第7話 義妹から贈り物をもらいました
ルシアちゃんが私の肩で眠ってしまった日から、数日が経った。
あの日を境に、私たちの距離はまた少し近づいたように思う。以前は庭園で偶然顔を合わせることが多かったけれど、最近はルシアちゃんのほうから私を訪ねてきてくれることも増えた。
お茶の時間にふらりと現れたり、散歩へ出かけようとすると、いつの間にか隣を歩いていたり。特別な用事があるわけでもなく、ただ一緒に過ごすだけなのだけれど、それがとても嬉しかった。
最初は何を考えているのかわからないほど無口だったルシアちゃんが、少しずつ私を頼ってくれるようになったのだ。
そんな変化を感じながら、私は自室で最後のひと針を縫い終えた。
「……できた!」
思わず声が弾んでしまう。
手元にあるのは、白い布地の小さなハンカチ。隅には淡い水色の花が刺繍されている。
派手なものではないけれど、銀色の髪と青い瞳を持つルシアちゃんには、きっと似合うはずだ。
以前贈ったリボンと同じ色を選んだのも、私なりのこだわりだった。
(ふふっ、喜んでくれるといいのだけれど)
私はハンカチを広げ、刺繍の仕上がりを確かめた。
花びらの形も綺麗に整っているし、糸のほつれもない。これなら、安心して渡せそうだ。
丁寧に畳んで小さな包みに入れると、胸の奥がわくわくしてきた。
ルシアちゃんはどんな顔をするだろう。
驚いてくれるかしら。それとも、いつものように少し照れた顔で「ありがとう」と言ってくれるのかしら。
そんなことを考えながら、私は贈り物を引き出しへしまった。
今日は午後から庭園で会えるかもしれない。
そのときに渡そうと思い、私は昼食の支度が整うまで、部屋でゆっくり過ごすことにした。
❀ ❀ ❀
午後の庭園には、穏やかな陽射しが降り注いでいた。
噴水の水音を聞きながら歩いていると、いつものベンチにルシアちゃんの姿を見つけた。
銀色の髪が陽の光を受けてきらきらと輝いている。今日は以前贈った水色のリボンをつけていて、それがとてもよく似合っていた。
私は嬉しくなり、少し足を速める。
「ルシアちゃん、こんにちは! 今日もいいお天気ね!」
声をかけると、ルシアちゃんがこちらを振り返った。
いつものように小さく頷いてくれたけれど、なぜか少し落ち着かない様子だった。
「……ああ。こんにちは」
「あら、どうしたの? 何か考え事でもしていた?」
「……別に」
そう答えながら、ルシアちゃんは何かを背中へ隠した。
ほんの一瞬だったけれど、小さな箱のようなものが見えた気がする。
私は不思議に思ったものの、すぐに尋ねるのはやめておいた。
きっと、何か事情があるのだろう。
「ふふっ、そう? それならよかった。隣に座ってもいいかしら?」
「……ああ」
私はルシアちゃんの隣に腰を下ろした。
いつもなら、ここでお茶の話や庭園の花の話をするところだけれど、今日はルシアちゃんの様子が少し違っていた。
何度か私のほうを見ては、何か言いたそうに口を開きかける。
けれど、そのたびに言葉を飲み込み、視線を逸らしてしまうのだ。
(何か相談したいことでもあるのかしら?)
私は急かさず、ルシアちゃんが話し始めるのを待つことにした。
庭園を吹き抜ける風が心地よく、花の香りがふわりと漂ってくる。
しばらくして、ルシアちゃんが小さく息を吸った。
「……エミリア」
「なあに、ルシアちゃん?」
名前を呼ばれたことが嬉しくて、私は思わず笑顔になる。
すると、ルシアちゃんは少しだけ困ったような顔をしたあと、背中に隠していたものを取り出した。
「……お前に、渡したいものがある」
「えっ? 私に?」
差し出されたのは、手のひらに収まるほどの小さな箱だった。
深い青色の布で包まれた、上品な箱だ。
私は驚きながら受け取った。
「まあ……! これ、私への贈り物なの?」
「……ああ。開けてみろ」
促されるまま、私はそっと箱の蓋を開いた。
その瞬間、思わず息を呑んでしまう。
中に入っていたのは、銀細工で作られた小さな花の髪飾りだった。
繊細な花びらが幾重にも重なり、その中央には淡い青色の宝石がひとつ埋め込まれている。
陽の光を受けると、宝石が水面のように優しく輝いた。
派手すぎず、それでいてとても上品な品だった。
「……綺麗……!」
思わず呟くと、ルシアちゃんが少しだけ身を乗り出した。
「……気に入ったか?」
「もちろんよ! こんなに素敵な髪飾り、初めて見たわ。これ、本当に私がもらってもいいの?」
「……ああ。お前の髪に、似合うと思った」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
ルシアちゃんが、私の髪に似合うものを考えて選んでくれた。
その事実が、何よりも嬉しかったのだ。
「ありがとう、ルシアちゃん! 本当に嬉しいわ!」
「……いつも、いろいろしてもらっているから」
「そんなこと気にしなくていいのに。でも、私のために選んでくれたのね」
私が笑顔で伝えると、ルシアちゃんは少しだけ視線を逸らした。
その耳が、ほんのり赤くなっている。
「……嫌だったか?」
「えっ? どうしてそんなことを聞くの?」
「……こういうものを選んだことが、あまりない」
なるほど。
どうやら、贈り物を選ぶことに慣れていないらしい。
私は箱を胸元に抱き、首を横に振った。
「嫌なわけないでしょう? とっても嬉しいわ。だって、ルシアちゃんが私のことを考えて選んでくれたんだもの。それだけで、十分すぎるくらい幸せよ」
そう伝えると、ルシアちゃんはしばらく私を見つめた。
そして、ほんの少しだけ口元を緩める。
その笑顔を見て、私まで嬉しくなってしまった。
❀ ❀ ❀
私は髪飾りをもう一度眺めた。
銀色の花びらも、中央の青い宝石も、本当に綺麗だ。
せっかくいただいたのだから、すぐにつけてみたい。
そう思った私は、隣に座るルシアちゃんへ顔を向けた。
「ねえ、ルシアちゃん。ひとつお願いしてもいいかしら?」
「……何だ?」
「よかったら、この髪飾りをつけてくれない?」
「……俺が?」
ルシアちゃんは驚いたように目を瞬かせた。
私は笑顔で頷く。
「ええ。ルシアちゃんが選んでくれたものだもの。最初はあなたにつけてもらいたいわ」
そうお願いすると、ルシアちゃんは少しだけ迷ったあと、小さく頷いてくれた。
「……わかった」
私は髪飾りを手渡し、ルシアちゃんに背中を向けた。
長い栗色の髪を片側へ寄せ、留めやすいように少しだけ頭を傾ける。
すると、背後からルシアちゃんの指先がそっと髪に触れた。
慎重に髪をすくい、飾りを留める場所を探しているらしい。
その動きはどこかぎこちなく、私は思わず微笑んでしまう。
「ふふっ、ゆっくりでいいのよ。難しかったら、私が手伝うわ」
「……大丈夫だ。少し、動くな」
「はいはい。おとなしくしているわね」
私はくすくす笑いながら、じっと待つことにした。
ルシアちゃんは真剣な様子で髪を整え、慎重に飾りを留めてくれる。
指先が耳の近くに触れるたび、少しくすぐったかったけれど、一生懸命な様子が微笑ましかった。
やがて、小さな金具の音がした。
「……できた」
「本当? ありがとう、ルシアちゃん!」
私は立ち上がり、近くにある庭園の小さな水盤へ向かった。
水面に映る自分の姿を覗き込むと、栗色の髪の横に銀色の花が咲いていた。
淡い青色の宝石が陽の光を受けて輝き、とても上品な印象になっている。
「まあ……! とっても素敵! ルシアちゃん、本当にありがとう!」
振り返って笑顔を向けると、ルシアちゃんは少しだけ目を細めた。
「……似合っている」
「ふふっ、嬉しい! これから大切に使わせてもらうわね」
そう伝えると、ルシアちゃんは小さく頷いた。
私はもう一度髪飾りに触れ、その感触を確かめた。
こんなに素敵な贈り物をもらえるなんて、今日はなんて幸せな日なのだろう。
そう思ったところで、私はあることを思い出した。
(あっ、そうだったわ! 私もルシアちゃんに渡したいものがあるんだった!)
今朝完成したばかりのハンカチだ。
けれど、残念ながら自室に置いてきてしまった。
私は慌ててルシアちゃんのほうを向いた。
「ねえ、ルシアちゃん。実は私も、あなたに渡したいものがあるの!」
「……俺に?」
「ええ! ちょっとだけ待っていてくれる? お部屋に置いてきてしまったの」
ルシアちゃんは驚いたように私を見つめたあと、小さく頷いてくれた。
「……わかった。ここで待っている」
「ありがとう! すぐに戻ってくるわね!」
私は髪飾りが落ちないように気をつけながら、屋敷へ向かった。
❀ ❀ ❀
自室へ戻った私は、引き出しから小さな包みを取り出した。
中には、今朝完成したばかりの刺繍入りのハンカチが入っている。
改めて確認してみると、やっぱり綺麗に仕上がっていた。
私は満足して頷き、急いで庭園へ戻った。
ルシアちゃんは約束通り、先ほどのベンチで待っていてくれた。
「お待たせ、ルシアちゃん!」
「……ああ」
私は隣に腰を下ろし、小さな包みを差し出した。
「実はね、私もルシアちゃんにプレゼントを用意していたの。ちょうど今日、完成したところだったのよ」
ルシアちゃんは驚いたように包みを見つめた。
「……俺に、贈り物?」
「ええ。いつも仲良くしてくれるお礼よ。気に入ってもらえるといいのだけれど」
ルシアちゃんはゆっくりと包みを受け取り、丁寧に開いた。
中から現れた白いハンカチを広げると、隅に刺繍された水色の花が見える。
ルシアちゃんは、しばらく何も言わずにそれを見つめていた。
あまりにも静かなので、私は少しだけ不安になる。
「あの……どうかしら? あまり上手ではないかもしれないけれど、一生懸命作ったのよ」
すると、ルシアちゃんがゆっくりと顔を上げた。
「……これも、お前が?」
「ええ。ルシアちゃんに似合うと思って、少しずつ縫っていたの。前に贈ったリボンと同じ色なのよ」
私が説明すると、ルシアちゃんはもう一度ハンカチへ視線を落とした。
そして、刺繍された花をそっと指先でなぞる。
その仕草があまりにも丁寧で、私は思わず微笑んだ。
「……綺麗だ」
「本当? よかった!」
「……大切にする」
その言葉を聞いて、胸の奥が温かくなった。
以前、リボンを贈ったときも、ルシアちゃんは同じように言ってくれた。
きっと、この子は贈り物をとても大切にするのだろう。
「ふふっ、ありがとう。でも、ハンカチだから、ちゃんと使ってね?」
「……使うのが、もったいない」
「あら、そんなこと言わないで。使ってくれたほうが、私は嬉しいわ」
ルシアちゃんは少し考え込んだあと、小さく頷いた。
「……じゃあ、いつも持っている」
「まあ! それなら、私も嬉しいわ!」
私は思わず笑顔になった。
ルシアちゃんはハンカチを丁寧に畳み、上着の内側へしまう。
その様子を見ていると、本当に大切にしてくれるのだと伝わってきた。
私も髪飾りをいただいたし、今日はお互いに贈り物を交換したことになる。
まるで本当の姉妹みたいで、なんだかくすぐったい気持ちになった。
❀ ❀ ❀
夕方になり、私たちは庭園をゆっくりと歩いていた。
私はルシアちゃんからもらった髪飾りをつけたまま。ルシアちゃんも、私が贈ったハンカチを大切そうに持っている。
時折、髪飾りに触れるたび、今日の出来事を思い出して嬉しくなった。
「ルシアちゃん、今日は本当にありがとう。こんなに素敵な贈り物をもらえるなんて、思ってもいなかったわ」
「……気に入ったなら、よかった」
「もちろんよ。ルシアちゃんからもらった初めての贈り物だもの。ずっと大切にするわ」
私がそう伝えると、ルシアちゃんは少しだけ照れたように視線を逸らした。
そして、しばらく歩いたあと、小さな声で尋ねる。
「……また、何か贈ってもいいか?」
「えっ? もちろんよ。でも、無理をしなくてもいいのよ?」
私は足を止め、ルシアちゃんの顔を覗き込んだ。
「ふふっ、ルシアちゃんが一緒にいてくれるだけで、私は十分嬉しいんだから」
その言葉に、ルシアちゃんは少し驚いたような顔をした。
けれど、すぐに小さく微笑む。
「……そうか」
「ええ。だから、これからも仲良くしてね」
「……ああ」
ルシアちゃんはそう答えると、そっと私の手を握ってくれた。
私はその手を優しく握り返し、並んで歩き始める。
髪に咲いた小さな銀の花は、これからきっと、私の大切な宝物になる。




