馴れ初め
《女神》との出逢いは実に些細なものだった。
冬も明けない学生時代。シロは希薄な少女だった。
ブラウン色のセミロングヘアに青い瞳、背筋は伸びていてスラリとしたモデル体型を自然と維持している。
身長は165cmに届くどうかと言ったところだろうか。
際立って大きいと言う訳では無いが全体的に整った彼女の容姿は美少女と呼ぶに足るものだ。
しかし天涯孤独の施設育ちと言う彼女の境遇を知るや否や誰もが彼女を憐れんだ。
あんなにカワイイのに。カワイイけど闇は深そう。
悪意の無い無自覚な品評会がいつまでも続いて行く。
シロからしてみれば不思議で仕方なかった。
何が幸福なんだろう。何が不幸なんだろう。
まるで必修科目であるかの様に幸福の定義が世間様では決まっている。
誰もがシロは不幸であると断定する。
「こないだはツレが世話んなったなぁ」
例外的に違う人は居た。
誰もが背を向ける中で矢印を向けて来る人。
男女問わぬ不良やチンピラ。
文字通り矢の様に攻撃的な視線を突き刺して来る。
どんな理由であれ少なくとも彼等は自分を認識している。
シロと言う人間に対して感情を持って接して来る。
初めは期待した。
何をして何を見せてくれるのだろう。
成り行き任せに殴られてみた。
成り行き任せに殴ってみた。
日を跨いで湯水の如く似た様な人達が湧いて来る。
永遠に繰り返されるトンチキの中でシロは気付いてしまう。
形が違うだけでこの人達も同じなのだと。
自分勝手にシロを品定め出来れば良い。
自分勝手にシロで欲求を満たせれば良い。
得る者が無ければ気付きの一つすら無い。
悲しみも怒りも無くただただ虚脱感に襲われる。
シロが夢見たアレは所詮フィクションでしかないのか。ただの作り話なのか。
感情の一切を放棄してしまおうかとヤケになり始めたシロの前に突如として光が降り注いだ。
「やめて!」
小さな少女だった。
不良の男は愚かシロよりも小さくて華奢な少女。
桜が舞う様に長い薄桃色の髪が揺れる。
事実、舞っていた。シロの目に満開の桜が映り春の訪れを体中が感じていた。
「邪魔してんじゃねぇよ」
逆に少女の体は震えていた。
この体格差だ。佇まいからしても武道どころか掴み合いの喧嘩すらした事は無いのだろう。
そんな無力な女の子が何故シロを守ろうとするのか。
正直理由なんてどうでも良かった。
「するよ!夜辺さんだって女の子なんだよ!これ以上非道いことしないで!」
この子はシロを知っている。
知った上でこんな無茶をしていると言う。
守られても良い様な女の子が誰かを守ろうとしている。
「じゃあお前がヒドい目に遭ってくれや」
何て儚いのだろう。
震えながら対峙する姿も圧倒的な暴力を前に目を瞑る表情に至るまで全てが愛おしい。
これだ、これこそがアレなんだ。
養護施設で観ていたテレビアニメ。
可愛い女の子が変身して悪い人達と戦うアレ。
いつも夢中になって観ていた。応援していた。
最後の最後で彼女達は決まって勝つ。
それでも途中で負ける回があった。
強大な力を持った敵キャラに負けてしまう展開。
シロはアレが辛かった。次の週が来るまでは居ても立っても居られなかった。
もしもあのまま終わってしまったらどうしよう。
あんなに可愛くて良い子達が苦しいままなんて耐えられない。
どうしようか考えた。直ぐに答えは出た。すべき事はただ一つ。
今度は私が助けるよ。
「ッッゴブ⁉」
少女を庇う様に横へ押し退けると空いていた右手を不良の顎ごと突き上げた。
シロよりも大きく体格の良い男の体が浮き上がる。
口の中でも切ったのか血を撒き散らしながら白目を向いて大の字に倒れた。
何度見ても思うが魔法少女の様に綺麗に浄化出来ない事をシロは少し残念に思う。
そもそもがこれは浄化と呼べるのだろうか?
作品によっては拳を落として浄化してるやつもあったからきっとこれも浄化の筈だ。
何より此処にヒロインが居る以上、サスペンスになる事は無い。
だから大丈夫。
「大丈夫だよ」
シロの言葉を聞いた少女は当然戸惑った。
自分を安心させるために言ってくれているのか。
それともこの不良さんの容体について?
シロと不良を交互に見る少女の気持ちなど露知らずシロは勝手に話を進める。
「私は夜辺白波。シロって呼んでね。
あなたのお名前、教えて?」
生まれてこの方アプローチなど取った事が無かった。
見れる時に見ていたネット情報によれば会話デッキの基本は自己紹介とお天気の話で場を繋ぐのが基本らしい。
「あっ、ごめんねまだ名前言って無かったよね。
私は純花。依代純花だよ」
シロは内心ドギマギしていた。
手札の切り方を失敗して変な人と思われたのではないかと。
しかしそれは杞憂に終わり、心臓の高鳴りだけを更に強めて行く。
「純花ちゃん…依代純花ちゃん……それじゃあスミちゃんだね」
「え」
「え、ヤだった?」
強引過ぎた?いきなりあだ名はマズい?
一緒に委員会でお仕事をしたり休日には水族館に行ってディナーを食べ終わってからにするべきだった?
「ううん、そんな風に呼んで貰ったの初めてだったから少し驚いちゃっただけだよ」
慌てふためき動揺するシロの内心を鏡合わせにする様に少女…スミは手をバタつかせながら必死に訴えて来る。
「じゃあ…私はシロちゃんって呼んでも、良いかな?」
バタつかせるどころの話では無かった。
地べたを転げ回りたくなる程の喜びにシロは包まれていた。
桜吹雪で遭難しそうになる思考を何とか総動員しながら返答する。
「うん、是非に呼んで」
言葉遣いがおかしい自覚はあるがおかしいのは元よりだ。
少し刺激的な出会いとおかしなやり取り。
お菓子の様に甘い、甘い関係性が此処から始まった。




