやついて草だった』


俺は一瞬だけ、画面の前で止まった。


五分は長い。

長いが、気持ちはわからなくもない。

レジ前というのは、思考を急かされる場所だ。袋、ポイント、温め、支払い。人によってはそれだけでかなり処理量が多い。


『五分は盛ってるだろ』

と俺は返す。


すぐに白狼77が返ってくる。


『三分かもしれん』

『でも長かった』

『後ろに並んでるこっちは暇じゃねえんだよ』


にぼし姫が、少し間を置いて一行だけ入れてきた。


『レジ前で急に真顔になる人いますよね』


俺はその文を二度読んだ。


“いますよね”という言い方が妙に生々しい。

ネットで見た話を受け売りしている感じではない。

実際に見たことがある側の書き方だ。


『詳しいな』

と俺は打ち込んだ。


『何がですか』


『変な客』


既読がつく。


『見てればわかるので』


短い。


だが、その“見てればわかる”が、引っかかった。


見てれば。

どこで。

どういう立場で。


もちろん、コンビニ店員とは限らない。

白狼77みたいに、たまたま後ろに並んでいただけかもしれない。

そもそも接客業なんて世の中にいくらでもある。


それでも、にぼし姫の言い方には、妙な現場感があった。


白狼77が続ける。


『あとあれな』

『毎回同じもん買うやつ』

『あれもだいぶ覚える』


俺は内心で少しだけ身構えた。


『普通だろ』

とだけ返す。


『普通だけど覚える』

『いつものおっさん、いつものタバコ、とか』

『いつもの兄ちゃん、いつものエナドリ、とか』


やめろ。


なんでそこを例に出す。


たまたまか。

たまたまだろう。

たまたまだと思いたい。


にぼし姫がさらに追撃する。


『同じ時間に来て同じもの買う人は記憶に残りやすいです』


その瞬間、俺はキーボードの上で指を止めた。


です。


断定のしかたが、何か妙だ。

いや、別に妙ではない。

にぼし姫はもともとそういう文体だ。

だが、“記憶に残りやすいです”の具体性が、どうしても少し引っかかる。


『お前、接客でもしてんの?』


半分冗談、半分探るようなつもりで送った。


にぼし姫からの返事は数秒遅れた。


『ご想像にお任せします』


逃げた。


いや、逃げたという言い方は変か。

単に答えなかっただけだ。

だが、答えないことで逆に怪しさは増す。


白狼77が横から茶化してくる。


『店員だったら面白いな』

『太郎みたいなの毎回観察されてそう』


『何で俺なんだよ』


『心当たりありそうだから』


ありすぎて困る。


俺は画面の前で小さく舌打ちした。


だが、そこでそれ以上踏み込んでも仕方がない。

にぼし姫はこういう時、わざと詳しく言わない。

そこが腹立たしいし、逆に少し長く付き合っている理由でもある。


チャットはそのあと、別のゲームの話題へ流れていった。

だが俺の中では、“見てればわかるので”と“同じ時間に来て同じもの買う人は記憶に残りやすいです”が妙に残っていた。


何となく、嫌な感じがする。


いや、正確には、嫌というより落ち着かない。

誰かに自分の生活パターンを見られているかもしれない、という想像は、それだけで変な落ち着かなさを生む。


……まあ、実際に見られてはいるのだろう。

コンビニの店員には。

問題は、それをこちらが意識するかどうかだ。


俺はチャットを閉じ、数分だけぼんやりしたあと、結局いつものように夜の補給へ出ることにした。


理由は単純で、エナジードリンクが切れそうだったからだ。

切れそうというだけで、今日絶対に必要なわけではない。

だが、切れるかもしれないという事実が精神へ与える圧は軽くない。


玄関を出る。

夜気は少し湿っていた。

ここ数日は雨が近いのか、空気に重さがある。


コンビニまでの道を歩きながら、俺はさっきのチャットを思い出していた。


接客でもしてんのか。


にぼし姫は答えなかった。

だが、今までにも妙に具体的な“店員目線っぽい”発言はいくつかあった気がする。


いや、考えすぎだろう。


ネット相手の正体なんて、想像したところで当たるものではない。

当たったとしても、だいたいろくなことにならない。


俺は自分にそう言い聞かせながら、自動ドアをくぐった。


店内はいつも通り明るい。

客は少ない。

そしてレジには、いつも通り風間凛がいた。


もはや“いつも通り”という認識になりつつあるのが嫌だった。


凛はレジカウンターの中で、新しい袋を補充していた。

こちらに気づくと、軽く視線を上げる。


「いらっしゃいませ」


「……どうも」


また言った。

もうこれは本当に治らない。


俺は飲み物棚へ向かった。

今夜はエナドリ一本と、ついでに菓子でも買っておけば十分だろう。

だが、さっきの“同じ時間に来て同じもの買う人は記憶に残りやすいです”が頭にあるせいで、いつもの銘柄を取る手が一瞬止まる。


どうする。


変えるか。

いや、変えたら変えたで“今日は違うんだな”と思われるかもしれない。

それはそれで意識している感が出る。


結局、俺はいつもの缶を手に取った。


「……別にいいだろ」


小さく呟く。


別に悪いことではない。

飲みたいものを飲む。

それだけだ。


菓子棚を見て、適当にせんべいを一袋。

レジへ向かう。


凛は商品を受け取ると、淡々とスキャンしながら言った。


「袋、どうしますか」


「お願いします」


今回はすぐ答えられた。

よし。


凛がエナドリの缶を手に取る。


その瞬間、俺の中で、さっきのにぼし姫の文がまた浮かんだ。


同じ時間に来て同じもの買う人。


やめろ。

今思い出すな。


凛が缶を読み取りながら、何気なく言った。


「これ、やっぱり人気ありますね」


俺は顔を上げた。


「……え?」


「この時間帯だと、買う人多いです」


それ自体は、普通の会話だった。

接客として成立する範囲。

だが、“この時間帯”という言葉が、妙に耳に残る。


「そうなんだ」


「はい」


短い。


しかし、さっきのチャットの後だと、何でも少し引っかかってしまう。


凛はそのまま、せんべいを読み取りながら続ける。


「甘いのじゃなくて、しょっぱいのと一緒に買う人も多いです」


俺は黙った。


今の言い方。


それは、単なる一般論か。

それとも、今レジに置かれている俺の商品構成に対するコメントか。


どちらにしても、妙に具体的で嫌だ。


「……詳しいな」


思わず口から出た。


凛は少しだけ首を傾げる。


「売れ方見てると何となく」


その返しで、俺の背中に小さくぞわっとしたものが走った。


何となく。

見てると。

さっきのにぼし姫と、少しだけ似ている。


もちろん、似ていてもおかしくはない。

世の中には似た言い回しをする人間くらいいくらでもいる。

それはわかっている。


だが、今夜はタイミングが悪かった。


「ポイントカードありますか」


「あ、ないです」


「かしこまりました」


会話は普通に流れていく。

俺だけが、勝手に小さく引っかかっている。


会計をして、袋を受け取る。

帰ろうとした時、凛がふと付け足すみたいに言った。


「急にレジ前で悩む人って、たまにいますよね」


心臓が、少しだけ大きく跳ねた。


「……は?」


間抜けな声が出た。


凛は別にこちらを見て笑ってもいない。

棚の方へ目を向けながら、独り言みたいに続ける。


「飲み物だけなのに、すごく真剣に選んでる人とか」


完全に、さっきの話題だ。


白狼77の“レジ前で五分悩むやつ”と、にぼし姫の“レジ前で急に真顔になる人”。


そこへ凛のこの一言。


俺は数秒だけ、本当に言葉を失った。


だが次の瞬間、自分の頭の中で別の警報が鳴る。


待て。

もし今ここで、“それ、さっきネットで似た話したやつがいて”とか言い出したらどうなる。

ただの変な客である。

いや、元から多少変ではあるのだが、それをわざわざ増幅する必要はない。


「……まあ、いるんじゃないか」


結局、無難とも言えない無難な返事しかできなかった。


凛は小さく頷いた。


「いますよね」


それだけ。


それ以上何もない。

だが、その“いますよね”に妙な余韻があった。


店を出る。

夜気が、少し生ぬるい。


俺は袋をぶら下げたまま、店の前で数秒だけ立ち止まった。


「……いやいや」


口に出して打ち消す。


たまたまだ。

コンビニ店員が客の話をすることもある。

ネットで似た話題になることもある。

似た言い回しになることだってある。


偶然が二つ三つ重なっただけ。

そう考えるのが普通だ。


帰り道、俺は何度もその“普通”を自分へ言い聞かせた。


だが家へ戻り、自室のドアを閉めても、何となく落ち着かない。


机に菓子を置き、エナドリを開ける。

プルタブの音が、妙に乾いて聞こえた。


スマホを開く。

チャット欄には新着が一件。


にぼし姫だった。


『今夜は悩まず買えましたか』


俺は、画面を見たまま止まった。


何だそれ。


偶然か。

たまたま、俺がコンビニへ行く時間帯に、さっきの話題を思い出しただけか。

それとも、本当にただの雑談か。


どれにしても、妙にタイミングが悪すぎる。


『何の話だ』

と返す。


すぐに既読。


『エナドリです』


短い。

いつも通り短い。

それなのに、今夜は妙に具体的に見える。


『別に悩んでない』

と返しながら、さっき棚の前で止まった自分を思い出して少しだけ腹が立った。


『そうですか』


それだけで会話は終わった。


終わった、はずだった。


俺は椅子にもたれ、天井を見上げた。


にぼし姫。

風間凛。


頭の中で二つの名前を並べてみる。


ないない、とすぐに首を振る。

近所のコンビニ店員とネットの知り合いが同一人物なんて、そんな都合のいい――あるいは悪い――話があるか。


たぶんない。

きっとない。


だが、完全に笑い飛ばせるほど遠くもない。


「……気のせいだろ」


自分に言い聞かせるみたいに呟く。


その瞬間、白狼77から新着。


『お前またコンビニ行ってたろ』


どきりとする。


『何でそう思う』


『にぼし姫の言い方がなんか現場感あったから』


俺は数秒、真顔で画面を見た。


お前も思うのかよ。


そう打ちたいのを少し我慢して、代わりに短く返す。


『気のせいだ』


『お前がそう言うならそうなんだろうな』


全然納得していない返しだった。


俺はスマホを伏せ、エナドリを一口飲んだ。


甘い。

だが、今夜は少しだけ味が落ち着かない。


ただの偶然。

そういうことにしておく。


ネットの向こうと、コンビニのレジの向こう。

その二つが妙につながって見えるのは、たぶんこっちの考えすぎだ。


考えすぎであってほしい。



最後までお読みいただき、ありがとうございました!!

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